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地雷掃除人  作者: 東京輔
第7話 Sternschnuppe ~流星~
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7-6 液体窒素剣

 軽い会議とトレーニングルームで汗を流した後、俺は夕食の前に自室へと戻った。部屋で俺を出迎えるのは、淡い桃色の光をほのかに放つロボット。充電中のこいつは静かにしているからそんなにストレスにはならない。その代わり、ふよんふよんと謎の飛行物体みたいな音が際立ってしまうのだが。

 トレーニングの後とあって、どこかに腰を下ろしたかった。ベッドはまずい。そのまま夢の世界に連れて行かれちまう。俺は桃色に光るロボットをしげしげと見つめながら、あまり使わない木製の椅子に腰を下ろした。

 パールが帰ってきて素直に喜びたい気持ちはあった。だが、それと同時に憂鬱感も俺の心に襲ってきたのだ。その憂鬱の元凶というのが、目の前にあるピンクの物体なのである。

 一息ついて間もなく、それはぱっちりとブルーの目を開き、開口一番声高に叫んだ。


「んお! 充電完了! さぁレン、地雷を片づけに行くぞ!」


 俺は机に頬杖をついて、溜息まじりに適当にあしらう。


「残念だったな。お前の出番はしばらく来ないぜ、少なくとも明日までは」

「んお!? サボりか? レンはサボり魔か!?」

「好きでサボるわけじゃねぇよ。大人には事情ってもんがあるんだ。それと――」


 頬杖を解いて俺は前のめりになる。そして、真剣な声色でピンクの物体の名を呼んだ。


「ポォムゥ。お前は明日まで絶対この部屋から出るんじゃねぇぞ」

「んお? どうしてだ?」


 ポォムゥは年端のいかない子供のように首を傾げた。動作もそうだが、こいつの話し方や態度は子どものそれと酷似している。味気のない表現をすれば、そのような仕様のAIなのだろう。しかし、応対する身として言わせてもらうが、この得体の知れないロボットの精巧さは半端じゃない。目を瞑ってしまえば、そこに子どもがいると錯覚してしまうほどに。

 だからこそ、俺の鬱屈とした心情は沸々と募っていくのだ。


「人には見られたくないものってやつがある。地雷原に入り浸りすぎて、とうとう頭がおかしくなったと思われたくもないしな」

「見られたくないもの……って、それポォムゥのことか!? ひどいぞレン、後でテッサに言いつけてやるからな!」


 怒って頬を膨らませる動作も、どことなく子供っぽい。まぁ、そんなわざとらしい動作をするのが、いかにもロボットらしいとも言えるが。傍から見れば愛くるしいロボット――そんな風に見えるのかもしれない。だが、どういう風が吹きこんじまったのかは不明だが、俺は傍から見ることのできない当事者という立場なのだ。

 ちょっと想像してみてほしい。久し振りに会った弟子がショッキングピンクのロボットを横目に、「新しい地雷探知機です」とニコニコしながら説明している場面を。いくら懐の大きい師匠だって、気前の良いフォローなんざできるわけがない。想像するだけで寒気がしちまう。絶対パールに見せるわけにはいかないのだ、このピンクい地雷探知機を。

 そんな俺の切ない思いが、自然と語気を強めさせた。


「勝手に言ってろ。ただし、明日以降だ。明日が終われば誰に言おうが何しようが、お前の好きにしていい。頼むぜ、ほんと」

「んお? 今日のレンはやけに必死だな。いつもよりそわそわしているぞ?」

「そうだな。誰かさんのせいで気が気じゃないってのは確かだな」


 落ち着きがないとはいえ、ポォムゥに皮肉を言えるくらいの余裕が今、確かにあったのだ。……そう、部屋の扉がノックされるその瞬間までは。


「レン、いるか?」


 扉の向こうから聞こえるくぐもった声の主は、紛れもなくパールのものだった。思考が停止する。落ち着きなくゆすっていた身体が一瞬にして硬直する。自分だけ時間に置いてきぼりにされた感覚。ポケットに入っているはずの財布が無くなっていた時の感覚に近いやつだ。


「んお、お客さんだぞ」


 ポォムゥの何気ない一言で、俺はようやく我に返った。


「ポォムゥ! お前はどっかに隠れろ!」

「んお? レンはかくれんぼでもするのか?」

「バカ! 声がでけぇ!」


 俺はポォムゥの口を塞ぎ、部屋を見渡した。そしてすぐに絶望した。だだっ広い部屋の中にあるのは、机と椅子に古びたテーブル、それと寝心地の良いとはいえないベッドだけ。ピンク色に光る一メートル弱の地雷探知機を隠せる場所なんて、この部屋に存在しないのだ。

 それでもどこかに、何かしらポォムゥを隠せる術はあるはず。だが、往生際が悪い俺にまるでトドメを刺すかのように、俺を絶望のどん底に突き落とす声が耳に届いた。


「なんだ、いるじゃないか。入るぞ」

「ま、待てパール!」


 俺の制止もむなしく、無情にも扉が開かれる。

 終わった。


「まったく、いるなら返事くらいちゃんとし――」


 パールの放った言葉は途中でぶつ切りになり、それと同時に足の動きもぴたりと止まった。真珠のイヤリングだけが耳元で踊り、この沈黙の時間の傍観者となる。双眸に映るピンクい物体を前に、パールは何を思うだろうか。

 驚嘆、軽蔑、呆然。どんな思いも甘んじて受け入れようとも、俺はまだ体裁を取り繕う言葉を探していた。


「こ、こいつはその、何かの手違いで……」

「ポォムゥ! 久しぶりじゃないか!」

「んお! パール!」


 俺の事などそっちのけで、お互いの名を呼びあうパールとポォムゥ。寄り添う二人を唖然として眺める俺の顔は、きっと間抜けな面だったに違いない。


「パールがポォムゥのこと忘れてないか、ずっと心配だったんだぞ!?」

「忘れるわけないじゃないか。元気そうで何よりだよ」


 再開を分かち合う二人の姿は健気だった。いやちょっと待て、健気なのはどうだっていい。それより久しぶりってどういう事だ? 再会っておかしくないか? パールの予想外のリアクションせいで、俺の頭は混乱しきっていた。  


「それより聞いて! レンが明日まで仕事しないって言うんだ! ポォムゥすっごいやる気なのに!」

「あぁ、それは私のせいだな」

「パールのせい?」

「心配するな。明後日には、またお前のご主人は大車輪の働きをしてくれるさ」

「……わかった。それまで我慢する」

「よし、良い子だ」


 ポォムゥの頭を優しく撫でるパール。いったい何がどうなってんだ? 成り行きで俺の地雷探知機となったポォムゥ。子供向けのアニメチックなデザインで、そいつが俺の部屋にいる事はパールに知られたくなくて。でもパールはそいつのことを知っていて。

 幸いにも今のところ、パールが俺に対して軽蔑の眼差しをくれてはいない。……いや、俺の事などとうに忘れていると言ったほうが正しいか。色々と思考がごちゃこちゃになっていたが、俺は何とか一つの質問を絞り出す事ができたのだった。


「パール、お前……。こいつのこと知ってんのか!?」

「まぁな。それよりレン、シュネー・トライベンを見せてくれないか?」

「それよりって……」


 あっけらかんとして返答し、パールは唐突に別の話題に切り替える。釈然としない俺をよそに、パールは俺の部屋を見回して一つ嘆息をした。


「にしても、相変わらず面白味のない部屋だな。お前はもっと個性を出したほうがいい。それと、空気の入れ替えと床の掃除もこまめにやる事。後、少しは本を読め」


 そう言ってパールはおもむろに部屋の片づけをし始めた。机に散らばった書類、床に落ちたダーツの矢、昨日脱ぎ捨てたシャツなんかも躊躇なく手に取り、あるべきところに戻していく。


「いいって。後で自分でやるから」

「そう言って、いつもやらない奴は誰だ? すぐに済ませるから待っていろ」


 思えば、俺の師匠はいつもこうだ。ノックの返事を聞かずに扉を開けて、小言交じりに掃除を始める、しかも勝手に。別に俺は綺麗好きでもなければ、片づけられない人間でもない。でも自分の部屋くらいは自分で片づけたいと思っている、誰かの手を煩わせる事なく。……まぁ、パールの言うように、そんな事を言う奴は大抵いつまでたっても掃除に手をつけないのかもしれないが。

 自分の部屋だというのに、俺は所在なく壁にもたれてテキパキと片づける師匠の姿を眺めていた。……まつ毛、相変わらず長ぇなぁ。


「さてと」


 数分後、パールは小奇麗にまとまった部屋の中央に立ち、壁にもたれていた俺に再度訊ねた。


「シュネー・トライベンは?」


 俺は壁とベッドの間の隙間から、一つの黒いアタッシュケースを取り出した。それには頑強な錠がかけられており、およそ俺の殺風景な部屋とは不釣り合いなものだった。この部屋の中で唯一高価なものとも言える。これがなけりゃ、俺は自分の職業を全うできない。

 そう、『液体窒素剣(シュネー・トライベン)』とは、俺の地雷撤去道具の名前だ。


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