6-12 爆発の正体
いつになく、倉庫へと向かう俺の足取りは重かった。
それは、灯りが心許ない夜道を独りで歩くのが怖い、というわけではなく、気を落としたテッサにどんな声をかけていいのか、全くいい言葉が浮かんでこなかったからだ。昨日、彼女に対して軽口をたたいてしまったもんだから、下手な慰めは逆効果に違いない。かといって、初陣を失敗した新人に追い打ちをかけるような事は、なおさらだ。それは人として終わっている。
そうこう頭を悩ませている間に、いつの間にか倉庫の場所に着いていた。俺は大きいシャッターの上にある、小さな小窓を見上げた。中の光が漏れている。
ロウファが言うには、テッサは倉庫の中で立てこもっているとの事だ。だとすれば、内部に侵入できそうな所からは、当然施錠がされているに違いない。確認のために、俺は倉庫の裏手へ回り、裏口のドアノブを回してみた。当然、ドアノブは最後まで回らず、扉を開ける事ができない。俺の淡い望みはすぐに潰えてしまった。
扉をガンガンと叩いてテッサを呼んでみる事も考えたが、ロウファの呼びかけにですら応えなかったのだから、俺がやっても無意味だろう。俺はとぼとぼと、再びシャッターのほうへ戻った。
いや、戻ってきたところで解決案は何一つ思い浮かばなかった。さっきやろうとした、扉をガンガン叩くというのがおそらく正攻法なのだろうが、塞ぎこんでしまった相手にその行為はしたくない。俺がテッサの立場だったら、そっとしておいてほしいのが正直なところだ。そんなことを思いながら、俺は倉庫のシャッターを開けるボタンを押してみた。何の事はない、おっちょこちょいのロウファがこのボタンを押し忘れていないかと、試しに押してみたのである。
すると、ゴウンゴウンという音を立てて、シャッターが上に上がっていく。驚きや嬉しさよりも、俺の口からはロウファに対する嘆きが自然と漏れた。
「あのバカ……」
シャッターが上がりきり、俺は改めて倉庫の内部を見渡した。昨日来た時よりも、何だか広く、そして寂しく感じられる。それはおそらく、真正面に構える一両のマインローラーがないせいだろう。皇女グロリアは履帯がぶっ壊れてしまったので、『必死地帯』に置きっぱなしだ。もぬけの殻になった倉庫は、いつにも増して寂れているようにも思え、喪失感に似た感覚さえも引き起こす。
昨日初めてマインローラーを見た俺ですらこれなのに、ずっと愛情を注いできたテッサが堪えないわけがない。ひとりにしてあげたいのはやまやまだが、俺にも保身という概念がある。何の成果もあげずにとんぼ返りしたら、ズィーゼに何されるかたまったもんじゃない。変な悪寒を感じながら、俺はテッサを探す事にした。
パッと見て、それらしい姿は見当たらなかったが、この倉庫のどこかにいるはずだ。そう思ったところで俺はふと疑問に思った。シャッターを開ける際、ゴウンゴウンと機械音が内部にも響いたはずだ。決して小さい音ではなかった。普通の人間ならば確実に気づくはずだ。それなのに何の反応もないという事は……。
俺の嫌な予感は、目に飛び込んだ光景を前に現実のものとなった。倉庫の隅、デスクと壁の間の物陰に、細い両脚が伸びていたのである。
「テッサ!」
俺は両脚のほうへと駆け寄った。昨日の今日で、テッサは気を失っているかもしれない。貧弱な体に鞭打って、徹夜続きでマインローラーを仕上げたんだ。疲労がどっと押し寄せてきたのは容易に想像がつく。だとしたら、すぐにビー・ジェイにでも診てもらわなければ……。
テッサは地べたに直に寝そべっているわけではなく、床にシュラフを敷いてその上で横になっていた。陰のせいで彼女の顔は全く見えない。ただ、俺の呼びかけに反応がないのがかなり気がかりだ。どやされるのを覚悟で――いや、この際どやされるのを期待して、俺はテッサごと床に敷いたシュラフを引っ張った。
聞こえるのは、小さくて安らかな寝息。重力に身を任せて目を瞑るテッサの寝顔は、普段の不機嫌そうな彼女の表情とはまるで別人のようだった。一瞬見惚れていたのは水に流して、俺はひとまず一抹の不安を振り払う事ができた。テッサは泣きつかれて、そのまま眠ってしまったのだろう。ロウファの呼びかけにも応えないはずだ。
「う……ん……」
明るい場所まで引っ張ってきたせいで、テッサを目覚めさせてしまったようだ。どやされるのを覚悟でとは言ったものの、そうなるのはできるだけ避けたい。とはいえ、この場をダッシュで逃げるというのも、何だか違う気がする。素っ気なさを全力で演出すべく、俺はそっぽを向いてその場で胡坐をかき、重心をやや後ろ気味にして床に手を置いた。
「よ、よぉ」
「…………」
体を起こしたテッサに声をかけたものの、自然にとはいかなかった。俺はどうやら根っからの大根役者らしい。テッサはテッサで、寝惚け眼でじっと俺の方を見つめ、そのまま何も話さない。おかげで変な沈黙が倉庫を漂った。
「……ヘンタイ」
「はぁ!?」
言葉短いテッサの罵りは、俺を怒らせるには充分なものだったが、彼女の頬に見える涙の跡のせいで、俺は口を噤まざるをえなかった。互いに視線を外し、どうとも表現できない空気が流れる。蛍光灯の灯りのブン……という小さくて鈍い音さえ、聞こえるほどの沈黙。この時の俺はどういう事か、諭すはずのテッサにその沈黙を破るのを委ねてしまっていた。
「……何か用?」
「俺が好んでここに来ると思うか?」
「そうよね……。ロウファがやりそうな事ね……」
「あいつくらいには一報入れてやれよ、心配性なんだから」
テッサはシュラフの上で体育座りをして、口を腕で覆い隠すような体勢を取った。とてもこぢんまりとして、いつもの堂々とした感じは面影もない。塞ぎこんでいるというより、拗ねているような感じだ。
「つ~か、お前も自分の部屋で寝やがれ。お前のせいで、俺がここに来る羽目になったんだぞ?」
「…………」
やはり今のテッサはおかしい。俺が口を開くたびにギャンギャンと喚いていたのが、遠い過去のように感じられる。女の取扱いってのは難しい、特にこういう慰めが必要なシチュエーションってやつは。言葉一つ間違えれば、取り返しのつかない事態に陥ってしまうのだろう。まぁ、俺とテッサの関係に、修復もクソもないのだが。
だが、何も反論せずに黙っているテッサなんて、炭酸が抜けたコーラと同じだ。こちらも調子が狂ってしまう。
「ああんもう、やめだやめ!」
俺の言葉に驚いたのか、テッサはきょとんとした目つきで俺を見た。そっぽを向いていた俺も彼女の方に向き直り、真正面からテッサを見据えた。
「いいか、テッサ? 俺はお前に軽口叩いてしまった以上、お前を慰める事はできない。というか、その資格がない。だから、俺はお前にどうでもいい事を質問する。質問なんて大層なものじゃない、単純な興味本位の疑問だ。イエスかノーかでいい、お前はそれに答えろ、いいな?」
不器用な俺が出した結論は、器用なやつの真似事なんかできないから、正直に心の思うまま、言いたい事を言う、聞きたい事を聞くというものだった。有り体に言えば開き直りだ。
ただ、本質に迫る質問は避けるようにした。できるだけテッサの興味を刺激するような、そういう質問を心掛けるようにと。ちなみにこれは、倉庫に向かう途中の夜道で考えていた手段である。テッサが目を丸くしているあたり、少しは効果が期待できそうだ。
テッサの頷きを待たぬまま、俺は大袈裟に咳払いをして言葉を続けた。
「お前が作った皇女グロリア……俺はすごいと思った。マインローラーなんて、ただ地雷をぶっ潰すだけの代物だと思っていたが……。対戦車地雷の直撃をくらってもびくともしないなんて、さすがにびびったぜ」
言い終えた後、やはり俺は不器用なのだと自覚した。そもそも、質問じゃない。感想を述べてしまった。しかも、避けるようにと心掛けたマインローラーの話題を振るという始末。テッサも視線を落とすのは仕方がない。
俺は慌ててつけ加えるように言った。
「それと、回転機構重量なんちゃらってのも、お前の開発したものなんだろ?」
「回転機構重量制御装置」
覚えきれていなかった俺を咎める事なく、テッサはぽつりとそう呟いた。どうやら、完全に塞ぎこんでいるというわけではないらしい。俺はもう少し踏み込んでみる事にした。
「もうひとつ聞きたいんだが、いいか?」
テッサは何も言わずにこくりと頷く。
「皇女の周りで起こった最後の大爆発……。あれは一体何だ? あれもお前の開発したものの仕業なのか?」
テッサの体が、一瞬だけピクっと動いたような気がした。まずかっただろうか? 話題を変えようと俺はあたふたとしていたが、テッサが抑揚のない口調ですぐに答えた。
「磁気発生装置……。強力な磁場を発生させて、地雷の信管を誤作動させる装置よ。ただ、グロリアは今回、急場しのぎで作ったものだから、戦車前面以外の部分は爆発に耐え切れなかったの」
「試作品だったわけか、なるほどな」
そのボタンが、ガラスのケースで覆われていた事に合点がいく。そいつを馬鹿なラッシが秘密兵器か何かと勘違いして、ケースを叩き割って押したわけだ。だがまぁ、使い時が間違っていなければ、秘密兵器になり得たのだろう。事前に伝えていなかったテッサのミスと、興奮すると人格が変わってしまうラッシという存在。冷静に分析すれば、その二つが不幸にも重なった、人為的ミスという事になる。VR訓練ですら、それはさすがにシミュレートできまい。




