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地雷掃除人  作者: 東京輔
第6話 Erster Kampf ~初陣~
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6-8 不安要素


 テッサが出て行った直後、誰の姿も見えない会議室の出入口を見つめながら、俺はウルフに向かって呟いた。


「行っちまったよ。俺はどうなっても知らねぇからな」

「ねぇウルフ。あんたにしては無謀な作戦を取ったものね。いつもだったら安全性を優先する、つまらない保守側なのに」

「それは心外だな。俺は作戦も実践も常に命懸けだよ」


 ウルフは苦笑し、俺とズィーゼを見遣る。それがどういう意図で発せられたものなのかはわからないが、やはりこいつの心は読めない。彼方の地平線にある何かを、いつも見続けている――そんな男だ。


「ならば今回の作戦、ウルフ殿は上手くいくと言うのですな?」

「テッサの作った『皇女グロリア』の耐久性は確かだ。上手くいくならそれはそれでいいだろう。だが……」


 逆接の言葉で一旦区切り、ウルフは室内にいる人間に向かってこう告げた。


「おそらく彼女は今回、失敗すると思う」

「……は?」


 俺の胸中にある感情が、間抜けな声になって喉を通り過ぎる。午前中という事もあり、俺は一瞬まだ寝ぼけているのかとさえ疑ってしまうような、そんな感覚を覚えていた。


                *


 石油採掘場の西側にある丘に、安価な簡易テントが設置されている。その丘から見渡せる景色は何とも奇妙なもので、向こう側には途切れる事のない地雷原『必死地帯(デス・ベルト)』、振り返れば廃墟寸前の石油採掘場、といった感じだ。

 そんな陳腐な展望じゃテンションが上がるどころか、相変わらず殺人的な日照りも相まって嫌な気分になるのは仕方がない。だが、テントの中が張りつめた空気になっている要因は他にもあった。所在なく右往左往しているそいつが原因だ。


「遅い……。もうこんな時間なのに……」


 テッサはその紺色の髪を揺らし、たまに爪を噛む仕草も見せながら、これほどまでになくイラついていた。まぁそれは無理もない。作戦開始時刻があと五分と迫っているのに、戦車の操縦手がまだ到着していないのだから。これでは彼女の努力が報われないどころか、まだ顔も合わせていない見知らぬ輩に邪魔されて、全ての計画がおじゃんになってしまう。そうなっては組織全体に大きな影響を及ぼしてしまい、上の連中からもとやかく言われそうだ。

 ピリピリとした空気が漂う一方で、ショートカットの髪を揺らす少女からは、石鹸のいい香りが発せられていた。ズィーゼの言いつけを素直に守ったのだろう、テッサは身支度をきちんと整えて初陣に臨もうとしていた。髪の油気は抜けてサラサラで、肌もすっかり若々しく潤って、まさしく準備万端といったところだ。したがってテントの中は、緊迫した空気と石鹸のいい香りが充満して、よくわからない空間が出来上がっていたのである。

 テントの中にいる、俺を含んだ男連中はその空間に当てられ、とりあえず石鹸の香りは満喫しつつ作戦開始を待っていたのだが、ここでようやく場が動き出した。


 石油採掘場の入口から、小高い丘を沿ってジープが勢いよくこちらに向かってきたのである。ようやくテッサの待ち人が到着した、というわけだ。それに気づいたテッサは、日除け対策もままならないのに外へ飛び出した。俺とウルフもそれに続く。

 テントの近くでややドリフト気味に停められたジープから、一人の男が弾かれたようにこちらへと走り寄ってくる。運転席からは、サンタナが不安そうな顔を出して彼の背中を見守っていた。男は途中で躓きバランスを崩しながらも、もたもたと近づき俺に訊ねてきた。


「すす、すみませんでございます! こちらにテスタロッサ・ワトソンという方はいらっしゃいませんか!?」

「……は? そこにいるだろうが」


 俺は親指でテッサの方を指差し、目の前の糸目の何とも頼りなさそうな男に伝えた。


「え、どこでございますか!? 女性の姿は見当たりませんが!」


 俺は直感した。この男、かなり阿呆な部類に入る人間だと。よりによって一番でかい地雷を踏み抜く馬鹿さ加減は、ジョウのそれを軽く超越している。糸目の男はテッサの方を見回しながらも、肝心の彼女には目もくれず()()()姿()を探しているのだ。

 ようやく紺色の髪をわなわなと震わせる人物に目が留まると、糸目の男は唖然とした表情で、その小さな少女に向かって訊ねた。


「あ、あなたがテスタロッサ殿でありますか!?」

「……そうだけど」


 テッサは怒りが爆発するのを抑え、低い声でそれだけを言った。肯定の返事が返ってくるなり、糸目の男はカールしまくったぼさぼさの髪を揺らしながら、テッサに敬礼をして叫ぶように言った。


「じ、自分がラッシ・ヘンネルバリであります! 元スウェーデン陸軍で、戦車の操縦手を務めていました! 階級は伍長です! 歳は二十二、好きな食べ物は――」

「自己紹介はそれだけでいいわ。ところでラッシ、一つだけ質問なんだけど」

「は、はひ!」


 長引きそうなラッシの自己紹介を、テッサが手厳しく途中でぶった切る。そして、抑揚のない不気味な口調でラッシにこう訊ねた。


「……今の時刻を教えてもらえる?」

「は! 只今の時刻は、十二時と五十七分をちょうど回ったところであります! ゲフゥ!?」


 敬礼をしていたラッシの鳩尾に、テッサの鉄拳が躊躇なく襲いかかった。腰の入ったいいパンチだ。ラッシにとって幸運だったのは、テッサが小柄で思いのほか非力だった事だ。相当痛そうにしていたが何とか持ち堪え、ラッシは膝から崩れ落ちない程度に悶絶していた。

 それまで大人しくしていたテッサは、溜まりに溜まった鬱憤を糸目の男に爆発させた。


「悠長に答えてるんじゃないわよ! 作戦開始の三分前に到着してくだらない自己紹介をする前に、すべき事があるんじゃないの!?」

「す、すべき事でありますか?」


 糸目の男は脂汗を額に浮かばせて、テッサの言葉を繰り返した。宙を見つめて思案に入る様子を見ていられなかったのか、サンタナがジープから出てきてラッシに耳打ちをした。それを聞いたラッシは目を見開き、未だ憤怒が冷めやらぬテッサに向かって頭を下げた。


「あ、あの! 作戦日当日に顔を合わせるなどという事も、実に愚かでありまして。そのうえ、到着したのが作戦時刻ぎりぎりだったという事もあり、この度は大変申し訳ありませんでございます!」


 格式ばって変な言葉遣いになったラッシの謝罪。それをテッサが快く受け入れてくれるわけもなく、テッサはスパナを取り出して威嚇のような命令を告げた。


「もう! 謝罪は作戦の後でゆっくり聞くから、まずは一刻も速くあの子に乗りなさい! くれぐれも丁重に扱いなさいよ! 乱暴にしたら()()で殴るからね!?」

「はひ! 全力を尽くします!」


 倉庫の外に出されたマインローラーに向かって、ラッシは丘を駆け下りて行った。途中で転びそうになる後ろ姿を見ながら、俺はウルフに囁いた。


「あいつ大丈夫かよ? こう言うのもなんだが、使える人間なのか?」

「第一印象で語るのは失礼だが、これでさらに不安要素が増えてしまったな」

「悠長に言ってる場合かい。テッサが知ったら何言われるか、知らねぇぞ?」


 思ったより俺がでかい声で話していたのか、それともテッサが地獄耳なのかはわからないが、テッサは俺の方をジロリと睨み、ずんずんと不機嫌そうにこちらへ近づいてきた。


「ちょっと、聞こえたわよ。今、私の名前言ったでしょ!?」

「な、何も言ってねぇよ。空耳だ、空耳」


 明らかにその場しのぎの俺の言葉をテッサが信用するわけもなく、深い溜息をついた後、しっかりとした口調で俺に言った。


「あのね、言いたい事があるんなら、面と向かってはっきりと言ってくれる? 表では適当に取り繕って、陰でうじうじ人の文句を言う人間が、私はこの世で一番嫌いなの」


 理系タイプの人間は、うやむやな部分があるのをとことん嫌う傾向があるようで、テッサもどうやらその類の人間のようだ。俺は諦めたように重たい口を開いたが、そこで全てを話してしまうほど、俺は正直者じゃない。


「……わかったよ。だが、俺がウルフと話してたのは、お前に関する話じゃなくてだな、あのラッシとかいう男についてだ。操縦手があんなへっぴり腰野郎で、テッサが本当に満足してるのかって話してて、お前の名前を言っただけだ」

「……そう。そうね、彼については今すぐにでも上層部の人間に問いただしたいところだけど、まずはこの作戦を終えてからにする。やる事やった後なら、筋も通るだろうしね」


 決意を改めて顔を上げたテッサは、そう言って迷彩が施されたメットを頭に被った。

 俺が頭に疑問符を浮かべる前に、ウルフがその行為について彼女に訊ねる。


「……テッサ? それはもっともな意見だが、なぜ君はメットを被っているんだ?」

「え? な~に寝ぼけたこと言ってんのよ。私もあの子に乗るからでしょうが」


 目が点になる俺とウルフ。それを見ていたテッサも首を傾げた。


「あの子って……! お前もあれに乗るのかよ!? 聞いてねぇぞ、そんな話!」

「言ってなかったっけ? それは失礼。でも、私が乗車する事であの子にデメリットが生じる、なんて事はないからご安心を。っていうか、こんな寂れたテントよりも、頑丈で空調も完備されたあの子の中のほうが、よっぽど居心地がいいに決まってるでしょ?」

「なにぃ!? 空調もついてんのかよ、あの戦車!?」

「ふふん、いいでしょ? あんたなんかにゃ一生乗らせてあげないから」


 おどけたような憎たらしい表情を見せて、テッサもまた丘の下にある戦車に向かって下りて行った。彼女の小さな背中は、何だか勝ち誇っているようにも思えた。テッサの自信がある余裕っぷりとは対照的に、俺の心の中にこびりつくもやもやは、ウルフが静かに代弁してくれた。


「……これで不安要素がもう一つ増えてしまったな」


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