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地雷掃除人  作者: 東京輔
第7話 Sternschnuppe ~流星~
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7-8 ひっくるめて、プラス


「おっと、すまんなポォムゥ。すっかりお前の事を忘れていた」

「パール、そう言えばあんた、ポォムゥの事をなぜ知っているんだ? どこかで会った事があるのか?」


 何度か訊ねあぐねたが、何とか俺は頭を悩ます疑問について聞く事ができた。

 パールはちょっと驚いたように何度か瞬きをしたが、すぐに察してやや呆れた顔をした。


「ポォムゥ、レンに『土竜眼(モールアイズ)』は渡しているな?」

「んお! とっくの昔に渡したぞ!」

「そうか。ならばレン、逆に訊ねるが、『液体窒素剣』と『土竜眼』の親和性、驚くほどに相性が良いと思わなかったか?」

「あぁ、そういや確かに」


 『土竜眼』は地雷の位置を可視化する装置で、従来の平面的な位置情報だけを伝える地雷探知機とは一線を画した代物だ。俺の空間把握能力も相まって、ここのところ随分と仕事が捗っていたのは事実だった。疑問に思った事なんて、そういえば一度もなかったな。

 未だ一つの仮説にすら辿り着けていない弟子に、師匠は嘆息まじりに続ける。


「だとすれば、それらの開発者は同一であると推測できるはず」

「…………はぁ!?」


 二呼吸くらい置いたタイミングで、俺はようやくパールが教えたかった仮説に辿り着いたのだ。その仮説を――まだ到底信じられないが――俺は強い口調で聞き返した。


「このピンクい悪趣味なロボット……ドクトルが作ったってぇのか!?」

「こらぁ! ポォムゥのこと悪く言うな~!? レンのバカ~!」


 思わず俺の口から本音が出ちまったようで、ポォムゥは俺の太股あたりをポカポカと連打してきた。結構痛い。

 パールは口に手を当てて、何やら記憶を探っているようだった。


「いや、確かドクトルは監修しただけで、開発者は別の人間のはず……。もっとも、ドクトルのラボで開発したのは間違いないがな。私もそこでこの子と会ったわけだし」

「ポォムゥ覚えてる! あの時もパールは優しくしてくれたぞ!」

「あの時は、まだポォムゥに地雷探知機能が実装されていなかったからな。まさかこんな所でお前と再会できるなんて、思ってもみなかったよ」

「んお、ポォムゥはパールと久々に会えて嬉しいぞ!」


 二人の会話を聞く限り、よりによって一番大事な機能をポォムゥに取り付けたっていうのか? だとしたら俺に対する当て付けだとしか考えられない。もっとこう、ピンクでふよんふよんしたやつなんかじゃなくて、実用的なデザインで俺に渡してくれたっていいはず……。あ!


「……てことは、こいつを俺の部屋に送りつけたのは、あのクソッタレ博士だってぇのか!?」


 無駄にデカい声で言っちまった。仮説が真実と一致して興奮気味になる俺とは対照的に、パールの話す様は冷めたように見えてしまった。


「もともと『液体窒素剣』は、超精密な地雷探知機と合わせて使って初めて実用的な効果を得る。それを開発次第早急に輸送すると、そうドクトルも説明していただろうに」

「……そうだったか?」


 『液体窒素剣』が見た目も仕様もあまりに現実離れしていたもんだから、ドクトルが当時何を話していたかなんて全く記憶になかった。結局、送られてきた地雷探知機も違うベクトルで現実離れしていたのだが。


「まぁ、私もまさかポォムゥのマスターとなる人物が、レンになるとは思っていなかったがな」

「ポォムゥはレンのために作られたのだ! えっへん!」

「冗談きついぜ。ったく……」


 腰に手を当てて威張る仕草をするポォムゥ。俺はベッドに腰を下ろし、呆然とするしかなかった。

 ドクトルの事が全然頭になかったわけではない。むしろ頭の中では、ポォムゥを俺のところに送りつけた、どこかのクソ野郎の候補として挙がっていたのは事実だ。

 だが、少し考えてみてほしい。日本刀を模した超絶イケてる俺専用の地雷撤去道具と、ピンク色のふよんふよんした喋り方のウザい地雷探知機を、同一人物が監修したと誰が思うか。あえてドクトルの線は真っ先に消去したっていうのに、あのクソッタレ博士は俺の予想を見事に外してくれやがった。今度会った時にでも――もう会う機会はないかもしれんが――文句を言わなければ、俺の腹の虫が治まらないぜ。


 頭の中が煮え返り過ぎて押し黙ってしまった俺をよそに、パールはポォムゥに優しげな瞳を向けてこう告げた。


「いいじゃないか。色もほんのり桜色で、この味気ない部屋には丁度良い。何よりポォムゥは可愛らしいデザインだと思わないか?」

「主にそのデザインに文句を言いたいんだがな、俺は」

「んお、またレンはポォムゥの悪口言ったな!? この~!」


 とてとてと走り寄り、また俺の太股をポカポカと殴るポォムゥ。もはやそれを制止する気力など俺には残っていなかった。一つだけ言えるのは、パールが部屋に来る前に散々思い悩んでいた事が、杞憂に終わって一件落着したという事だけ。だが、新事実が発覚したのも考慮すると、プラスマイナスで言ったらマイナスのほうが大きい。ネガティブ思考の人間なんてそんなものだ。

 パールは栗色の髪を撫で上げ、今度は俺に優しげな瞳を向けた。


「さて、用も済んだし、私はそろそろ帰るよ」

「食堂で酔っ払い共に絡まれるなよ? やつら、朝日が昇るまで帰らせてくれねぇからな」

「善処するさ」


 きっと気配りのできる師匠の事だ。食堂でだらだらとしている連中にも、一言挨拶を入れておくのだろう。俺の先読みは的中していたようで、パールは苦笑いを浮かべて踵を返した。

 部屋の扉の寸前で、ふとパールの足が止まる。振り返って俺を見つめる彼女の瞳は、普段通りの優しげなものでもありながら、どこか違うような気がした。ためらいがちにパールは、らしくない様子で口をもごもごと動かす。


「そうだ、レン。明日は何の日だか知っているか?」

「明日? ……何の話だ?」

「しし座流星群が見えるんだ。今日からちらほらと流れて、明日がそのピークらしい」

「あぁ、そういやジョウがそんな事言ってたな」


 ちょうど今日の朝、後輩とヒゲオヤジと他愛のない会話をしたのを思い出す。パールが帰ってきた衝撃で、そんな事は頭の中からすっ飛んでいたが。

 振り返ったパールの目をふと見つめると、パールは目を逸らし、どこか言葉を選んでいるようでもあった。そしてまた俺と視線を合わせて、こう言った。


「……見ないか? 私と一緒に」


 選ばれて出てきた師匠の言葉に、鼓動が跳ね上がるのを感じた。

 頭の中が真っ白になる。

 とりあえず何か、返事をしなければ。

 唇が強張って動きやしないので、俺は呆然と開いた口をそのままに喉を震わす他なかった。


「……あぁ、わかった」

「それじゃ、おやすみ」


 パールをそう言って部屋から出ていった、栗色の長い髪をふわりとなびかせて。

 短い、ごく短い会話だった。でも、交わした言葉以上のやりとりが確かにそこにあった。言葉は表面上のものに過ぎなかった。信頼し合える者どうしのみにしかわからない、そういう心地良い沈黙。脈打つ鼓動の快さ。

 きっとポォムゥにはまだわからないものだったかもしれない。ポォムゥはどうでもいい事実を、ふよんふよんしながら俺に伝えるだけだった。


「んお? どうしたレン、顔が赤いぞ?」


 俺の顔が赤くなろうが、俺の部屋でピンクい物体がふよんふよんしていようが、なんだっていい。とりあえず今日という日はひっくるめて、プラスマイナスで言えばプラスに大きく傾いたのは間違いないのだから。


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