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地雷掃除人  作者: 東京輔
第6話 Erster Kampf ~初陣~
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6-9 ご乱心皇女


 回転機構を取り付けた戦車――マインローラーが『必死地帯(デス・ベルト)』へ向かって履帯を走らせる。重機の唸るようなエンジン音と共に排出される排気ガスに、俺は思わず目がいってしまう。他人事とはいえ、無駄に燃料を使ってくれるなよ、と心の中で呟いた。

 マインローラーが一旦停止したところで、噂を聞きつけた連中がこぞって集まり、このクソ暑い中、テントの周辺には双眼鏡を持ったギャラリーが出来上がっていた。地雷など見た事もないであろう一般人はともかく、地雷掃除人を生業としている俺達が、マインローラーを見た事がないというのは有り得ないのに、だ。

 ではなぜ他の連中がこんなにも注目しているかというと、やはりそれは機械技師のあいつのせいだろう。見た目には子どもにしか見えない紺色の髪の少女が仕上げた、という経緯のおかげで、話のネタに尽きないのは容易に想像がつく。この作戦が成功しようが失敗しようが、それは二の次なのだ。


 そんな事は知る由もない乗組員のテッサとラッシは、戦車の中で他愛のない会話を繰り広げていた。インカムでその内容は丸聞こえだった。これはその会話のほんの一部分だ。乗り込んですぐにした会話だったと記憶している。


『この戦車には砲塔がついているのですね!』

『はぁ? 駆逐戦車や自走砲ならともかく、戦車には普通砲塔がついてるものでしょうに』

『我が国ではその昔、砲塔がないStrv.103という戦車が主力の時がありまして……』

『そもそも砲塔がなかったら、側面からの攻撃はどうするのさ?』

『我が国は森林に囲まれており、戦場となる場所では砲塔を回転させるのが困難でした。ですから、あるポイントで待ち伏せして、敵車両が来たら一斉射撃という戦法が主流だったのです。それ故、いっそのこと砲塔をなくしてしまえば安上がりで済むし、車高が低いから敵の攻撃は当たりにくいし、有利に戦闘を進められると思ったそうです』

『で、その結果は?』

『砲身を自由に動かせない仕様では大した戦果も上げられず、後継機のレオパルト2という通常形式の戦車に後を託し、Strv.103は全軍退役しました……』

『……まぁ、戦車に限らず兵器なんてものは、多くの失敗の上に成り立っているのがほとんどだし、そのStrv.103とやらの存在も無駄ではなかったんじゃないの?』

『そうおっしゃってくれるのですか!?』

『うひゃ!? いきなり大声出さないでよ!』

『すみません、てっきり馬鹿にされるものだとばかり思っていたので……。この戦車に乗るのは初めてですが、このラッシ・ヘンネルバリ、全力を以て今回の任務に当たらせていただきます!』


 生きていくのにこれほども役に立たないスウェーデンの戦車事情を聞かされるとは、テッサも思っていなかったのだろう。ナーバス気味になっていた彼女にとっては、そんなラッシの空気の読めなさ具合がほどよい緩和剤の役目を果たしていたのだ。俺やウルフがインカム越しに声をかけるよりも。


「……思いの外うまくやってるじゃねぇか、あの二人」

「そうだな。ラッシという得体の知れない存在が、テッサの緊張を和らげている。もしかしたら、今回の俺の読みは外れるかもしれないな」

「この際どっちでもいいや。それよかウルフ、お前も早く数字を言えよ」


 一呼吸置いた後、ウルフは不思議そうな顔をこちらに向けた。


「ん? 一体何の事を言っているんだ、レン?」

「あのマインローラーが地雷を何基掃除できるか、賭けをしてるッスよ! ウルフも考えるッス!」


 説明はジョウがしてくれた。というか、テントの中はもっぱらその話題で持ちきりだった。皆の賭ける紙幣が既にテーブルに置かれており、あとは俺とサンタナ、そしてウルフがそこにベットするところまできていた。サンタナは訝しげな表情をしながらも、どこかまんざらでもない様子で財布に手を伸ばしていた。


「先に伝えておきますけど、僕は一回忠告しましたからね? 後でとやかく言われるのはなしですよ? あ、ちなみに僕は二〇〇〇基で」

「お、いつにも増して大きくでたじゃねぇか、サンタナ。じゃあ俺は三〇〇〇だな」

「ふっふっふ。サンタナもレンさんもあのかっちょいいマインローラーのことを甘く見過ぎッス! 僕は三八〇〇基で今月のお小遣い全額を賭けるッスよ!」

「その割には俺とさほど数が変わらないじゃねぇか」

「そこは現実的にいくッス。いくらマインローラーと言えど、耐久値の限界があるッスからね。それで、ウルフさんはどうするッスか?」


 ジョウは純粋な顔でウルフに訊ねた。どのみちマインローラーと肩を並べて地雷を撤去する事はできないので、俺達はこうして持て余すであろう暇を有効活用しているのだ。いつもより桁が一つ大きいというだけで、やる事は変わらなかった。


「……緊張感がないのはお互い様だな。俺は五〇〇〇にするよ。まるで見当がつかないし」

「よし、じゃあ金はここに置いてくれ。勝った奴が総取りで――」


 ズド……ドドン……!


 俺の言葉は、けたたましく唸る轟音によって掻き消されてしまった。鼓膜だけでなく、肌でピリピリと感じる事ができるほどの爆発。それは一回だけに留まらず、立て続けに何度も何度も起こった。会話をする事すらままならないが、俺は周りにいる皆とアイコンタクトを図り、そして互いに頷いた。


 テントから飛び出して『必死地帯』の方を見る。そこには大方予想通りの、そして予想したくもなかった光景が映し出されていた。気まぐれな皇女が街に降り、群がる衆愚を掻き分けて行進している――もとい、マインローラーが黒い排気ガスをもくもくと上げ、地雷を潰して前進しているのだ。

 戦車の前方に装着された回転機構が、その鋭利な歯車を立てて『必死地帯』に傷をつける。直後、その鉄塊でさえもバウンドするほどの爆発と衝撃が襲いかかる。その爆発に自ら飛び込んでいくマインローラー。反動で履帯の前方が少し浮き上がり、荒々しい着地をしつつ走行を続けた。

 見ているこちら側からすれば、その光景は冷や汗どころの話ではなかった。誰一人として声を上げる事もできやしなかったが、インカムから聞こえるテッサの声は、さながらジェットコースターでも乗っているかのような、幾ばくかの余裕がある悲鳴だった。


『きゃあ! 何これ、すごい揺れる! こんなの聞いてないんだけどぉ!』

『そりゃ、地雷をふっ飛ばしてま――』


 大声で叫びあうテッサとラッシの掛け合いも、至近距離の地雷の悲鳴によって無残にも掻き消されてしまった。慌てて俺は戦車の方に視線を移すも、やはり皇女はご健在で、むしろ皇女なのに雄々しく感じられるほど、サンドイエローの迷彩に身を包んで地雷原を優雅に駆け抜けていた。

 地鳴りのような轟音が響き渡る中、程なくしてテッサの咳き込む声がインカムから甦る。


『ゲホ、ゲホ……。頭は打つし、砂埃は思いっきり吸いこんじゃうし、もう最悪! っていうか、なんで砂埃が入ってくんのよ! ありえないんだけど!』

『そりゃ、地中の地雷をふっ飛ばしてますから! 隙間から爆風が入ってくるのは仕方が――』


 勢いだけの三流漫才でも眺めているかのような、大声でのやりとりと爆発音の連続。地雷原に毎日足を運ぶ、この俺ですらたじろぐ白昼夢にも似た非日常的な感覚は、しばし時間の経過を忘れさせるほどだった。

 ピンマイクにありったけの怒りを乗せて、皇女の行進を見ながら俺は唾が飛び散るほど声を荒げた。


「おいテッサ! 何勝手に進んでやがる! しかも『必死地帯』のど真ん中を行くとはどういう事だ!?」

『うっさいわね! 今はそれどころじゃないの! もう、目に砂が入って開けてらんない!』

『テ、テッサ殿! 自分も前方の視界を確保できません!』

『あんたも泣き言言ってんじゃないわよ! 前に進んでさえすれば何とかなるから、大人しくしてなさい! くれぐれも他の計器をいじるんじゃ――』


 もうこれで何回目だろうか。テッサとラッシの会話が、またもや起こる爆発音によって闇に葬られた。しかし、それでも皇女は行進を続ける。唯我独尊を生き様で体現するかの如く。そしてその姿は、地雷掃除人という存在がやはり大した事のないものだと、俺に突きつけているようでもあった。

 爆発が途絶えない光景を眺めつつ、俺の横にいたサンタナがぽつりと呟く。


「……ほんとに大丈夫なんですかね」

「行ってしまったものは、流石にどうしようもないな……。『皇女グロリア』の耐久性だけが頼りだよ」

「あのバカ、人為的要因がなんちゃらとか言いやがって、はたしてこのケースは想定済みだったのかね、全く……。サコンがいたら、頭に血が昇ってぶっ倒れてるところだぜ」

「大丈夫ッス! サコンもいないし、何よりマインローラーを甘く見ないでほしいッス」


 ジョウが何故だか誇らしげに、背筋をピンと立ててそう答えた。呼吸を合わせてなどはいなかったのに、俺とサンタナ、そしてウルフは揃って苦笑をもらす。


「お前が言うと、どうしても不安のほうが増すんだよなぁ……」


 と、そこに、俺の横から顔を出す、ふよんふよんと音を出すピンク色の物体が急に現れた。


「んお、レン!」

「のわ! おいポォムゥ、いきなり出てくるんじゃねぇ」

「そんな事言ってる場合じゃないぞ! テッサ達が向かっている方面に、対戦車地雷の反応があるぞ!」

「なにぃ!? それはやべぇ!」


 ポォムゥは瞳を燃えるような赤色に変え、いつにもましてテンション高くそう叫んだ。だが、そいつが俺に高らかに伝えた情報は、穏やかなものではなかった。

 対戦車地雷。読んで字の如く、戦車を破壊するために作られた大型地雷だ。およそ十キログラムの火薬を積んだ、危険極まりない代物である。優雅に進む皇女の命を狙う、暗殺者のおでましというわけだ。残念ながら、そのたとえを言葉にする余裕は俺にはなかった。

 叫んだだけの俺とは違い、ウルフは冷静なまま口早くその情報を乗組員に伝えた。


「テッサ、聞こえるか? ポォムゥが言うには、君たちの前方に対戦車地雷が設置されているらしい。今、ポォムゥがそちらに座標データを転送するから、対応を頼む。ポォムゥ、できるな?」

「んお、任せるのだ!」


 この状況下で何と完璧なウルフの情報伝達。幾多の修羅場を潜り抜けてきた人間は、やはりこういう時にこそ、その経験を活かすものなのか。叫んで以降、黙って情勢を見届けている俺とは大違いだ。


『ゲホ、ゲホ……。了解、何とかするわ……。うぇっぷ、気持ち悪ッ……!』

『テッサ殿! 無事でありますか!?』

『あ゛ん゛た゛は゛黙って゛な゛さ゛い゛……!』


 痰が絡んでひどい声になってしまったテッサの声が、インカムから俺達の耳に届く。戦車に乗り慣れているラッシはまだしも、素人のテッサがあのご乱心皇女の乗り心地に耐えられるわけがない。爆発による大きな縦揺れもおまけ付きなら、なおさらだ。


「あの子、既に満身創痍じゃないですか……」


 振動で胃が揺さぶられては、それなりの吐気も催すのは仕方がない。サンタナが呟いた言葉には、そういったニュアンスも含まれていた。俺としては、テッサがボロボロになろうが胃の中の物をまき散らそうが、命だけは無事であってほしいと、そう切に願っているのだが。

 そんな事はいざ知らず、何とか持ち直したテッサは再び声を張り上げる。


『ラッシ! 回転機構重量制御装置ローラーウェイト・バランサーを解放して!』

『え!? ローラーが何ですってぇ!?』

『そこの、レバーを、めいっぱい、押し込むの!』


 テッサの必死さがこちらにまで伝わってくるかのような、そんな絶叫だった。短く区切られた言葉のひとつひとつが、切羽詰まった状況である事を彷彿とさせる。対戦車地雷はすぐそこまで来ていた。彼女の必死さは、どうやらノータリンのラッシにも届いたようだ。


『こ、これでございますね!? いきますぞ! の゛ーん゛!』


 その直後、今までのものとは比にならないほどの大規模な爆発が、テッサ達の乗る皇女を襲った。一呼吸置いて、ズガンという地鳴りが腹の底に響く。凄まじき対戦車地雷の威力。荒れ狂い天へと舞い上がる炎の嵐のせいで、その中にいるであろう皇女の状況は、確認する由もなかった。


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