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地雷掃除人  作者: 東京輔
第7話 Sternschnuppe ~流星~
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7-13 遭遇×3


 刻々と夜が更けていき、夕方から飲み騒いでいた連中も大人しくなった頃、俺とパールは静かになった廊下を歩いていた。まだ飲んでいる輩はいるようだが、しっぽりとした落ち着いた談笑の声がするだけで、どんちゃん騒ぎのピークは過ぎたようだ。二日酔いで明日の仕事をパスする奴が、いったい何人出る事やら。

 そんな事を思いながら表玄関の側にある階段を下りると、聞き覚えのある声が耳に届いた。男心を舐るようなサディスティックな女の声と、弱りきった子犬のような少年の声だ。そう、玄関の前にいるのはズィーゼと、彼女に後ろ襟を掴まれて引き摺られているジョウだった。


「げっ、ズィーゼ」

「あぁ! レンさんとパールさん、良いところで会ったッス! 一緒に流れ星を――グヘッ」


 一瞬だけ目の光を取り戻したジョウだったが、程なくして諦めたようにうなだれた。


「あら、ジョウ。そんなにこの私と二人きりになるのが嫌なのかしら?」

「違うッス! 僕は夜の一時までに寝ないと次の日寝坊するッス! だからそろそろ僕を解放してほしいッス、ズィーゼ様ぁ~!」

「安心なさい、私がつきっきりで()()してあげるから」

「そっちの意味じゃないッス! わ~ん、レンさん助けてくださいッス~!」


 申し訳程度の悲鳴を上げるジョウと、背後からジョウに覆いかぶさるようにして抱きつくズィーゼ。仲睦まじく見える俺は何かが麻痺しているのだろうか。


「おいおい、とびきりイイ女が介抱してくれるって言ってんだ。少しはそのありがたみを理解するんだな」

「気が利く事を言うなんてレンらしくないじゃない。パールに()()()()させてもらったとか?」


 唐突過ぎるズィーゼの発言に、柄にもなく俺はズッコケるようなリアクションを取ってしまった。


「アホか。思った事をすぐ口にするんじゃねぇ」


 パールも苦笑を漏らしていたがすぐに取り直し、ズィーゼの方を見遣った。


「ズィーゼ達も星を見に行くのか?」

「まあね。ジョウがどうしてもって言うから。私は一晩中この子をなぶり倒すつもりだったんだけど」


 たちまち周囲の空気が凍る。ズィーゼの言葉に一つの冗談も混じっていない感じなのが、妙にリアルだ。恐怖に怯えたジョウの目を俺は忘れない。


「ま、まぁ夜は長いからな。存分に楽しむといいさ」

「パールさん!? 僕を見捨てるッスか!? ブヘッ」


 ジョウが変な声を出したのにも構わず、ズィーゼは物言いたげな視線を俺達によこした。冷ややかで試されているような彼女の眼差しは、サディスティックという形容以外当てはまらない。


「二人きりになりたいのはお互い様ってところね。表玄関の方は私達が行くわ。あんた達はそう、もっと人気のない所へ行きなさい。駐車場の奥とかがいいかも」

「すまんなズィーゼ。恩に着るよ」


 ズィーゼは肩を竦め、そして戯けるような視線で俺の方を向いた。


「男を見せなよ、レン」

「……早くどっか行きやがれ」

「そうね、こっちはこっちで楽しませてもらうわ。ほら行くわよ、ジョウ」

「うわぁ~! レンさんとパールさん、これが今生の別れかもしれないッスけど、とりあえずおやすみなさいッス~!」


 廊下に虚しく響き渡るジョウの悲鳴。命までは取られないから安心しとけ、と心の中で呟きながら、俺とパールは玄関と反対方向の廊下を進んだ。

 並んで歩いていると、パールは神妙な面持ちで俺に訊ねてきた。


「なぁレン、彼女たちはどこまで本気なんだ?」

「わからん。とりあえずジョウがズィーゼのおもちゃにされてるってのは確かな事実だ」

「おもちゃ、ね……。ジョウから何か話を聞かないのか?」

「んな野暮な事聞くかよ。仕事に支障を来たしてないなら、それ以上首を突っ込むような真似はするべきじゃないだろ」

「そ、そうか……」


 正直なところ、彼らの関係を知り尽くしている者は誰もいなかった。随所でその片鱗を見てはいるものの、どこまでが本気でどこまでが演技なのかは、当事者のみぞ知るところだった。

 でも、ジョウの奴が意味深なお仕置きを受けているのは確かな事実だろう。


「……まぁ、ルゥから聞いた話によれば、ジョウの奴が彼女らの()()になったらしいけどな」

「椅子!?」


 そんな取りとめのない話をしながら裏口へと歩いていると、曲がり角から見覚えのある顔が二つ、俺達の前に姿を現した。その一つが強張った表情で俺達を見つめる。「見られてしまった!」という彼女の心の声がまるで聞こえてくるかのように。


「あ……」

「よう」


 軽い挨拶は女のほう――ロウファからは返ってこず、代わりに隣の男が声を出した。


「レンとパールか。どうしたんだ? こんな夜遅くに」


 黄色の双眸は深夜により輝きを増している。ロウファの隣にいるのはウルフだった。

 ロウファは全力で顔を背けてこちらを見ないようにしている。あまり人に見られたくないのはお互い様だと思うが、彼女の必死さに幾分かの心の余裕が俺の中にできたのだった。


「あぁ、多分お前らと同じ理由だと思うんだが。なぁロウファ?」

「ッ……」


 ロウファの顔を覗こうとするも、彼女は耳にかかった髪をひたすら撫でて、さらに顔を背けるだけだった。声を押し殺しているのが見え見えだ。後日とやかく言われそうだが、これは状況が存分に冷やかせと言っているようなものだ。

 俺とロウファで顔覗きの攻防を繰り広げているうちに、ウルフはいつもの静かな口調でパールに訊ねていた。


「という事は、君らも流星群を見に?」

「あぁ。しかしウルフ、お前がこういうのに参加するなんて珍しいな。一体どっちから誘ったんだ?」

「ロウファだ。俺は天体観測にあまり興味がないんだが、女一人だと何かあった時困ると思ってな。心配でついてきたんだ」


 嘘だろ!?

 女のほうから深夜に星を見に行こうと誘うってのは、そりゃもう二十四時間オープンのバッチコイって意味だろうが!

 と、胸中で思いっきり叫び倒したが、ウルフの野郎は目を伏せて穏やかな表情をしていた。菩薩かよ。

 顔を覗かれまいとしていたロウファも、これには動揺を隠しきれずにウルフの端正な横顔を見つめるばかりだった。


「……おいロウファ。お前本当にそれでいいのかよ」

「何も言わないで、お願いだから」

「がんばるんだぞ、ロウファ。めげずに努力すれば、伝わるものもあるはずだ」

「はい、パールさん」


 パールに肩を叩かれたロウファの表情は健気だった。冷やかすはずだったのに、応援したくなっちまうじゃねーか。独りだけ話についてこれていないウルフといえば、小難しい顔をしてやがる。


「……? 何の話をしているんだ?」

「天体観測だよ。しし座じゃなくてオオカミ座のな」

「オオカミ座? そんな星座あったか? それに、今日見えるのはしし座流星群だろう?」

「……はぁ、もういい。パール、特等席はこいつらに譲ってやろうぜ」

「そうだな。我々は別の場所に移るとするよ」

「外は寒いからな。暖かくしてから外に出るといい」

「お気をつけて……」


 俺達は来た道を戻り、ロウファとウルフに見送られた。最後に聞いたロウファの言葉、あの覇気のなさといったら不憫でならない。せめてこれから降り注ぐ星の群れに、彼女の恋愛成就を祈ってもらいたいものだ。

 二人の姿が見えなくなったところで、パールは重い溜息を一つついた。


「ウルフがあれだけ鈍感だと、ロウファも気苦労が絶えないな」

「うじうじしてる時間があったら、さっさと自分から好きだの何だの言っちまえばいいのにな」

「人には人のやり方がある。曖昧な関係の甘酸っぱい感じは私にもわかるよ」

「メロドラマじゃあるまいし。あんたもいい歳なんだから、今さら乙女の純情に浸ってる時間はないと思うぜ?」


 俺がそう言うと、パールが俺の脇腹を肘で小突いてくる。


「こら。師匠に向かってその口の利き方はなんだ」

「へいへい。それよりどうする? 建物の裏に周るなら相当迂回する事になるぞ」

「迂回? なぜ迂回する必要がある?」

「おいおい、ジョウとズィーゼはともかくとして、ウルフとロウファに水を差すような真似ができるかよ」


 鳩が豆鉄砲を食ったような――まさにそんな顔をしてパールは目を丸くして俺のほうを見た。そして思い出したように笑みをこぼす。


「何だよ?」

「いや、意外とお前も空気が読める奴なんだなと思って」

「当たり前だ。冷やかしなんかしたら、ルゥにこっぴどくお仕置きされちまうからな」

「ふふ。優秀なパートナーがレンについてくれてよかったよ」

「粛清を施すオペレーターなんざ前代未聞だけどな。で、どうする? 表玄関から一度出るか?」

「いや、建物の中から後ろに周ろう。女子寮の非常口から出れば誰とも遭遇しないだろう」

「女子寮!?」


 女子寮……って、どこにあるんだ?

 俺は一歩退いてパールの後についていった。


 相変わらずS・Sの仕組みはいまいち体にしっくりこない。仕事場といえば、大体どこに何があるかとか、寝ぼけていても玄関だったり食堂だったり、いつも利用する場所はたいてい体が覚えているものだろう。だが、S・Sは建てる場所によって部屋の位置が変わりやがるから、いつまで経っても部屋の構造が体に馴染まなくて苦労している。

 であるからして、男である俺が女子寮の位置を把握していないのは当然の事だった。パールの後をついていってるが、彼女の足取りもスムーズというわけではなかった。曲がり角で一旦立ち止まってみたり、少し思案したりしながらようやく目的地に辿り着いたわけである。現在の女子寮の入口は、作戦会議室のさらに奥にいった所だった。道理で俺が入口すら知らないわけだ。そんな所好き好んで近寄ったりはしない。


 パールがカードキーで入口の扉を開けた。俺達が利用する宿舎とは違い、セキュリティがしっかりしてやがる。

 内部に足を踏み入れると、どことなく建物の新しさを感じた。利用する人間が少ないからだろうか。高いとは言えない天井に暗い電灯が灯るだけであまり見えないが、内装も俺達のよりも上品に仕立てあげられている。絨毯の踏み心地もまだしっかりとしているし、廊下の花瓶には白い花が生けられている。あれは確か鈴蘭ってやつだったっけ。

 ともかく、女子寮の中は良い雰囲気のビジネスホテルに似ていた。こちらの寝床を何故バリバリ働く俺達に使わせてくれないのか、というのは野暮な話か。


「おい、本当に俺が入っていいのかよ」

「ばれたところで怒られるだけさ。その時は私も一緒だ」

「非難を浴びるのは俺一人だけどな。……ん?」


 ぼんやりと灯る廊下に、一つの黒い塊があった。近づいていくとすぐに、それは人影である事がわかった。地べたにぺたんと女の子座りしているのは、紺色の髪の新人だった。


「げっ、テッサ!」

「あぁん? 何であんたが女子寮にいるのよ? うぇっぷ、気持ちわる……」


 手で口を押さえるテッサ。どうやら男が女子寮にいるという事よりも、事態は急を要するみたいだ。テッサが顔面蒼白なのを見る限り、どっぷりと酒に飲まれてしまったらしい。ロウファの奴、介抱するならちゃんと最後まで面倒みろってんだ。

 ともあれ、テッサに吐き気を催すほど嫌われてるのかと思ったがそうではなかったようで、少し複雑な気分ではある。


「テッサ、大丈夫か?」

「パールさん、ごめんなさい。こんな見苦しい姿を見せてしまって……」

「いいんだよ。若者の世話は年輩の仕事さ。でも、今度からは酒の付き合い方に気をつけねばな」


 パールはテッサの綺麗な髪を優しく撫でた。服の裾をぎゅっと握っていたテッサは、思い立ったように憧れの人を見上げ、口を開いた。


「パールさん、私、パールさんの事が好きなんです」

「は?」


 変な声が出したのは俺だった。パールは表情を変えていなかった。


「ここに来る前からパールさんにずっと憧れてて、ポスターとかも持ってて……。パールさんのような強い女性になりたくて、だからパールさんの事が好きなんです」


 テッサの言っている事は支離滅裂だった。言わんとしている事はわからなくもないが。といっても、『パールさん』を連呼しすぎじゃなかろうか。


「そうか。私もテッサの事が好きだよ」

「はぁ!?」


 優しく囁きかけるパールの後ろで、またもや俺は変な声を出してしまった。


「世界の危機を救おうと、単身で乗り込んでくる女の子なんてそうそういない。ひたむきな行動力と、マインローラーさえ作ってしまう機械技師としての実力に、君はもっと胸を張って誇ってもいい。テッサの姿を見て、私はすごく勇気をもらったんだ」

「パールさん……!」


 テッサの瞳があんなにキラキラしているのを初めて見た。これ以上ない幸福の表れのようだが、こいつは一体何の茶番だ? 酔いの気持ち悪さもどこかへ吹き飛ばすとは、まったく俺の師匠には恐れ入る。


「だから今日はおやすみなさい。部屋までついていってあげるから、ね?」

「はい……」


 そうしてパールはテッサを部屋へと連れて行き、程なくして廊下でそわそわしていた俺と合流した。


「さ、行こうか」

「あんた、相変わらずああいうのは上手いよな」

「年の功ってやつかな」


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