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地雷掃除人  作者: 東京輔
第6話 Erster Kampf ~初陣~
62/140

6-7 計画は慎重に2

「理由は?」


 すかさずウルフが訊ねてきた。俺が北を選んだ理由はもちろんあった。


「俺達は戦争しているわけじゃないんだ。死に急ぐ必要はない。亀みたいな進行速度でも、上の連中にはズィーゼが上手く説得してくれるだろうからよ」

「ふ~ん。この私に貸しを作るなんて、いい度胸してるじゃない」


 耳元で囁かれるズィーゼの声に、八割の寒気と二割の色気を感じながら、俺は肩を竦めた。


「それに、地雷の少ないルートの方が、ウルフが先行調査に行きやすいだろ? さすがに『必死地帯(デス・ベルト)』にはもう行かせられないし、俺もうんざりだ」

「確かにそれは助かるが、俺は任務を全うしろと言われれば――」

「駄目だ」


 ある程度予想のついたウルフの言葉を短く遮る。会議室を照らす蛍光灯が、少し揺らめいたようにも思えた。


「ウルフ、お前がどんな考えを持っているかは知らねぇが、もしもお前が死んで、この世に残される俺達の身にもなってみろ。仲間を失うのは、ちょっとばかりきついもんがある。それは俺だけじゃないはずだ」


 自然と声を落としたのは、そうなってしまう未来が俺の脳裏を過ったからだ。この世に英雄(ヒーロー)なんて者はいない。たった一人の人間の力でできる事は限られている。任務を遂行しに行くウルフの背中を、思いつめた瞳で見守るロウファの心情は、痛いほどよくわかった。

 肺いっぱいに空気を吸い込む。難しい言葉を並べる必要なんかない。心の奥底に眠る本音はぽつりぽつりと、されど確実に俺の喉を伝っていった。


「地雷みたいなクソみてぇな兵器のせいで、誰かが命を落とすのは見たくない。仲間の犠牲を美談にするより、全員がしぶとく生き残って馬鹿を言い合いながら、俺はうまい酒を酌み交わしたいよ」


 俺を捉えていたウルフの強い眼差しが、すっと彼方に彷徨った。薄汚い真実を知る黄色の双眸は、浅はかな綺麗事じゃ濁りは拭え切れないのかもしれない。だが、それでも俺はウルフに伝えたかった。綺麗事で終えられる事が、どんな濁りさえも解き放つ唯一の道だという事を。

 そんな俺の綺麗事に同意する声があった。


「私も」


 声を上げたのはロウファだった。艶やかな黒髪を垂らし始めは俯いていたが、ロウファはゆっくりと顔を上げてウルフを見つめた。その大きな瞳を潤ませながら。


「私もレンと同じ。私はウルフのオペレーターでしかないけれど、私の役目はあなたを死にに行かせる事じゃない。帰るべき場所を用意してあげるのが、私の任務……。だからお願い、ウルフ。もう……、もう『必死地帯』には行かないで……」


 ロウファの瞳を潤ませたものはいつしか雫となり、彼女の頬を伝った。言葉では伝えきれない感情は、ロウファの制御を振り切ってしまったのだ。言葉よりもその涙に、唐変木のウルフの動揺を誘った。


「女の子を泣かせるなんて、ウルフも罪な人ね」

「こ、これは俺が泣かせた事になるのか……?」


 ズィーゼは頭に手をやり、やれやれといった感じで溜息をついた。そして狼狽するウルフを指差し、ズィーゼは言い放った。


「ほんっとに、ここの連中は鈍い奴ばかりね。いい、ウルフ? 懺悔も済ませないうちに死ぬのはロウファが許さないし、当然この私も許さないから。それまでは大地に這い蹲って、泥水を啜ってでも生き抗えなさい。……返事は?」

「り、了解……」


 ウルフすらも手玉に取るズィーゼの手腕はどうやら本物のようだ。だが、今のしみったれた空気を変えるのに一役買ってくれた彼女の事を、俺は感謝するほかなかった。確かにズィーゼに言う通り、勝手にあの世に逝くのはみんなが許してくれなさそうだ。むしろあの世から引き摺り降ろされてでも、生かされ働かされる事は容易に想像がつき、俺に他愛のない笑いをこみ上げさせるのだった。


「決まりですな。では早速、イー・バッファに向かう手続きを済ませ――」

「ちょっと。私を差し置いて、何勝手に行き先を決めちゃってるのさ?」


 ケイスケの締めの一声で会議が一段落しようとしたところに、入口の扉から茶々を入れる声が上がった。皆が振り向くと、そこには紺色の髪の少女――テッサの姿があった。声の威勢とは裏腹に顔は少しやつれ気味で、表情にも大分疲れが見えていた。


「テ、テッサ」


 ロウファが涙を拭い、テッサに駆け寄る。


「部屋でゆっくり休んでって言ったのに……」

「ありがと、ロウファ。でも、こんな大事な会議があるんなら、もっと早く言ってほしかったな」


 テッサはロウファに向かってにかっと微笑んだ後、大股で壇上へと歩き、俺達の前に立った。新人のくせして、彼女の纏う雰囲気には何かしらの貫録があった。俺は唐突に、昔大嫌いだったねちっこい性格の数学教師の顔を思い出すのだった。


「さっきから聞いてれば、何なの? 死ぬとか死なないとかそんな話ばっかり。要は誰も死なないで、できるだけ早く西に向かえばいいんでしょ? わざわざ北へ遠回りなんかせずに。だったら!」


 机をバンと叩き、テッサは語気を強めた。そして明らかに俺の方を向きながら、言葉を続ける。


「昨日()()()を見ておきながら、なんで理に適った結論に達しないかな? 全くもって意味わかんない」

「テッサ殿。其方が一体何を言っておられるのか、詳しい説明をしていただきたい。あの子とは一体――」

「ああん、もう! 何でそんな大事な事伝えてないの!? あんたも、あんたも! ロウファはかわいいから許すけど!」


 頭をぐしゃぐしゃとかき回し、テッサは立て続けに俺とウルフを指差して声を荒げた。かわいけりゃ何でもいいのかよ、というツッコミは今は胸に留めておく事にする。


「今日の明け方に、ようやくこの子が完成したの!」


 そう言ってテッサは、宙に浮くスクリーンにこの子と呼ばれるものを映し出した。どう見てもその第三称が似つかわしくない、回転機構付きのサンドイエローの戦車を。


「最新製マインローラー、名付けて『皇女(プリンツエッセン)グロリア』よ!」

「うはあぁああぁ! かっちょいいッス……!」


 その仰々しいフォルムに感銘を受けたのか、それともテッサがドヤ顔で言い放った固有名詞にビビッときたのか、ジョウが変な声を漏らして目を輝かせていた。一開発者として、他人が作り上げた作品にぐっとくるものがあるのだろう。だが……。


「ネーミングセンスはジョウと同レベルじゃねぇか……」

「何か言った!?」

「いや、何も……」


 知らぬ間に俺は本音を呟いていたようだ。いやいや、いくらテッサが自分で作ったとはいえ、戦車に皇女はないだろ……。


「とにかく! 今日の午後からこの子を実戦投入すれば、何事も万事解決するって言ってるの!」

「ち、ちょっとテッサ!? 今日の午後からって、そんな無茶な話――」

「大丈夫よ、ロウファ。ここの連中は頭の固い奴らばっかりなのは知ってる。帰納的にしか物を考えない連中を説得するには、論より証拠で示すのが一番だって事も」

「あら、なかなか素敵な言い回しをするのね。気が強いだけかと思ったけど、少しは見直したわよ、テッサ」

「ありがと、おばさん」

「おばッ……!」


 テッサの無謀とも言える言葉に最も動揺したのは、俺の隣にいるジョウだった。ジョウは得体の知れないものを見たリスのように、テッサとズィーゼを交互に見遣った。さすが若い奴は違うぜ。立場を見極めないというか年上を敬わないというか、とにかくズィーゼをおばさん呼ばわりする度胸には頭が下がる。


「しかし、仮に今日これを稼働するとして、操縦手は誰が務めるのですか? 某の記憶だと、そのような資格を持つ人間などは……」

「はいはいはい! 僕がやるッス! 戦車乗りたいッス!」


 ケイスケが言い終わらないうちに、ジョウが威勢よく挙手をして叫んだ。もちろんこいつが資格などを持っているはずもなく、とりあえず俺は持て余していたボールペンをジョウの尻にプスッと突き刺し、黙らせた。

 ジョウが悶絶して黙り込む中、テッサは少し困った顔を覗かせた。


「そうなの……。実は前々から派遣申請はしておいたんだけど、どういうわけか上の段取りが悪くって、今日になってようやくその人間がここにやってくるらしいの。まぁ最悪、前進と後退ができれば誰が乗ってもいいように設計してあるから、何とかなると思うけどね」

「おいおい、マジで言ってんのかよ。さすがにそれはねぇぜ」


 根拠のない自信を振りかざすテッサに向かって、俺は大袈裟に悪態をつく。もはや当然のように紺色の髪の少女は俺を睨みつけ、明らかな敵意を見せた。嘆息もほどほどに、俺は声のトーンを落としてテッサを見据えた。


「テッサ、お前がすげえ機械技師なのは認める。マインローラーもいずれ近い内に使う事になるだろう。だが、今はまだその時じゃない。今回はとりあえず北へ進む」

「そんな悠長な事が言える立場? 供給物資が少ない中で長期戦に持ち込んで、何がしたいわけ? これで私たちが間に合わなかったら本末転倒でしょ!?」

「それでも、だ。死というリスクを背負うのに、あまりに不安材料が多すぎるんだよ。いくらVR訓練をやっていようが、実戦じゃなきゃ得られないものもある。それに操縦手もまだこっちに来てないんだろ? 話にならねぇよ」


 テッサが話し合いに参加する前に本音を漏らした手前、いくら蔑まされようが、この憎たらしい新人にも正直に伝える必要があった。誰にも死んでほしくないというのは、まだ見ぬ操縦手にも、そして彼女にも言える事だ。

 単なる機械技師のテッサに、死というリスクはないのかもしれない。だが、人の命を消耗品として考えてほしくなかった。たとえジリ貧になっても、綺麗事で完結する方法を取ってほしかった。――俺はエゴを押し付けているのだ。

 たった一言、死んでほしくないと伝えられればいいものの、俺の言葉足らずは相変わらずで、テッサの感情をますます煮えたぎらせてしまうだけだった。


「話にならないのはどっち? 人為的要素も踏まえた仮想現実の世界は、どんな物よりも正確で現実的よ! VR訓練の何たるかも知らない人間が、偉そうな事を言わないで!」

「テッサ殿。気持ちが昂るのは理解できますが、某もレン殿と同じ意見です。其方の活躍の場はもう少し後……。我々の支援が満足に行える時こそが、其方の初陣の舞台に相応しいかと。それまでに、どうか万全の準備を整えておいてくだされ」

「準備はここに来た時からずっとしてきた! 今、マインローラーを使わなくてどうするの!?」


 宥めようとするケイスケの言葉もむなしく、テッサは声を荒げ続けた。会議室がしんと静まり返る。テッサは大声を発するにも途切れ途切れで、息を切らして辛そうだった。そんな彼女の事を見ていられなくなったのか、ロウファがテッサの肩に手を回し、優しい声音で包み込むように言った。


「テッサ、今日はゆっくり休もう? あなたの事が本当に心配だから、レンもケイスケさんもちょっと厳しく当たってるんだよ?」

「どうして……どうしてよぉ……」


 次第にテッサの声は弱まり、肩を震わせて嗚咽さえ漏らすようになった。せっかくの初陣を華々しく飾ろうと息巻いていたのに、老害のおっさん共がそれを妨げようとしているんだ、無理もない。……俺も嫌なおっさんになったもんだ。

 今にも泣き出しそうなテッサ。俺がどんな言葉をかけてやっても逆効果だろう。困ったように横を向くと、救いの手は意外なところから訪れた。俺の後ろから聞こえる淡々とした口調。抑揚が抑えられた話し方をするウルフを、これほど頼りにしたのは初めてだった。


「テッサ、一つだけ聞こう。あのマインローラーの安全性は、間違いないんだな?」

「……うん」

「絶対? 100%?」

「……絶対」


 片言のように呟くテッサを見つつも、ウルフは調子を変えないでこう続けた。


「わかった。じゃあ君のその揺るぎない自信と、君の作った頑丈なマインローラーに免じて、我々の進路は西に取ろう」

「はぁ!?」


 驚嘆の声を上げたのは俺一人だけだったが、ここにいる連中が皆目を丸くしたのは明らかだった。無論、言葉の勢いを失ったテッサでさえも。


「おいウルフ、何か悪いもんでも食っちまったのか? 下手な擁護はするもんじゃねぇぞ」

「もちろん俺は正気さ。VR訓練の確実性も俺が保証する。あらゆるケースを想定された訓練を受けているのならば、このマインローラーは歴戦の強者と言っても過言ではない。実績がゼロという事以外は、な……。それなら、今ここで実績を出せばいいだけの話だ。そもそも実績を裏付けるものは、結果でしかあり得ない」


 ウルフの眼に嘘の色は見えなかった。こいつは本気でものを言っているのだ。狼の如き黄色の瞳は、鋭さを維持したまま周囲を見渡した。


「せっかくテッサが無血の作戦を提案してくれたんだ。ここは彼女の作ったマインローラーを信じてみようと思わないか?」

「確かに……。某やサコン殿のような凝り固まった意見だけでは、いずれ我々の手の内もばれてしまいますからな」

「お前はどっちの味方なんだよ、ケイスケ?」

「会議の場に敵も味方もありませんぞ、レン殿」


 どうしても保守的な意見が通りがちなのはわかっていた。俺はそれに倣ったわけではないが、安全性と確実性を求めれば、自然とそっち側の意見が多数派だという事も。つまりはテッサという新人の前では、俺もサコンも同じような、柔軟に物事を決められなくなった老害と変わりないのだ。

 その点ケイスケは賢明だった。賢明だからこそ、俺は無性に腹が立った。


「それに、レン殿もうすうす感じていたのではないですか? やはり人の手による地雷撤去作業にも、限界があるという事に」

「チッ……」


 燃料が致命的に不足しているだけで、現代科学の粋を集めれば、『必死地帯』などという問題は容易に解決できるものだった。それこそマインローラーが数十両もあれば、三日とかからずにサヘランへと繋がる道を作る事ができる。それができない現状だからこそ、地雷掃除人が招聘されたわけで。

 昨日の夜にマインローラーを見た時、安堵感と共に俺は危機感を覚えた。もしこれが大活躍でもしたら、俺は用無しになってしまんじゃないかと。また自堕落な生活を送る事になるのかと。

 俺は心のどこかで、俺の仕事を奪わんとする少女に黒い感情を抱いていたのかもしれない。本当は一番でありたい。頼りにされていたい。渦巻いた感情は凝り固まって、俺を意固地にさせていた。捻くれまくって身体だけは大人でも、俺はそういうところが子どもの頃から全く成長していないのだ。

 ケイスケに痛いところを突かれ、舌打ちをして図星だというのを自ら教えてしまった以上、どうする事も出来ない。俺は諦めたようにかぶりを振った。


「わかったよ、好きにすればいい。とくと拝見してやるぜ、こいつの活躍をよ」

「決まりだな。では、我々の進路は西に取る事にする。ロウファ、報告は君に任せる」

「え、ええ」

「それに伴い、本日の撤去作業は予定通り十三時から開始する。それまでに、各自準備を済ませておくように。いいな、テッサ?」


 口を開けて呆気にとられていたテッサは、ウルフに名前を呼ばれて我に返った。


「……ふん。わかったわよ」

「待ちなさい、テッサ」


 不貞腐れたようにして会議室を後にしようとするテッサに、ズィーゼが声をかけた。


「髪は洗ってくるのよ、できれば身体も。それがデキる女のマナー」

「……うっさい、おばさん」

「おばッ……!」


 テッサは言葉短く返し、前髪に手を伸ばしながら出て行った。


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