メイドさんと行く その1
「どれにしましょう……」
全身を映す鏡の前で服を自分の体に当てながら彼女は呟きます。
とても気持ちが昂っているのを自覚している彼女は、それでも服を選びます。
「何を着たらあの人は驚きますかね…」
嬉しそうに、それでいて悩ましそうにつぶやいていると、インターフォンが鳴りました。
その瞬間、彼女は持っていた服を着替えました。
どうやって着替えたかは、秘密です。
王女様が襲来してきた週の休みの日。
あなたはカナタさんの部屋の前にいました。
心臓が高鳴っているのが分かります。とても落ち着かなくなっているのも。
何度も何度も深呼吸してようやく落ち着いたと思ったあなたはノックしようとしたところ――
「おはようございます。今日はよろしくお願いしますね?」
いつものメイド服ではなく現代のモデルさんが来てる服と同じ服を着たカナタさんが笑顔でドアを開けた先にいました。
本日はカナタさんとの約束の日――つまり都で買い物するお付き合いの日です。
……俗にいうデートのような気がしますがね。
まずあなたは階段を降りながら、ここからどうやって行きますか、と訊きます。
「走れば一時間足らずで着きますけど?」
「……」
私にはそんな脚力ないんですけど…。見栄を張らずにあなたがそう言うと、「ではあなたが乗っている自転車で一緒に行きませんか?」と訊かれたので不意にあの自転車で二人乗りできたかなと考えましたが、このアパートに住んでいる人達(自分を除いて)はどこか人間離れしているので言葉通りの意味じゃないだろと思い直し、訊ねました。
すると、あなたが考えた通りの言葉でした。
「あなたが自転車で、私が走れば問題が解決しますね」
言葉を失います。
こういうことをしれっと言ってのけるカナタさんに。
確かに合理的です。そうでなければあなたは置いてかれるでしょう。
ですが、それはどこか納得いきません。どうにも考えてしまいます。
階段を降り切ったあなたはそのことについて悩んでいると、後ろにいるカナタさんは「はやく行きましょう。時間が惜しいです」と急かします。
なんか妙案が結局浮かばなかったあなたは、おとなしく自転車に乗ることにしました。
自転車で走ったら普通に並走されてることに戦慄を覚えつつ一時間ぐらいで着いた都入口。
息を切らして自転車から降りているあなたとは対照的にケロッとした表情のカナタさんは「まだ歩くので少し休憩しましょうか?」とあなたを心配してくれます。
人通りが多いここで立ち止まったら妨害だなと思ったあなたは、素直に頷きました。
「ではついてきてください」
頷いたあなたを見てカナタさんはそう言って都の中に入っていくので、あなたは慌てて自転車を押しつつ後を追いました。
「こちらの喫茶店で休憩しましょうか」
カナタさんについていくこと数分。
立ち止まった彼女の後ろから覗き込んでみると何の変哲のない一軒家。
彼女はそこを喫茶店だと言って入るので、あなたは自転車をきちんとロックして邪魔にならなそうな場所に置いてから入りました。
「いらっしゃい……おや、カナタさん。今日は休みじゃなかったかい? それと、後ろにいる彼は?」
「店主。自分でスケジュールを把握してるでしょうから先の問いには答えませんよ。そして彼は数か月前に引っ越してきたアパートの住人です」
「珍しい。あのアパートで交流のある人がいるなんて」
店に入ると、中は改装したのかカウンターに座席があり、それなりにお客さんがいました。
カウンター越しにウェイターの制服に蝶ネクタイの男性――どうやら店主の様です――があなたとカナタさんを見て驚いたように話を振り、カナタさんが説明したのであなたは自己紹介をします。
それを聞いた店主は、「わざわざあのアパートを選んだ理由は何かあるのかい?」と訊いてきたのですが、カナタさんが「それより座らせてください」と言ったので、「悪い悪い。カウンターでいいか?」と近くのカウンター席を指さします。
カナタさんが何も言わずに座るので、あなたも釣られて座ります。
座った途端に彼女から香水の香りが漂ってきたので、今更あなたは緊張します。
ここに来る前、あなたはあまり女子と会話したことがありませんでした。話し掛けられることもなかったので、あまり異性と一緒に居るというのは慣れていません。
あの部屋ですとそれなりに騒がしいので大丈夫ですが、外に出てみるとまったく。割と田舎の方だったので周りは知らない人ばかり。おまけに美男美女がうようよいるという状況。
田舎より怖いよ母さん…と思いながら視線を下に向けていると、カナタさんが「大丈夫ですか?」と心配してくれたので、あなたは慌てて顔を上げてだ、大丈夫です! と返事をします。
「ならいいのですが……何か頼みますか?」
「…………」
メニューありますか? とあなたは質問します。
カナタさんはこちらです、とメニューを渡してくれたので見てみますと、あなたは唖然とします。
今まで歓迎会のみ外食で、値段が高いのは知っていましたが、コーヒー一杯の値段が560円と書かれていることに。
固まるあなたを見て、カナタさんは首を傾げます。
「どうかしましたか?」
どうやら値段設定が高いということに違和感がないようです。
それを見て益々自分がおかしいのかと思うあなたですが、店主はそんなあなたの態度を見て気付きました。
「カナタさん…ひょっとして彼、都に来たばかりですか?」
「数か月前にこちらに引っ越してきましたが、それがどうかしましたか?」
まるで分っていないようなカナタさんに、店主は言いました。
「都の値段は田舎より高いんです。土地代や材料費の関係上。だから給料の方も高いんですけどね」
「そうなんですか?」
「まぁカナタさんはずっと都が基準でしたから分からないでしょうけど、田舎が基準の人はここに来ると軽いカルチャーショックなんですよ」
「……そうなんですか?」
そこら辺の感覚が分からないのかあなたにカナタさんは訊いてきたので、素直に頷きます。
「そうなんですか……行ってみたいですね」
最後の方が小声でしたのであなたは思わず聞き返しますが、カナタさんは「なんでもありませんよ」と初めて聞いたような緊張した声で有耶無耶に。そしてそれを眺めてニヤニヤする店主。
どうしたのだろうと思いながら現在の持ち金で注文できる最小限の出費を探していると、店主は「田舎からここに来た記念ということで御代はいりませんよ」と言ってくれました。
あなたは咄嗟にいいんですか? と訊ねます。
店主は「ええ」と言ってからちらりとカナタさんを見てこう言いました。
「月に一度でもいいので来てくれれば売り上げが上がるでしょうから」
「……?」
何やら意味深に言うのであなたは首を傾げます。が、意味を察したカナタさんは目つきを鋭くして「それじゃ、今日の御代は店主持ちということでいいですか?」と声のトーンを落として訊きます。
その声にあなたはビビりますが、そのことに気付かないカナタさんは店主に視線を向けたまま。
店主はカナタさんの鋭い視線を受けながら、飄々としつつ「いいですよ。それで彼が来てくれるなら」と言い切りました。
すごい人だな…と思っていると、カナタさんは「それではこの店で一番高いコーヒーとケーキを二つずつお願いします」と注文しました。
「分かりました。御代はカナタさんの給料から引いておきます」
「……はい?」
険悪な雰囲気が流れます。あなたはその雰囲気を察してどうするべきか考えます。が、考えられません。
先に折れたのは、店主でした。
「冗談ですよ。ごゆっくりお過ごしください」
折れたというより冗談だと言って躱した店主。それを一睨みしたカナタさんはふぅっと息を吐いてからあなたに向きます。
「見苦しいところをお見せしてごめんなさい」
「……」
見苦しいかどうかはともかく初めて見たカナタさんの姿に驚いたあなたは、話題を変える様にここで働いているんですかと訊ねます。
「そうですね。管理人以外ですと初めてですね教えたのは」
もっとも、教えるほど交流してないですけどね。そう言って笑う彼女に、あなたはすこしだけ照れくさくなりました。
なんか続く感じになりました。




