恋する乙女
「女ー!?嘘ー!!」
この場にいた大胆エルフちゃん、ユニファーさんの気持ちを代弁したぺローの一言…それが俺の胸、本当に胸に突き刺さる。そうだなここは冗談でも可愛い男の娘くらいで止めておこうか。だがしかしこれはポジティブに考えてもいいんじゃないか?男の桃源郷…女子風呂にだってこれで堂々と浸入することができるではないか?そんな暇あったら彼女つくれと言われるだろう…いいよ、人間ならな。ドラゴンと獣耳は不可だ。エルフ大歓迎(ダークは不可)基本的に魔物は嫌だ。
「貴女は女神か!?神はまだ我々を見捨ててはいなかったか!!」
助けた男が俺の両手を持ってブンブン振り回すのだが…あんたの女神はな…男なんだよ。でもな、女になってみるとあれだ。この逞しい体に魅力を感じる…危ない兆候だ、大胆エルフちゃんを見ても性的興奮しないということは身も心も女になりつつあると言うことだ。早く戻らなければ…
「あの…マジでやめて…うん、離して…病人の治療が先決ですから…」
ハンマー投げでもすんのか?体重が軽くなったので簡単に回されれば宙に浮くわけで…離すなよ…絶対に離すなよ!!フリじゃないから!!
それで後ろ3人…いや、ユニもついてるから3人+1頭からの質問攻めにあう。あのね、後でいいか!?一番動揺して気が動転しそうなの俺だから!?被害者俺だから!?どうしてこうなった!!責任者だせコラ!!あ~オーディン…俺は女の子になったよ、天罰で変態勇者が女になったよ!どんな安物同人誌のストーリーだコラ!!俺はこのまま大量オークに凌辱されるのか?
そのまま闇堕ちしてバットエンドパターンか!!
「聞いてるのかユウ!!なんで女になんかなったんだ」
「俺が知りたい…もう女で生きていく…ユウナに名前改名してオークち○○のお嫁さんになる…」
「心荒みすぎだろオイ!セクハラ男はどこ行った!!」
大事なものと一緒に無くしたよ…ふふ腐腐腐腐腐!!
これからは男漁りして一生ピーしてピーしてピーピーするんだ!!(当然の自主規制)
「ユウくん?こっそりでいいから話してくれない?心の整理がついてからでもいいから」
なに?俺がニューカマーに目覚めたとでも?そんな馬鹿な…でも前を案内する逞しい体に…ダメよ~ダメダメ!!私は男なんです~
はい、馬鹿な想像してる間に着いたわ…もう何て言うかさ…医療現場でここより酷い場所はないと思うな。ありとあらゆる病状が揃ってる。致死性の高い感染症にかかっている人もいる、あれは黒い斑点が出ている。俺がいた世界でもこの病気で大変な被害者がでた。日本では馴染みはないが世界史を勉強すれば必ずでてくる。黒死病、ペストだ。だけじゃない体が石のようになる象皮病、皮膚病にかかれば全身かきむしるから全裸になっている。ほとんど死にかけ、棺桶に片足突っ込んでるような連中ばっかりだ。さて、俺は病気の見本市に来た訳じゃない。
「ユニ?手伝ってくれ」
「(女の指図は受けない!!)」
ユニの抵抗…ほう、よろしいならばこちらもそれ相応の対応をさせてもらいましょうか?後悔すんなよヒャハハー!!(この患者の数に精神異常を来す)
「そんなこと言っちゃう?男に戻ったあかつきにはそうだな…」
「(脅す気?無駄よ)」
ユニの嫌がることを考えてみる。ありすぎるがその中から特にユニに屈辱を与える組み合わせを考え出した。許しを乞いながら無様にひれ伏すユニが目に浮かぶわ!!これは癖になりそう~
「これから俺はユニファーさんの後ろに乗る」
「(ふんだ!背中が軽くなって逆に有難いわ!)」
「ユニ、お前は荷馬だ。魔界からセントーレ連れて
セントーレに乗るのも悪くない。セクハラしても怒らないしな、荷物はポーチに全部入るし、お前もいらいか…治すこともしない人を乗せることもしない
お前のわがままをずっと聞いてられるほどできた人間じゃない…この意味わかるか?」
「(ここに来て捨てるつもり!!)」
「そんな選択もあるって話だ」
「流石に言い過ぎでは…」
「そうだぞユウ!」
他三人からとてつもない批判を浴びた。俺としても言い過ぎたかなとも思うが日頃の鬱憤が溜まってたのと女になったことによりこんな女々しいイライラする奴を見ると昔ならセクハラをするか男ならシバくが女にはセクハラができなくなったので言い方がキツくなりました。
「一人で全員助けろと?」
「俺達がポーションで治せる人はいないんだ!ユニに手伝ってもらうならもっと言い方があっただろって言ってるんだ!」
ふぅ…この人達を見捨てるわけにはいかないし…さっき治したら人も俺が逃げたらなにがなんでも連れ戻そうとするだろうからここは俺一人ががんばるしか…よし、治療を始める!!
「冒険者さん!お名前は!」
「お、俺?ジャックって言うんだが頼む!仲間が病気なんだ!助けてくれ!!」
「わかってます、そこのバカそうな猫を連れて食糧を探して来てください。後生活用品もあれば助かります。動ける人は外で神殿周辺の警護をお願いします。治療に専念したいのでもしヴァンパイアが襲ってくれば私は応戦することができないので…頼みます」
「わかったわ!」
「了解です!」
そうして全員外へ駆けていく…さて、この人数…魔力消費は免れずか…大丈夫だと思う…たぶん。
「(やれやれ、しょうがないわね…私が手伝ってあげるわよ)」
「何してる?」
「(何って…)」
「外へ行けと言っているんだけど?これも女の命令は聞けない?」
「(手伝って欲しいでしょ?)」
「邪魔だ、外で警護してこい。役立たずじゃないならね…」
ユニをテレポートさせ神殿の外へ放り出す。さてと病状を見て診断していきますか。礼拝堂、並んでた長椅子は片付けられあちらこちらに病人達が横たわっている。歳は様々男女関係なし、不思議と子どもはぺロー達が連れていた子だけだった。他の子どもは重大な病に犯されこの子だけが生き残ったのか。
「今からお姉ちゃんが皆治しちゃうからその間違うところにいてくれないかな?」
「お手伝いする」
歳も今年で小学生といった子どもだ。そんな子が泣きもせず自分から手伝うと言ったのだ。この時代の子どもはずいぶんとたくましいな。
「大丈夫、それより他のお友だちは?」
「皆ね…悪い女の人が連れてっちゃった…。私だけ一人ぼっちなの」
「そっか…じゃあお外にいる耳の長い女の人がいたでしょ?その人とさ、お手伝いしてきてくれる?」
「うん!」
「偉いねー!では!お願いします!」
大きな返事をして走っていったその子の友達はいまどこにいるのだろう。ヴァンパイアが食糧として拐っていったのか、それとも違う目的が?今はそのことじゃない。
「気合い入れていくぞー!!オー!!」
そこから数時間後、神殿の中では喜びの声で道溢れた…そして俺は女神として祭りたてられた…
「あなたがジャックと同じ冒険者仲間の…」
「ターナーです」
人の良さそうな少年だ、彼は右腕が壊死していたが俺が傷の進行を止め、見事治してみせた。夜になっていたのも気づかずに治していた。魔力は変換するのもわりと神経を削る。この神殿を守っていたプリーストのおじさんは夜になってやっと暗黒の太陽を防がなくても大丈夫とのことなので今は住民と中で食事をとっている。外で警護していた大胆エルフちゃんとユニファーさんも神殿の中で休憩している。
「いつ頃こういった現象に?」
「それはわかりません、自分達がこの領地に入れたのも全くの偶然なんです」
「偶然?」
「僕と…隣で寝てやがるジャックとはこの領地周辺で出現している狼の討伐に来ました」
狼?俺が襲われたやつと同じ狼かもせれない。
「森の中で、まったく驚きました。狼を探しに来てヴァンパイアに出くわしたんですよ!?昼間と言うこともあってまったく油断してたわけじゃないんですがなんとか逃げ出してこの領地に入りました」
あの道を真っ直ぐ歩いても領地にほたどり着けない領地の人が逃げ出そうとしてもまた戻ってくるので外に出られないそうだ。だから今まで救援もこなかったらしい。
「自分達も無人の家に気味が悪くて神殿を見つけたら病人だらけ、遺体もあったのですが子ども一人だけで後は暗黒の太陽を防ぐためプリーストの初老の男性がいただけでした。なんとか遺体を燃やして看病していたのですが自分達も病気にかかり…」
現時点で俺も防護幕を神殿全体に張っているから病気にはならないがその暗黒の太陽とやらを破壊しなくてはならないようだな。
神殿の庭で見張り番として焚き火をしているターナー、ジャック、ぺローと俺。俺は疲れてるから先にターナーと不寝番をすることになった。ヴァンパイアは襲ってくる気配もなくただただ弾けて火花が散る音だけしている。虫の音もない。暗闇と呼ぶにふさわしいだろう。
「その前からだいぶと人が死んだようです。この領地の広さにあの生存者の数では割りに合わないですから。それより暗黒の太陽とは何でしょう?」
「知りませんか?」
「お恥ずかしながら田舎から最近顔を出したばかりの世間知らずなもので…」
ターナーもそれで俗世とは関係を絶ったような村から来た人じゃないと知りませんよと笑われはしたがその常識とやらを教えてくれた。
「暗黒の太陽、疾病を振り撒く神力。邪神崇拝者のプリーストが使う術です。ある一定の範囲を幕が覆い、太陽の光を浴びると病気になる魔の光に変える
のですがここではなぜか子どもには被害がなかったことから問題はどうやら子どもたちに隠されてるようです」
「子どもたちが邪神崇拝者だとでも?」
俺はそんなはずないと鼻で笑った。ターナーもそれはないですよと一緒になって笑った。冗談はさておき誰がこんな事態を?
「それはヴァンパイアに間違いないでしょう。子どもが拐うのが目的だとしても今回は謎が多すぎる」
「ですよね、目立ちすぎます。効率が悪いですが村から子どもを一人二人拐ってくるだけのほうがリスクは少ない。ご丁寧に道に魔法を、空に神力をなんて手の込んだことをしません」
敵陣にまるで居座るような…まさか安全地帯を聖都に近いここにつくったとか?補給基地の製作が目的で子どもは奴隷として働かせるとか?でもそれなら弱い子どもより成人のほうが労働には適してる。
「狙いはなんでしょうね?」
「そこなんですよ、子どもを拐うのが目的なのかそれとも他に…情報が少なすぎます。まずは暗黒の太陽の破壊に重点を置いたほうがよいと思います」
「そうですね、その方が動きやすくなりますし、なにより昼間からヴァンパイアが出てくる心配もないわけですから。少しでも住民達を安心させたいですもんね?」
ターナーはにっこりすると水の入った鉄瓶を火に入れた。
「明日の夜にしましょう。昼は暗黒の太陽が出ていますから夜になったら探します」
「何をです?それは夜でないと破壊できない物なのでしょうか?」
どうやら魔方陣があってそれを上書きするか破壊する、もしくは祈る人を拘束するものだと思っていたがどうやら違うらしい。
「暗黒の太陽を発生源としてはディバインマークを見つけ出しディバインパワーを抑制するかディバインマークを完全に破壊するか、ですかね」
ターナーは鉄瓶から出る蒸気をずっと眺めている。
俺はターナーの表情をずっと伺っていた…駄目だろ見とれてちゃ!!俺は男だ!!俺は男だ!!
「ディバインマークって確か神を象徴する紋章みたいなものですよね?ディバインパワーは確か神力のこと。合ってます?」
「自分は職業柄聖職者の方と知り合う機会がありましたからそこで教えてもらったのですがユウナさんはどこでそれを?さっきの触れるだけで病を治すあの力…神力ももちろん使っていましたが時折魔力も使ってましたよね?回復魔法と言うより体の再生能力を上げたり必要最低限の栄養補給に魔力を変換させエネルギー源に変えたり…ユウナさんって何者何でしょうか?エルフとも親しいですし…」
やべーよこの人、病人の割りになんて観察眼してやがったんだー!!死にかけてんのに冷静に俺の分析をしてやがったとは…これがー冒険者かー!!
「案外皆さんが言うように女神だったりして。さあ
お茶にしょうか?まだ交代の時間までありますし」
「いただきます…」
ちっ…予想外だ…魔力を見分けるだと…魔法使いかこやつ…神力とかも見分けてたし…偶然な分けないわな…ターナーはお湯を茶葉の入ったポットに移す…なかなか油断ならない男のようだ。そそる…イギャーーーー!!誰か!止めてくれ!!
「なぜ魔力を使っていたと?」
俺の質問にターナーは視線をポットから俺の顔に変える。最初真顔だったターナーは懐から水色の宝石のようなものが付いたネックレスを取り出した。男が付けるには似合わない貴族の女性がつけるような代物ではなく、磨かれていないそのままの原石が付いたネックレスだ。チェーンも頑丈な鉄製なことから装飾品でないことが伺える。
「これは魔力に反応して光ります。本来の目的は魔物の接近を報せるものなのですがユウナさんが治療してる最中も光ってました。ですがこの石が光らずに病人を治しているときもあったんです。そこから推測していただけですが当たってます?」
俺は首を縦に振る
「見立て通り」
「最初は魔法使いに見えないものでヴァンパイアが変身したのではないかと疑ってしまいましたが献身的な貴女の横顔を見てるとそんな気さえ忘れ見とれてました。神力は魔力を拒絶するもの、それが常識でしたから…女神でないなら神が使わした天使でしょうか?」
からかうように笑うターナー、ポットのお茶をカップに注いでいる。どこか嬉しそうでこっちは変に照れ臭い。てか男なんだがいつカミングアウトしようかな…
「ありえないことのように見えますが神なんて大それた者じゃないですよ…ただのしがない旅人…そう旅人です。もっと人間じゃない!!化け物だ!!って拒絶されるものだと思ってましたけど…」
「世間ではそう言うのでしょうけど僕はそうは思わない。命の恩人、それにただの旅人じゃないです。
貴女は否定的ですが素敵な能力ですよ?二つも使えるなんて、この世界では一つ持ってるだけで特別扱いですから」
そう言ってカップの一つを俺に差し出す。俺は小さく礼を言うと受け取って一口飲み込む。少し冷えていた体がじんわりと温かくなった。
「美味しいです…とても…」
「そう言ってもらえると光栄です、女神様」
「やめてください…むずかゆいです…」
確かに女神なんて言われたら大抵女性は嬉しいだろう。だが男が男に女神なんて言ってもただただ破壊力がありすぎる。
「自分にとっては女神です」
ターナーも一口飲んで入れ方に納得出来たのかうなずいている。等の俺は恥ずかしくて神殿の中へ逃げ出したくなった。彼は俺が男と知らない。まさか俺に気があるわけないよな?妄想し過ぎて頭が~このまま女でもいいかなと時々思うことがある。俺も末期なのか!?
「ううううぅ…」
「どうしたんですか!?」
俺は恥ずかしくて頭を抱え込み真っ赤になった顔を必死に隠して唸っていた。それを俺が具合が悪くなったと本気で思っているのかターナーは側に駆け寄ってくる…やめろー来るなー!!
「大丈夫ですか!!」
「来ないで!!」
心配になって立ち上がったターナーをピシャリと怒鳴り足をすくませた。突然俺が声を上げたりするもんで隣で寝ていたぺローとジャックも何事かと目覚め二人の時間は終わった。
「大丈夫ですから…疲れただけです…」
そっぽ向く俺、顔はまだ赤い。なら休んだらどうだと言うジャックに俺はまだ交代時間ではありませんから…驚かせてごめんなさいと言って立ち上がる。
「少し頭を冷やしてきます…」
皆の顔色がどうしても気になってその場にいずらくなったのだ。こうすればなんの事情も知らないジャックとターナーの顔を見ずに済む。男と騙していることに罪悪感だけが募る。こうなるならもっと初めから言えば良かったな…はぁ~
俺は壊れかけの門を空け外に出ようとしたその時だった。暗闇に何かが動いた!素早くソナーを発動させる。
「ソナー」
その一瞬を狙われた。前方に気をとられ自分の足元近くをよく見ていなかったのだ。
「ガルルルルル!!」
「あっ…」
気づくより手が動いていた。グラムを引き抜くため反射的にグラムの柄を掴んだが抜くよりも早く狼は俺に飛びかかった。悲鳴も出せず軽くなった俺の体は簡単に狼に飛び付かれたひょうしに倒れ好機とみた狼達は次々と俺の体に群がった。喉笛に噛みつこうと仕切りに狙ってくるがそれを何とか手で払い除けるがしょせん多勢に無勢、一匹が左の手首に噛みつく、砕かれる前に手甲を出すも右手では防ぎきれず肩に噛みつかれた。骨を噛み砕く音に寒気が走る妙にゆっくりに聞こえたからだ。実際はそれほど時間はたってなかっただろう。
「マジック・アタック!!」
苦し紛れに放った魔法は予想に反して体に群がった狼達を数メートル前方へ吹き飛ばした。丘のふもとでは白い光が右へ左へ行ったり来たりしている。暗闇で光る狼の眼光、すごい数、最初に襲われた時よりいる。仲間を連れてきたんだ。匂いを辿ってここまで来たんだ。狼の群れは低く唸りながらうろうろしている。俺は震える足で何とか門を閉め確りと鍵を閉めた。しかしこの貧弱な木の扉、何度も体当たりでもすれば壊れてしまう。俺はノームの岩の壁を出すことを思い付いた。
「痛っ…」
右肩を押さえる。酷く噛みつかれた、血は止まらない。ベルセルク化すれば治るだろう、しかしここで頭の中に浮かんだ言葉は「嫌われてしまう」だ。死ぬことよりそんなことが頭の中に浮かんだ、当初の俺ならばありえない答えだ。その気の迷い…があったせいか急いで門の隙間から外の様子をみる。壁を作ることをすっかりと忘れていた。
「来てる!」
狼は血の匂いで興奮したのか、毛を逆立てウウッ!と唸りながら近づいてくる。血に飢えた猛獣がゆっくりと近づいてくる。たかが狼、ドラゴンと対峙した俺が恐怖で動けなくなる。
一つ安心したことと言えば狼は門の近くに着くと塀の高さに身をこまねいてうろうろとしている。安心してほっとため息。大丈夫だ、乗り越えてこない。それが慢心、らしくなかった。敵がすぐそこにいるのに安心なんて、狼は突破口を見つけていた。
「嘘でしょ…」
涙が出た、思わず笑ってしまう。一ヶ所、塀の上部が老朽化でか、大きく折れて低くなっている場所があったのだ。ノームの壁のこと、今になって思い出した。
「グルルルルルル…」
一匹乗り込んできた。辺りを見渡し怪我して動けないように狼の目には写ったのかゆっくりとにじりよる。一匹また一匹と塀を乗り越えやってくる。
「ああ…嫌ぁぁ!!」
グラムを引き抜いて戦うなんて手段は頭の中になかった。生きるために戦う、そんなことしない。誰かが戦ってくれる、そう思ったわけでもない。しかし男だった時にはあった闘争心を女になってしまったがために失った。勇気…とはまた違う獲物を狩る狩猟本能。それは生物では雄の方が強い、元は平和な日本でなに不自由なく育った俺だ。力があったから
戦えた。力を知らない俺は運で生き残り戦いを覚えた。戦いを知らない女の俺に力をあっても使わないのだ先に生存本能が勝る。使えない力があって無駄ならば使える力を使うしない。逃げるということ。
「嫌!!無理無理無理無理!!」
狼は見抜いた、こいつなら勝てると戦っても必ず勝てる、手負いで雌…辺りに仲間はいなかった。自分達に危険はない。さぁ狩るか。ユウは光を見つけた焚き火の光だ!吸い寄せられるようにそこへ向かった。狼もバカじゃない仲間を呼ばれる前に…仕留めにかかった。
「助けてー!!ぺロー!!ジャック!!ターナー!!」
喉が潰れるほどほど叫んだ、聞こえていると思う。見えないが誰かが来てる気がする。焚き火が近づくにつれ人影が見える向こうも気づいたのかこっちに来る。助かったんだ…
「え?」
その場で転けた。一匹の狼が足首に噛みついた。前から石弓を構えたジャックが見えた。矢が飛んできて狼を殺す。闇夜でよく当てられたもんだ。すぐに安心する、悪い癖だ。危機が一つ解決したに過ぎない。俺は足を引きずって前に進む、皆の顔が焚き火の光が逆光になっているがうすぼんやりと見える。
「あとちょっと…」
先頭を走るターナーとぺロー、石弓を放ったジャックは少し遅れている。目と鼻の先だ、皆がいる。涙でくしゃくしゃになった顔、それでも皆に会えた、頬が緩んで笑顔になる。必死で怪我で上がらない右肩に代わり左手を前に伸ばす。
「ターナー…ぺロー…」
涙でじょじょに見えなくなる視界、それが不意に鮮明になる。痛みが意識をハッキリさせる。狼が背中に飛び乗り首に噛みつく。恐怖に歪む自分の顔、ぺローの鋭い目が見えるレイピアを引き抜き構えて走ってくる。ターナーの悲しそうな顔がはっきりと見えた。泣かないで?それが頭をよぎった最後の言葉それから先は自分でも自然に出てしまった悲鳴。
「嫌ー!!痛い!!離して!!来ないで!!痛いよ!!ターナー!!ターナー!!助けて!!」
視界が赤と狼で覆い尽くされる。生きたまま肉を削がれる痛みが言葉となって出てくる。助けに来たぺローに狼が一匹襲いかかった。ぺローは小さいからかぺローはあっさりとそいつを殺した誤算は死体がぺローにのしかかったこと。ターナーがバスタードソードで狼を蹴散らす。ただ囲んで隙を狙う狼をお構いなしに蹴り捨てる。ジャックもハルバードを振り回し近づこうとするも二人とも数に圧倒され手も足もでない。狼の隙間からターナーが見えた。助けに来てくれた。それだけで嬉しくて…
「ありがとう」
ターナーにはこれから死ぬ人間の顔には見えなかった。食われるのに笑って死ねる彼女は不気味なんかじゃない怖くない。何かが嬉しかったんだ。自分が死ぬ恐怖より嬉しいことが。最後に手を伸ばすユウナ、彼女の手を握ろうと自分も手を伸ばす。
「ユウナ!!」
届きそうだった手、無情にも狼が拐っていった。その返り血でターナー顔はベッタリと血が付いた。仲間が食われている。さっきまで暴れていた彼女、何かを悟ったのか礼を言って手を伸ばした彼女。掴もっと必死に伸ばした腕は邪魔をされ最後の望みを叶えられなかった彼女は今、糸の切れた人形のように地面に突っ伏した。
「うああああ!!」
パニックになったターナー、恩人が死んだ目の前で救えずにそう思った。ジャックもそうだろう、容赦がなくなる。ぺローはそんななかで歯を食いしばり
目の前の二人を次々と狙う狼を倒した。
「こんなので死ぬ魂かよ…」
ぺローは嘆く、さっきの無様に逃げ帰るユウの姿に心が揺らいだ。今回はひょっとすると…必死に考えないようにした。後ろから風が吹き狼をすくい上げそのまま遥か上空まで吹き上げた。
「大丈夫皆ー!!」
ユニファーさんとラーナ、それにユニがこっちに来る。泣きじゃくるターナー、その肩をポンポンと叩くジャック、ぺローは千切れた腕を拾い食い散らかされたユウの胸の上においた。それから急いで肉片を集めていく。
「うっ…」
ラーナは気分が悪くなっりその場で吐き戻した。ユニファーさんは目を背ける。そんな中ぺローだけがせっせと肉片を集めてくる。ジャックはそんなぺローを見て偉いなと魔物に対して初めて敬意を表したがぺローは別に戻るからやってるだけ。
「ユウナさん…うっうっ…」
「心配すんなって、まぁみてな」
「心配!?もう心配なんて必要ないでしょ!!死んでるんだから!」
「見とけ、ほら!動き出したぞ…何時もより遅かったな…ちょっと刺激が強いから見ないのもオススメするぜ」
「え?」
ジャックの拍子抜けした返事、肉片、血液…千切れた腕まで。遺体が液体となる。そこにはボロボロになった革の鎧だけが残った。
「なんだってんだこれは?」
ジャックの声、次の瞬間水が重力に逆らい人の形に造形される。水で出来た人間、ユニファーさんはウィンディーネのようだと言った。ターナーは水の妖精?と聞き返しユニファーは頷いた。しかし視線はユウからそらさない。あっという間にユウナが出来上がった。裸体の艶々とした肌、しっかり血色を帯びている。ユウの顔はどこか悲しげに写った。
「これでご満足…?」
目を合わせようともしない。この場の誰もが疑わずユウが戻ったのを喜んだしかし、
「ユウナ?」
「さようなら…もう貴方には会わないから」
「え?」
全員を残し門の外へ走ってしまった。明け方の空がちょうど開けられた門から見えた。
「どうしたんだあいつ?」
ぺローは何時もと様子がおかしいユウに首をひねった。ラーナもユニファーもユニもそれが疑問に残った。しかしジャックとターナーにはそれがわかっていた。勘違いしている、自分達は恐れていると、だからユウナが去ったと。
「んじゃ探すか、ディバインマークを」
「それにユウナさんもだ…!」
「ん?ユウもか?」
ほっときゃ帰ってくると思ってるぺローは二人のことを理解できなかった。ターナーは残ったグラムを大事そうに抱えあげる。
「待っててくださいユウナさん」
その頃ユウは…
「やべー!!女になってた!!どうしてだ!?おかしいぞ!?」
走りながら焦っていた。
「あの金の腕輪がディバインマークなんだ!またあの水に触れれば治るはず…たぶん!」
全裸ダッシュ…羞恥心なんぞさっきの裸体公開で捨てたわ…人格が女になりつつある!!早く手をうたないと…このままでは…いやー玉なしよー(涙)
「あっ…もしかして!!この女になった正体って!!まさかあれか!!出てきてやがる!!混ざりあってなかったのか!!」
支配権を奪われたのか!?ベルセルク化…と同じ現象か!?冥府の魔魂…俺の魂に混ざっている魂の一部が俺の体を乗っ取った!!このままでは奪われる!!渡してなるものか赤の他人に!!ちくしょー!!
普段と変わらなかった…




