王女降臨
短編そのに。
結婚騒動が起こってしばらく経ったある朝の事。
今日も仕事なのでいつもの時間に起きたあなたは、テーブルにティアラを置き床でスヤスヤと寝ている女性を発見しました。
が、またか…と思ったあなたは面倒なのでスルーする方向を決め、さっさと着替えます。
異性の前で着替えるということに抵抗がないのは人間として些かどうなのかといいたいですが、あなたはもちろんそんなこと気にしません。というより、気にしても意味がないことが分かっているからです。
着替え終ったあなたは朝食の準備をします。お金がないので基本的に料理もせずコンビニのおにぎりとサラダぐらいなのですが、朝食位は自分で作ります。
……ま、ハムエッグにご飯とインスタントの味噌汁なんですけどね。
「……」
自分の分だけ作ってリビングのテーブルに置いたあなたは、両手を合わせていただきますと言ってから食べ始めます。
ゆっくり噛んで味わうあなた。時間に余裕があるからか、それとも少しでも腹持ちをよくしたいのか。おそらく両方だと思われるその行動は、食べ終わるまで続きました。
食べ終わったあなたは特に慌てることなく食器を片づけて出社の準備をしていると、「う、う~~ん…」とうめき声をあげたにもかかわらず身動ぎをしない人がいましたので、ちらっと見てから放置することにしましたが、自分がいなくなった時に目覚められて変なことになるのはとても嫌だったあなたは、ドレスを着ながらも床で腕を枕にしてすやすやと眠っているその子の体をゆすって起こしました。
「う、う~~む……あと三分だけ待ってくれ……ムニャムニャ」
「……」
起きない常套句を聞いたあなたは携帯電話のアラーム機能を一分後にセットして耳元に置き、自分は歯を磨きにユニットバスの方へ行きました。
ジリリリ! ジリリリ!! ジリリリ!!
「ニャワァァァ!! な、なんじゃこのけたたましい音は!!」
音量最大のアラームが耳元で聞こえたことに驚いた子が飛び起きたので、あなたは歯磨きをやめてうがいをし、其のままリビングへ。
そこにいたのは、携帯電話から距離を取ってあなたのベッドの上で警戒している彼女。
やっと起きたと思ったあなたは携帯電話を回収しに向かったところ、彼女があなたを見て懇願してきました。
「いいところに来た! こ、このうるさいのを何とかしてくれ!!」
あなたより年下なのに敬語すら使わない彼女ですが、心の広いあなたはそこに触れず携帯電話のアラームを止めて元の時間に戻し、バックの中に入れました。
止まったことに安堵した彼女はあなたが見ていることに気付き、「べ、べつに童は怖くなかったわ!」と虚勢を張ります。
そこはあなたにとってどうでもよかったので、どうしてここに来たんですか? とへりくだって訊ねます。
それを受けた彼女は、鼻を鳴らしてからない胸を張って言いました。
「童がお主のメイドになてやろうと思ってな!!」
「……」
とりあえずメイドの基本を知りたいなら二階にいるカナタさんに聞いてください。俺これから仕事がありますので。と言ってそそくさと出て行こうと思いました。
ですが、「童のメイドが人に聞かねばならぬものだと!? そんなことはない!」と叫ばれたので、あなたは今日もまた面倒だと思いながら普通にドアを開け、階段をのぼり、自分で言っていたカナタさんの部屋の前まで来てノックしました。
「……」
朝早くからすいません。ちょっとお時間ありますか? そう言って少し待つと、扉がゆっくりと開いてメイド服姿の女性が頭を下げて「おはようございます」と丁寧にあいさつをしてくれました。
おはようございます、と言ってから、あなたは早速お願いしました。
王女様がメイドになりに来たようなので、お願いできませんか?
そう訊ねると頭を上げたカナタさんは、「なるほど……」と思案してから「分かりました」と了承してくれました。
ありがとうございます! と頭を下げると、「ただし、私は王女だろうと関係ありませんので。それでもいいですか?」と訊いてきたので普通に頷きます。
「あ、それと」
はい? とあなたは聞きます。カナタさんまだあるのかと。
「こんど一緒に都に行ってくれませんか? 買いたいものが在るので」
それぐらいなら喜んで。迷わずにあなたは言い切ります。予定がびっしり詰まっていることなどないのはすぐに分かっていたことなので。
完全週休二日制な上、同僚や上司に誘われる事などほとんどないあなたは暇を持て余すことが多いのです。有給でも暇を持て余します。
「それならあなたの都合の良い日で構いませんのでお願いします」
そう言うとカナタさんは扉を閉めました。
鍵を掛けずにこうして出ているのもそうですが、いくらなんでも不用心なのではと思うところがあるでしょう。
ですが、このアパートのセキュリティは普通の泥棒では侵入できないのです。
なにせ、魔法が使われているのですから。
何はともあれこれで何とかなりそうだと思ったあなたは、急いで降りて自転車にまたがり、会社へ向けてこぎ始めました。
あなたの部屋から王女様の驚きの声が聞こえましたが、メイドの鏡であるカナタさんに教えてもらえば大丈夫だろうと考えながら自転車をこぎ続けました。
会社が終わり。
自転車をこぎながら途中コンビニで夕飯を買い、自分の部屋へ戻ってきたので開けたところ。
「お帰りなさいませなのじゃご主人様」
「お帰りなさいませご主人様」
玄関先で王女様とカナタさんが同じ角度で頭を下げてお出迎えしてくれました。
あまりの変貌にあなたは驚きつつ、た、ただいま、と気後れした返事をするしかできません。
そんなあなたとは裏腹に、王女様は流れるような足取りであなたのカバンを取り、「本日のお夕食はわら――私がつくった、私の国の料理になるのじゃ」と教えてくれました。
コンビニで買ったおにぎりとサラダがバックの中に入っていると言えなくなったあなたは、行動力すごいなと思いながら、ありがとうございます、とお礼を言います。
「……べ、別に仕事なので」
急に声が高い上に小さくなった王女様。それを聞いたあなたは首を傾げますが、とりあえず料理がちゃんと出来たのか今更不安になります。
王女様が先導する形であなた、カナタさんという順です。
「こちらです」
王女様が慣れた手つきで綺麗に開けます。
そこからあなたの目に飛び込んだのは、冷蔵庫の中身では作ることができないであろう料理の数々でした。テーブルが小さいので四品ほどですが、それでも目の前の料理はあなたにとってはとても新鮮なモノでした。
「どうぞ座ってお食べになってくださいなのじゃ」
そう言われて着替えることもなくあなたは座り、渡された箸を受け取ります。
すると彼女達も自然と座ります。長いスカートなのに風を起こしてふわりとさせない座り方で。
どういう事なのかと思いながらも「お食べになってください」とカナタさんに言われたので、あなたは慌てて近くにあった炒め物に手を伸ばします。
パクリ。普通に食べたあなたは二人の視線を受けながら噛みきれない食材と格闘しつつにじみ出る肉汁に驚きます。
野菜の方はパリパリと食感の残るという具合で、炒め物の上にかかっていたソースが絶妙。
とてもおいしかったのですが、肉が噛みきれないので何も言えずずっと噛んでいます。
それがあまりにも長いので、ついに王女様は耐えきれなくなりました。
「おいしいのかどうか言ってほしいのじゃ!」
「……」
噛みながらあなたは、おいしいけど噛みきれない、と言いました。
それが正確に伝わったらしく、「そこまで固い肉じゃったか…?」と首を傾げながら同じ炒め物を食べ、なんと数回で呑み込んでしまいました。
「これぐらいそうでもないじゃろ」
何とも内容に食べ続ける王女様。もはやメイドになっていた面影など消え去りましたが、彼女らしいといえば彼女らしいです。
それを見たカナタさんはため息をつきながらも同じ炒め物を口にして数回で呑み込みます。
「大丈夫ですね。このお肉は噛めば噛むほど弾力が増しますので、さっさと呑み込めばいいのです」
「……」
そんなお肉この国にない気が…と思ったあなたはさっさと呑み込みます。すると、すぅっと呑み込めました。
驚きながらも食べ続けるあなた。それを見た王女様とカナタさんは目線を合わせて互いに笑いました。
帰る際に王女様に「童のメイドは同じゃったか? 渋々ながら教えてもらったんじゃが……」と上目遣いで訊かれたので、完ぺきだったよというと、顔を真っ赤にして「な、ならまたやってやらないこともないぞ!!」と言って玄関を開けて消えて行きました。
カナタさんは、言葉もなく帰っていきました。
……あなたはモテるようですねぇ。
では