巻一之三
やがて2人は雲照寺に着いた。
富川家との繋がりも深い、国の中でも有数の大寺院だ。庶民の行き来もあるなか、門の脇には金輔を出迎えるべく、ぴしりと僧侶が立っている。
「富川常正様が息子、金輔様と、供の笹井崇範だ。ただいま参上した」
崇範がそう告げると、門の脇の僧侶は馬上の金輔を見上げ、おどおどとおじぎをした。
「は、はいっ! ただいま住職を呼んでまいります!」
僧侶はそう言って、逃げるように門の内へ入っていく。
やがて年老いた住職と連れの僧侶がゾロゾロと出てきて、金輔達は馬を預け、門の内へ通された。
接待の間まで通され、住職が頭を下げる。
「ええと、この度は、殿様の命で開基される寺の住職を、当寺からご指名いただくということで……、まことに光栄なことでございます」
住職はそう言いながらも戸惑った様子だ。
「指名をしに来られるというお話だけお聞きしておるのですが、えっと、つまり誰を……?」
金輔は普段、毛や目の色を隠すために笠を目深に被っている。金輔は笠で視線を隠したまま答えた。
「誰かはまだ決めていない。今から選ばせてもらおう」
「えっ、い、今からでございますか。ええと、当寺でも特に有能な僧侶はここの、えと、7人でございますが……、どうぞこの者達の中からご指名を……」
金輔は仕方なく笠を上げてそこにいる僧侶たちを見た。その目が光っているのを見て、僧侶たちはぎょっとした様子だ。
住職が紹介した7人はいずれも中高年の僧で、そこはかとなく威厳を放っている。金輔は僧侶達の顔をひとりひとり、じっくりと見つめた。
その時間が長いので、住職はおそるおそる首を傾げる。
「あのう……、どうなのでありましょうか……」
金輔はそれでもじっと僧侶たちを見つめながら黙っていた。
「若様?」
やがて崇範も金輔を窺ってそう聞いた。
するとやっと金輔はぽつりと言った。
「決めた」
「は、はあ。どの者にお決めなさいましたか?」
住職が聞くと、金輔はすっと人差し指を向けた。
その正面にいた老僧の1人が、自分ですか? といった素振りを見せたが、しかし金輔は首を横に振った。
「君ではない。そのうしろの方にいる君だ」
「え、うしろ?」
住職が紹介した7人の老僧のうしろには、更に10人程の若い僧侶がついていた。
住職も僧侶たちも戸惑っているので、金輔は仕方なくすっくと立ち上がった。
したしたと僧侶たちの元へ歩み寄り、その中へずいと踏み込み、一番うしろの方にいた若い僧侶の肩にとんと手を置いた。
「君だ」
一瞬その場の空気が静まり返り、やがて戸惑いが湧いた。
「え、ええっ!?」
住職が素っ頓狂な声を上げる。周りの僧侶もどよどよとざわめいた。指名された僧侶自身も唖然として金輔を見上げたまま固まってしまっている。
「ちょ、ちょっと富川様」
住職は慌てて金輔の方へ寄る。
「なんだろうか?」
「その者はまだ当寺へ来て間もなく、修行も経験も至っておりませぬ未熟者でございます。優秀な者を差し置いて、どうしてそのようなご指名を!」
「この人には素質があるからだ」
金輔はさらりと答えた。
「し、しかしいくらなんでもこんな若輩者に……」
「若い人の方が素質は高いんだ。歳を取るとだいたいは使い物にならなくなってしまう」
金輔がそう答えると、住職はとうとう言葉を失ってしまったらしい。周りの僧侶も愕然とした様子だった。
金輔は笠を上げ、すっと目を細めて住職を見る。
「異論が?」
「い、いえいえっ、とんでもございません!」
住職は飛び上がるような調子で言った。金輔はくすりと笑みを零した。
やがて指名した若い僧侶を見下ろし、微笑む。
「そういうことだ。受けてくれるね?」
その僧侶は、震えるように頷いた。
「君、名前は?」
「り、林揺です、はい」
「林揺か。よろしく頼むよ」
「はひ」
林揺は冷や汗をかいていた。
やがて金輔は居直った。
「じゃあ、そういうことで。色々準備もあるだろうから、今日は一旦帰るよ。また後日、迎えに来る」
「は、はい……、かしこまりました……」
住職はかぼそい声でそう答えた。
始終戸惑いっぱなしの僧侶たちを置いて、金輔と崇範は雲照寺を後にした。
帰りの道中、再び崇範に馬を引かれながら。
「いやあ、すごかったですね、若様」
崇範はくすくすと楽しそうに笑いながら言った。
「うん?」
「さらっとおっしゃったでしょ? 歳を取ると使い物にならなくなってしまうって……、あの時の老僧達の顔ったら……」
崇範は口元を袖で押さえてくつくつと笑っている。
金輔は頬を掻いた。
「ま、ね……。しかし私がやってることは正規の事業じゃないからな。変な所を気にしていても仕方がない」
「もうあそこの坊さん達はみんなびっくりですよ。やっぱり若様、変わってるのは毛の色だけじゃありませんね」
「言っただろう、変人なら私のほうが上だとね」
「ふふふ、違いありませんね」
崇範につられるように、金輔も笑った。
「それに、貴人扱いされるのは慣れていないとおっしゃっていたのに、あの強引で有無を言わせないえらそーな感じ、ばっちりだったじゃないですか若様」
崇範はからからと笑う。金輔は吹き出すように笑った。
「利用できる時は利用しないとね。富川の名も、この金色の目も、……妖の力も」
笠の内側で、金輔は静かに微笑む。
崇範は金輔を見上げて聞いた。
「ところで、あの林揺っていうお坊さん、そんな凄い人なんですか?」
「まあまあだね。少なくともあの中では一番だ」
「へえ~。若様、人の才能を見抜く力も持ってるんですか?」
「才能、というか……、霊力だな」
「霊力?」
崇範の目が、興味深げに光をともす。
「人間に妖力を与えても、うまく使いこなせるかどうかはその人の霊力にかかっているのさ。だから今回の妖力兵隊には、霊力が高い人間を特に選びたいんだ。寺の住職もせっかく選べるのなら、兵士にしようと思ってね」
「そうだったんですか。霊力か……。でも、それだったら長年修行を積んでいる僧侶の方が強い気がしますけれど、そうではないんですね」
「そうだね……、理屈ではそうなんだけど、やっぱり生まれながらの体質というのがあるし、それに歳を取ると霊力は自然に減ってしまうし、……なにより、あの寺の老僧にはどうも、普段から真面目に修行してるらしい坊さんはいなかったよ」
金輔がそう言うと、また崇範はけらけらと笑った。
「なるほど、違いありません」
しばらくおいて、崇範はまたぽつりと聞いた。
「……ところで、ぼくにその、霊力はないんですか?」
金輔は金色の目でじっと崇範を見つめてから、やがて言った。
「残念ながら、皆無に等しいねえ」