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地雷掃除人  作者: 東京輔
第8話 Vertraulich ~隠密~
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8-9 スポブラ


 唐突なウルフの覗き発言に、いち早くケイスケが大袈裟にびくついて反応した。


「の、のの覗くですと!? いったいどうやって!?」

「ははん、なるほど」対照的に、サコンはいやに冷静だった。「そこでこいつの出番ってわけだ」

「ポッ!」


 喫煙所の中から、とても可愛らしい声というか音というか、生き物っぽい電子音が聞こえた。喫煙所の中央にある、焦げた漆色をした木製の円テーブルにそいつは屹立していた。俺の地雷探知機と自称するポォムゥ、その分身である手のひらサイズのミニポムだ。

 ポォムゥと同様、ミニポムはピンクを基調とするデザインが一緒で、サイズだけを二回りほど縮小させたものだ。否、性能面も本体のポォムゥと比べると少し劣るようで、言語能力はその傾向が著しい。また、本体と同期していないと、おそらく地雷探知もできないはず。まあ、裏を返せば、同期させさえすればポォムゥと同等の能力を発揮できるという事になるが。

 機械のくせしてぬるぬる動く挙動はポォムゥと変わらず、ミニポムはサコンの視線を感じ取ってその場で一回転、からの右手を上げてポージングまでを華麗にこなしていた。


 愚痴を言ったらキリがないので割愛するが、ミニポムに何度か助けられた事もまた事実なのだ。現在の拠点を奪取するにあたり、『必死地帯(デス・ベルト)』を俺が単身で横断しなければならない事があったのだが、ポォムゥの代わりに帯同してくれたのがミニポムだった。それと、敵地に潜入した俺がへまをやらかして見つかりそうになった時にも、兵士一人を戦闘不能にさせた実績がある。そして今回も、どうやらこいつの世話になりそうな流れになっていた。


 そんなピンクい怪しげな物体をやや敬遠気味に眺めながら、ウルフは再び口を開いた。


「そう。ミニポムは本体のポォムゥと繋がっている。今現在、ポォムゥの位置情報は幸運にも、テッサの部屋を示している。これを利用しない手はない」

「で、ですが、女性の部屋を覗き見るなど、不埒な所業では――」

「ケイスケ、今は非常時だ。あくまで部屋の造りを調べるだけさ。他意はない」

「でけぇのは図体だけかい、えぇ? ケイスケさんよぉ。男ならドンと構えな」


 ウルフに便乗する形になったサコンだが、このヒゲ面はいつにも増して、他意がありそうににんまりとしていやがる。額に冷や汗を浮かばせていたケイスケも、咳払いを一つして落ち着き、普段通りの心持ちにはなったようだ。依然として体はガチガチに緊張していたが。


「ぎ、御意。心して参りましょう」

「じゃあミニポム、テッサの部屋を映し出してくれ」

「ポッ! ポーーーッ!」


 ミニポムが甲高い声を出したかと思うと、つぶらな瞳から輝く光線を発した。その光線は空中にスクリーンを作り出し、そこには一つの見慣れぬ映像が映し出された。


「お、おおお……。これが女子寮の部屋ですか」


 映し出されたのはオヤジ共の恋い焦がれた秘密の花園――もとい、女子寮の内部の映像だった。ポォムゥの目線からの情報なので、やや低い位置からの映像だったが、内部の詳細は充分に把握できた。清潔な印象持たせる白い壁紙に始まり、窓から差し込む陽の光、俺が予想した通りのふっかふかのベッド。ざっと見ても、俺達が住まう一室とは比べるのが馬鹿馬鹿しくなるくらい、そこは広くて綺麗な空間だった。


「け、見れば見るほど待遇の違いに溜息が出ちまうぜ。ホテルの一室と言われても遜色ないクオリティだ」


 サコンが不機嫌そうに煙草の煙を吐き出した。

 風のウワサによれば、現在女子寮となっている場所は、元々の石油採掘場の重職が使用していた部屋だったらしい。石油で稼いだ金だ、重職の待遇はもちろん厚く羽振りが良かったのだろう。だが、そんな栄えある話も過去の出来事。石油が出尽くしたこの土地に未練を残す輩などいるはずもなく、せっかく作った住居スペースをサヘランの連中は手放したのだという。

 サヘランの連中に言ってやる追撃の皮肉などはない。だが、愚痴だけは言わせてほしい。もっと良い部屋を増やしてくれていたら、俺らが物置同然の小汚い部屋に住まなくて済んだのに、と。それだけ快適そうに見えたのだ、テッサの部屋は。


 上品なベッドには脱ぎっぱなしの服が置いてある。テッサがよく着ているオーバーオールだ。足元側の壁にあるタンスらしきものからは、ところどころ衣服がはみ出し、きちんと閉じられていなくてもやもやする。幾何学的な模様を施した高級そうな絨毯には、工具やらお菓子の袋やらが雑然と散らかっていて、神経質の俺からすれば考えられない有り様だった。

 にも関わらず、快適そうに見えるというのは余程の事だ。俺が何をしたっていうのか。俺が何をすればそっちの部屋に住めるというのか。どうしようもない怒りがこみ上げた。


「ミニポム、カメラの方向は変えられるか?」

「ポッ!」


 ミニポムは造作もなく映像の視点、すなわちポォムゥの目線を左へ移した。

 ベッドの向こう側には、部屋の入口へと繋がる通路があった。この角度からは扉は確認できないが、おそらくウルフが仮定した間取りと同じ造りとみていいだろう。

 映像から向き合うようになった壁には、見慣れないガラスケースが置かれていた。目を凝らしてよく見てみると、そこに飾られていたのはいくつものフィギュアだった。そういえば、違う部屋でも同じようなのを見た気がする。テッサはただの機械オタクってわけでもないらしい。それはいいとして、なぜだか俺は左側の壁のポスターに妙に気になってしまう。……ありゃパールのポスターじゃねぇか。テッサが生粋のパールのファンだというのは、どうやら本当のようだ。


 総じてテッサに言える事は、俺のほうがその豪華な部屋を綺麗に、そしてスマートに使えるという事。というか、もっと大事に使ってほしいという俺の願望も込みの見解だ。


「やはり、入口右手にはトイレとバスルームも完備されているようだ」

「至れり尽くせりとはよく言ったもんだな。俺達の倹約生活とは天と地の差だぜ」


 もうこれで何度目の皮肉だろうか。いや、サコンの呟きはいつの間にか皮肉から、単なる愚痴へと変わっていた。

 ひとしきり偵察をし終えたところで、入口へ続く通路から人影が現れた。無論、その人影は部屋主のテッサだった。覗かれているという事を知る由もない新人は、紺色の髪を揺らしながら足元に散らかったものを華麗にかわし、そのままこちらに近づいてくる。


「おっと、テッサが帰ってきたようだ」

「ば、ばれないのでありますか?」

「音声通信はしていない。だから小さな声で喋る必要はないぞ、ケイスケ」

「これは……失敬」


 低い声を唸らせて、ケイスケは軽く咳払いをする。しかしこの盗撮という行為、罪悪感がものすごい。悪戯やドッキリなどでよく見る画面とはいえ、知り合いの無防備な姿を見るものじゃないと、今になって俺は視線を逸らした。逆にこういうので興奮するのが、下劣な行為をやらかしてお縄につく輩なのだろう。少なくとも俺はそういう人間じゃないって事だ。


「お、おい。それはいいとして、ちと雲行きが怪しくないか?」


 最初はサコンが何を言っているのかわからなかった。


「はっはっは。何を恐れているのですか、サコン殿。男ならドンと構えて――ぬおぉ!?」


 だが、ケイスケの驚きを隠しきれない声のおかげで、俺は穏やかじゃない状況をそれとなく理解した。ミニポムの映し出す映像に視線を戻すと、眼鏡を外したテッサが、最上級の無防備ともいえる姿を曝け出そうとしていたのだ。

 テッサは汚れた白いTシャツの裾を、腕を交差させた状態で掴み、そのまま一気にたくし上げた。へそから鎖骨にかけての、普段は衣服で覆われている秘部が露になる――わけじゃなかった。ほんとに大事な胸の部分は、しっかりとスポブラで守られていた。何の色気もないグレーのスポブラだったが、いつも口うるさい新人の華奢な少女らしいボディラインを見せられては、そりゃ赤面のひとつもしたくなる。

 日に全く焼けていない白い肌。細いが柔らかそうな二の腕。脇から腰へとつながる甘美な曲線。目に入る背徳的なリアルが、興奮という感情を掻きたてやがる。何だって俺は、あんなやつの下着姿を見て興奮してるんだよと、自分で自分を罵っているその時だった。


 あろう事か、こちらに背を向けていたテッサは、間髪入れずに最後の関門であるスポブラにまで手をかけたのだ。そしてその映像を、喫煙所の中の男たちは甘んじて受け入れようとしていた。


「バッキャロウ! てめえら!」


 扉を蹴破るくらいの勢いで俺は煙たい空間へと突っ込み、映像を投射するミニポムを自らの懐へ押しやった。寸でのところで、俺らは犯罪者になる事を免れたのだ。


「あ、こら! レン、邪魔すんじゃねぇ! お前さんはすっこんでろ!」

「ざっけんな! こんなのどっからどう見ても盗撮じゃねぇか、くそったれ!」

「盗撮なんて人聞き悪い事言いなさんな! これはれっきとした偵察であって――」

「偵察もクソもあるか! おいウルフ、突っ立ってないでこのスケベジジイを黙らせろ!」


 盗聴器の件などすっかり忘れて叫び倒し、俺はもみくちゃになりながらもミニポムを死守する事になった。木偶のようにぼーっとしていたウルフとケイスケが我に返る頃には、既に決着はついていたが。息は絶え絶えだわ、髪の毛はいつも以上に跳ねるわ、服は煙草臭くなるわで、まったく今日という日は最悪だ。

 未だサコンと俺が荒い息遣いを繰り返す中、ウルフは事も無げに口を開いた。


「予想外のハプニングが起きたといはいえ……偵察は成功としておこう。ケイスケ、とりあえず君は鼻を拭いてくれないか。両方の穴から血が出ているぞ」

「む、これはこれはお見苦しいところを……」


 ケイスケは事も無げとはいかなかったようで、厳つい表情とは裏腹に鼻血を垂らしていた。あの程度で鼻血を出すか、ふつー。……まあ、俺も若干興奮しちまったとは口が裂けても言えないが。

 鼻をかむケイスケの横で、ハンチング帽を被り直したサコンはウルフに訊ねた。俺との激しいやりとりのせいで、その顔には多少の痣が残っていた。


「それでウルフさんよぉ、本番はいつになるんだい? 早くしないとミセス・ルゥは本部に帰っちまうぜ?」

「そうだな。サンタナがこちらに迎えに来るのがおそらく週末だろうから、それまでに決行する必要がある。だが、女子寮の間取りがわかった以上、手こずる事はないだろう。それに、こちらにはマスターキーも……」

「おっと」


 円テーブルに置いてあったマスターキーは、ウルフの手をかわしてサコンの手中に収まった。不敵に口角を上げるサコン。何かを企んでいるというのは明白な顔つきだった。


「人の物を勝手に取らないでほしいね、ウルフさん。こいつは俺んだ」

「……サコン? いったい何の真似だ?」

「へ、何てことないただの取引よ」マスターキーを指に挟み、サコンは俺達に向かって言い放つ。「こいつを貸す代わりに、俺も潜入調査に加わらせてもらうぜ」


レン、無能。

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