畑仕事
携帯のアラームが鳴り始め、あなたはすぐに止めて起き上がります。
久し振りにこんな早起きをしたあなたの顔はまだ眠そうですが、意地で何とか起き上がってのっそりと洗面所へ向かいました。
とある休日。
あなたは朝早く起きて既に外へ出ていました。格好は実家で使っていた地味な色の長袖長ズボン。
まだ朝日が昇り切っていない中、あなたは腕を伸ばしてから呟きました。
――さて、やりますかね。
眼前に広がる畑――農作物も育っていますが雑草もまた育っている――に骨が折れそうだなと思いながら、あなたは軍手をつけて鎌を持ってから畦道に降りました。
なぜあなたが目の前の畑の世話をしているのかというと、大家さんとの条件の一つだからです。
『畑の一区画のお世話を暇なときしてください』
まぁ田舎から来たので畑仕事は楽勝なんですが、仕事のある日に早く起きて世話をするというと話は別になってしまいます。
さすがに毎日世話となると早朝四時ぐらいに起きなければならないようで、未だに慣れない環境でその早起きはきついと考えているようです。
なのであなたは休みの日で雑草抜きや水やりをすることに決めていました。
そんなわけで今五時半。あなたは鎌を片手に雑草を抜き、それを降りてきた斜面に投げ捨てながら進みます。
鳥と虫の鳴き声が響く中で黙々と作業をしていたところ、後ろからボン! と爆発音が聞こえました。
思わず鎌を止めて後ろを振り向きますが、またいつもの人だろうなぁと思い直して作業に戻ります。
あなたが驚かない理由。それは、この爆発が前に何度も起こっているからです。
部屋にいると六割から四割で爆発する音が聞こえるので、最初の方は驚いていたあなたもすっかり物怖じしなくなりました。
まぁ爆発させる人が二階だからなんですけど。
「朝から何失敗しやがったギール!!」
そんな叫び声とともに扉が吹き飛ぶ音が聞こえたのですが、あなたは慣れた手つきで雑草を抜いていきます。
と、半分まで抜き終えたあなたは田んぼじゃなくて良かったと思いながら立ち上がって腰を曲げ上体を反らします。
しゃがんだ状態での作業が続いたため身体が固まっていたのか、ゴキゴキゴキと腰の方から鳴りました。
時間を見ると午前六時。そろそろ本格的に起きる人が多くなる頃でしょうね。
「いちいち扉を壊さないでよ、ジャグラ!」
「テメェが失敗して爆発させるのが悪いんだろ!? つぅか、部屋で実験するな!」
「ここが最高の環境なんだからやるわ! それに、実験ではなく発明よ、発明!!」
少し離れているのに喧嘩する声が普通に聞こえます。が、これまたいつも通りなのであなたは別に苦情を言うために戻らず、作業に戻ることにしました。
一時間後。
雑草を抜き終ったあなたは、詰め込んだ袋を肩に下げる様に片方は持ち、もう片方はそのまま持って土手を登りました。
上り終わったあなたは自分の部屋の扉の前へ袋と鎌を置き、そしてバケツが置いてある水道へ向かいます。
蛇口を捻り水を出す。バケツ一杯にたまっている間少し離れた場所にある杓子を取りに行き、戻って来て水を止めます。
片手だとバランスが取れないので杓子をバケツに入れて両手で持ち、土手をゆっくりと降りていきます。
と、あなたはそこで気付いてしまいました。
あなたの畑の奥の方の田んぼ――大家さんが趣味でお世話をしている場所――の中に先ほどぶっ壊した扉が突き刺さっているのを。
幸い苗の方に傷はなさそうですが、それでもあなたは血の気が引き、水を畦道に置いて慌てて二階へ向かいます。
なおも部屋の前で口喧嘩が続いている二人を見つけたあなたは、その二人の名前を叫びました。
ギールさん! ジャグラさん!
それを聞いた二人は顔をこちらに向け、あなたの姿を見て首を傾げます。
「おい、どうしたんだお前そんなに慌てて」
「そ、そうですよ。な、何かあったんですか?」
事の重大さが分かっていない二人はのんきにそんなことを言いますが、息が絶え絶えなあなたはそのことに対して注意できません。
代わりに、あなたは黙って畑の方を指しました。
それにつられて二人は見て――己の視線に映った光景を見て同時に血の気が引きました。
「お、おおおおおおおい。ま、ままっまままあまさか、お、おおおおおお大家さんのと……」
「呼びましたかジャグラ君?」
「ヒィ!!」
あなたの後ろから階段をゆっくりと上ってくるのに合わせながら怒気が強まっているので、あなたは振り向きたくありません。というより、大家さんの雰囲気がとてもじゃないけど洒落にならないので、常人のあなたは振り向くという選択肢がありません。
が、しかし。前方の二人は逆に顔を背けられません。いくら少し常人から外れていると言っても、中身は人間。このアパート内の権力者であり、なおかつ涼しい顔してトラックすら受け止め、電話をしながらかくれんぼをしてるのに見つからないという正に――
「私はただの大家ですよ。それ以上でもそれ以下でもありません」
はいすいません。ですので今の表情を向けないでください。能面のように笑顔を張り付けたまま怒ってるという感情が明確にわかるその表情を。
「それで、何か言い訳はありますかジャグラ君、ギールちゃん」
「「どぐに何もありまぜん!!」」
涙目で全身が震えている状況で精いっぱい叫ぶジャグラさんにギールさん。あなたはと言うと、背中越しに感じる恐怖心で体がすくんで息が詰まっていました。
無理無理無理無理無理! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!
そんなことを考えながらも耐えていると、「二人を止めてくれてありがとうございます。あなたのおかげで田んぼにダメージが入る前に対処できました」と言って優しく肩を叩いてくれました。
叩かれたあなたは、緊張がほどけ気を失いました。
ざっと四十分ほど経った頃。
あなたは目を覚まして天井を見つめていました。
一体何があったのかと言う疑問は瞬時に甦り慌てて体を起こすと、そこには正座でお茶を飲みながら笑顔の大家さんが。
「お目覚めになったようですね」
一瞬フラッシュバックしましたが、あなたは素直にお礼を言い、水やりをやろうと立ち上がったところ「あの二人には今月いっぱいあの畑と田んぼ一面すべての世話をさせることにしたので大丈夫ですよ。まぁ今は基礎的なものを教え込んでいるところですが」とクスクスと笑いながら制しました。
ついでにお茶も勧められたので素直に受け取り、同じく正座で湯呑を持って口をつけます。
「冷めてますがいい味ですよね?」
一口飲んだあなたに大家さんが訊ねてくるので、あなたは素直に頷きます。
久し振りにお茶を飲んだと思いながら二口目を口に含むと、大家さんが「慣れましたか?」と訊ねてきました。
あなたがぼちぼちですねと答えると、「それは良かった」と言いながら大家さんはお茶を飲みます。
「正直あなたがここを去られると私個人としても嫌なので、そう言ってもらえるのは嬉しいですね」
「!!」
一瞬噴き出しそうなフレーズを聞いたあなたですが、何とか堪えて…男で奥さんいるのに何を言っているんですか? と何とか尋ねます。
「いえ。あなたほど畑仕事をマメにやってくれる人はいませんでしたし、あなたほどここの住人たちやよく来る異世界の人たちと仲良く出来た人はいません。これからもそうでしょう」
何やら確信した様子で言い切る大家さん。それに対しあなたは、畑仕事は落ち着きますし、みんな話してみればいい人達ですから。と答えます。
その言葉を聞いた大家さんは驚いた表情を浮かべたと思ったらすぐさま笑顔に戻り「それはありがたい言葉です」と微笑みました。
一先ず大家さんにお礼を言って大家さんの家を出たあなた。
途中綺麗な奥さんが「どうもすいません」と頭を下げてきたことに慌てましたが普通に家を出たあなたは、大家さんに言われたところで水やりの途中であることには変わりがないなと思い目と鼻の先のアパートへ戻らず畑の方へ向かいます。
土手を降りて畦道に降り立ったあなたは自分の畑の部分に置いてあるバケツを持って杓子で水をすくい丁寧に水やりをしていきました。
現代の畑仕事とは少々違いますが、気にしたら負けです。