来客の王様
「やぁ」
あなたが家でテレビを見ながらお酒を飲んでいると、リビングに 王冠を被った男の人が来ました。
あなたは慌てて部屋の中の冷蔵庫に駆け寄り、反射的に一升瓶を取り出します。
その行動を見た男の人は苦笑しながら徳利にも似た瓶を見せ、「ま、その通りだけど」と言いながら座り込みました。
「フム悪いね、いつもボトルをキープしてもらって」
それに対しあなたは、まぁ他の人たちもやってますからと言いながら彼がキープしていたお酒の一升瓶を持ちながら升に注ぎます。
一杯に入った升を見た彼は「本当にすまないね」と言いながらお酒を煽ります。
それを見ながらあなたは、この部屋にある冷蔵庫に視線を向けて電気代とか大変なんだよなぁと考えました。
あなたの部屋には冷蔵庫が二つあります。
一つは備え付けの物。もう一つは自分で買ったものです。
まぁその理由は現在進行形で見てわかる通り、この世界のお酒を飲みに偉い人たちが来るからです。ここにいる王様をはじめ、魔族を統べる女王様に夜の世界を支配する吸血鬼の王様、果ては仙人まで。
ともかく幅広い人達が来るのでその人たちの命で酒を買って保存しなくてはならなくなった経緯があります。そのせいで生活はギリギリです。一人一人ボトルをキープしているので。
あなたも飲む方ですが、飲みに誘われたら下戸だとウソを言って断ります。そしてコンビニやスーパーで買わず、持ってきてくれたお酒を飲むという構図になっています。ギブ&テイクがしっかりしてますが、こちらの負担が大きいのをあなたは必要経費だと信じて過ごします。
そうでもしなきゃやってられないのでしょうね。
「ふぅ。しかし……まさか君の部屋に魔王や武神まで来てるとはね……」
升の中身を飲み干した王様は、冷蔵庫の中にある名前のシールが貼られたのをちらっと見えた部分を思い出して呟きます。
一日一人は来ると言っても過言ではないのでゆうに百人は超えてるんじゃないかなと思いながら、あなたは王様が持ってきてくれた国の名産品であるお酒――色合い的にはワインでしょうか――をグラスに注いでから、テーブルに並べられたおつまみの数々――半分は自前です――のチーズを爪楊枝で刺して食べながら、話せば楽しい人達ですよ、と答えます。
「それを言えるのはここで、君だからだと思うよ」
そうですか? と思いつつお酒を口に含むあなた。舌触りは柔らかく、味はフルーティ。とても飲みやすいと思いました。
一杯飲み干したあなたは、これおいしいですねと言います。
「だろう? このお酒のお礼だよ。私の国の自慢のお酒さ」
誇らしげに語る王様に、やっぱり自分の国好きだなぁと思いながらお酒を注いでいると、おつまみを食べた王様が不意に呟きます。
「そういえば」
「?」
「いやなに。今日来たのは仕事の愚痴を言うためじゃなくてね。……前回シャーリィがこちらに来たようだね」
シャーリィと言うのはどうやらメイドをしに来た王女様の様ですね。
あなたはそういえばありましたねと過ぎ去ったことのようにつぶやきます。どうやらそこまでにまた色々あったようですね。
それに頷いた王様は、「うちでもメイドに混じってやろうとするから、困ったものだよ」とため息をつきます。
升の中のお酒が無くなっていることに気付いたあなたは一升瓶を持って注ぎますか? と訊ねます。
若干顔が赤くなっている王様は、「もう一杯もらうよ」と言いました。
トポトポ…と注ぐ音の中、王様は「このお酒――清酒だっけ? とてもすっきりしたのどごしで、お酒を飲んでるとは思えないよ」と言いながら自分の国の料理を食べます。
銘柄や保存状態によって変わるんですよと言いながらちびちびとあなたが飲んでいると、王様は升のお酒を一口飲んでから「それで話を戻すとね」と前置きしてからこう発言しました。
「君、うちで王様やらない?」
ブフォ! とあなたは床にお酒を噴き出します。汚い事ですが、いきなり衝撃的なことを言われたので。
むせたあなたは咳き込みながら床(幸いにしてカーペットではありません)を拭くために立ち上がり、台所の方から雑巾を持ってこようと若干覚束ない足取りで向かいます。
そして雑巾を持ってきたあなたが床を拭いていると、「どうだろうか?」と畳み掛けてきます。
先程噴いたことで酔いが覚めたあなたは、きっと酔っぱらいの冗談だろうと考えながら顔を上げずに、冗談ですよね? と聞き返します。
その瞬間、王様の雰囲気が変わりました。
「冗談? 一国の王である私が娘の縁談で冗談を言うわけないだろ?」
あ、そう言えばこの人冗談と言う言葉が酔っぱらっている時嫌いだったんだ。雰囲気が変わったのを察したあなたは今更なことを思い出します。
ですが後の祭り。王様は一気に升のお酒を煽ると、そのまま捲し立てました。
「大体君は優柔不断すぎる。ウルフ族族長から求婚されたのを有耶無耶にして放置したり娘の誘いを有耶無耶にしてなかったことにしたり魔王の話を半分以上聞き流してなかったことにしたりと……」
こうなった王様を止める手段をあなたは持っていません。なので、床を拭き終えたあなたは普通に台所の方へ戻って雑巾を絞り、それを日の当たりる場所へ置いてから再びリビングへ戻ります。
「だからだね、私が君に抱く不満と言うのは――」
戻って来ても話し続けていた王様。つまみのほとんどが無くなっていないため、あなたはそれを食べながら話を若干聞き流しつつお酒を飲みます。
「そもそも王と言うのは―――であるから―――なのだけど、君はそこのところどう考えているんだい?」
三十分ぐらい話があったので端折りましたが、あなたはただ一言、大変そうですね。
それを聞いた王様はテーブルを叩いて立ち上がり、「そうなんだよ!」と叫びます。
升の中身が無くなっているのでそのままお酒を注ぐと、立ったままそれをあおった王様は「おうというのは実に大変な身分で、重大な責務なんだ。近頃の民はその事を分かってない!」などと言い始めます。
だいぶ酔っぱらっているなぁと他人事のように思いながらちびちびとお酒を飲むあなたと対照的に、声高に今の政治を維持するのにどれだけ自分が大変なのかと言う苦労話を演説するかのようなテンションでお酒を飲みながら語る王様。
その状態は深夜二時まで続き……目が覚めたあなたは遅刻しそうな状態で二日酔いになっていました。
本来このぐらいの短さになりますね。