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地雷掃除人  作者: 東京輔
第8話 Vertraulich ~隠密~
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8-11 ゲスト召集


 週末の遅い時間というのは何とも忙しないもので、休日がやってくるのを寝ずに待つような浮かれた連中はどこにでもいる、というのが世の常だ。それに倣って、掃除人も大体は曜日に従って働いているから、エリーの営むスナックは平日よりも賑わっている。日頃の鬱憤やストレスを酒で吐きだすのには持って来いの時間帯とも言える。

 ただ、そういうものは誰しも抱えているものであって、酒を飲んで羽目を外す事ができない人間だっている。ここでいえば、オペレーターの女性たちがそれに当たる。彼女たちにとってのストレス発散法とは普通の女と同じで、メイクを決めて町に足を運び、男からすれば途方もない時間をショッピングに費やし、同性の友人とカフェで数時間のおしゃべりに勤しむ、というものだ。どれもこれも、石油採掘場を改造した拠点では到底できっこない事を、彼女たちは望んでいるのだ。

 そんなありふれた休日を得るために、彼女たちを隣国のギズモへと送迎しているのが、あらゆる雑用を務めるサンタナである。丸一日かけての国から国への送迎というのも、物好きにしかこなせない業務といえよう。まぁ、そのサンタナのおかげとあって、ルゥがこの拠点を離れるタイミングを計れたのは幸いだった。そう、彼女を調査するには絶好の日和――というか今日しかないのだ。


 スナックが繁盛している時間帯に便乗してというのは何だが、大方の連中が酒で気持ち良くなっているであろう夜の九時過ぎに、俺達『ならず者』は最終ミーティングの決行を図った。今宵行われる潜入任務の最後の打ち合わせだ。酒好きのサコンがスナックにいないのを不思議がる輩がいなければいいが。


 場所は、あのドラム缶製の即席風呂。例によって、盗聴器対策のために俺も素っ裸になって風呂に入っている。そしてもう一つの風呂の中にはゲストが一人、最初で最後のゲストであろう人物が汗を流していた。こんなけったいな物体に臆する事なく、嬉々としていられるのはあいつしかいない。


「湯加減はいかがですかな? ジョウ殿」

「すごくいいッス、ケイスケさん! ジャパニーズオンセン、一度でいいから入ってみたかったッス!」


 白濁の湯に浸かるのはジョウ、地雷掃除人の中で最も若い人物である。

 タオルを頭に置いて年甲斐もなくワクワクしている様子を見る限り、ジョウはこの異様な入浴法を堪能しているのだろう。俗に言う温泉だったらもっとひどい事になっていたはずだ。はしゃいで湯船の中で泳ぎ回る光景が目に浮かぶ。

 寒空の中、五右衛門風呂の中にいるのが俺とジョウ。その下で火を焚いているのがケイスケ。その他の『ならず者』といえば、サコンは火の近くで地べたに胡坐をかいており、その隣にウルフがいる。ウルフは時折S・Sを見遣り、警戒を怠っていない様子だった。

 息を吹きかけていた竹筒の手を止め、ケイスケは顔を上げた。


「温泉とは違いますが、日本由来のものではありますな」

「入ったからには、お前さんにもカンパしてもらわにゃいかんな」

「えぇ!? このお風呂有料ッスか!?」

「その話は置いといて、だ」


 放っておいたら埒があかなくなりそうなので、ウルフが無理矢理話の舵を取り直す。


「ジョウ。君をここに連れ出したのは、わけがあるんだ」

「ウルフさん、そんなに改まってどうしたッスか?」

「今夜、俺達は女子寮に忍び込む予定なんだが、君もどうかと思ってね」


 ド直球に本題に入るウルフ。まぁ、ジョウに遠回しに伝えようとするのは無駄骨だとわかりきっての事だろう。

 そう、ウルフが提案したもう一人の人物とは、まさかのジョウだったのだ。潜入のプロもとうとう焼きが回ったのかとも思ったが、その人選はあながち間違いでもなさそうだった。

 確かに女子寮に忍び込もうなんて悪ガキみたいな企みは、悪ガキにしか思いつかないと 考えるのが妥当な線だ。そこへ煩悩丸出しのエロオヤジが乗ってきて、若輩者の俺とウルフを唆して連れ出す……。そういうストーリーがあれば女性たちも納得できるはず。俺達の真の目的は闇の中、だ。


 だが、そんな理由付けのメリットとは別に、ジョウを連れて行くデメリットの方が大きいと俺は思っていた。


「はいはーい! やるッス! 面白そう!」


 ジョウが逡巡などするはずもなく、こんなお気楽な様子で、ザバッとお湯で濡れた手を上げた。


「つれてくのは構わんが、お前さんはその口に何か詰めたほうがいいかもしれんな。こううるさくちゃ、すぐにお縄についちまう」

「ムム、わかったッス。口にチャックしておくッス」


 動作に落ち着きがないというかちゃかちゃかしているというか、とにかくジョウを見ていると潜入やら隠密やらにこと不向きだと断言できる。ジョウというリスクを抱える事に、一体何のメリットがあるのだろうか。俺には皆目見当がつかなかった。ウルフは『オトコの勘』だと言っていたが……。


「あ、でも」濡れた髪を垂らしてジョウは訊ねた。「どうして女子寮に忍び込むッスか?」

「それはお前さん、アレよアレ」

「アレ?」

「男が女の部屋に忍び込むっつったら、ヤる事は一つだろうて」

「ヤる? 何をヤるッスか?」


 サコンが想像を促そうとしているものの、肝心のジョウはそういう話題にとことん疎い。ぼかした表現じゃこれっぽっちもこいつに伝わりはしないというのを、サコンはわかっていなかった。

 ばつが悪くなったサコンは、ぶっきらぼうに煙草を咥える。


「レン、お前さんが説明してやんな」

「話の途中で俺にブン投げんじゃねぇ」

「ねぇねぇ、レンさん。何をヤるッスか?」

「お前がいっつもズィーゼにやられてる事だ」

「ヒッ!?」


 肩をビクッとさせてジョウが小さな悲鳴を上げた。脅かすつもりはなかったのだが、謎の罪悪感を催してしまう。というかズィーゼのやつ、普段ジョウに何をやってるんだ。危険な妄想は尽きないが、軽い嘆息を吐いて話を戻す。


「というのは冗談で、女子寮に忍び込むっつっても、ルゥに用事があってだな。あいつが――」

「あいつが?」


 首を傾げるジョウの背後に強烈な視線を感じた。

 いや、そんな生温いものじゃない。

 もっと鋭利で邪悪な気配、それも不整脈を生じさせるほどの。

 ウルフの黄色い双眸は、確かな殺気を俺に向けて放っていた。


 痰が絡んだ大袈裟な咳払いが、刹那に止まった俺の体内時計を動かす。ウルフの足元にいたサコンも、ふてぶてしい視線を俺にくれていた。そこで俺はようやく気づいたのだ、『ならず者』だけが共有する情報、それを口走りそうになっている事に。


「いや、ほら、あいつがな」俺は慌てて取り直した。「俺達の弱みを握ってて、それを悪用してんじゃねぇかって話なんだ。お前が毎回ズィーゼに嬲られてるのも、それが原因かもしれん」

「そんな! ルゥさんが僕の情報をズィーゼに垂れ流していたッスか!? ひどいッス!」


 ジョウが馬鹿がつくほどの正直者でよかった。……いや、馬鹿は俺のほうか。

 無関係のジョウに手を借りるとはいっても、何も全ての情報を彼に与えなくていいのだ。ルゥが内通者かもしれないという払拭できぬ疑惑。というか、ジョウには絶対に教えない方がいい。こいつはちょっとした誘導尋問で、口を滑らせる可能性がある。そうなれば色々な事が水の泡だ。

 協力はしてもらうが、『ならず者』本来の目的は話さない。そういう暗黙の了解を、俺は危うく破る寸前だったのだ。咄嗟にウルフが俺に殺気を放ったのはそういう事か。入浴とは違う汗が流れ、湯船に浸かっているのに身体が一気に冷めてしまった。殺気って、あんな感じなのか。おっかねぇ。

 これ以上無様なポカはしたくなかったので、顔の下半分までを湯船に沈める。慌てて取り繕ったものの、口下手の俺が余計な事をせぬよう自戒の意味を込めて。そんな俺を見計らったかのように、ウルフはさらりと話を続けた。鋭い殺気は霧消していた。


「だから、ジョウ。君もこの潜入に参加する権利があるんだ。情報を悪用された被害者としてね」

「そのついでに、若い娘の寝顔も拝めたら一石二鳥というわけよ。オペレーター達の無防備な寝顔、目に焼きつけたいとは思わんかね?」

「合点ッス! 俄然やる気が出てきたッス!」

「よし、決まりだな」


 何も考えていない――もとい、決断の早いジョウのおかげでミーティングは順調に進んだ。ただし、本題はここから。ジョウを仲間に加えただけであって、肝心の潜入についてはまだ話し合っていなかった。長湯でのぼせるにはまだ早い。


「では、いくつかルールを決めておくとしよう」

「ルール?」


 復唱した俺を見て、ウルフは頷く。


「わざわざ忍び込んだ理由を吐いていたら、それこそ彼女たちに弱みを握られてしまう。もし見つかった場合は、『君に会いに来た』と言って誤魔化すんだ。抱きしめるのもアリだな」

「そ、そんなキザな事するッスか!? 大丈夫かなぁ」

「なぁに、ムードたっぷりにやりゃあ、女なんざイチコロよ」

「俺達が銃で撃たれてイチコロかもしれないが」


 別に俺は皮肉を言ったわけじゃない。真夜中に女の部屋に忍び込むってのは、それだけ卑劣な行為という事だ。正当防衛という真っ当な理由で撃ち殺されても、文句は誰も聞いちゃくれない。そう思うと、少しだけ恐くなった。いやいや、ほんとに恐いのは忍び込まれる方だろうけど。


「それともう一つ」やや語気を強めて、ウルフは言う。「何かあったら俺の肩を叩いて知らせること。合図があるまで口を開いてはいけない。特にジョウ」

「はひっ」


 名指しされ、ジョウは湯船の中で姿勢を正す。


「これは遊びじゃない、任務だ。君とズィーゼの関係を和らげるという目的がある」

「了解ッス。僕、何があっても絶対喋らないッス!」

「肩を叩く回数で合図を決める。一回叩いたら『待て』、二回なら『話す』、三回なら『ヤバい』だ」

「『ヤバい』? 何だその合図は」

「まぁ、緊急用のシグナルだと思ってくれればいい」


 本格的に潜入任務っぽくなってきやがった。素人の俺達にでもわかりやすく考案してくれたウルフの合図。これすら覚えられなかったら人として恥だ。


「とにかく、何かあったら口を開かず俺の肩を叩いてくれ。絶対に声は上げるなよ。話し声と物音は音の質感が違う。足音や肩を叩く音であれば気のせいで済むが、囁き声というのは意外に響くんだ」

「そんなもんか」


 再三再四注意を促されるが、どうも未だに潜入の難しさをわかりかねる。もちろん油断などはせずに挑むつもりだし、潜入のプロが言うのだから間違いないのだろうけど、俺の打った相槌は自覚するほど締まりのないものだった。

 ふいに建物の方から、酒の入った男たちの賑やかな曇声が聞こえる。彼らが寝静まる頃に活動するのを考えると、少しだけこの状況を楽しむ自分がいる事に気づく。口では散々渋っていたというのに、俺はいつまでもガキのままだ。夜の静寂とヘンテコな露天風呂が、俺の童心をくすぐったのだろうかと、顔を上げて物思いに耽る。


「各自、約四時間後の午前一時に部屋を出てくれ。正装を着用してくること」

「正装? スーツ着てこいってことか?」

「暗闇の中の迷彩代わりさ。それに、言い逃れのアイテムにもなる」


 言い逃れ。すなわち()()()目的と勘違いさせるため、との事だ。


「変態のやることと紙一重だな」

「違いねぇ」


 サコンの相槌の後、ウルフが俺のほうを向いて告げる。


「それと、レン。君はミニポムを連れてきてくれ」

「はぁ? これ以上お荷物を抱えるってのか?」

「記憶媒体として、な。俺もメモリーズ・アクセを装備してくるが、もしかしたらアレが役に立つ機会があるかもしれない。まぁ、念には念を、というやつさ」


 ミニポムにはお世話になった事がある。俺が敵地の潜入を試みた時の事だ。

 だが、あれはたまたま兵士が一人だったから何とかなっただけで、大きな物音をたてるやり方は今回の作戦では使えっこない。それとも、まだこいつに新しい機能があれば話は別だが……。テッサにでも聞かないと、このピンクい物体はマスコットとしての役目が精一杯だ。とにかくウルフに言われた通り、ミニポムは忘れず持っていく事にしよう。


 長風呂から脱し、そそくさと着替えている途中でケイスケが重苦しく口を開く。


「皆の衆、どうかご無事で。某は祈る事しかできませぬが」

「素直じゃねぇな、ケイスケよぉ。お前さんもついて行きたくなっちまってるんじゃねぇのか?」

「隠密の所業は某に不向きゆえ」

「女の下着でも見て、鼻血垂らされても困るからな」


 表情こそ変えずにいたが、ケイスケの口元はやや恥ずかしそうに歪んでいた。


「長話はこれまでだ。くれぐれも時間通りに準備していてくれ。それと、さっき伝えた合図もしっかり覚えてくること。わかったな?」

「了解ッス!」


 俺が着替え終わる頃には密会も幕を閉じ、それぞれが変哲のない会話を交えながらS・Sへと戻る。ルゥにはちゃんと、俺がまた露天風呂に駆り出されたという感じに騙せていればいいが。

 星空ってのは季節によって違う顔を見せるが、一日単位じゃ大した変化は見られない。今晩の調査の結果次第では、サヘランと俺達の事情が大きく様変わりする事があるのだろうかと、遮るものがない星の海を振り返りながら俺は思った。

 数時間後にまた同じ場所を通る。できればその時は、この厄介な心の澱がどこかにいってしまえばいいのにと、俺はまるで他人事のように天を仰いだのだった。


 時系列的に、このお話の後に8-1へとつながり、そこから8-12(次回)へと続く仕様となっております。よかったら、ぜひ8-1を再読してみてくださいませ。

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