だから彼女は謳わない
「シュラたーん♪いい子だからお口あーんしようか
大人しく…嫌々すんな、はい大きくあーんしてみ?開けろ!!」
「ウウウウウウウ…」
頑なに拒否する。腕を俺の顔に押しあて引き剥がそうと押し退ける。食ったろ、早くだすんだ。
「早くぺってしなさい。でないとこっちも強行手段に出るぞ?俺がこうやって提案している内が華だと思え…おい、なんでパンチする!!」
いて…いてててて…噛むな、殴んな!!シバかれる前に船内に隠れる。こそこそ動き回ると船室に俺の装備が積み上げられてる。素早く回収しポーチから霧吹きを取り出す。俺は霧吹きを手にして甲板に躍り出た。
「おいコラ猫パンチくれやがって!!お返しだ!!」
霧吹き乱射…中の液体はと言いますと対獣人用の植物油でしてミントのようなツーンとした匂いが辺りに散漫する。虫系の魔物にも効果があるので寄生虫にもある程度効果が期待される。
「消毒だ~謝っても遅いー」
両手に霧吹きを持ってジリジリと間合いを詰める。
シュラも匂いの前に戦意喪失…獣耳も濡れるだけでも不快感MAXなので尻尾ぶんぶん振り回してジト目で睨んでくる…なんだ、被害者面すんな!!吐け!!人質を大人しく解放するんだ!!
まぁー無事ゲロゲロと解放してくれた…シュラたんいい子にゃん。俺はシャワー用の雨水タンクからホースを引っ張ってきて洗浄していく。匂いが…うん皆ところどころ溶けてるが問題なさそうだ。流石はプロ、後で食べられたあとのサバイバル技術を教えてもらいたいもんだ。
「う…食われた…」
「吐き出された…」
「元気ないな、どうやら精神的にキテるな」
普通思わないもんな、こんな和風な美女が人食い珍獣とは思うまい。シュラは苦しそうに甲板をごろごろ高速で転がっている。そんなことすれば余計しんどいと思うのだが…湿気って毛がくっついてる獣耳がぱたぱたと騒がしく動く。
「御姉様方はゆっくりしててくれ、俺たちが…少なくとも俺が無害ってことは落ち着いてから説明するから」
そう言い残してゲロゲロ転がっているシュラと甲板にべったりと張り付くハンターを残して操舵室に向かう。操縦席まで階段を上って部屋に入る。一人の小柄な少女が舵を握っている。年は十代後半、俺よりやや若いといった雰囲気だ。淡いピンクの髪、右だけ三つ編みにしてあとは流している。瞳は緋色…
眼光はハンターらしく鋭い。肌はこの砂漠で生活しているせいか小麦色に焼けている。左腕には見覚えのある金の腕輪。
「異変を察知して直ぐ様隠れて様子を見ていたようだな。素早いことで…仲間を助けようとは思わなかったのかい?」
視線は部屋に入ってきた俺ではなく前方を見たままである。ふっ…見つめ合いたい訳じゃないけどさ。
さらに近づいて手を伸ばせば届く距離まで近づく。警戒する素振りはいっこうに見せない。こっちも話を続けることにした。
「スナイパーウルフ、元プロの少年兵いや少女だな
魔王軍の進行で反勢力ごと潰されて死んだと思っていたが、ハンターに転職して生きてたとはな。賞金首だがどうもどこに引き渡せばいいものか…」
鎌かけてもなおも無視…肝が座ってんだか…核心から入った方がよかったかな?
「どういうおつもりです?体はどこです姫」
舵を握る指が微かに揺れた。ビンゴというか…頭をポリポリ掻いて頭の中を整理していく。
「反魂の術なんてアヌビスが知れば大目玉ですよ?
どうして魂だけ、そもそもどうして彼女に憑依してるんだ?」
「いつから?」
「はい?」
「いつからお気づきで?おっそいから自分で向かえに来たのに…貴方が助けてに来てくれるならもう少し待ってればよかったかな…」
しゅんとして下を向く彼女、心配しなくてもこの砂上船は目的地に向かっているようだ。ファラオの元へと。
「この体ですか?知人の体ですが?魔王軍の進行でこの人の帰る場所は消えました。砂漠をさ迷っていた多くの難民は私の兵が保護しました。その中に彼女がいた、そこで知り合いました」
「オアシスのようすはわからないと?」
「どうでしょう?アヌビスの指示で少々混乱しておりまして、それに体はオアシスではなくピラミッドの中ですので」
ファラオには真相を告げる。アヌビスの裏切りのことを冗談だと流していたが後々寄生虫に操られた魔王の手先となったことを話すと泣いて静かに聞き入っていた。
「そうでしたか…大変なご苦労をおかけしましたね貴方には…」
「なに、苦労話は尽きないもんさ。このご時世だもの。アヌビスは大丈夫、戻してやるさキャンキャン鳴かせてやるからな」
その時ファラオが突然砂上船の速度を上げる。ガクンと揺れたものだからひっくり返ってシュラのように床を転がり回る。
「どうした!?」
甲板から声が上がりファラオが叫ぶ。
「ギルドには帰還しない、今はピラミッドに向かっている」
「ピラミッドだと!あそこは狩猟禁止区域で立ち入ることはできない!!今すぐ引き返せ!!」
「自分の領地だから問題ない」
「はぁ!?何言っている!?」
「どいういことだ?何があった」
ファラオに詰め寄るとファラオの額から汗が垂れる。暑いからではない、そうでなかったから俺も生唾を飲み込んだ。状況が悪化したってことなのだろう。急を要する事態ってことだ。
「ユウ、私の体を奪おうと誰かが侵入してきた…警護のミイラも破壊された。罠も突破されてるこのままじゃ!!」
「落ち着け!!大丈夫、まだ連れ去られてないならな…後どれくらいかかる?」
「数分かな」
「よし、急げ!!」
神妙な顔つきで不安そうにファラオが口を開いた。
「遺骸のこと…だよね、魔王が狙う理由は…」
「おそらく…そういうことだろう…」
「ああ!!だから不幸を招く呪いの体!!今までのあの遺骸のせいで…私の人生は!!」
舵をガンガン殴り付けるファラオ…俺はそっと…ここはあれか?抱き寄せるが正解か?やっもいいのかな?勘違いこそ恐ろしいぞ?痴漢になるからなセクハラになっちゃうからな?ファラオはよくても体の方が嫌って言うかもよ?
ファラオは黙って俺の腕で自分の体を包む…正解は抱き締めるでした~
「俺がいる…俺がいるから…」
「大丈夫、貴方がいるから大丈夫なんだよね?」
遡ること遥か昔、俺がファラオと会うずっと前…
いたずらっ子だったファラオ、両親の悩みの種だった。毎日いたずらばかりでほとほと困っていた。
教育係だったアヌビスを振り切り、怠け者スフィンクスの警備をすり抜け城の外に出た。数々の人や物が行き交う城下町でたまたま出会った人、小さい体は軽々と持ち上げられそのまま連れ去られた。今思えば誘拐…だった。密室に閉じ込められ口を開かせようと大の大人が寄って集って口を開かせる。何かを入れられた。そこまで記憶している…
目覚めたら城の中だった。アヌビスに救出され事なきを得たが第一声を発したとき側にいた看護師は黄金となった。
驚きで叫んだ、その声を聞いたもの近くで聞けば一瞬で黄金に姿を変え風が運んだ小さな声でも確実に体を蝕まれた。体が、黄金に変わる。
少女がそれを理解するのに時間がかかった。被害は拡大した、親を探し歩くたび、叫ぶたびに被害者はでていく。行くとこ行くとこ廊下には見慣れた従者の黄金像が道を塞ぐように立っているのだ。生き物の気配はどこにもない。彼女が両親を見つけたのは変わり果てた後だった。
アヌビスとスフィンクスの両者は王の遺言通りあることを実行した。姫がかかったこの(病)が治るまで地下に封じると。口を塞がれ涙ながらに怯える幼い少女だったがアヌビスはファラオの手枷を解くことなく包帯を巻いていった。ファラオの体は生きたまま棺に入れられピラミッドの地下深くに安置された。寂しくないようにと沢山の従者もミイラとなりそこに治療法が見つかるまで永遠に眠ることとなったのだ。
それから数年間の月日が流れ古代文明を探るトレジャーハンターの真似事をする俺が出現…
目的はもちろんヴァルキリア目当ての盗掘だった。
門番のアホ猫は昼寝していたのでなんなく侵入、書類をまとめて前が隠れて見えないアヌビスもすれ違っても気づかない。ミイラは鈍重な動きで罠にはめてあしらう。ついに目的地にたどり着き開けたらそこにいたのは…彼女だった。これが俗に言う勇者の過失事件の一部です。
はい、俺は声を聞いても黄金にならなかったのかって?どうやらならなかったな、左腕のちからなのかな?知らんけど。そこから歌も聞いてあげたし話し相手にもなってやった。騒ぎを聞いてあげたし駆けつけたアヌビスとスフィンクスともバトルして信頼を勝ち得たのだ…
そこでファラオの黄金になるファラオの呪いについて俺がだした見解はファラオの舌には邪心の遺骸か聖人の遺骸かはわからないが遺骸の力が宿っていることがわかった。そこで声を聞いたものが黄金になることが解明されたのだ~
「ユウ!!頼まれてくれる!?」
「突然になんだ!?」
焦るファラオに懸念を抱く俺、もしかしてが現実にならないことを祈ってたが…
「もう持たないだから逃げて…」
いい終えると力なく倒れるファラオ、抱き止めるが意識がない…反魂の術が解けたのか…なぜ解けたのか、アヌビスがいれば反魂の術なんて解ける。目覚めたらのはファラオではなくスナイパーウルフの方だったようで胸ぐら掴まれて揺さぶられる~
「おい!!私の中からファラオの存在が消えた!?どういうことなんだ!!」
「時間切れってことなんでしょう…」
「なん…で…」
俺は彼女の顔を見るより前方を見た…崩れ去るピラミッド、魔王と魔王に拐われるファラオ…魔王とその一団は任務が終えたと見えて固まりとなって遠い空へと消えた…崩れた瓦礫へ向かって進んでいる。
「おそ…遅かったじゃないか!!手遅れだぞ!!どうする気だ!?」
「俺のせい?あのなぁ!!」
口論が尽きる前に前方で土煙が上がった…真っ黒い巨体が船頭に向かって突進してきているからだ!!
「ちっ!!」
スナイパーウルフの反射スピードが腕を動かしていた。舵をきって砂上船を傾ける。なんとか回避行動はとれて衝突は免れた。
「何ボサッとしている!?下にいって戦闘準備でもしてろ!!全滅するまでここで待つつもりか!?」
「けっ!!嫌みな女だぜ…」
俺が一番嫌いなのは仲間の死だって知って言ってんなら殴り飛ばしてるぞ!!階段を駆け下り甲板に出ていく。皆大砲の弾を運送していたりバリスタに弾を装填しているところだった。リーダーの女性は操縦席にいるスナイパーウルフと代わりボウガンを担いで部屋から出てくる。
「おいスナイパー、遠距離から敵の甲殻撫でたって効果なんてない、近接戦闘で腹の甲殻が薄いところを狙うしかない!!」
「やけに詳しいね」
「本職だろ?ってのもある」
「深くは聞くまいよ、暇がないからな」
目の前にいる巨体が咆哮を上げる。ファラオの救出の話は誰の口からも出てこなかった。それだけ余裕がなくなっているのだ。全員。
「コクテン…さん」
黒い吐息と共に地を突き進む双角の黒龍…ドラゴンなんてな…今更俺だけは驚きもしないけどな。魔王が直々に始末を押し付けたのだろう。酷なことだ…俺を殺させるなんてな、二度も…
激しく動き回る甲板にじっとしているこの猫!!なに呑気に毛繕いしてんだよ!!
「シュラたん?あのねなにやって…」
なんだよその大きな釣竿…だからなに?釣りでもする気なの?あんなおっきなドラゴン釣り上げるつもりか?バカなの?食い意地張ってる場合?
シュラは釣り針を襟にかけると俺を船から突き落とす…どんどん竿から糸が出ていく。
「あんのやろう…俺を餌にしやがった」
コクテンさんと目が合う…俺を見つけるや否や突進してくる。なんとか避けようとする。後ろから糸が出ていく音だけ聞こえる…
「あれって旨いのかな」
尻尾をふりふりしながら楽しげにシュラが呟いた。
砂漠を脱出して日常、ネリアとの生活に入れる、かな?




