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地雷掃除人  作者: 東京輔
第7話 Sternschnuppe ~流星~
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7-10 指向性電波弓


 再び燃え滾るような熱気に見舞われた俺は、テント内との温度差に顔をしかめた。毛穴が広がりきるような感覚で気をやられぬよう、気休めに腕で日光を遮る。ほんの数分しか経っていないのに、気温がぐんぐんと上がっているようだ。

 眼前のテンガロンハットを被ったテッサは、双眼鏡で『必死地帯(デス・ベルト)』に入った亀裂を望んでいる。亀裂。すなわちマインローラーが『必死地帯』を通過したときにできた、一筋の軌跡だ。ほぼ真っ直ぐに伸びたその軌跡の終着点は、フラスコのように円い形で終わっている。皇女グロリアに搭載された磁気発生装置(マグネティック・ジェネレーター)の影響だ。広範囲の地雷を爆発させる事に成功したが、その爆発の中心にいた皇女も巻き添えを食らってしまった。その跡が未だに残っているのだ。

 マインローラーが通過したとはいえ、亀裂の幅は一車線の道路の間隔よりも狭い。後々の事を考えて、最近の俺達はその幅を適度に広げていく作業に没頭していた。なにせ亀裂は三キロメートルにも及ぶ。そこに巻かれた地雷の数は数えたくもない。俺達が必死こいて地雷を撤去しながら進める一日の距離が、およそ百メートルと言えばその脅威が伝わるだろうか。『必死地帯』の名は伊達ではないのだ。


 これからもしばらく、あそこに出張るのかと思うと気が滅入る。地平線の向こうにあるサヘランの首都、ゾノに辿り着くまでどれほどの時間がかかるのだろう。

 しばし物思いに耽っていると、どこからか反響するアクセルをふかす車の排気音が耳に届いた。一呼吸置いて、テッサが珍しく焦るように声を荒げる。


「ッ! きたッ!」


 亀裂の始発点の方を見ると、えらくテカテカした一台のワゴン車がまさしく亀裂の中へ入ろうとしていた。趣味の悪い紫色の、マフラーが四本もついたお下品な車と言えば、そいつはエリーの運転するもので間違いない。燃料枯渇も何のその、『必死地帯』の亀裂の中を優雅に走っている。

 テッサの一声を機に、外で暇そうにしていた掃除人達も、テントの中で涼んでいたオペレーター達もこぞって、地雷原を往くメタルバイオレットの車を見遣る。ついにきた、という雰囲気が辺りに広がっていった。


「うおお! 本当にパール殿のご勇姿をこの目で見られるでありますか!?」

「何だか不思議な感じ……。こうして憧れの人が、私と皇女が築き上げた軌跡を辿るなんて……」

「テッサ殿。じ、自分は……?」


 突如、ラッシが「ぐはぁ!」と言って悶絶する。テッサが彼の脛を思いっきり蹴りつけたのだ。何事もなかったかのように、テッサが再び双眼鏡を構えた時だった。


『私も不思議だよ。まさか私が後輩の後に続く形になるとは思ってもみなかった』

「パールさん!?」


 テッサが驚いてこちらを振り返ると、ポォムゥが先ほど同じように口パクを行っていた。

瞳が緑色になったポォムゥはさらに話を続ける。


『未来とはこうあるべきなんだ。勇敢で聡明な若者が人類を正しき道へ導いていく……。先人は素晴らしき遺産を残すが、往々にして穢れた副産物をも若者に託して去って行く。それではダメだ。自らの手で穢れを清算してこそ、はじめて清らかな道を歩むことができる。人は今、次のステージへと進むところまで来ているのだから』


 パールの強い信念、その崇高な思いがピンク色のロボットを介して俺達に伝えられる。その光景が何ともシュールすぎて、パールには実に申し訳ないが、俺はリアクションに困ってにやけるのを我慢できなかった。文句はポォムゥに言ってほしいが、でもまぁ、テッサとラッシが真面目に聞いているから問題ないか。


『サヘランの地に蔓延る穢れ。これ以上は未来ある若者に委ねてはいけない』

「パールさん……」

『テッサ。君と皇女のこれからの活躍に期待している』

「は、はい!」

『それとラッシ』

「は、はいぃ!?」

『若気の至りで無茶はしないことだ。マインローラーとて無敵の装甲を誇るわけじゃない。皇女のポテンシャルを見極めるように』

「わわ、わかりましたであります!」

『ん~ふふ♪ 従順そうなオトコのコね。食べちゃいたい♪』


 ポォムゥが表情を変えぬまま、声音だけを入れ替えた。先ほども起きた現象なので俺はさほど驚かなかったが、事情を知らないラッシとテッサは驚嘆を露にした。


「ふおぉ!?」

「え、ええぇぇ!?」

「おいエリー、大人しくしてろ。あんたが喋ると妙な事になる」

『あらぁ、レンちゃんったら()()()ねぇ。そろそろポイントに到着するわよ』


 テッサから事情を問いただすような視線を強く感じたが、俺は肩を竦めてやり過ごす。聞こえた声がオカマのエリーのものだとわかれば、いちいち説明するまでもないだろう。

 数分後、パールを乗せた車は亀裂の終着点に到着した。ぽっかりと空いた円の中心部に、一人の地雷掃除人が降り立つ。エリーが脚立を車に立て掛けている間に、パールはあるものを取り出していた。


「あれが、パール殿の地雷撤去道具でありますか……!?」

「ヴァルツ・シュラーフ……。本物だ……!」


 双眼鏡を構えるテッサは思わず唾を呑み込んだ。パールの手には弓の形状をしたものがあった。ただの弓というより洋弓(アーチェリー)というべきか。だが、あれも俺の持つ『液体窒素剣(シュネー・トライベン)』と同様、模した武器の本来の用途とは全く異なる性質を持つ。

 一見ただの洋弓に見えるその弧の中央には、射撃を安定させるためのスタビライザーという棒の代わりに、金管楽器の音の出る部分――円筒から朝顔(ベル)にかけて――のような物体が装着されている。洋弓の要であるハンドル、つまり全体のデザインも従来のものと異なり、装飾というよりは装甲のようで、それが重厚な精密機械の塊である事を物語っている。パールという名前と同じ光沢のある白色が、その兵器の謎めいた神秘さをさらに強めていた。


 パールは脚立を昇り、ワゴン車の屋根に立って『必死地帯』と相対する。そよ風になびく栗色の長い髪を見ると、なぜだかひどく安心してしまう自分がいた。いつだってそうだ。双眼鏡では後姿しか見えないものの、それでも地雷原に立つ師匠は同じ地雷掃除人として感じるものがあった。彼女ならきっと何とかしてくれる、そう思わせる何かを身に纏っているようだった。

 洋弓を手に携えたパールは、そのままじっと動かない。それに感化されたように、彼女を見つめる俺達の周りもひどく静まり返っていた。


 なびいていたパールの髪が、あるべきところに音もなく舞い降りる。

 風が、止んだ。


「ここから一分」

「え?」

「パールが気を静める時間だ。ヴァルツ・シュラーフの使い手は失敗を許されない。自らの鼓動を感じる事から、パールの地雷撤去は始まる」


 俺自らが実践しているからこそ、俺はテッサに今の状況を説明できた。

 あらゆる感覚を研ぎ澄ましながらも、通常とは異なる特別な状態――いわゆる『ゾーン』に入るわけではない、そういう心構えみたいなものだ。『ゾーン』に入れば確かに集中力は増すが、かえってそれは地雷撤去をするには不向きな状態だ。

 散漫であること。パールは常にその言葉を俺に言い聞かせてきた。耳の奥底で自分の心臓の音が聞こえれば、どんな状況であっても人は気を静める事ができると……。


 足の位置を肩幅程度に整えたパールは、そのまま洋弓を持った左手を『必死地帯』に向けてゆっくりと、自然な動作で構えた。だが、肝心の放つべき矢は右手に携えていない。

 これでいいのだ。彼女に矢は必要ない。白色に光る洋弓さえあれば、弦を引く右手さえあればそれで充分なのだ。


「ヴァルツ・シュラーフを構えてからおよそ四〇秒間、目標地点に狙いを定める」


 矢を持たないパールの右手は、そのまま洋弓の弦を静かに引いていく。キリキリと張り詰める音がこちらにも聞こえてくるようだった。洋弓は、地雷原の亀裂の向こう側、つまりまだ道のない場所の先の方を向いていた。

 照りつく太陽の光がじりじりと肌を焼く。陽炎が景色を歪ませる。高揚する心音がさらに昂ぶった時、ついにその時間が訪れた。


「引いた!」


 テッサが小さく叫んだ。双眼鏡越しにパールを見る他の連中も、いくらか声を上げた。

 何の変化も見当たらない『必死地帯』。しかし、変化がないと言っているわけではない。

 パールは確かに放ったのだ、人には見えざる魔法の矢を。


「弓を引いた三〇秒後、それが地雷とお別れの時間だ」


 俺は独り言のように呟いた。

 パールは弓を引いた動作から何も動いていない。時が止まっているようにも見えた。

 対照的に、周りの連中がざわつき始める。今から起こる出来事を見逃すまいと目を凝らして、されどその興奮を抑えられずに声が出てしまっているのだ。

 冷静を装っている俺も、実はさっきから心臓が暴れっぱなしだ。師匠が地雷撤去する光景は、いつ見ても初めて見た時と同じ興奮を味わわせてくれる。だから俺は誰よりも早く、そして絶妙のタイミングで始まりの合図を告げる事ができた。


「……くるぞ」


 そう言った瞬間、双眼鏡でぎりぎり見える地平線の手前で大きな爆発が起きた。粉塵が湧き上がり、爆発による気流が勢いよく昇っていくのが見える。連鎖するように起こる爆発は止まる事を知らず、小さな火球がたちまち一つになって、ついにはキノコ雲までも引き起こしていた。

 一〇数秒経って、ようやく地鳴りのような爆発音がこちらにも届く。空間ごと揺さぶられているようだ。数多の地雷の断末魔。大地に眠っていた数えきれぬほどの地雷が産声を上げて死んでいく。誰かがそれを踏みつけたわけではないのに。


 その間にも、パールは何も動じずに次々と魔法の矢を放っていた。方向を変え距離を変え、広角に弓を引いては取りこぼしなく地雷を滅していく。散布型だろうが対戦車用だろうが、彼女の手にかかればどんな地雷も意味を成さない。


「信じられない……。人が手に持てるサイズにまで小型化したDEWが本当に存在するなんて……」


 テッサは目を見開いたまま、双眼鏡を持って呆然と立ち尽くしていた。無理もない。あれは従来のスペックをはるかに凌駕した代物だ。Directed-Energy Weapon、DEWは本来飛行機の先端や大型車両の上に取り付けるものだ。開発した人間もすごいが、それを完成させるまでに至った費用は計り知れない額であると、頭の悪い俺でもわかる。

 パールが放っているのは魔法の矢なんかじゃない。サヘランという国にこびり付いた『必死地帯』に、風穴を空けられる唯一無二の科学兵器。


 『指向性電波弓(ヴァルツ・シュラーフ)』。パールが持つ白色の洋弓の正体だ。


ヴァルツ・シュラーフとはドイツ語で「眠りのワルツ」という意味だそうです。

『指向性電波弓』をそのまま翻訳したわけではありませんので、ご了承ください。

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