メイドさんと行く その2
詰め込んだら五千字越えそうだったので一部省略しました。
目指してるのはあっさり短編集なので、五千越えたらアウトかなって。
喫茶店で充分休んだあなたはなけなしのお金で代金を払い(その時店主がなにやら感心した様子でしたが)店を出て。
自転車のロックを解除して後から出てくるカナタさんを待っていると、なにやら気分が良さそうなカナタさんが鼻唄混じりで出てきました。
先程までとうって変わったその態度にあなたは首をかしげましたが、何かいいことでもあったのかなと思い直し声をかけます。
カナタさん、と。
「な、なんですか?」
彼女は若干声を上ずらせます。それを聞いてどうしたんだろうと思ったあなたは、素直にどうしたんですか? と質問します。
嬉しそうなのを目撃されたカナタさんはとても動揺しましたがメイドという立場の矜持に則り、傍から見れば平静を保った状態で「なんでもありませんよ」と答えます。
それを聞いたあなたは何か嬉しい事でもあったんだなと思いつつ深くは訊かず、それで、どこへ買い物するんですか? と本来の目的を訊ねます。
訊かれた本人は思い出したように手を打ってから、急に恥ずかしそうな顔をしてそっぽを向き、歩き始めました。
いきなりの行動にあなたは驚き、自転車に乗らずそのまま押して彼女についていくことにしました。
「……」
あなたは自転車を押した状態のまま右へ左へ視線を彷徨わせます。立ち止まったままな上に人通りが多い場所で。
こんなことをしている時点で、あなたは、これからどうしよう……と考えます。
どうやら、迷子になったようです。
彼女について行ったらすぐさま人ごみに混ざられて消えてしまったので、行ったと思われる方向を進んだらこうなったようですね。
もう完全に打つ手なしなのか、あなたは自転車を横に置いてガードレールに腰を下ろします。
まぁ電話番号を知りませんからね、基本。こんな風に誘われることがなかったので。
入社して強引に何件か入れられたのを除けば、あなたは自発的にアドレスを交換するほどアグレッシブではありません。というより、やっぱり都怖いと思っているあなたは、会社の同僚や上司の連絡先ですら自分から行きませんでしたね。
という訳で、当然カナタさんの連絡先を知らないあなたは天を仰いでぼんやりするしかありません。探し回ろうにも都の地理に疎いあなたは結局迷子になるだけだと分かっているので。
そんな時です。
「あれ、あなたどうしたの?」
聞き覚えのある声に呼びかけられたので視線を戻して声の主を探すと、勤務先のマドンナ(と男性社員一同が呼んでいる)が、あなたの正面で立ち止まっていました。
普段は遠目からでしか見ない顔が間近にあることに驚いたあなたは思わずのけぞりそうになりますが、なんとか自制します。
あなたが息を吐いて額の汗を拭うと、彼女はクスクスと笑いながら訊いてきました。
「面白いわねやっぱり。ところでさっきも訊いたけど、どうしてここに来たの?」
あなたは正直に、買い物の手伝いに来ましたと言います。すると、彼女は驚きました。
「彼女?」
違いますよ。同じアパートの住人の方とです。あなたはすぐさま否定します。
「へぇ。でも、あなたはどうしてここに? 一緒に来たんじゃないの?」
その問いに対し、あなたは包み隠さず正直に、迷子になりましたと答えます。
あまりにも正直なその答えに彼女は一瞬虚を突かれたようでしたが、すぐさま笑います。それはもう上品に。
けれど、ここ数か月の間で王族やら美人さんやら魔王やらサキュバスやらが部屋にいたあなたは見惚れることはあっても心臓を高鳴らせることはありません。
やっぱり美人はどんな動作をしても映えるなぁと思いながら見惚れていると、「あなた、ほとんど来ないのね」と看破されます。
当たったあなたは頭を掻きながら照れ笑いを浮かべます。
「入社して二ヶ月は経ってるのに、あんまり来ないのね」
「……」
未だに怖くて来ようとしませんので。そうあなたが正直に言うと、「怖がりなのね、あなたは」とまた笑われました。
しかし笑われたところであなたは変わりません。
別にいいんですよ。昔から怖がりなんです。
そう言うと、クスッと彼女は笑ってから「また会社で会いましょ? 一緒に来た人と会えるといいわね」と言ってその場を立ち去りました。
よく笑う人だなぁと思いながら後姿を見送ったあなたが立ち上がろうとした時、横から声が聞こえました。
「今の人綺麗でしたね。会社の人ですか?」
「……」
そうですけど……と答えながら、あなたは恐る恐る横を向きます。
すると、感じた通り不機嫌そうな雰囲気を醸し出しているカナタさんがいました。
「なにか御用ですか?」
あの……怒っていますか? 迷子になったこと。その原因を探ろうとあなたが訊ねると、「あなたがいなくなったので探したらきれいな女性と楽しそうにお話をされていたことに腹を立てていますが?」と言われます。
あなたは瞬時にごめんなさい! と謝りますが、カナタさんは到底許してくれそうにありません。
女性を怒らすのは怖いなやっぱり…と思いながらどうしようか考えつつアタフタしていると、不意にカナタさんに腕を取られました。
ひょっとして腕折られる!? と危惧したあなたは戦々恐々としますが、返ってきた言葉は「早く行きましょう? 時間が無くなります」でした。
どう反応すればいいのか分からないあなたは、ただ素直に立ち上がって自転車のロックを解除し、そのまま流れに逆らわず歩きだすことにしました。
「こちらです」
自転車を境に平行して歩いていたカナタさんは足を止めて言ったので、あなたも足を止めて示された方を見ます。
その店は、女性服専門店でした。
「……」
「では早く行きましょう。時間は有限ですので」
棒立ちになったあなたに対しカナタさんは急かしてきますが、それで我に返るほどあなたの気持ちは落ち着いていません。
母親以外の異性と初めて買い物する場所が女性服というとんでもなく場違いだと認識できる店を前にして、え、これどうすればいいのという気持ちで頭がいっぱいです。もう混乱しています。
女性服なんて知らないよ…と考えていたあなたでしたが、ガチャガチャという音で我に返りました。
音がした方へ向くと、カナタさんが自転車の鍵をかけていました。
何やっているんですか? と見ればわかるのに確認するあなた。鍵をかけ終えたカナタさんは、「では行きましょう」と質問に答えずあなたの手を引っ張ります。
あなたの手に伝わるカナタさんの肌の感触。手入れの行き届いていてスベスベだというのがわか……った瞬間、自覚してしまいました。
今、手を握られている?
ボッ! とあなたの顔は瞬時に赤くなり、思わず手を払おうとしてしまいますが、カナタさんには敵いません。
こ、これちょっと……等と思いながら俯くと、カナタさんが言いました。
「は、早く行きましょう? 何故か人が集まってきましたので」
緊張した声で言ってきたその言葉にあなたは顔を下て周囲を見渡すと、周りには男女の集団が。
携帯電話片手で何やら写真を撮りつつ騒いでいる彼らの視線を一身に浴びているのは、やはりというかカナタさん。
それが分かったあなたはもう緊張するのはやめようと思い覚悟を決めました。
握られた手をそのままにして、先にいたカナタさんを引っ張るように歩き出します。
その瞬間カナタさんに向いていた視線の半分があなたに向きましたが、覚悟を決めて視覚情報を遮ったあなたは気になりません。
ついでに、カナタさんがぎゅっと握り返してきたことと、その手の体温が高かったことも。
「今日はありがとうございます。付き合っていただいて」
都の入り口で袋を持ちながらお辞儀をするカナタさん。それを自転車を押しながらあなたは笑って、これぐらいならお安い御用ですよと言います。
あれから羞恥心を乗り越えてカナタさんの服を買い、下着に関しては店前で待ちましたが、それ以外の買い物を一緒に行きました。
その買ったものをあなたの自転車のハンドルにバランスをとるようにおかれ、残りはカナタさんが持った状態。
あなたのバックにも入ってる状態ですが、そんなのは気になりません。
では帰りましょうか。そう言って自転車を押そうとしたところ、「あの、」と呼び止められたので振り返ります。
すると、いつの間にか両手に持っていた荷物が消えていて、来た時と同じ状態になっていました。
あれ? と首を傾げていると、ハンドルに掛けていた荷物をカナタさんが外したと思ったらパッと消えました。
……? 理解できないことが起きてる? これひょっとして魔法? そんなことを思いながらカナタさんを見ていると、「メ、メイドの嗜みです…」と恥ずかしそうに答えました。
その姿が普段とは――というよりこの日のカナタさんは今まで見たことのあるカナタさんとは――一味もふた味も違い可愛らしいので、思わず見惚れてしまいました。
その空間がとても桃色で、思わず通行人が足を止めて見ているのにも気付かない二人。そんな空間も、自転車が倒れたことで互いに我に返ります。
自転車を戻しながらす、すいません! と謝ると、カナタさんは俯いて「い、いえ……」と恥ずかしそうに言います。
出来る大人な雰囲気のカナタさんがとても乙女らしい仕草をするというギャップに周囲の男子がときめいている中、あなたはこの状況を一刻も早く脱したいために、そ、それじゃ帰りましょうか! と叫びます。
しかしカナタさんは何も言いません。
ひょっとして言葉のチョイス間違った? と考えていると、カナタさんが顔を上げます。その表情は、どこか決意を固めたような。
その雰囲気に気圧されていると、カナタさんが呟きました。
「――――ですか?」
小声だったので聞き取れなかったあなたが首を傾げると、「私と一緒で、楽しかったですか?」と訊いてきました。
あ、今日の感想なのかと思ったあなたは、もちろん。と言い切ります。
それを聞いたカナタさんは嬉しそうに頬を染め、見たことのない笑顔で「私もです」と弾んだ声で答えてくれました。
帰りはカナタさんがあなたの自転車の後ろに乗った状態で帰りました。警察に見つかることはありませんでしたが、カナタさんがしがみついてるので胸が当たって終始別な意味で鼓動が早くなっていました。
カナタさんも顔が赤く、わざとしがみ付いているという点に関しては……まぁどうでもいいことですかね。
「私みたいな人でも『好き』ですか?」
彼女は目の前の彼に、恥ずかしそうに、それでいて必死に訊ねます。
ですが彼は聞こえなかったようで首を傾げています。
予想以上に声が出ていなかった彼女は自分に驚きますが、一応言えたので顔をあげて言いました。
「私と一緒で、楽しかったですか?」と。
その答えに満足した彼女は、言えなかった言葉を心の中でつぶやきました。
――愛しています、と。