6-4 機械技師
そんなわけで、俺達三人は外に出てテッサを探す事にした。
つい先日まで、ヘルダムの狭い土地にS・Sを構築していたのだが、今回越してきたスダメナの石油採掘場は、以前の三倍ほど土地的にゆとりがあった。俺は狭苦しいのはどうにも苦手で、用事の度に階段を使うのが腹立たしかったこの前よりは、平地に低い建物が立ち並ぶ今のレイアウトが何より心地良かった。
そのうえ、この廃れた石油採掘場を拠点とする際に、誰も血を流さなかったのが大きい。奪った事に関しては否定できないが、今回の件についておそらくは国連側が、肯定的なニュースとして全世界に報じる事だろう。美談として扱われるのは癪だが、それが真実とあらば仕方あるまい。
しかし、採掘場にS・Sの拠点を置いた事で、生じるデメリットもあった。
一つは、サヘランの連中にさらなる警戒心を与えてしまったという事。手段はどうであれ、俺達がやっている事は他国の土地を侵略するという点では変わりない。今回の件によって、サヘランが新エネルギーを独占しようとする、根本的問題の解決はますます泥沼化しそうだ。
サヘランの警戒心を強めてしまったがため、予想される犠牲者が今後増えるのではないか、という専門家の意見もあった。もはや和解という道はすっぱりと諦め、手段を問わずに進むべきという人もいる。学のない俺には、何が正しいのか、どの選択が最善なのかはわからない。敵無き戦線――地雷原に立つのが俺の役目。それ以上は首を突っ込まない。
無視できないデメリットはもう一つあった。それは、電力と物資の供給がより難しくなったという事である。太陽光による発電で電力を賄う事に関しては、今までがそうだったように、普段から節制を心掛ければ問題はないだろう。酒盛りや夜更かしなんかを楽しみにしている連中には、穏やかな話ではないかもしれないが。
問題は物資の供給だ。石油がカツカツであるこのご時世、物資の運搬に使用する燃料は、物資以上に貴重な代物だ。サヘランの隣国、ギズモから運搬される物資は、今以上に最低限の物しか送られなくなるという事が、この前のミーティングで伝えられた。食堂を切り盛りするマザー・トードは残念そうに頷いていた。トイレットペーパー一つにしても、無駄遣いは許されない。敵を作らない活動を行っていたのにも関わらず、俺達は贅沢を敵に回してしまったというわけだ。
そういう理由もあって、夜に散歩をするにしても、最近は暗闇を照らす外灯すらケチられているもんだから、夜に出歩く事は自粛するような暗黙のルールが自然とできあがった。それ故、深夜に佇む廃れた石油採掘場は、不気味なまでの静寂に包まれていたのである。石油を掘り出すための巨大な機械は所々赤く錆び、哀愁が無機質さを倍増させている。物好きな連中からしたら垂涎モノの廃墟に、俺達は腰を据えているのである。
ロウファが俺とウルフを連れて行った場所は、拠点中央から大分離れた一つの倉庫だった。なるほど確かに、深夜一人で出歩くにしては、ちょっとした肝試しでもやっているような気分になる。遠い間隔で置かれた外灯の光が、かえって周囲の暗闇を強調させている。
「ここよ」
先頭を歩くロウファが立ち止まったのは、一軒家がまるまる二つ収まるくらいの、ドーム型の倉庫だった。上にある小さな窓から、内部の光が漏れている。が、しかし、正面にある広いシャッターは閉ざされており、中の様子を確認する事はできなかった。
「おかしいな……。この倉庫だけ、シャッターが閉められている」
ウルフの言う通り、ここら一帯に並ぶ倉庫の中で、その倉庫だけシャッターが閉じられていた。
「テッサの奴、何か隠し事でもしてたりしてな」
「隠し事って?」
「たとえば、みんなに内緒でお菓子食ってたり、こうやって夜な夜な夜更かししてたり」
「何それ。いくら何でもあの子の事、少しバカにし過ぎじゃない?」
「そうは言うが、あいつって本当にまだ子供だろ?」
「十九歳ならじゅうぶん大人よ。少なくとも、頭の回転はレンより速いのは確かね」
「ほほう。それを裏付ける証拠があれば、ぜひ見せてもらいたいところだがな」
珍しく勝ち誇ったように口答えをする年下のオペレーターに、俺はわざとらしく食ってかかった。だが、そんな俺を見てロウファは、サイドテールの髪を揺らして笑いを抑えた。
「何だよ?」
「その台詞、きっと後悔する事になると思うよ」
倉庫に近づいたウルフが設置されたボタンを操作すると、シャッターが音を立てて自動的に開かれる。足元から漏れる光が大きくなるにつれ、内部の様子が露になっていく。照明に照らし出されたそれを目の当たりにした俺は、不覚にも息を呑んでしまった。
「地雷処理戦車!?」
資料でしか見た事のなかった代物に、俺は口をポカンと開けて目を丸くした。
下腹部に仰々しい履帯を構え、その上には旋回砲塔が設置された戦車が、そこに一台だけ鎮座していた。ここで使用する予定があったのだろう、戦車全体の色はサンドイエローの迷彩色で統一されている。ただ、俺がとりわけ目を見張ったのは、その戦車の前方に取り付けられた二つの回転機構だった。
鋭利な歯車を何枚も重ね合わせたようなそのローラーの役目は、相対する車両を傷つけるためのものではない。それは地中に潜む悪魔――地雷を完膚無きまでに粉砕するためだけに搭載された装備である。しかし、頑丈そうな戦車に装着された回転機構は、加えて攻撃的、暴力的な印象さえも俺の中で引き起こした。
「アージュンMk.Ⅱの改良型、だな……。元々ここに配備されていたものに、ローラーを取り付けたのだろう」
ウルフがその全貌を見てそう呟いた。浪漫あふれるそのフォルムを呆然と眺めていた俺だが、ハッとして傍にいたロウファに訊ねた。
「これ、テッサが作ったっていうのか!?」
「そうよ。彼女は機械技師だもの」
ロウファが自慢げに発した、機械技師という言葉は聞き慣れないものだったが、眼前に望むマインローラーのおかげで、俺はその言葉に納得せざるを得なかった。そして改めて俺は理解する。あいつが俺達と行動を共にする理由を。既存の戦車に装着されたローラーが、俺が子供呼ばわりした、あの紺色の髪の少女によって作られたという事実を。
何度も言うようだが、化石燃料が枯渇せんとする現在、ガソリンの値段は際限なく高騰して手がつけられなくなっている。具体的に言えば、乗用車をガソリン満タンにするのに、その乗用車を新品で購入するくらいの金額が必要になるのだ。俺達がほぼ毎日、S・Sと地雷原とを往復するという事ですら、一般人からしたらとんでもない贅沢をしているように見えてしまう。
そういう事情もあって、燃料を食う装甲車やマインローラーなどは、事実上使用できない状況に置かれていた。それらを運搬するだけでも、なけなしの燃料と莫大な資金がかかってしまうからだ。地雷掃除人という、時代に取り残された連中が招聘された理由もそこにある。
唯一、マインローラー等が使えるとしたら、それはサヘラン内部に配備された戦車を奪取し、現地で改造を施すといった工程が必要不可欠になる。図らずも俺達は、スダメナの石油採掘場を占拠したおかげで、新品同様の戦車を頂戴する形になったのだ。
紺色の髪の小さな少女。華奢な体で肉体労働が不向きなあの新人が、なぜこんな辺鄙な場所にやって来たのか。俺はそれを深く考えた事がなかったもんだから、誇らしく鎮座する戦車を見て、改めて認識せざるを得なかった。テッサは機械技師であると共に、俺達と同じ地雷掃除人なのだと。
「テッサ~。門限過ぎちゃってるよ~。寮に帰ろう~」
ロウファがそう呼びかけながら、倉庫の奥へと向かう。俺とウルフは、男のハートを鷲掴みにするそのでっかい機械に近づき、それぞれが感嘆の声を上げていたが、その歓喜の時間は長く続かなかった。
「え!? テッサ!? しっかりして、テッサ!」
奥の方から聞こえる、ロウファの動揺しきった声。俺とウルフは顔を見合わせ、すぐさま声のする方へと走って行った。座り込んだロウファに抱きかかえられたその少女は、まるで事切れたように目を瞑り、彼女の呼びかけにも応じず、唯々肩を揺さぶられるだけだった。
やっとテッサの出番ですね。気を失ってますけど。