巻一之一
「闇魔法を使うプリースト」って言うとすごくカッコイイ気がするのに「妖術を使う僧侶」って言うとなんかあんまりしっくり来ないのってなんでだろう……。
さあさあみなさん、ようこそ金雷寺へお参りでした。
ここへ参ったのも何かの縁、どうぞ一時、足を休めてわたくしめのお話を聞いてゆきなされ。
この寺には世にも不思議な縁起がございまして、みなさまはもう既に聞かれたでありましょうか。
時は某年、富川様のご統治の4代目の時分、ええここ金雷寺の住職は竹倉の英燈、その祖父さんがまたその親父殿から聞いた話でございます。
さあさあ、みなさんもっと集まって、これから私が話すのは、世にも不思議な金雷寺の縁起でございまする。
時の殿様、富川常正がまだ若殿だった頃、ある日狩りへ出かけ、随分長く興じてしまったせいで、帰りにはすっかり道が暗くなっていた。
しかもにわかに雨が降ってきて、すぐに大きな音とともに稲妻の光が閃いた。
大雨の中、連れの者を率いて常正は馬を必死に走らせる。
さてと森を出て城へと近付いて来た頃、道にふわっと白い影があるではないか。
妖の類かと危ぶみて、常正はそこをひゅっと通り過ぎた。するとその白い影はふらりと倒れて、華奢な悲鳴をあげたのだった。
驚いて常正は馬を止め、連れのものに様子を見させた。その白い影は1人のおなご。それも大層美しい、若い娘であったのだ。
「娘よ、この雷雨の中、このような夜更けに何をしておる」
常正は聞いたが、娘はその場に倒れたまま、怯えた顔で常正を見上げるだけで何もものを言わない。
「馬に煽られて倒れたようだが、怪我はないか?」
そう聞くと、娘は無言で小さく頷いた。
ものを言わないので何者かは分からないが、その娘があまりにも美しいので、常正は城へ連れて帰ることにした。
連れの者達は「やはり妖では」と案じたが、常正はこれまた一風変わった、物好きな殿様で、それならそれでよい、と笑って娘を連れて帰ったのだ。
その後娘は常正の近くに仕えた。ひとこと、ふたことなら喋ったが、自分の身の上のことは話さず、ずっと正体は分からないままだった。ただその姿は誰も見たことのないほどの美女だったという。
やがて娘は常正の子を産んだが、その男の子はなんと、全身の毛という毛、そして目玉が金色に光っていたという。
周りの者はやはり妖だったのだ、と恐れ慄いたが、常正はやはり物好きな殿なだけあって、子の毛の色など関係ない、と言ってその子の誕生を大層喜んだと言う。
そうして常正と娘と、その間に生まれた子はしばらく幸せに暮らしたが、やはり城に妖を住ませることを恐れたあるものが、高名な僧侶に頼んで、こっそりとその母子を呪殺しようとした。
するとやはり妖怪であったのだ、僧侶の祈祷により、母はあっという間に金色の狐の姿をあらわして、苦しんで死んでいった。しかし子は、半分は人の血が入っていたからか、その祈祷で死ぬことはなかったのだ。
それを知った常正は激怒したが、あの女は妖だったのだ、このまま住まわせておけば城に災いが起こった、と僧侶に説得されて、なんとか怒りをおさめた。
しかし残された子は、祈祷で死ななかったのだから、邪悪な妖の類ではないのだ、と言って、殺すことを禁じ、正妻との他の子供同様に育て、教育を受けさせたという。その子は、毛と目の色が金色だったから、金輔と名付けられた。
金輔はなかなかに聡明な子だったが、なにせ母親が妖怪であったし、毛や目が金色に輝いていたせいで、人々からは恐れられ、忌み嫌われていた。父親だけが味方だったが、父親も時の城主だ、多忙な日々に負われていて、金輔はいつも孤独だった。
そんな金輔が二十歳を過ぎた頃のある夜のこと。
遠くで起きた戦乱で死んだ者の亡霊が、悪い風に乗ってこの国まで漂ってきたことがあった。
兜を被った髑髏が、刀を咥えて城の中を飛び回ったそうだ。城の者はみな恐ろしくて、立ち向かうどころか逃げ惑い、混乱の中で怪我人や死人が増えていった。
そんなところへ金輔は飛び出してきて、髑髏に向かって念力を放ったのだ。
元々妖怪の血を引いていたからか、金輔の念力は大変に強く、その亡霊をたちまちの間に消し去ってしまった。
また違う日のある夜のこと、近くの国々を騒がせていた凶悪な強盗がこの国へもやってきて、突然城を襲ってきたことがあった。城の兵士たちは必死に戦ったが、深夜に奇襲されたこともあって、戦況は危うかった。
その時にも金輔が、丸腰で戦場へやって来て、金色の毛から火の玉を放ったかと思うと、盗賊たちが途端にみんなぼうっとして、幻でも見ているみたいに、力をなくしてしまった。そのおかげで盗賊たちを全滅させることができたのだ。
金輔の持つ妖怪の力は、国を守る心強い力となる。そのことを、これらの活躍によって人々も認め始めた。