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地雷掃除人  作者: 東京輔
第6話 Erster Kampf ~初陣~
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6-6 計画は慎重に


 翌日。S・Sの引っ越しも一段落を迎え、今日の午後にはすぐさま仕事場へ行く事になる。荷物運びの手伝いをしていて実感したのは、俺は地に足のついた仕事が絶望的に向いていないという事だ。決められた期限内に書類を作成しろと言われれば、期限ぎりぎりまで手をつけずに、いざ期限が迫ると焦ってがむしゃらにやりだす。仕事のすすめを上司に説かれたところで、やる気が上がるわけもなく。

 物事に関して本当に真剣に向き合える瞬間を、俺は常に感じていないといけないようだ。地雷掃除人という天職に巡り合えた俺は、その点幸福と言えよう。うだつの上がらない俺でも、自分の命は何物にも代え難い。その気持ちが鈍っていないかと、しばしの間物思いに耽っていたのだろう。俺は自分の名を呼ばれて気づくのに、いくらか時間がかかってしまった。


「ちょっとレン、聞いてるの?」


 頬杖をつき横を向いていた俺の視界が、急に暗くなる。何事かと思って正面を向くと、オペレーターの制服を着た女が目の前の長机に腰を置いて、俺の顔を見下ろしていた。深緑の艶やかな長い髪が俺の頬をくすぐる。


「ん? あぁ……悪い」


 オペレーターらしからぬ妖艶な態度で俺の顔を覗くのは、ズィーゼという女性だ。褐色の肌、細身の身体とは裏腹に、その性格は一筋縄ではいかない人物である。


「まったく……。ただでさえあんたは働く事しか能がないのに、人の話も聞かないようじゃ、働き蜂と変わりがないわね。ルゥも調教の仕方が甘いのよ」


 お聞きのように、口を開ける度に蔑みの言葉をぶつけてくる、やたら攻撃的なオペレーターだ。それが自分なりのコミュニケ―ションと豪語するところが、彼女の性格を物語っている。……まぁ、俺のパートナーであるルゥとはまた違った、厄介な美人である事に変わりはないが。


「ひどい言い草じゃねぇか、ズィーゼ。言っとくが、俺はルゥに飼われた覚えはないぜ?」

「レンって口答えだけは一人前よね。うちのジョウもそれくらいやんちゃだといいんだけど、最近はすっかり忠犬になって退屈なのよね」

「おいジョウ、言われてるぞ」

「うぅ……。ズィーゼには、あ、ズィーゼ様には逆らえないッス……」


 俺の隣に座るジョウは、肩身を狭くしてそう答えた。わざわざ様づけして言い直すあたり、ズィーゼは完全にジョウを飼い馴らしてしまったのだろう。おっと、誤解のないようつけ加えておくが、この二人は形式上、ビジネスパートナーの関係にあたる。

 ズィーゼがジョウを躾けているのは、単に彼女の趣味であって、そこに深い意味はない。傍から見る分には面白おかしいが、女性のオペレーターに尻に敷かれる様は、何とも複雑な思いを生じさせる。

 そんな俺達の間に、もう一人のオペレーターが割って入った。昨日も顔を合わせたロウファだ。ロウファはたどたどしい感じでズィーゼに伝えた。


「あ、あの、ズィーゼさん。そろそろ会議の続きを……」

「あぁ、そうだったわね」


 長机から離れ、ズィーゼは所定の位置へと戻り、会議の進行を務める。宙に浮いたスクリーンに映し出される地図を横目に、俺に訊ねた。


「それで、あんた達の今後の進路方向を決めてるんだけど、レンは北と西どっちが好き?」

「おい待て。サラダのドレッシングを選ぶような、そんな簡単な話じゃねぇだろ、これは」

「去勢された犬じゃあるまいし、すぐに決断できないようじゃ本末転倒だって言ってんの。目に見える形で話が進まないと、上層部の連中が鬱陶しいのよ。対応するこっちの身にもなってほしいわ」


 人を小馬鹿にしたような態度は相変わらずだが、ズィーゼの言い分はもっともだった。

 地雷撤去を至上命令として受けた以上、その活動には迅速な対応を随時求められている。普通に生活している分には気づかないだろうが、人間という生き物は何かしらのエネルギーを常に消費しているのだ。高度な文明を築いた代償とも言える。

 したがって俺達には、誤った判断をしてはいけないという風潮があった。何をするにも即時即決、されどノーミスで事を済まさなければいけなかったのだ。俺達が今いる石油採掘場を占拠する際、ウルフが偵察から帰還してきた時だって、上の連中は相当()()()()()だったそうだ。なぜそのまま占拠まで至らなかったのか――と。ウルフに代わってロウファが、大量の始末書を書かされていたのは記憶に新しい。

 そういう経緯もあって、俺は少人数で行われる重大会議の場に、あまり顔を出さない事にしていた。面倒事はごめんだからな。だが、今回は運悪く、医者の世話になっているどこかのクソジジイ共のせいで、こうして出たくもない会議の場に出席しているのだ。


「つっても、この議題はあのジジイ達がいないと話にならないだろ? 代打の俺が適当な口を挟むべきではないと思うが」

「レン殿、それは違いますぞ。一番の稼ぎ頭が話し合いに参加しなければ、大成は果たせませぬ。何よりレン殿のおかげで、我々はここに腰を据える事ができたのですからな」


 後方から重低音の声が響く。ケイスケという武士の国から来た地雷掃除人だ。ガタイも良いが生真面目な性格で、会議には毎回顔を出しているとの事だ。ケイスケの近くに座るウルフが続ける。


「ケイスケの言う通りだ。これは俺達だけの問題じゃない。世界中の人々が、俺達の動向に期待を寄せている。……そして残念な事に、失敗は許されない。たとえお前が、サコンの代わりに今日ここへ来ただけだとしても、まっとうにその役目を果たすのがプロフェッショナルというものだろう? レン」


 ケイスケとウルフはどうにも、この不真面目な俺を買被っているようだ。確かに俺は地雷撤去だけでいえば、プロフェッショナルと言えない事もないが、それ以外は壊滅的に低能野郎だ。頼むからそんな目で見ないでほしい。

 俺の心の声が聞こえたのか、ズィーゼはウルフに向かって妖しげな声音で言った。


「随分とこの駄犬を持ち上げるのね、ウルフ?」

「駄犬って、お前……!」


 ツッコミすらも呆れ果てて最後まで言えなかった俺をよそに、ウルフは苦笑をもらした。


「まぁ、かくいう俺も進路方向を決めあぐねているんだがな」

「北のイー・バッファに進路を取れば比較的安全に進められるが、迂回する分遠回りになる。逆に西のスラプイに向かおうとすれば、圧倒的にこちら側が近いとはいえ、そこには『必死地帯(デス・ベルト)』が立ちはだかる、か……。どうやら今まで以上に、打算的な考慮を踏まえる必要がありますな」


 難しい顔をして、ケイスケは皆に聞こえるようゆっくりと言葉を発した。

 お察しのように、議題は『進路方向は北と西どちらに取るべきか』というものである。もっと端的に言えば、『安全に行くか、それとも大胆に行くか』を決めようとしているのだ。ウルフが苦笑をもらしたように、この二つの選択肢は、秤にかければいいだけの単純な問題ではなかった。

 今年は例年よりも平均気温が高く、熱帯気候のサヘランで地雷撤去作業を行うのは一苦労なのだ。突き刺すような紫外線を浴びながらの作業は、集中力を根こそぎ奪われる。そのうえ、ここからイー・バッファという地方まではおよそ三〇〇kmもあり、地雷を除去して絶対に安全なルートを作るのにも、多くの人手と時間が必要になる。また、その道中で奇襲を目論む兵士もいるだろう。

 対するスラプイに向かう西のルートは、七〇kmにも満たないが、そこには二つの『必死地帯』が進路を妨げている。一点集中突破で何も考えずに挑めるのがこちら側のメリットだが、背負うリスクがあまりにも大きすぎる。ただでさえ倹約を求められているというのに、これ以上の精神的ストレスは抱えたくなかった。


「ニュースで見たッスけど、サヘランの人たちは僕らに対して警戒心を強めているらしいッス……。悪い事はしてないと思うのになぁ」

「ジョウは優しい子ね。世界の人々がみんなあなたのような性格だったら、きっとこんな事にはならなかったのでしょうけど……」


 ズィーゼは珍しく、しゅんとするジョウの肩に手を寄せ、優しく声をかけた。


「文化や宗教の違いが摩擦を生み、醜い争いを引き起こす。ただの土地を『聖地』というもっともらしい言葉で崇め立てては、他人が足を踏み入れる事を拒んで事態をややこしくしている。もしもサヘランの親玉に会ったら、跪かせて聞いてみたいわね。『あんたらの拝める聖地に地雷をばらまくのは、最低の冒涜行為なんじゃないの?』ってね……」


 良く言えば彼女らしい発言に、ケイスケは咳払いの後、こう続けた。


「人の血や亡骸はいずれ大地に還るもの。しかし、地雷という無人兵器は永久になくならず、信管が作動するか、もしくは我々の手で葬るしか殲滅させる手段はない。争いを肯定するわけではありませぬが、地雷を設置するという事がどれだけ罪深き行為なのかを、知ってほしいものですな」

「だが、説法を説く時間すら、今の俺達にとっては惜しい状況だ。レン、お前の意見を聞かせてくれ。心配するな、何もお前の鶴の一声で全てが決まるわけじゃない。ここにいる全員が、納得いくまで話し合えばいいんだ」


 ウルフのイエローの双眸が、俺の姿を強い眼差しで捉えていた。そこまで言われて主張を述べないほど、俺は野暮な人間じゃない。ただ、皆が注目する中で喋るというのは、どうにも気が引けてしまう。俺が言葉を濁し、苦い顔をしていると、ジョウがいつものおちゃらけた感じで俺を慰めた。


「レンさんのかっこいいところ、見せてくださいッス!」


 そんなジョウの首筋に、ズィーゼの鋭い爪が光る。ジョウが怯える暇もなく、彼女の指は這うように伝ってジョウの口を塞いだ。ふとズィーゼと目を合わせると、俺の言葉を促しているようで、顎を少しだけ動かした。どうもうちのオペレーター達は、扱いが難しいとはいえ、空気だけは読めるようだ。


「……わかったよ」


 考えはいくらか固まっていたのだが、それを整理するために、しばし目を瞑り思案に入る。そして一息吸った後、俺は静かに沈黙を破った。


「……北がいいと思う、俺は」


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