6-11 素敵な実力行使
「んお! ようやくポォムゥの出番か! 待ちくたびれたぞ!」
「こっちは出番が来ない事を祈ってたんだがな。そうも言っていられんか」
ポォムゥが意気揚々と高らかに声を上げた。少々耳障りな声も、今は我慢しなければならない。時は一刻を争う。俺は深い呼吸ひとつで心を整え、ある男の名を呼んだ。
「サコン、行くぞ!」
数秒待ったが、返事が返ってこない。あの野郎のしゃがれた声で皮肉を言われるのは癪だが、相槌とも言えるそれがすぐに来ないというのも、いくらか調子が狂う。心の中で悪態をつきながら、俺は辺りを見回した。
「レンさん、サコンはぎっくり腰でお休みッスよ」
「あのジジイ、肝心な時に限っていないのかよ……」
ジョウの一言で、俺は使えない老害の存在と自分の記憶力の無さに舌打ちをした。よりによって、こんな緊急事態に席を外しているなんて、ますますサコンの事が嫌いになりそうだ。
俺は頭を掻き、別の掃除人の名を呼んだ。
「仕方ねぇ。リヴァイア! リヴァイアはいるか!?」
「呼んだ……?」
俺の背後から幽霊のような不気味な囁きが聞こえた。背筋に電流が流れるような感覚が走り、俺は思わず身震いをしてしまう。
「うおお!? 後ろにいたのかよ!?」
「相変わらずリヴァイアは気配が薄い人ッス……」
赤みがかった金髪を短く刈り上げ、顔の下半分をバンダナで覆うその男は、リヴァイアという地雷掃除人だ。リヴァイアとは下の名前を知らないくらいの間柄だが、地雷撤去方法が特殊であるため、俺はそれなりに彼の事を一目を置いていたりする。
「サコンがいない今、不爆撤去ができるのは俺とリヴァイアだけだ。マインローラーの周りにある地雷を取っ払って、安全なルートを確保するぞ!」
「わかった……」
眠そうな目をしてリヴァイアは頷いた。彼の腰の周りには、ドーナツ型の一際頑丈そうな、鉄でできた青いベルトみたいなものが巻いてある。ベルトというには丸みを帯びていて厚すぎる、その何とも表現し難い代物がリヴァイアの撤去道具だ。
そのサイズ上、リヴァイアは主に地表にある小型の地雷しか撤去できないが、不爆撤去が可能という点で、他の地雷掃除人と一線を画している。ただ、リヴァイアという人物からその撤去道具に至るまで、謎が多くて近寄り難いというのが本音だ。
だが、こんな非常時だからこそ色々と聞きだせるものかもしれない。奇妙な好奇心が俺の口を動かし、一緒に勾配のきつい丘を降りるリヴァイアに声をかける事となった。
「なぁ、リヴァイア」
「なに……?」
「前々から気になってんだけどよ、お前の撤去道具って何なんだ? サコンのは吸い込んで分解、俺のは凍らせて信管をダメにするっていう仕組みだ。技術は俺もさっぱりだが、原理は何となくわかる。でも、お前のやつは何もかもがブラックボックスだ」
「…………」
リヴァイアは俺の話を目も合わさずに聞いた。かくいう俺も、彼の方はちらりとも見なかったのだが。着々と『必死地帯』に向かって歩を進めながら、俺は話を続けた。
「深く詮索するのは趣味じゃないが、状況が状況だ。できるだけ連携を取って手早く終わらせたい。お前の撤去道具の仕組みを教えてくれ」
一瞬宙を見つめて、リヴァイアは考えているようだった。だが、やがて何も言わずにこくりと頷き、いつもと変わらぬ囁き口調で言葉を発した。
「この中には、僕のペットが入ってる……」
「は? ペット?」
リヴァイアが小さな声で放った聞き慣れた言葉を、俺は馬鹿みたいにリピートしてしまった。リヴァイアはまたもやこくりと頷く。
「深海魚のリショッテちゃん……。火薬が好物なんだ……」
「おい、リヴァイア。今は冗談言ってる場合じゃねぇんだ。いくら深海魚の生体には謎が多いからって、火薬が好物の深海魚なんているわけねぇだろ。大体、その中に本当に深海魚が入ってんなら、水圧の呪縛から解放されてど偉い事になってるはずだぜ? そのくらいは俺でも知ってるぞ」
「うん……。だから、この『化石プール』には、超高圧、低水温に耐えうる設計がなされている……。この中身は、水深一〇〇〇〇メートルの深海の成分とほぼ同じ……」
「え、マジな話だったのか?」
「うん……。じゃあ、餌の時間だから先に行く……。リショッテちゃんは腹ペコだから……」
「……え? え? 本当にマジなの!?」
*
驚きを隠せない俺を置いて、リヴァイアは一人『必死地帯』へ向かって行った。
それから撤去活動は俺とリヴァイアの二人で粛々と行われ、およそ三十分の時間を要して皇女までの安全路を確保した。皇女の揺るぎない直進は、更地の軌跡を生み出し、予想よりもはるかに撤去作業は楽なものだった。
乗組員のテッサとラッシは二人とも命に別状はなく、ひとまずは安心といきたいところではあったが、そう楽観視する事もできない。作戦中に人格が豹変するラッシには、当然お灸を据えてやらねばなるまいが、問題は紺色の髪の新人のほうだ。
皇女の、そしてテッサ自身も初陣となった本日の出来栄えは、如何とも評価しにくい内容だ。短時間で何千単位の地雷を撤去し、『必死地帯』の横断に大きな貢献をもたらしたのは事実だが、その代償としてマインローラーの皇女グロリアが痛手を負ってしまった。再起不能とまではいかないものの、それまでに要した数週間の時間と、億単位(多分)の開発費を加味すれば、上層部の連中がマイナスの評価を下すのは容易に想像がつく。
そして何より、テッサ自身が心に傷を負ってしまったのは言うまでもない。あれだけ息巻いて初陣に臨んだにもかかわらず、自慢の皇女がああいう形で壊れてしまったのでは、やりきれない思いが募るだろう。咽び泣くテッサの声が、未だに耳にこびりついている。 こんな事なら、出陣前の彼女に悪態をつくのではなかったと、俺は後悔の念に苛まれた。
俺は作戦前にウルフが言った言葉を思い出す。
おそらく彼女は今回、失敗すると思う――
ウルフが今回の件を予見していたのだとしたら、それはそれでなぜあの時、テッサを引き止めなかったのかが疑問に残る。皇女はかなりの損傷を負い、西に強行突破するという計画も中途半端な結果になった。誰も死ななかったという点以外は。
その件については早急に訊ねるとして、問題はその後の処理だ。履帯が壊れてしまった皇女はひとまず『必死地帯』に放置し、地雷の撤去作業もほどほどに、俺達は今日の仕事を終えて拠点に戻った。
それから数時間が過ぎ、日照りの時間が長い今の時期でも、ようやく太陽が西に沈んだ頃。少し量が少なくなった夕食を食べ終え、腹ごなしにサンタナ達とビリヤードでも勤しもうとしたところで、俺はロウファに呼び止められた。嫌な感じがして逃げようとしたが、運悪く服の袖を掴まれてしまった。
そして今現在、休憩所のソファに座りながら、俺は絶賛ふてくされ中だ。
「やだ」
「そんなこと言わずに、ね?」
ロウファは可愛い素振りを見せたが、残念なことに俺に色仕掛けは通用しない。こちとら見た目だけなら世界一のパートナーと組んでいるんだ。
「やだったらやだ」
「ねぇ、頼むよレン。お願いだから」
今度は腕のところを掴まれて軽く揺さぶられるが、やはり俺は頑として動かない。そもそもとして、厄介な頼まれごとを引き受ける理由がないからだ。
「地雷撤去が俺の仕事だ。それ以外の書類にサインした覚えはない」
こんなやりとりが続いて約十分。笑顔を取り繕っていたロウファにも、ついに我慢の限界が訪れたようだ。ロウファは顔を真っ赤にして地団駄を踏んだ。
「も~~ッ! この頭でっかち! こうなったらズィーゼさんを呼んで、あんたを説得してもらうんだから!」
「お、おい! ズィーゼを呼ぶのはダメだ! あいつは反則だろ!?」
「もういるけど」
「おぅ……」
首にズィーゼの爪が軽く食い込み、俺はそれ以上何も言えなくなってしまう。いつの間にかズィーゼは、俺の背後を取っていたようだ。ロウファだけなら軽くあしらえるのだが、こうなっては絶望的に不利な状況だ。
「反則ってどういう意味かしらねぇ。私の存在自体が禁則事項だと言うの? ねぇ、何とから言ったらどうなの、レン?」
ズィーゼのいたずらな猫撫で声が、吐息と共に俺の耳にかかる。首筋には彼女の濃緑の細い髪がさわさわと当たってこそばゆい。しかし、こんな美女にこんな感じで言い寄られても、俺は興奮するどころか、逆に悪寒が体全体を巡るのであった。
「何でもねぇよ。というかだな、テッサのお守りなら絶対に女のお前らの方が適役だろ。男の話なんか聞く耳持たんだろ、俺なんかは特によぉ」
「そうは言ったって、私たちの呼びかけにも答えてくれないんだから、困ってるんじゃない」
立場的に不利になった俺に追い打ちをかけるように、ロウファは勝ち誇ったような、それでいて困り果てたような曇った表情をした。
そう、ロウファの頼み事とは、今日の一件で塞ぎこんでしまったテッサを、何とか励ましてほしいという内容だった。テッサは昨日まで皇女を整備していた、あの広い倉庫でひとり立てこもっているらしい。
同性であるロウファでも心を開かないとなると、それはもうそっとしておくのが一番だと俺は思う。だが、ロウファの立場からすれば、にわかにできた数少ない同性の後輩のことを放っては置けない――という気持ちもいくらかわかる。何というか、テッサは見ていて危なっかしいのだ。堂々とした態度、はっきりと物を言う性格の隙間に垣間見える、まだあどけなさの残る表情、少し力を加えれば折れてしまいそうな細い四肢。
その背丈の低い新人の姿を思い浮かべていると、ズィーゼが細かい事情を説明してくれた。相変わらず、彼女の長い爪は俺の首に食いこんでいる。
「わざわざ男のあんたにテッサを説得してもらうのは、一種のショック療法ってやつよ。何だか知らないけど、あの子にものすごく嫌われてるじゃない、あんた? 何か気に障る事でもしたの? 夜這い?」
「してねぇ!」
「とにかく、早いとこちゃっちゃとやってくんない? 勤務時間外に働きたくないのよね」
「それは俺も同じだっつ~の! そうだ、あのラッシとかいう男に頼んだほうがいいんじゃねぇか? 謝罪もできるし、一石二鳥だろ」
「……あんた、それ本気で言ってる?」
俺の首からズィーゼの爪が離れる。その代わりに両手で顔を上を向かせられ、思いっきり軽蔑の眼差しで見下された。
「……すまん、さすがにそれはショック療法どころじゃないな」
「とにかく、レンくらいしか適任がいないんだから、協力してよ」
「甘い甘い、ロウファ。言う事聞かない悪い子には、実力行使で矯正するのが一番よ」
「ひ……」
何だかズィーゼがものすごく怖い事を言っている。俺は小さな悲鳴を上げる事で精一杯だった。そんな俺を、ズィーゼの妖艶な瞳はしっかりと捉えていた。
「あら、なぁにその目は? まさか首輪をつけるとか四つん這いにさせるとか、鞭で叩くとかを想像してた? 別に私はそっちでもいいけど」
「ひぃ……」
どこからともなく、ズィーゼは鞭を取り出してそれを軽く振った。パシィ、という小気味よい破裂音が休憩室に響き渡る。世の中にこんなに鞭が似合う女性がいるだろうか。俺は身を固くし、やはり小さな悲鳴を上げる事しかできなかった。
それとは逆に、ズィーゼは俺ににこやかな微笑みと、残酷な言葉をくれるのであった。
「要はあんたの勤務内容に、『オペレーターの協力』という項目があればいいんでしょ? だったらすぐにルゥに伝達して、書類を書き換えてもらうだけよ。これが実力行使。どう、素敵でしょ?」
諦観の境地――。地雷を踏んじまった時って、おそらくこんな感じなのだろう。絞り出した俺の声は、多分震えていた。
「あぁ、よくわかったよ。俺にこれっぽっちの拒否権もないって事がな……」
リヴァイアは、第3話に少しだけ登場したキャラクターです(3-5や3-7で登場しています)。思い出せないという方は、ぜひ再読していただけると嬉しいです。
それと、火薬を食らう深海魚についてですが、こちらについては完全なフィクションであり、そのような深海魚は実在しておりませんので、ご了承ください。