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地雷掃除人  作者: 東京輔
第6話 Erster Kampf ~初陣~
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6-10 翼の折れた皇女

 猛る火の海、その爆炎の向こう側に、サンドイエローの迷彩を施した砲塔がちらりと顔を覗き、再び舞い上がる火の海で姿が見えなくなってしまう。しばらくは無線から聞こえる、履帯の作動する音だけが頼りだったが、ようやく鎮まった火の海の奥に、未だ健在の皇女の姿を確認し、俺達のいる場所に安堵の空気がたちこめる。

 いや、安堵以上に俺は驚きを隠せなかった。双眼鏡を覗きながら独り言のように呟く。


「す、すげぇ……! まだ走ってやがる、あのマインローラー……!」

回転機構重量制御装置ローラーウェイト・バランサー……。その名の通り、あの回転機構の重量を、ある程度調節できるというわけか」

「なるほど! つまり……。どういう事ッスか?」


 首を傾げるジョウ。相槌までは完璧だったのだが。軽い嘆息をした後、ウルフが律儀に説明をし始める。かくいう俺も、いまいちあの回転機構の仕組みをわかっていなかったので、しっかりと聞くことにした。


「対戦車地雷は、およそ三〇〇キログラムの垂直荷重で信管が作動する仕組みなんだ。だから、理論上その上に人が乗っても信管は作動しない。……間違ってもそんな馬鹿な真似はするなよ? とにかく、あの回転機構は見た目こそ暴力的だが、その重量はそれほどでもないのだろう」

「つー事は、対戦車地雷を通過する直前に、わざと回転機構を重くして地雷を起爆させた……って事か!?」

「あくまで推測だがな。真実は開発者である彼女に訊いてみるしかないが――」


 ウルフが目線を横に移す。ここからでは小粒程のサイズにまで小さくなり、遠くに行った皇女を、複雑な表情で見つめていた。対戦車地雷すら物ともしない皇女グロリア。その耐久性をこの目で確認しているというのに、胸の中に渦巻く不安は一向に振り払えないのは、ウルフだけではなかった。


「『必死地帯(デス・ベルト)』のど真ん中にいますもんね……」


 慰めにもならないサンタナの呟きの後、俺ははっとして、大声でインカムに話しかけた。


「おいテッサ! 生きてるなら返事しろ!」


 これといった応答がなく、キュラキュラという履帯の金属音だけが耳に伝わってくる。戦車の中とはいえ、あれだけの衝撃を至近距離でもろに受けてしまっては、車内の二人共々ただじゃ済まないのは想像がつく。だからこその沈黙なのか。そう思って再び声を張り倒そうとしたとき、インカムからテッサの声が届いた。強気な性格の彼女にそぐわず、弱々しく、そして非常にか細い声だった。


『ま、待って……。耳鳴りで全然聞こえない……。きゃあ!』


 弱ったテッサにさらに追い打ちをかけるように、爆発が皇女を襲う。何トンもあるマインローラーの上体を浮かせ、地面に荒々しい着地を繰り返すその姿は、いつ見ても危なっかしい。それに加え、皇女は先ほどよりも黒い排気ガスを上げて、血気盛んに地雷原を走っているように見えた。


『ちょっと、ラッシ! スピードを上げ過ぎよ! 少しは落としなさい!』

『……ぁ……ぅ……』


 声にならない呻き声をあげるラッシ。地声が大きいテッサとは対照的に、インカムに耳をそばだててようやく聞こえる、本当に小さな声だった。気を失っているというわけではなさそうで、俺は少しの安堵感を覚えた。

 インカムからは、テッサの乱暴な声がむなしく響く。バシバシと、おそらくラッシのことを叩いている音がした。


『ちょっと! 無視すんな、この!』

『も、も、も……』

『も?』


 こちらにも聞こえたラッシの『も』と連呼する声。しかしながら、傍にいるテッサはおろか、俺達の中にもラッシの放つ次の言葉を予想できる者はいなかった。




『燃えてきたーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!』




 耳に伝わる大音量の声の裏返った叫び。俺は思わずインカムから耳を放し、しかめ面をしてしまう。その状態でも、はっきりと聞き取る事ができるほどの音量だ。ラッシのその意味不明な叫びは、耳鳴りと共に俺達をますます混乱させた。……というか、言葉にできぬほど、皆唖然としていた、と言ったほうが正しい。


『荒野に咲く一輪の花、戦場の修羅姫グロリア光来! 唯我独尊、一騎当千! 灰になるのはどちらが先か、命ひとつの真剣勝負! (おとこ)、ラッシ・ヘンネルバリ、いざ参る!』

『きゃああ!』


 まるで人が変わったかのような、滑舌の良いラッシの語り口調。そして用意されていたかのような、語感の良い台詞群。同時に皇女はさらに速度を上げて、その勢いを殺さぬまま地雷を踏み潰した。


『なんでさらにスピード上げてるのよ! わけのわからない事言ってないで、私の言う事を聞きなさいってば! この、この!』

『てやんでぇ! ここで傾かねぇと漢が廃るってもんよ! あえて速度を上げるのが修羅姫の花道だい!』

『私のグロリアに変なあだ名をつけるな~!』


 子供のようなテッサの反論が、インカムを通して聞こえてくる。あのマインローラーを修羅姫と呼ぶのは言い得て妙だ。少なくとも、皇女よりは地雷原を走るのに相応しいと思う。いや、それはともかくとして……。

 皇女の暴走は止まる事を知らず、ただただ前進を続けては地雷を葬っていく。もはやそれは騒音という域を越え、心臓の鼓動と同じような日常的なものと錯覚するほどだった。

 そこにラッシの態度が豹変するというイレギュラーな事が起こっては、それを対処する方法を模索するどころか、事態を呑み込む事すら難しい。俺達はしばらく、スペックの低いパソコンのようにフリーズしてしまったのである。


「ラ、ラッシの奴、一体どうしちまったんだ? さっきとはまるで別人じゃねぇか……」

「まさか、二重人格だったりして……って、そんなわけないですよね?」

「いや、あながち間違いだとは言い切れない。血圧の上昇、心拍数の増加により、ラッシは一種のハイ状態――トリガーハッピーと似た状態に陥った可能性がある」


 神妙な顔をして、ウルフは己の分析を口にする。トリガーハッピーと言えば、戦場で兵士が発症するという極度の興奮状態のことだ。敵味方の区別もつかず、動くものに対して照準を合わせトリガーを引いてしまうという、非常に危険な精神状態だ。

 幸いにも、あの戦車には武器を積んでいないからその危険性はないとはいえ、油断はできない。このまま際限なく『必死地帯』を駆け抜ける事は不可能だ。いずれは必ず耐久性に限界が訪れる。ここは何とかしてラッシを正気に戻さなければ……!

 普段は気弱そうなラッシの姿を思い浮かべる。あのモジャモジャ頭が本当にあの口調で話しているのが、どうしても想像できなかったからだ。ラッシが変な言葉遣いで自己紹介をしていた時の事を頭の中で再生していると、どうにも引っかかる言葉があって、俺は思わずはっとした。


「待てよ。あいつ確か、スウェーデンの()陸軍とか言ってたよな? もしかしたら、軍にいた時もなにかしらやらかして、クビになったんじゃねぇのか?」

「レ、レンさんったら、不安になるような事言わないでくださいよ! いくらうちの上層部でも、そんな危険人物を雇うような馬鹿な事は……ははは」

「大いにありうる話だな……。少なくとも、こんなワケありの場所に好んで来る輩が、そうそういるとは思えない」

「はは……」


 ウルフの生真面目な返答とは対照的に、サンタナの乾いた笑いが虚しく響く。その笑いはすぐに、地雷の爆発音に掻き消されてしまった。

 俺の横では、ジョウが何かに納得したように頷き、確信めいた口調で言葉を発した。


「無線越しだからわからないッスけど、多分ラッシさんは今、糸目の封印を解いてきっと開眼してるッスよ! 絶対!」

「んな事言ってる場合か! おいテッサ! 何とかしてそいつを止めろ! ちからずくでも何でもいい!」

『もうやってるわよ! でもこいつ、全然言う事聞いてくれない!』


 反応よろしく、テッサは暴走するラッシを必死に止めようとしているようだ。皇女の舵取りは全てラッシに一任しているらしく、小柄な少女が元兵士を殴ろうが、もしくは座席から引っぺがそうとしても、おそらくは徒労に終わるだろう。

 テッサの努力も知らずに、豹変したラッシはノリにノッていた。


『障害は何のためにある!? 乗り越えるため! じゃあ地雷は何のために!? 当然、踏み抜くためよ! 漢、ラッシ・ヘンネルバリ! どんな障害にも屈せず、修羅姫と共に地雷原を駆け抜けん! うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!』

『この、これ以上言う事聞かないなら、スパナで殴るからね!?』

『おっと、お嬢ちゃん! それを口にした時点で、躊躇してるのが見え見えだぜ? そんなヘタレにゃ、俺は負けねぇぞ! ……お? この透明なプラスチックのケースに覆われた、いかにもなボタンは何でぇ?』

『そ、それはダメ! 絶対に押しちゃダメ!! 押したら本当に殴るからね!?』


 ラッシが事細かく説明してくれるため、無線を聞いているこちらとしてはありがたいが、テッサが明らかに動揺しているあたり、どうやらそのボタンはマジで()()()代物らしい。もしそれが回転機構重量何とかに匹敵する、テッサが開発した何物かだとしたら……。

 その危なげな雰囲気を、ラッシは目ざとく察知したらしい。インカムからは、威勢のいい声が俺達の耳に届いた。


『てやんでぇ! こちとら生憎緊急事態(エマージェンシー)よ! 秘密兵器を出すにはもってこいだ! 行くぞ修羅姫! 地雷原に花を咲かせぇぇぇ!』

『ダメエェェェェ!』


 テッサの叫びもむなしく、プラスチックのケースが割られる音がする。それはつまり、ラッシが怪しげなボタンを押してしまったという事。それが意図する結果は――。




 破裂。爆発。熱風。どれもが今までと比にならないほどの、強烈な。




 遠くにいる俺ですら身の危険を感じ、膝を折り、目を瞑って両腕で顔面を防いだ。冗談ではなく本当に地面が揺れて、ついには地面に片膝をついてしまうほどの衝撃波が襲いかかる。

 永遠のような、それでいて一瞬の時間。命ある者の本能なのか、しばらくは防御の姿勢を解くことができなかった。


 ようやく両腕を解放した時に俺の目に飛び込んだのは、異様な形の雲――小規模ではあるが、確かにキノコ雲がサヘランの上空に浮かび、さらに上昇していたのである。

 幻でも何でもない異質な形状の物体のせいで、思考の整理がうまくできない。唯一俺ができたのは、俺と同じ光景を見ている仲間に問いかける事だけだった。


「な、何が起こったんだ……!?」

「地雷が、皇女の周りにある地雷が一斉に爆発したッス……」


 すぐ近くにいるジョウが答える。そうだ、これはラッシがボタンを押した直後の出来事だ。あまりの衝撃の強さに、直近に起きた事すら頭から抜けてしまっていた。俺が自分の身の安全性を確認できた後、すぐに次の不安が胸をざわめかせた。

 即座に行動に移す者がいた。ウルフだ。ウルフも俺と同じ不安を心に抱いていた。


「テッサ、聞こえるか!? ラッシ、応答しろ! テッサ! ラッシ!」


 何よりも、キノコ雲の中心――その真下に位置する、マインローラーの乗組員の命が危ぶまれた。それまで地雷を蹴散らしていた皇女ですら、あの大爆発に巻き込まれたとなってはひとたまりもない。インカムからずっと聞こえていた履帯の音も、ついには途切れてしまっていた。上昇気流に乗る煙のせいで、皇女の、そして乗組員の安否はわからないままだった。

 応答が返ってくるまで、ウルフの必死の呼びかけは続いた。こんなに焦っているウルフの姿は初めて見た。それだけ事態が最悪の方向に向かっているという事か。



 最悪とは、すなわち乗組員の死。



 考えるだけで反吐が出そうだが、そうならずに済んだのは、乗員の一人である少女の応答が耳に届いたからだ。


『……履帯……大破……修復……不能……。回転機構……中破……』

「テッサ! 無事なのか!? 状況はどうなんだ!?」


 テッサの様子がおかしいのは明らかだった。焦燥に満ちたウルフの声が、サヘランの乾いた大地に伝っては消えていく。無線から聞こえるのは、生気のない少女の声のみ。


『皇女グロリア……、ヒック、……作戦続行……不可能』


 嗚咽混じりの応答と共に、爆発の中心にいた皇女の姿をようやく目視できるようになった。双眼鏡に映るのは、後方の履帯が破れ、自慢の回転機構すらぐにゃりと変形し、黒い鉄の塊と化してしまった皇女の姿。かろうじて体裁を保ってはいるものの、サンドイエローの迷彩も煤で変色し、見るも無残な光景が広がっていた。

 唯一の救いは、中にいるテッサが無事という事だけ。皇女は自らを賭して、生みの親である紺色の髪の少女を救ったのだ。

 だが、彼女の心の傷は、俺達が思っている以上に深く抉られていたようだ。


『えぐ、ヒック、うわあああん! うわあああああん! わああああぁぁぁぁん!』


 キノコ雲はいつしか形を崩し、それでも上昇気流に乗って灰色に淀んだ雲へと変貌を遂げる。嗚咽を我慢していたテッサも、琴線が切れたかのように咽び泣き続けてしまった。その泣きじゃくる声は、普段の彼女からは想像もできない、年相応の――いや、まだ反抗期すら迎えていない無垢な少女のそれと同じものに思えた。

 皇女が足を負傷してしまった今、『必死地帯』に立ち往生している今の状況はかなり危険だ。他人の尻拭いは嫌いだとか、そんな悠長な事は言っていられない。中にいるテッサを救出しなければ。


「くそ! 待ってろよ、テッサ! すぐ助けに行く!」


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