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家出少女

小説ではありますが小説ではないものです。

 ここは小さな島国にある大きな都から少し離れた畦道が広がる場所にポツンと立っているアパート――ファンタジ荘。

 コンクリート製の建物がひしめき合っているその都とは違い古き良き木造建築のそのアパートは、年代を感じさせます。


 これは、そんなアパートに住む貴方――独身男性のお話です。




 ピリリリリ! リリリ!! ピッ。

 携帯電話の目覚ましであなたは目を覚ましましたが、昨日の仕事の疲れがまだ残っているからか寝ぼけ眼です。

 ごしごしと目を擦りながらぼんやりとした状態で起きようと布団に手をついたところ。

 ムニュという音が左手から聞こえました。


「……」


 あなたは瞬時に昨晩の記憶をさかのぼります。仕事をして帰ってきて夕飯を食べてお風呂に入って何もやる気がおきなくて就寝。

 一人暮らしの自分の家に誰かいるはずは――あるけれど、それでも寝る前にはみんな帰るはず。

 脳を活性化させて一体誰だと思いながら掛布団をはがしたところ、何やら頬を赤らめて興奮しているらしい犬や猫みたいに頭の上あたりに耳がついている女の子が寝転がっていました。


「……」


 戻ってこいと呼びかけましたが反応がありません。自分の世界に入ったようです。

 大人なあなたは面倒と思いながらもやさしくゆすってこちらに戻します。


「――――あ、お、おはよう、ごございます……」


 戻ってきたその女の子はあなたを見るや小さな声で恥ずかしそうに挨拶をします。

 あなたも挨拶を返しますが、どうしてここで寝ているのか尋ねます。

 すると、掛布団を剥ぎ取ったその女の子は全身に巻いて距離を置き、「どうか泊めてください」と円らな瞳で懇願してきました。


「……」


 事情を説明してほしいとあなたは言います。時間が惜しいので早めに決断をしたと思って。

 あなたも社会人。まだ一年目ですが、ここ数ヶ月で社会の厳しさを痛感してきました。

 絶対に今日も遅刻できないから早めにしてもらいたいと考えていると、その女の子は事情を説明してくれました。


「……実は、父であるウルフ族の族長が結婚相手を勝手に決めてきたんです。私には心に決めた人がいるというのに、『そいつを忘れろ』なんて言ってきたんです。だから思わず父を半殺しにして家を飛び出してきました。私はもう、あそこへは帰れません。ですので、どうか、どうか……!!」


 涙交じりに説明し、懇願してくる女の子。事情を理解したあなたは、ウルフ族族長とか半殺しという単語をスルーして一週間前にこの子の父親が飲みに来たのを思い出します。


 このアパートのあなたが住んでいる部屋は特殊です。まぁ大家さんも他の住人達も特殊なんですけれど、あなたが住んでいる一階角部屋は群を抜いて特殊な空間になっています。


 部屋の中自体は他の部屋と変わりません。玄関を開けて外に出る時場所を念じればその場所に行くことも変わりません。

 ただ別世界の住人があなたの部屋を念じて扉を開けるとあなたの部屋につながってしまうという特殊な点を除けば。


 ちなみに。このアパートを選んだ理由は、単純に実家に近い空気で仕事する場所から近かったから。家賃も安いのもありました。


 話を戻しますが、この目の前の女の子の父親――彼女が半殺しにしたという人――が来た時、酒を飲みながらこんなことを言っていました。


『最近ルーラの奴が上機嫌なんだよ。まるで好きな奴が出来たみたいで』


 あなたは頬を上気させながらも、それでもやめられないという感じで飲みまくる父親を読書をしつつ見て、反応を返しません。

 まるで置物の様なあなたの態度にも拘らず、その父親は酔った調子で話し続けます。


『あいつに好きな奴ができるのは嬉しいんだけどよ、どうにも素直に喜べねぇ』

「……」


 確かに。親が娘の恋を心配するのは当然でしょうというと、持っていたコップをテーブルに叩きつけて『そうだろ!?』と嬉しそうにします。

 コップやテーブルの心配をするあなたは読んでいた本を閉じて、まぁ自分にはその相手もいませんけどと付け足す。

 その言葉を聞いていなかったのか、器用にコップにお酒を注ぎ、それを煽ってから『どうにも素直に喜べねぇんだよなぁ』と感慨深そうにつぶやきます。はっきり言って酔っぱらいの絡みです。

 それでもあなたは普通に反応します。それが最善かという様に。


 でも、親なら素直に恋愛を応援すればいいと思いますよ。


『それが出来たら苦労しねぇ!!』


 まるで頑固おやじのように酒を一気に煽りながら叫ぶ父親。彼の姿をここ数ヶ月で何度も――ここ最近は特に――見ているあなたは、『彼女が選んだのでしたらきっといい人ですよ』と言ってあげます。

 すると『だろうけどよぉ……』と歯切れの悪い返事が。

 どういう事なのか分からないので首を傾げていると、『あいつに好きな人ができるなんて思わなくてよ、勝手に婚約結んじまったんだよ…』と落ち込んだ様子で独白します。

 どの種族でもあるものですねと思いながらも喉が渇いたので台所に出て水道水をコップに注いでリビングへ戻ると、『母さんも出来ないでしょうと高をくくって一年前に結んだ約束が正式に書面になるんだけどよ~、今じゃあいつ完全に好きな奴いるんだぜ? 一体どうすりゃいいんだよ!』とベロンベロンに酔っぱらいながらも会話を続けるその子の父親。


 こりゃ自分で帰ってくれそうにないなと思ったあなたは、そっと毛布を掛けて寝ました。


 そんなことがあったのを思い出し、あなたはさてなんといおうと考えたかったのですが、時計を見ると時間が時間でしたので、慌てながら、仕事終わるまでは居て良いし、このアパートの人たちに助けてもらってもいいから!! と叫んで朝食を作って食べて少女――ルーラがいるにも拘らず普通に服を脱いでスーツに着替え(その際彼女の頬が赤くなって視線を逸らされたのは当たり前でしょう)、鞄と財布と仕事に必要なものを全部詰め込んで、行ってくるから! と言って扉をあけて出て行きました。



 仕事が終わってから。

 同僚の誘いを断って急いで帰ります。行きは早いのですが、帰りは自力で帰らなければいけないので基本自転車です。今回は非常事態で手段を選ばず来たので走って帰るかタクシーで帰るかしかなく、基本的にお金のないあなたは走って帰るしかありません。


 ……軽く十キロぐらいありますけれど。


 けれどそれにあなたは後悔していません。むしろ、この都の空気に慣れないのでありがたいと思っています。

 道に迷いそうになるほど多い交差点。分岐し、複雑化している遊歩道。

 色々なモノが大きく、更に高い。とてもじゃありませんが、どこか恐怖心を募らせ萎縮します。


 スナックなどの酒場も同じです。根が小心者なあなたはあまり行きたいと思えません。行くとしたらコンビニとかスーパーぐらいです。




 走って二時間半ぐらい。ワイシャツは汗だくで息も切れ切れの状態であなたは戻ってきました。もうお腹もペコペコですし、やっぱり自転車で行こうと心に誓いました。


 ただいまと言ってあなたは扉を開けて部屋に入ります。

 あなたの部屋――というよりこのアパート全ての部屋は入ってすぐ左横に台所や冷蔵庫や調理器具が見え、右横にはユニットバスの部屋の扉が。

 左横をそのまま歩くと右に曲がるのでそのまま進むとリビングになります。角部屋なのでそれなりに日当たりはいいです。


 入って靴を脱いだあなたはそのまま台所の方へ顔をのぞかせますと、ルーラがどこから調達して来たのか分からないエプロンを身に着け、この世界の洋服を着て鼻歌交じりで包丁を握って普通に野菜を切っています。


 何かいいことがあったのかと思いながら靴を脱いで調理中の彼女に声をかけず通り過ぎることにしました。

 というより、現在午後八時を過ぎております。というのに調理中であることに関してスルーしたかったのです。それほど疲れていたというのもあるでしょう。

 そのままリビングへ入ると、なぜか彼女の父親が包帯を巻いた状態でお酒を飲んでいました。


 あなたは固まりますが、父親はあなたを見て「お、帰ったか」と何気なく言います。

 半殺しにあったのにここまで回復するってすごい…そんな感想を抱きながら、大丈夫なんですかと訊ねます。


「ああ。娘に半殺しにあった族長なんて初めてだが、まぁあいつがそれほど本気だということだってことの証明だな」

「……」


 笑って済ませられることなんですかね…と思いながら鞄をベッドに投げて座り、ネクタイを緩ませて同じく放り投げてから、どうしてここに? と訊ねました。

 父親は自前の酒を煽りながら説明してくれました。


「いやー不意打ちとはいえ娘が族長である俺を半殺しにするっていう暴――快挙が村に伝播してな。そのおかげで婚約話が無しになったんだよな。村の奴ら全員の満場一致でな。その事を伝えに来たついでにお前を待ってたんだよ」


 あなたは首を傾げます。なぜ自分を待っていたのかと。

 その答えは、すぐに返ってきました。


「ん? ああ、お前を婿にするっていう報告をな」

「!!」


 確かあの子十五歳だったよな…と思いながら驚いていると、「ルーラがお前のこと好きだってこと知らなかったのか?」とあきれながら訊かれたので、素直に頷きます。

 あなたは生まれてこの方それほどモテた経験がありません。というより、異性との会話がそれほどありませんでした。この数か月前までは。

 色々あって今では女性との会話は普通にこなせるようになりましたが、結婚話は初めてです。


 なんでこんな自分をなどと思いながら、丁重にお断りしようとしたところ。


「お料理できました♪」


 お盆に乗せた人数分の料理を運んできたルーラの姿がありました。

 その姿にとても話が切り出せなくなった小心者のあなたはおとなしくありがとう、といいました。


 その日はとても和やかではありましたが、貴方はどこか罪悪感に駆られていました。

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