8-8 良いニュース
三日後、俺を含む『ならず者』の四人は再び密会を決行した。今度の場所は喫煙室。さすがに密会の場所も底を尽きてきた。ここらで本格的な潜入の手立てを決めてしまいたい。ところで、煙草を吸わない俺が喫煙室に向かうのは不自然じゃないかって? それに関しては問題ない。問題ないというか、今の時間はおそらくルゥに聞かれていないはずなのだ。
ルゥというオペレーターの仕事ぶりは、それはもう非の打ちどころがないほど完璧で、パートナーの俺を以てしても脱帽せざるを得ないくらいだ。面倒な書類を俺に代わって全て片づけているだけでも頭が上がらないというのに、ふとした心のケアも怠らない本当に良く出来たパートナーだ。
だが、そんな彼女だからこそ頑として譲らない一面がある。それがおやつの時間だ。
ルゥは午後三時から三時半の間、必ず休憩を取るという習性を持っている。サンタナから聞いた情報によると、その時間に彼女は大好物であるスイーツを、優雅に食べているらしいのだ。俺の経験則でいっても、その三〇分間だけはあちらから何の連絡も来ないし、こちらから連絡を寄越してもうんともすんとも言ってくれない。彼女との通信が途絶える唯一の時間帯、それがおやつの時間なのだ。
そうでなくても、通信画面を開けばスイーツを口いっぱいに頬張るルゥの姿を時折見受けられる。要は甘党なのだ、あいつは。――いや、というか、俺はあいつの顔と名前と、甘党だって事しか知らないと言ったほうが正しい。ビジネス上でのパートナーじゃ、むしろそれくらいの情報がちょうどいいのかもしれないけれど。
ともかく俺達は、ルゥのその習性を利用してやろうという事になり、真昼間の誰もいない喫煙所を見計らって密会を決行したのだ。とはいえ、俺の服のどこかに盗聴器が仕込まれている問題は未だに解消できていないので、俺は今回聞き役に徹する事になった。
仕切りの硝子にもたれて、喫煙所の中にいるサコン、ケイスケ、ウルフの声に耳を澄ませる。即席感の否めない対策だが、これで俺達の会話が盗聴される事はないだろう。
「さあ、さっそくお前さん達の戦果を見せてもらおうか」
サコンの野太い声がくぐもった状態で聞こえてくる。つい先日、俺達は大胆なやり方で女子寮の偵察をやりのけたばかりだった。プン、と短い電子音が発せられる。地雷地図が起動された音だ。振り返って見てみると、そこには既にスクリーンが空中に立ち上げられていた。立体的な画像として映し出されたのは間取り図だった。アパートを選ぶ時なんかでよく見かけるあれだ。
「これは?」
「女子寮の間取り図だ。といっても、部屋の中はロウファとの会話から得たヒントを頼りに、俺が想像で構成したものだが」
「レディ達は良い部屋に住んどるなぁ。俺達の部屋がでかい犬小屋にしか見えなくなっちまったぜ」
サコンが煙草をふかしながらぼそりと皮肉を呟いた。
一〇畳あるかないかの部屋で、俺を含む掃除人達はそれでも自分の部屋に個性を出そうとやりくりしている。場違いな高級絨毯を敷くサコンだったり、自前のアクアリウムに情熱を注ぐリヴァイアだったり、そうやって唯一のプライベート空間を演出しているのだ。
それに比べて女子寮の個室ときたらどうだ。掃除人達のたゆまぬ努力を全て無に帰すほどの、ゆったりとした空間が用意されているじゃねーか。トイレと浴室はもちろんの事、ふっかふかのベッドまで備え付けされているとは予想外だった。ふっかふかはあくまで俺の予想だが、経費の使い方について上の連中に物申したいところである。
「それでウルフ殿、ルゥ殿の部屋は何処に?」
古風な喋り方をするのはケイスケだ。喫煙所の中は煙たいのか、いつも以上に厳つい表情をしていた。彼の質問にウルフはかぶりを振る。
「そこまでは確認できなかった。蛍光灯を付け替えている間、不運な事にロウファが俺達をずっと見守ってくれていたおかげでね」
「へ、お節介焼きのロウファちゃんらしいや」
「それと、もう一つ謝らなければいけない事がある」
難しい顔をしたかと思えば、ウルフは銀髪の頭をサコン達に向けて下げた。
「ちょっと目を離した隙に、ルゥを見失ってしまった。すまない」
「ほぉ。ネグリジェ姿で登場したミセス・ルゥを見失ったと?」
「……一瞬だった。ロウファに話しかけられて応対している間に、忽然とね」
その場に俺も居合わせていたからわかるが、あれは本当に一瞬の出来事だった。
魅惑的なネグリジェを纏ったルゥを、目の乾ききったオヤジ共が見過ごすわけもなく、女子寮の入口に立っていた彼女に様々なラブコールを送っていたのは覚えている。
だが、そこまでだった。消えた蛍光灯のところまで足を運んだ、時間でいえば一〇秒にも満たない刹那の狭間にルゥは姿を消したのだ。はっとして俺が振り返った時には、入口に群がっていたオヤジ共も散った後だった。
「だが、彼女の部屋の位置はだいたい見当がついた。ルゥの部屋は二階だ」
語気をやや強めてウルフは言った。同時に、間取り図の階段のところを指でトントンと叩いた。
「女子寮の階段は、入口から部屋を三つ跨いだ場所にある。俺達はそこから奥にいった廊下で蛍光灯を取り替えていて、ルゥの姿を見失ったわけだから――」
「なるほど。ウルフ殿達の目を盗んでルゥ殿は階段を上った、というわけですな」
ウルフは無言で頷き、言葉を続ける。
「あそこにいたギャラリーにも、ルゥが最終的にどこに行ったのかを探ってみる。おそらく彼女の姿を目で追っていると思うから」
「それで? 部屋の詳細な位置は?」
「すまない。そこまでは……」
「ウルフ殿。各扉にネームプレートなどは貼られていなかったのですか?」
「部屋の番号は振られていたが、名前まではなかった」
「そうですか。うぅむ、困りましたな」
「さて、どうするかね? 手筈通り、このマスターキーでしらみ潰しに二階の部屋を探るか?」
難航しているかのように見える俺達の潜入捜査の手立ては、実を言えば順調に進んでいた。というのも、サコンがこれ見よがしに掲げるカード型のマスターキーが本部から送られてきたからだ。
これさえあれば、オペレーターの寝床に忍び込むのが容易に可能となる。だけど、上の連中はほんとに何もわかっちゃいない。よりにもよって一番下心がありそうな『ならず者』に、なぜマスターキーなるものを送りつけたのか。サコンよかケイスケのほうが安全だろうに。黙っていなきゃいけない今の状況がもどかしかった。
俺の思いが通じたのか、したり顔でマスターキーをひらひらと弄ぶサコンに、ウルフが釘をさすようにして言い放つ。
「できればその方法は避けたい。その鍵を使うにせよ、女子寮の扉には監視カメラもついている。カメラの記憶情報を書き換えるにしても、形跡を残さず作業するとなると難しい」
「ま、さすがに玄関からお邪魔しますとはいかねぇか。とはいえ、じゃあどこから潜入するのかって話になるんだがね」
繰り広げられる会話の中で、微かに聞こえたウルフの声。注意を耳に傾けていてようやく聞こえた彼の言葉に、確かな頼もしさが感じられた。
「実は、それについては目星がついているんだ」
「……と申しますと?」
ウルフ以外の全員が、少し驚いたような表情をした。
「テッサの部屋だ」ウルフは続ける。「ここ数日、女子寮周辺を調査していてわかったんだが、テッサはずっと部屋の窓を開けっぱなしにしている。少なくとも俺が調べた三日間は」
「へぇ、あのいかにもガードが固そうな新人が?」
「そういうズボラなところがあるんだ、理系の人間というのはね」
「テッサ殿の部屋は何処に?」
「一階の角部屋、ここだ」
指し示されたポイントは、寂れた石油採掘場の倉庫群から一番近い場所だった。なるほど、テッサは近くの非常口を使って、自分の部屋と直しかけのマインローラーがある倉庫とを行き来しているというわけか。その非常口とやらも厳重なセキュリティが敷いているのだとしても、部屋の窓を開けっ放しにしてちゃ意味ないと思うのだが。
それを本人に指摘して、理不尽に逆切れされるとこまでは想像がついた。
「さてと」気を取り直すようにしてウルフが口を開いた。「ここからは良いニュースなんだが……。今から少しだけテッサの部屋を覗いてみようと思う」