2-2 貴方のすべき事を
緊急警報のベルかと思って飛び起きたが、それは単なる、目覚まし時計が起きる時刻を知らせる鈴の音だと気づくのに、十秒ほどかかった。いつもなら、音が鳴る前にスイッチを切り替えるものだから、目覚まし時計はやっと役目を果たせたと、胸を張るかのようにジリリリとやかましい鈴の音を響かせた。
枕でもぶつけてやろうかと思ったが、強制的に起こされた反動で、瞼が勝手に閉じかけた。だが、毎日のルーチンを乱すわけにはいかない。一日の始めにやる事ならなおさらだ。
俺は少し乱暴に時計を手に取り、スイッチを切った。そして体温計を脇に締め、眠気と闘いながら音が鳴るのを待つ。飾り気のないデジタル表記は三六.五度を示していた。
上半身を起こしていたが、脳みそは未だに夢見心地のようで、しばらく布団のぬくもりから離れられなかった。視界に映るピンク色の物体も、あまりに現実離れしていてまだ夢を見ているのかと勘違いしそうになったが、ベッドの下からぬっと顔が出てきて、俺は思わずぎょっとした。
「んお、レン起きたか?」
「お前、まだいたのか……」
ふよんふよんと音を立てて見上げる物体を見て、すぐに昨日あった出来事を思い出す。こいつが何かの手違い(と思いたい)でルゥから送りつけられた事、ジョウの野郎が地雷をふっ飛ばして気絶した事……。
それ以降の出来事を頭に思い浮かべる前に、ポォムゥが布団をぺしぺしと叩いて気を紛らわせてくれたのは、俺にとっては幸いだったのかもしれない。
「ポォムゥはどこにも行かないぞ! ポォムゥはレンのために――!」
「あぁ~わかったわかった。わかったから、朝っぱらからそんな大声を出さないでくれ。少し、頭が痛い」
ポォムゥのキンキンする声のせいで俺は首を振ったが、それは逆効果だった。風邪の痛みというよりは、どちらかというと二日酔いの時に似ているその不快な頭痛は、おそらく放っておけば痛みも和らぐタイプのものだろう。
ただ、そうとわかっていながらその時俺は、こめかみに感じるその痛みを受け入れる事ができずに、物に当たってしまいそうな苛立ちを覚えてしまっていた。
「あ、そうだ。レン、ルゥから留守電を預かっているぞ」
「なにぃ? お前、そんな機能もついてるのか?」
「だから、ポォムゥはすごいって言ってるだろ! はい、メッセージ再生」
そう言うとポォムゥは、ブルーの眼をいつの間にか緑色に変えて、口をパクパクと動かし始めた。聞こえてくるのは無愛想なルゥの声で、ポォムゥの風貌とのギャップに、俺は顔をこわばらせた。
『レン、このメッセージは、ポォムゥを介して伝わっているはずですわ。以後、基本的な連絡はポォムゥを経由して行います。よかったですわね。これからは、この子を連れているだけで、ありとあらゆるタイミングで、貴方に仕事の依頼を伝えることができましてよ』
「よかねぇよ。それはそっちの都合じゃねぇか……」
相槌を打つ必要はもちろんなかったが、俺は打たずにはいられなかった。さらに留守電は続いた。
『それと、ポォムゥの見た目の件ですが……。業者によると、そのデザインが正常で間違いないという事ですわ。なんでも、設計者は極東出身のエンジニアで、自分の作ったものにサブカルチャー的な要素を組み込むのが趣味なんだとか。
しかしどんな見た目にせよ、機能自体には何ら問題はない……と、押し切られてしまいましたわ。この件に関しては、莫大な資金が投入されているため、融通が利きません。その子を新たなパートナーとして、快く受け入れる以外は』
ルゥは膨大な仕事を俺に押しつけるが、同時に俺の要望には限りなく応えてくれる優秀なパートナーである。そのルゥが『融通が利かない』と言うのだから、一介のオペレータの責務の範疇を超える何かが働いている、ということだ。
どこの誰だか知らないが、俺たち掃除人の気力を削ぐ事だけはやめてほしい。寝起きの機嫌の悪さもあって、俺は軽い舌打ちをした。
『それとレン、もう一つ……。その、先日の件、話は伺いました。……レン、私は貴方の仕事に口出しをする事はありません。ですから、貴方は貴方のすべき事を行ってください。私も、貴方にできる事を全力でサポートいたしますわ』
どうやら――いや、当然と言うべきか、昨日のおおまかな出来事はルゥには筒抜けだったようだ。無理して触れるような話題ではないので、俺からは特に何も伝えなかったのだが、逆に俺のほうが意識していたようだ。彼女に気を遣わせてしまった。
ポォムゥの眼の色がブルーに戻り、俺と視線が合うと、ポォムゥは不思議そうな顔をして俺に尋ねた。
「メッセージ終了だ。……んお、どぉしたレン?」
「……見透かされちまってるな」