巻一之二
やがて父である常正は、金輔に、国のあらゆる怨霊や、またならず者などをその力で退治し、民の平穏を守る仕事を命じた。
金輔は答えた。
「父上、それは願ってもない活躍の場です。ありがたく拝命しましょう。しかし一国を戦って回るとなると、私ひとりよりも、仲間がいた方が嬉しいですね」
「では何だ、妖怪の仲間を連れてくるとでもいうのか?」
「……いいえ、人間に心を許してくれる妖怪は数少なく、それは難しいでしょう。しかし私には、この妖力を人にも与える力があります。特に素質のある者を選んで、妖力兵隊を作る許可をいただけないでしょうか?」
「妖力を、人に、だと?」
「はい。言ったように、特に素質のある者でないと難しいのですが。その人員を探すところまで含めて、私に任せていただきたいのです」
ふむ、と言って常正は考える素振りを見せたが、やがてすぐに言った。
「よし、良いだろう。お前の力はこの国にとって大きな希望となる。私もできる限り支援をしよう。しかしお前も一応、富川家の人間だ。妖力兵を作る前に、身の回りの世話をする小姓を1人連れて行け」
「はあ……。しかし、ご覧のように私には身近な友人は誰も……」
金輔が仕方無さそうに答えると、常正はその場にいた家臣たちをぐるりと見回した。
家臣たちはギクリとしたように目をそらす。いくら国のためのこととはいえ、誰も妖怪の子である金輔などには関わりたくなかったのだ。
しかしその中で進んで出た家臣がいた。重役の中では末席の、笹井という者だった。
「殿、わたくしめに提案がございます」
「なんだ、笹井。お主が金輔の小姓をするか」
「いえいえ、私のような老体では、とても若様には付いていけますまい。そこで、私の息子を若様の付き人にと差し上げたいと思いまして」
「お前の息子? 義範か?」
「いえいえ、義範は既に家族や職を持っており、各地を戦って回る若様に付いていくには不自由もございましょう。ですから末の息子である崇範をと思いまして」
笹井がそう言うと、常正はにやりと笑って、なるほど、と零した。
「崇範か。確かにあれは元気がよくていい小僧じゃ。金輔よ」
そう言って常正は金輔に向き直った。
「はい、父上」
「笹井崇範を供とするがよい。後日、城へ連れて来るよう計らっておこう」
「はい、ありがとうございます」
「あらかじめ言っておくが、振り回されるなよ」
そう言って常正は笑った。金輔はキョトンとしたが、やがて笑顔を作って頷いた。
その後、金輔は常正にこっそりと呼び出された。
「金輔よ、例の妖力兵隊のことだが、なにせ扱うのが妖の力の部類だ、城の正規の兵士として扱うことはできぬ」
「はい、そのつもりでいますよ。あくまでも隠密に、少人数で動ける部隊となれればと……」
「うむ、よし。それと、これは念のための措置であるが、その部隊の拠点は寺に入ってもらう」
「……お寺、ですか。私が力を持って父上に裏切りの心を抱いても、いつでも祓い殺せるように?」
「そんな顔をするな。お前の心を信用していないのではない。家臣達を納得させるためじゃ。お前を檻の中に閉じ込めてしまうようで心苦しいが……」
「そうでありましたか。いえ、父上のご苦労を察しもせず無礼なことを申しました」
「だが金輔、その寺はそのためにこれから開基するのだが……、その住職はお前に選ばせてやろうと思う」
そう常正が言うと、金輔は顔をぱっと輝かせた。
「本当ですか?」
「ああ、まあ、雲照寺にいる僧侶の中から、ということは取り決められているのだがな」
「いえ、それだけでも大変嬉しいです! ありがとうございます、父上!」
「そうかそうか。雲照寺に話は通しておる、これから早速選びに行くがよい。部屋の外で笹井崇範を待たせておるから、連れて行け」
「はい、分かりました」
金輔はそう嬉しそうに頷いて、父の前を後にした。
部屋を出た廊下の所に、なるほど確かに1人の少年がちょこんと座っていた。
金輔を見るなり、少年は無邪気そうに目を輝かせている。
「あ、若様。ぼくです、笹井崇範です」
そう言って深々と頭を下げた。
「ああ、いい、いい。私にはそんな頭を下げないで。えっと、なんて呼べば?」
「崇範でいいですよ。ぼくは今日から若様の付き人なんですから」
「そう、か。いやすまない、部下を持った経験がなくてね……」
「そうなんですね。れっきとした殿の若様であられますのに」
「そうは言っても、妾腹なうえに、妖怪の子だからね。貴人扱いされるのには慣れてないよ。崇範、君もあまり堅苦しくしないでくれると嬉しいかな……」
金輔にそう言われて、崇範は一瞬キョトンとしたが、すぐにぱっと笑顔を浮かべて言った。
「はい、分かりました!」
金輔は照れくさそうに頬を掻いた。
「じゃあ、早速雲照寺に行きましょう!」
そう言って崇範は歩き出した。
金輔は静かな足取りでその後に続く。
城の門を出て、雲照寺への道中。
崇範の引く馬の上で揺られながら、金輔はぼうっと遠くを見つめていた。
「なあ、崇範」
「なんでしょう? 若様」
「私のお供なんて嫌だっただろうに、よく受けてくれたな?」
「え? どうして?」
崇範はちらりと金輔を見上げた。
「どうしてって、私は妖怪の子だよ? 毛の色だって、眼の色だってこんなだし」
「そうですね。噂の妖怪の若様って、どんな人なんだろうって想像してドキドキしていましたけど……、実際話してみると全然普通の人っていうか、むしろ父様なんかよりもずっと親しみやすい感じで……」
「えっと、怖くはないの?」
「ええ、全然。だって若様、すごく優しそうですもん。それに、その髪とか目とか、金色だなんて、なんかすごく、カッコイイじゃないですか」
「カ、カッコイイ?」
「ええ。僕も金色の髪とかになってみたいな~って思います。……髪の色を染める染料とか、ないんですかねー」
自分の結った髪を弄りながら、崇範はそう呟いた。
「崇範、君、周りから結構変わってるって言われたりしない……?」
「あ、分かりますか? そうなんですよ、よく変人扱いされるんです。妖怪の若様のお供なんて、願ってもない役目だけどさ、でもぼくを家から追い出してせいせいしてる父様達を思い浮かべると、ちょっと腹が立ちますよねえ」
「な、なるほど……」
崇範は少し眉を寄せて金輔を窺った。
「……若様も、ぼくのこと変だって思うんですか?」
「まさか!」
思わず金輔は大きな声を上げた。
「変人で言ったら私の方が上だね。いや私は人ですら無いけど。だから崇範の変わりようなんて屁でもないよ」
崇範はくすりと笑った。
「……なにそれ。変人で胸を張る人なんて、初めて見ました」