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地雷掃除人  作者: 東京輔
第8話 Vertraulich ~隠密~
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8-6 キャミソール

久々のサービス回です。


 それから二日後の事。

 安穏とした小昼に突如、聞いた事のない警報がS・S内に鳴り響いた。事前に伝えられていた敵襲のそれとは異なる、しかしのっぴきならない状況を示唆する警報だった。

 のんべんだらりと仕事の準備をしていた掃除人達もこれには驚き、警報の鳴る場所、ミーティングルームのさらに奥のほうへと足を運んだ。


「なんだなんだ」

「いったい何の騒ぎだ?」


 掃除人達が訝しんで覗き込んだ先には、女子寮へと繋がる鋼鉄の重厚そうな扉と、二人の男の姿が映ったはずだ。何を隠そう、そこに立っている二人の内の片割れは俺自身なのだから。とどのつまり、この警報は何かが起きたという他動的なものではなく、俺達の意志で起こしたという自動的なものだという事である。

 だが、実を言うと俺も面食らっていた。まさかもう一方の片割れが、ノータイムで扉の解錠に挑み、そして物の見事に失敗するとは夢にも思わなかったから。というか、女子寮に入館するのに男のカードキーを認証させたら、そりゃ警報のひとつも鳴るに決まってるだろうに。そう俺がツッコむ前に、片割れの男がそれを実行した、というのが事の顛末だ。


 まぁ、俺が焦って釈明しなくとも、連中は勝手にこの状況を解釈してくれるはずだ。そうでなくとも女子寮の前に不審な男が立っていたら、自ずと推測できるものがあるだろう。

 警報が鳴って一分と経たずに、女子寮の扉へとつながる狭い廊下に人だかりができた。そして扉の向こうでドスドスと、とても女性のものとは思えぬ血気溢れた足音が近づいてくる。力尽くではどうにもならなさそうな扉が、モーセの海割りの如く開かれるのとほぼ同時だった。


「くおらァーーッ! 女子寮に忍び込もうとする不埒な野郎はどこのどいつだ!?」


 迫力のない怒号が警報を掻き消した。否、彼女が手動で警報を止めたのだ。

 ぜえぜえと息を切らせながらも目は血走っており、か細い手には愛用のレンチを握っている。紺色の髪はいつも以上にボサボサで、おねむなところを叩き起こされご機嫌ななめといったところか。

 テッサは周囲を見渡し、すぐさま俺ともう一人の片割れの男をキッと睨んだ。そして持っていたレンチで俺らを指し、こう言い放つ。


「はは~ん、わかったわよ。あんた達が犯人ね! 男子絶対禁制の女子寮のセキュリティを正面突破しようなんて、なかなか良い度胸してるじゃない。馬鹿を通り越してサルよ、性欲にまみれたサル!」


 開かれた扉の向こうを少し覗くと、数メートル後ろの方でオペレーターの女性陣らも何事かとこちらを覗き込んでいる。テッサの言葉を聞いて、小さな悲鳴を上げたりひそひそと耳打ちする姿なんかもちらほら見える。


「ひどい言われようだぜ、ウルフ?」


 俺は片割れの男をそう呼び、言葉を促した。片割れの男はいつもと変わらぬ口調で、いまだ鼻息の荒いテッサに向かって話を切り出す。


「誤解してほしくはないな。テッサ、俺たちの姿を見て、夜這いしに行くような恰好だと本当に思うかい?」


 俺とウルフはどちらとも仕事に向かう作業着ではなく、トレーニングの際に着用する動きやすい恰好をしていた。それに加え、ウルフは折り畳み式の脚立を、俺は梱包された細長いものをそれぞれ脇に抱えている。何かしらの用事があってここに来た、というのを誇張するかのように。

 テッサは俺たちに軽蔑の眼差しをくれながら、ふんぞり返るような態度で応えた。


「ふん、言い訳くらい聞いてやるわよ」

「俺はただ、ロウファの頼み事をこなしに来ただけなんだが」

「え、私の?」


 テッサの後ろにちょうどやって来たロウファが、きょとんとして自らを指差した。身支度を整えてこなかったテッサと並んでいるせいか、オペレーターの制服に身を包んだロウファは、とりわけ普段より美人に見えた。


「あぁ。女子寮の廊下の蛍光灯が切れているから、取り替えてほしいとな」

「ロウファ、本当なの?」

「そういえばそんな事言ったような気が……」


 思案顔を浮かべるロウファに、俺は全力でツッコみたくなるのを我慢する。お前が覚えてなきゃ、この作戦は破たんするんだぞ! と。まあ、彼女がその事を知る由もないが。

 ロウファの天然で出来た少しの間の悪さを、ウルフが持ち前のアドリブで対応する。


「それにしても、いやに厳重なセキュリティ態勢だな」

「逆よ逆、今までが杜撰すぎたの。色目を使うおっさんがたむろする場所だったら、これくらいの措置は当然」


 男を見下すようなテッサの意見は癪に障るが、それはあながち間違いでもなかった。

 それを証拠に、中年オヤジ共で形成された人だかりのほとんどが、食い入るように扉の向こうを見ようと躍起になっていた。最前列の人間を押しのけて覗こうとする不届き者さえいる。金を積んで若い女とパートナー契約を結んでも、適当にあしらわれる連中だ、無理もない。だが、そんな形振り構わないといった彼らの振舞いに、同情する事はできなかった。がっつき過ぎて、オペレーターがドン引きするのもわかる。

 嘆息を一つつき、俺は紺色の髪の新人に向かって言ってやった。


「安心しな。誰もお子ちゃまのお前に色目なんか使ってねぇよ」

「その減らず口、ミシンで縫うくらいでもしなきゃ治らないようね、レン」

「どうでもいいがな、テッサ。お前のその恰好どうにかなんねぇのか?」

「へ? ……きゃ!?」


 握りこぶしを震わせていたテッサが一転、子犬のような声を上げて自らの身体を抱きかかえた。

 それもそのはず、テッサの恰好は寝ている時のそれと一緒のようで、かなりラフな服装だった。淡い水色のキャミソールにかなり際どいショートパンツと、彼女にしては珍しく肌の露出度が高かった。さっきまで脇のガードも甘かったし、テッサは女としての自覚が足りないようだ。無防備、とも言い換えられるが。

 個人的な事を言わせてもらえば、俺は貧相な体つきの女には何一つ魅力を感じないので、テッサの身なりを指摘したのは単なるいじりが目的だったのだが、周りの連中の反応は生々しいものがあった。


「おぉ、これはこれで……」

「うむ、玄人向けですな」

「いよっ! かわいいぞ、テッサちゃん!」

「くおらァーーッ! 誰だ!? 今ちゃん付けで呼んだやつ! このレンチでぎったんぎったんにしてやるから前に出てきやがれッ!」


 オヤジ共の群れに向かって、テッサは怒りを露にした。茹蛸のように顔を真っ赤にしているのは、憤怒の他に恥じらいの気持ちもあるからだろう。威勢のいいのが、かえってオヤジ共に受けてしまったというのは、彼女にとっては大いに気に食わないはずだ。オヤジ共のテッサを見る目が、元気な初孫を愛でる爺のそれと変わりなくて、すごく愉快でたまらなかった。挙句の果てには謎の拍手まで湧き起こる始末だった。

 笑いを堪える俺を横目に、テッサは地団駄を踏むくらいの勢いで憤慨していた。


「~~ッ! 屈辱だわ、こんなんじゃ私の威厳が保てないじゃない!」

「んなもん最初からねぇっての。わかったら、とっとと顔洗って出直してくるんだな。おっと、寝癖を直すのも忘れんじゃねーぞ?」

「レンのバカ! エロ! 今度会ったら運の尽きだと思いなさい! グロリアちゃんの下敷きにしてやるんだから!」

「おっかなすぎるだろ、それ……」


 強烈な捨て台詞の残してテッサはそそくさと退却した。しかしながら、オヤジ共が落胆する事はなかった。むしろ、感情のボルテージをいっそう昂ぶらせて歓声を上げたのだ。


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