お盆休み其の3
あなたが帰省した翌日。
五畳という狭い部屋の中に昔から使っていた勉強机に洋服ダンスと布団が配置されているだけで、プラモデルや雑誌の類が散らばっていない自室で寝たあなたはスマホのアラームにより目が覚めました(携帯電話は長年使っていた弊害が出たので買い換えました)。
少し前に変えたばかりなのでまだ操作がおぼついていませんが、それでも何とかアラームを止めます。
ちなみにお兄さんは普通にスマホを使っており、あなたが機種変更したときに「やっとか」と呆れていました。
アラームを止めた貴方は欠伸をしてから腕を伸ばし、首を回してから着替えることにしました。
午前七時。両親と一緒に朝食を食べ終えたあなたは、そのまま畑仕事の手伝いを始めます。
お兄さんはどうやら寝坊のようで父は怒っていましたが、お兄さんのお嫁さんの謝罪を聞いてすぐさまお兄さんを叩き起こしました。おかげで顔に殴られた跡がある状態で現在畑仕事しています。
あなたが雑草などを抜いてると、兄が「そういえば明日祭りだな」と思い出したように呟きます。
それを聞いたあなたは屋台の数って減ってるの? と疑問を口にしてみたところ「今年は減ってないな」との回答が。
新しい人が引っ越してきたの? まぁ何世帯かは。そんな会話をしながら作業をしていると、父が「しゃべってないで働け」と兄の襟をつかんで立たせ、そのまま引きずられていきました。
「動ける! 俺一人でも動けるから!!」
「寝坊したやつが文句言うな!!」
兄の文句も父の一喝により空しく散った光景を見送ったあなたは周囲に雑草が無くなったので立ち上がって上体を逸らします。
「お手伝いお疲れ様」
そんなことをやっていたらあなたは兄のお嫁さん――響子さんに声をかけられました。
あなたは体勢を戻してから、まぁいつもやってることなのでと答えます。
それを聞いた響子さんは「やっぱり農家の生まれだとこういうのも習慣になるのですね」と微笑みながら言いました。
響子さん。
あなたが大学四年生の夏休みの時に兄が「結婚した」と言って連れてきた女性です。
年齢はぱっと見二十代で、表情は大体笑顔なうえにおっとりとした性格な女性です。
当然、両親は前触れもなくいきなりお嫁さんを連れてきて「結婚したから一緒に住まわせて」と言ってきたのですから物凄く怒りましたが、兄が見せた婚姻届けの写しなどを見て納得せざるを得ず、現在に至ります。
そういえば出会いとかって一度も聞いてないんだよな……。貴方はふと過去を振り返ってそう思いましたが、それより響子さんの発言が気になったので思わず聞き返しました。
えっと、どういう意味ですか?
あなたが訊き返したことに彼女は一瞬驚いたようですが、すぐに笑顔に戻り「そういえば弟さんは知らないんでしたね」と言ってから「あ、私実は元お嬢様なんです」とあっさりと言いました。
あまりにあっさりだったのであなたはそうなんですかと聞き流し……そのままスルーしました。まぁ当然ですね。周りに王女や社長や魔王や集まりますから。今更お嬢様という肩書ぐらいで驚きはしません。
あなたがそのまま作業に戻るので、彼女は逆に虚を突かれたのか「え、えっと、弟さん? 今のは驚くところでは……?」と訊いてきたので、あなたは作業しながらどう答えたものかと考えてから答えました。
都会で仕事していたら珍しいわけじゃありませんから。
まぁ実際はかなり珍しい方なのですが、都会というイメージ的にこんないいわけでも大丈夫だと思って。
それを聞いた響子さんはそれ以上追究してこなかったので、通用したのでしょう。
あなたが内心でほっと胸をなでおろしていると、後ろから父が声をかけてきました。
「おう。そこら終わったのなら別な場所もやれや。秀平の嫁と仲良くなってないで」
あ、うん! と反射的に返事をしたあなたは兄が収穫している方を手伝いに行きました。
一方でついてきた人たちはというと。
「はー、水や肥料はあげ過ぎちゃいけないんですか」
「そうだよ。野菜ってのは環境や栄養で味が変わるからね……って、これぐらい常識だろ?」
「うっ、まだ始めたばっかりなので色々と手探りな状態で……」
「しっかし野菜の育て方なんて今やテレビとかネットで調べれば出るのに、こうして直接話を聞きに来るとはねぇ……若いのに大したもんだよ」
「恐縮です」
ジャグラはあなたの家の近くの農家の人に農作業の心得を聞いており、他の皆さんは思い思いに手伝ったり試食して取引先にしようか考えたりナンパしたりしていました。
その中で黙々とお手伝いをしているカナタさんは、この土地の持ち主であるおじいさんにあなたのことを聞きます。
それに対しおじいさんは「あれま、あのせがれがこんな別嬪さんと知り合いだったとはなぁ」と驚いてから「子供の頃から知っとるぞ。この町の子供は大体かわいがられてたからなぁ」と懐かしそうにつぶやきます。
「あの、この作業が終わったら聞かせてもらっても構いませんか?」
「んだな。こうして手伝ってもらったんだし、茶でも飲みながら話すか」
「ありがとうございます」
丁寧にお辞儀をする彼女を見て、おじいさんはますます張り切りました。
またレンゲさんはというと。
収穫した野菜を食べながらこのおいしさはやっぱり田舎だからかと考えながら農家との取引について考えつつ、同じく彼についての話を聞いていました。ナユタさんも隣にいます。
ただし、話題は彼の身内の話でした。
「お兄さんがいるんですか」
「んだ。あいつとは二つぐらいしか歳離れてないんだが、大学卒業してから兄の方は二年も連絡なしだったんだ」
「でしたらお父様とかたいそうお怒りではありませんでした?」
「そりゃもう。最初の一ヶ月は荒れてたなぁ……あと、戻ってきてからも」
その当時のことを思い出したのかその人は少し全身を震わせてから、続けました。
「戻ってきてからな、なんと嫁さん連れてきたんだよ。しかもすごい別嬪さんだ。ちょうどあんたみたいな」
そういってナユタさんを指さします。
指名された彼女は瞬きを数回してから「本当なのですか?」と質問します。
それに対し「見間違うはずねぇ。それから少しして若い夫婦が数組移住してきたし。ありゃどこか良いところのお嬢様だったんじゃねぇかな……うちの息子も今頃結婚してるか分かんねぇな」とぼやきだしました。
「レンゲさん。分かります?」
「う~~ん。確かそんな話がどこかで聞いたするな。覚えてないけど」
「そうですか……あ、ちなみにおじい様。その人のお名前は分かりますか?」
「ん? 嫁さんの名前か……? う~~ん、きょ、きょう……だったはずなんだが……おーい! 源蔵の息子の嫁の名前って憶えてるか!」
「響子ですよ、あなた!」
「「!!?」」
名前を知った二人は、驚いて顔を見合わせました。
さて、残りの人たちはというと。
「大丈夫ですか、皆さん」
「飲み過ぎたのじゃ……頭が痛いのじゃ……」
「むにゃむにゃ……まだまだぁ」
「う~~頭が痛いですぅ。付き合うんじゃなかったです~」
「あ、どこ行くんですかミュンテンさん!」
「トイレですよギールさん。一人で大丈夫ですから」
「大丈夫じゃないから監視役がいるんじゃないですか!!」
ホテル内にいました。




