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地雷掃除人  作者: 東京輔
第8話 Vertraulich ~隠密~
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8-4 あいつは本当に


 その翌日の同刻あたりに、俺は一人の『ならず者(デスペラード)』を呼び出した。サコン、リヴァイア、そして俺の他に、残す『ならず者』はあと一人だけ。俺は今、そいつとある場所で密会をおこなっていた。ルゥがスパイであるかもしれない以上、そこかしこに盗聴器がないかを注意せにゃならん故、密会の場所も限られていた。

 連続した水飛沫の音が室内に響く。シャンプーに含まれたメンソールの香りがほのかに漂う。安っぽい素材で造られた個室の一面だけは、申し訳程度に磨り硝子が設けられている。ここは男子用のシャワールーム。トレーニング室の隣にひっそりと佇む、俺たちの日頃の疲れを癒す場所だ。

 昨晩入ったドラム缶風呂での密会も頭にあったが、連日そこへ通うのはルゥに怪しまれるんじゃないかと危惧しての、俺なりの配慮だった。いちいち火加減をケイスケに見てもらうのも何だか悪いし。


「――とまあ、そういうわけだ」


 一足早くシャワーの個室から出た俺は、壁際に置かれた備え付けの古びた椅子に腰かけた。全身を洗いながら、俺は壁越しにいるもう一人の『ならず者』に、課せられた任務とその概要を説明した後だった。何せ一人当たりのシャワー時間はたった一〇分。延長したら、水回りを管理するマザー・トードにおかずを一品減らされちまう。一秒たりとも無駄にはできなかった。

 排水溝が苦しそうな呻き声で鳴くのと同時に、俺が出た個室の隣の扉が開く。そこにもう一人の『ならず者』が水を滴らせて姿を現した。無論、紛れもなくイイ男である。


「話は理解した。『ならず者』の連中で調査を取り行え、という事だな」

「あぁ。手伝ってくれるか?」


 イイ男は俺の隣に座り、静かに頷いた。


「……応じよう。というか、君たち三人では潜入任務は行えないと思うが」

「同感。ったく、上の連中の無能さにはほとほと呆れるぜ。図体のでかいアジアンとずんぐりむっくりのクソジジイと、それに地雷撤去しか能のない俺でどうやって隠密しろってんだ。ウルフがいなかったらとっくに破綻してるぜ、この作戦は」


 こうやって俺が文句を口にできるのは、隣にいる男が信頼の置ける人間だからだろう。もう一人の『ならず者』の名はウルフ、地雷掃除人の中でも少し畑違いの任務もこなす人物だ。細身ではあるが、無駄のない筋肉で固められた体躯はさながら彫刻のようで惚れ惚れとする。

 元々ウルフは軍人だったのだが、何の気の迷いか、こんな地味で冴えない職に興味を持ったという。しかし、彼のおかげで最前線の活動がしやすくなっているのだ。というのも、ウルフは前職で培った偵察能力を買われて、現場の先行調査を単独で行っているからで、掃除人の多くは彼に頭が上がらない思いでいっぱいのはずだ。そのうえ、ウルフは時間が空けば俺たちと共に『必死地帯(デス・ベルト)』に向かい、短刀による古風なやり方で地雷の撤去もやりのけている。

 俺の師匠、パールが日向の先導家だというのなら、ウルフは陰の立役者。称賛の光は浴びないが、パールと同等の活躍をしているのは同業の俺たちだけが知っている。


 銀髪のその毛先から水滴を滴らせて、ウルフは穏やかに口を開いた。


「盗聴器がついていないとなおさら回るな、レンの口は」

「へ、シャワー室でしか言いたい事が言えないようじゃ世も末だ」

「もしかすると、ここにも盗聴器が仕掛けてあったり」

「ゲッ!? うそだろ……?」


 急に慌てふためき、落ち着きのない仕草をする俺を横目に、ウルフとしては珍しく口元を緩めた。


「安心しろ、事前に調べてある。俺たちの会話が聞かれている事はない」

「やめろよな。こんなんで給料差っ引かれたりでもしたら、たまったもんじゃねぇ」


 余裕のある表情から束の間、ウルフは黄色の双眸をわずかに鋭くさせた。


「とにかく、ルゥ以外のリストに載っている連中の調査は、君たちが『必死地帯』に行っている間に俺がやっておく」

「男子寮のセキュリティは……。いや、そんな大層なもんは用意されていないか。下手したら俺でもやれそうなくらい簡単かもな」


 シャワー室の有り様を見ればわかるように、男が使う施設のボロさは二十世紀を彷彿とさせるほどお粗末なものだった。男子寮も同様に、セキュリティと呼べるものは無いに等しい。建付けが悪いわ埃っぽいわ、そのうえ壁も薄いわでプライバシーなんてあったもんじゃない。形式的な錠が一応扉に備え付けられてはいるものの、それもプロの手にかかれば『開けゴマ』を唱えるくらい、容易く突破される程度のものだった。

 ふざけ半分で皮肉った俺に、同じくらいの具合でウルフがこう言った。


「じゃあ、代わりにやってくれるか?」

「遠慮する。餅は餅屋だ。それに、人の部屋に忍び込むのは趣味じゃない」

「俺だって趣味ではないんだが」

「そ、そうだよな。すまん……」


 何とも歯切れの悪い言葉が宙を泳いだ。ウルフだって好きでそういう事をやっているわけじゃないのに。シャワーが熱すぎてのぼせてしまったのだろうか。いや、きっと違う。どうしたって雑念だけが渦巻いているのだ。俺の頭の中で。

 頭を垂らし、大きく息をついた俺の姿をウルフが見逃すはずもなかった。


「レン、ルゥの事が気がかりのようだな」

「わかるか? ……まぁ、わかるよな」


 どうも俺が本調子でないのは、いまだにルゥを疑う事を俺の身体が拒絶しているからのようだ。でもまぁ、これがごく普通の人間の反応だと思いたい。英雄や指導者の器とは程遠い、小心者の人間の反応だ。ここまで一緒にやってきたパートナーに、スパイの疑惑をかけられて冷静でいられるほど、俺はできた人間じゃない。それは俺自身が一番よくわかっていた。

 対照的に、ウルフは出始めのシャワーのように冷静だった。俺を諭すようにウルフは再び口を開く。


「彼女と君はよくできたパートナーだ。疑いたくないのもわかる」

「だったら」垂らしていた頭をもたげて、俺はウルフのほうを向いた。「正直なところを教えてくれ、ウルフ。あいつは本当にスパイなのか?」


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