帰省
一年ぶりです。いまだにお気に入り登録してくれる方には感謝です。
ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン――。
電車に乗られ、景色が見慣れたものになったところであなたはため息をつきます。
あなたが向かっているのは実家――つまり、帰省です。
事の起こりはお盆休み前に掛かってきた電話です。
相手は何と両親からで、盆になるだろうけど帰ってくるのかというものです。
少しばかり考えたあなたでしたが、予定がすっかすかでしたし、ここまでの過ごした日々が大変だったので少しは戻って息抜きしたいと思い、帰るよと言いました。
まぁその後大家さんにそのことを報告してこうして来ているわけです。
お盆休みは一週間。ギリギリまでいる予定のあなたは準備してこの日に備え、新幹線と電車を乗り継いでいるところです。
景色が見慣れたところまで来たところでもうすぐで地元かぁと感慨も一入のようでしたが、そんな彼に見つからないように隣の車両に乗っている彼女たちは久しぶりに見た田舎に自分がいた世界を重ねていました。
そう。彼女たち。分かり切っていると思いますが、カナタさんたちアパートの住民です。
理由は大家さんから『彼が帰省するので皆さん行って畑仕事を見てきてください』と宣告され、追い出されたから。
普段なら猛反発する彼女たちでしたが、畑仕事をやらないといけないのでその勉強をしようと素直に行くことを決めた人たちより彼の故郷を見たいという人たちが瞬時に行動を起こしたため、そんなこともありませんでした。
宿が彼の故郷から一駅離れた場所にしかないことを知った彼女たちは忸怩たる思いでしたが、別に問題ないことを思い出したのですっかり忘れ。
彼が出て行った後を追いかけるように移動し、こうして見つからないように行動しているわけです。
そんな中、彼女たちから離れた席に座っている男子二人は視線を互いに反対に向け乍ら会話していました。
「なぁジャグラ」
「なんですか、忍さん」
「なんで彼、モテるんだろう」
「んー……忍さんみたいに平然と何股もしない誠実さがあるからじゃね?」
「ほぅ。お前そんなこと思ってたのか」
「あいつはまぁ俺と似たような感じだからわかるんですよ」
「ぷっ」
「……。忍さんがなんでモテるのかだけ未だに分からないんですよねぇ。外見だけはいいってだけなんすけど」
「…………童貞にはわからないだろうな。この私のモテる秘密が」
「魅惑とか使ってないっていうのがまた不思議で」
そうして流れる険悪な雰囲気。
ここで片方の男子について紹介しておきましょう。
桃井忍さん。ファンタジ荘に住んでいるフリーターです。ヒモに近いフリーターです。
最初にあなたと出会ったときは上半身裸で、その鍛えこまれた肉体でポージングしながら挨拶してくれました。
ボディビルダーなのかなと思っていましたが、ジャグラから「あの人バイト転々としてるから」と言われ驚きました。
たまにアパートに来るだけでほとんど会わないのでどんな生活してるのかわかっていませんが、きっと何とかしてるのだろうとあなたは考えています。
そんな彼がどうしてここにいるかと言うと、家賃を払いに来て久し振りに整頓しようかと思った矢先だったから。間が悪いとも言えます。
――その険悪な雰囲気に気が付いたのは、カナタさんでした。
「どうかしましたか?」
二人が座っている列のほうに顔を向けて尋ねると、彼らはその雰囲気を霧散させてごまかします。
「なんでもないっすよ」
「うむ。ないな」
「そうですか。彼に気付かれないように仲良くしてください」
いうだけ言うと彼女は視線を戻します。二人は肩の力を抜いて同時に息を吐き、同じように窓の桟に肘をかけて顔を支えました。
――これだけ見れば仲は良さそうですね。
故郷に到着した時の時刻はお昼を過ぎていました。
あなたは空腹でしたが、久しぶりに降り立った故郷の空気を吸い込んで懐かしさを覚えていたため気になりませんでした。
そして周囲を見渡し――アパートの住民の姿が目に留まった瞬間、固まりました。
彼らは特に見つかったわけじゃないのかそのまま改札口のほうに移動していましたが、その動きを目で追っていたあなたは呆気にとられています。
……どうしてこんな田舎にみんな来たんだろう。全員が駅のホームから消えてからようやく再起動したあなたはすぐにそう考えましたが、ひょっとして大家さんに何か言われてきたのかなと結論を出して駅を出ることにしました。
駅を出たあなたはそのまま家に向かいます。数ヵ月ぶりですが、長年住んでいたからか迷うことはありません。
駅から歩いて四十分。道中何事もなく家にたどり着いたあなたは、久しぶりの実家に感慨深さを覚えながらただいまと言って家の中に入りました。
そのころファンタジ荘の人たちはというと。
「やっぱりこの世界の田舎は、それでも発展してるな」(レンゲ)
「ですぅ。こうして歩きもせずに移動できるんですからぁ」(カナリア)
「これが昔の田舎なんだ。私の世界、こういう場所なくなってるから初めて見た」
「そうなんですかサリーさん」(カナタ)
「平和でのどか。そんな場所は辺境ぐらいにしかありませんからね、私の世界では」(ナユタ)
「こうのどかだと、研究とかどうでもよくなりそうで怖いわ」(ギール)
「ぶっちゃけどうでもいいって。それより前の駅に戻ろう。酒蔵あるって」
「酒飲みたいだけかミチル! あの男の故郷じゃぞ!!」
「ふふっ。本当に田んぼや畑しかないのね。あの子が畑仕事を嬉しそうにやってるのは、これが関係してるみたいね」
「ったく。本当、どうしてこの人達にモテるのだあいつは……俺もモテたい!」(桃井忍)
「んなこと言ってるからモテねぇんじゃね?」(ジャグラ)
駅周辺の商店街を散策しながら和気あいあいと会話していました。荷物はというと、彼ら自身が持つ技術で手元にありません。
性別で分けるなら男二人に女性九人。しかも全員が全員顔立ちが整っているので商店街の人たちも目を奪われます。
と、ここで先頭を歩いていたレンゲさんが足を止めてこう言いました。
「さて。何する?」
すると瞬時に手を挙げたのは、鉢巻きを頭に巻き半袖半ズボンの元気な女性――ミチルさんが大きな声で提案しました。
「酒蔵行こう!」
「却下」
「レンゲさん酷くない!? お酒だよお酒!」
「んなもん旅館でも飲めるだろ」
「それじゃ童が提案するぞい!」
にべもなく切ったミチルさんの提案。がっくりと肩を落とすと、ピョンピョン飛び跳ねながらそう叫ぶ女性が。
周りの人が高いからか見づらいのですが、レンゲさんは声だけで識別したのか「なにするんだ、レイ」と名前を呼びます。
「うむ。あの男の家に突撃じゃ!」
「却下。大人数で行くと迷惑だろ」
「それはそうじゃが!」
「ほかに案はないか―?」
もはや言い分をスルーしてみんなに呼びかけると、ジャグラが手も挙げずにこう言いました。
「なぁ、昼くわね? ちらっと聞いたら昔からやってる定食屋があるらしいから、そこ行ってから考えようぜ」
『…………』
ジャグラに視線が一斉に向きます。それに対し一歩下がったジャグラが「な、なんだよ」と言うと、レンゲさんが肩をたたきながらこう言いました。
「たまには仕事するなジャグラ!」
「たまにはって何だ!?」
「よし行くぞ! その定食屋へ!!」
『おぉー!!』
「っておい! 場所知らねぇだろお前ら! ちょっと待てって!!」
こうして彼らは定食屋へ向かいました。




