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巻一之四

やがて寺の堂が間もなく完成する頃、金輔(かなすけ)に命じられて崇範(たかのり)雲照寺(うんしょうじ)の門を叩いた。林揺(りんよう)を迎えるためだ。

身の回りのものをひとつの風呂敷に包んで背負った林揺が、どんよりとした表情で座っていた。周りの僧侶も、まるで他人かのようによそよそしく彼を取り巻いている。

「林揺様、お迎えに上がりました。まずはお城の方へ移動してもらいます。お寺が完成し次第、そちらへ移ってもらう予定です」

崇範が言うと、林揺は暗い表情のまま頷いた。

住職や他の老僧も、さっさと連れて行ってくれと言わんばかりに林揺を差し出す。

「雲照寺殿、ご協力感謝します。お殿様によろしく伝えておきますよ」

崇範が急に声をすごませてそう言うと、住職は慌てて頭を下げた。

「は、はい、どうぞご道中、お気をつけて」


そこから崇範は林揺を連れて城へ向かった。

仲間から引き剥がされ、1人雲照寺を出た林揺からは重苦しいため息が溢れている。

「林揺様、大丈夫ですか?」

崇範が聞くと、林揺はびくりとして背筋を伸ばした。

「ふふふ、これで林揺様も“厄介者”の仲間入りですね」

「は、はあ?」

「ご存知かと思いますが、あの富川(とみかわ)の金色の若様は妖怪の子として、長いこと富川家の中で邪魔者扱いされてきましたし、その付き人に選ばれたぼくも、変わり者なせいで笹井(ささい)家で厄介者扱いされていました。あなたも老僧を差し置いてなんの因果もなく富川家に引きぬかれて、さぞ雲照寺では厄介者と思われたことでしょう」

林揺は苦々しい表情を隠さなかった。

「若様はああ見えて実はすごくフラットで親しみやすい方なんですよ。地位とか権力とか、そんなことより霊力とかなんとかにしか興味がないみたいで」

「霊力……?」

林揺は訝しげな表情を浮かべる。

「なんか、そんな力があるんですって。林揺様はその霊力の素質がとても高かったんです。だから選ばれたんですよ。おめでとうございます」

崇範がにっこりと笑顔を浮かべると、林揺はあからさまにげんなりとした顔をする。

「全くもって嬉しくない」

そして思わずそう零すが、すぐに失言だと思ったらしく、口を押さえて慌て始めた。

「いや、今のはその」

そんな林揺を崇範はからからと笑った。

「あはは、まあそうですよね」

林揺はややきょとんとしたが、すぐに表情をまた曇らせた。

「何がおかしいんだ。俺の気持ちを考えてみろよ! やっと雲照寺に入ってこの先ラクして暮らせると思ったのに、あんな得体のしれない化け物に目をつけられて、訳の分からん寺の住職をさせられるんだぞ!?」

「あははは、まあなんとかなりますって。これも縁だと思って頑張ってください」

相変わらず笑っている崇範に、林揺は恐る恐ると聞いた。

「……お前、確か笹井家の侍だろう? 俺みたいな坊主にこんな口聞かれても怒らないのか」

「うん? 言ったでしょ、ぼくは笹井家の厄介者で、変わり者なのさ。妖怪の若様に喜んで付いていくようなね。そんな小さいことは気にしないよ」

林揺は眉を寄せて崇範を見ていた。

「たぶん若様もそういう方ですよ。ですからこれからぼくたちと過ごす日々は、きっとすごく楽しいと思うんです。林揺様も、細かいことを気にしてないで思いっきり楽しんじゃってください」

しかし林揺は表情を曇らせたままだった。

「そう言われても、やはり全く嬉しくないな……」

崇範はまたからからと笑った。


城へ着いた林揺は、とりあえず狭い一室をあてがわれた。

「若様への挨拶に上がってもらいますので、その時になればご案内します。ちょっと待っててください」

崇範はそう言って、林揺を置いて引っ込んでしまった。

狭い部屋の1人残された林揺は、落ち着きなくウロウロと歩きまわったりしたが、やがてもよおしてきて、(かわや)を探そうと思い立った。

城の中を勝手に歩きまわるのは気が引けたが、厠ぐらいいいだろうと。

そう思って部屋から出たものの、なかなかどうして、城の中の廊下はややこしく、目的地が見つからない。焦りながらどかどかと歩いていると、自分がどこにいるのかも分からなくなってきた。

やがて小さな中庭のようなところに出てしまった。風情のある庭園だが、こんな所に来たってしょうがない。引き返そうとした所、そこの縁に人が座っているのに気付いた。

厠の場所を聞こうと思って近づくと、その人の髪の毛が、金色に光っているのが分かった。

思わず、林揺は立ち止まり、一瞬我を忘れさえした。

池には鯉が泳ぎ、眩しい緑が萌える庭園で、空から注ぐ日に照らされて、その人のつややかな髪、ぴんと伸びたまつ毛が、金色に輝いている様が、見とれる程に美しかったのだ。

その横顔は、どこか遠くを見つめているようで、その金色の瞳はどこか憂いを宿しているようで、この豪華な庭の縁に座り、高貴な衣をつけ、金色の輝きに彩られているというのに、それなのに、この静けさのせいだろうか、その佇まいはどこか、とてつもなく、果てもない悲しみを纏っているような、そんな感じだったのだ。

思わず林揺は両手を合わせたくなった。この人は仏を見ている……、そう、直感した。

林揺の存在感に気付いたのだろう、金輔がはっと我に返ったような表情をして林揺の方を振り向いた。その視線を受けて、林揺もはっと我に返る。

そしてすぐにしまった、と思ったが、既にその視線に捉えられていた。

「君は……」

金輔は立ち上がって林揺に向き直った。慌てて林揺はその場にひれ伏した。

「し、失礼しました、富川様」

「いや、いい。……林揺だったね。城に着いてたのか」

「は、はい。これからご挨拶に上がろうというところでしたが、厠を探していますと、お見かけしてしまったので、つい……」

「頭を上げてくれ、林揺」

金輔は落ち着いた声で言った。林揺は恐る恐る顔を上げる。

金輔は林揺の近くに寄って座り込んだ。

「よく来てくれたな。突然のことで戸惑いはあるだろうが……、ぜひ君には国のために腕を振るって欲しい」

「は、はい、ありがたき幸せでございます」

「……そう堅苦しくしないでくれ」

「はあ、そ、そう言われましても」

「私のことは主君というより仲間だと思ってほしい。無礼を咎めたりはしないよ。リラックスしてくれ」

そう言って金輔はひらひらと手を降った。雲照寺で見せた高圧的な態度とはえらい違いだった。

「ええと、それで……」

金輔がそう口を開いた時、廊下をバタバタと走る者があった。

「若様、若様! こんな所にいたんですか? もう、探しましたよ!」

元気のいい崇範であった。

「今林揺様が城へ着きましたから、挨拶を……、って、林揺様!?」

「城の中で迷ってたみたいだよ。もう挨拶は済んだからいい」

金輔はけろっとして言った。

「あ、そうですか」

崇範もけろりとしている。

「じゃあ林揺様、もう部屋に戻っててください。あんまりウロウロしてると、他の人の目もありますから」

「あ、ああ、うん」

林揺は崇範に急かされておどおどと立ち上がった。

しかしそこを金輔が呼び止める。

「ああ、待て待て」

慌てて林揺は再びひれ伏した。

「は、はいっ?」

「いや……、厠は、そこの突き当りな」

金輔の呆れ気味の声を受けて、林揺は無言で頷いた。

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