6-2 マッスル☆ナース
俺達は診療室まで、サコンを担架で運ぶ事になった。クソ重たいジジイを担いでいるうちに、先ほどの精神的ショックから脱け出せた事だけが唯一の救いだった。
「いかん、これはマジでいかん……」
サコンはさっきからこればっかり呟いていて、ポンコツを通り越した『いかんいかんおじさん』と化してしまった。ベッドの上でも四つん這いの体勢を維持し、壊れたゆりかごのように前後に小さく揺れている。
その奥のベッドには、既に他の客が横たわっていた。サコンと行動を共にする事が多い、コンラッドという壮年の男だ。コンラッドは低血圧で知られており、事あるごとに貧血でぶっ倒れるのは日常茶飯事、診療室の奥のベッドはこいつの専用席とも言われている。
一応付け加えておくが、このコンラッドという男も地雷掃除人の一人である。『灼熱』と呼ばれる、太陽光を利用した遠隔操作の撤去方法を独自で開発した人物で、一定の条件下であれば、俺よりも撤去スピードが速いという、なかなか侮れない奴だ。
ただ、二人揃って医者の世話になっている姿に、仕事をそつなくこなす壮年の面影は見当たらず、そのみっともない姿に俺は嘆息をつくばかりだった。
「冴えないオヤジ共が揃ってダウンかよ、ったく……」
「そう煽るものじゃない。お前もいずれやらかした時にわかるさ、あの耐え難い痛みは」
そう言って煙草に火を点けるのが、医者のビー・ジェイだ。歳は俺より少し上くらいで、常に眠たそうな目をしている。白衣を着ていない日はないが、本当に医者かと疑うほどのチェーンスモーカーでもある。
「生憎だな、ビー・ジェイ。こんなロートル達と一緒にすんな。ルゥには機械音痴とか散々言われてるが、俺はまだ二十七だぞ?」
「若さを主張するようになったら、もういい歳になってる証拠だ。それに、ぎっくり腰に年齢は関係ない。もしかしたら明日にでも、お前の身にふりかかるかもしれんぞ。ちなみに俺の場合、テーブルにある胡椒を取ろうと、手を伸ばした時に発症した」
「ぷっ、何だよそれ。なっさけねぇ」
ビー・ジェイが言った事を頭で思い浮かべて、俺は思わず吹き出してしまった。
「笑っていられるのも今のうちだ。その時に今の発言を悔やむ事だな」
「へいへい、しっかり胸に刻んでおくよ」
ビー・ジェイとの会話が終わるとほぼ同時に、診療室の扉が勢いよく開いた。
「は~い、みんな良い子にしてたかしらん♪ 診察のお時間よ♪」
野太い猫撫で声が放たれた方を見て、ようやく消えたと思った鳥肌が再度湧き上がる。見てはいけないものを見てしまった。その強烈なインパクトは、俺の脳裏から振り払う事を許してくれない。純白の看護白衣に身を包み、悪魔の如き微笑を浮かべるオカマの姿。
「う、うわあああああぁぁぁぁぁ!」
先ほどの出来事もあり、俺は条件反射でサンタナの背中に逃げ込んだ。
「エ、エリーさん! 何でそんな格好してるの!?」
「あんもう、決まってるじゃない。必要とされたからやってきたのよん、サンタナちゃん♪」
エリーはそう言ってポージングを決めたが、どう見てもボディビルダーのそれにしか見えず、室内には微妙な空気が流れた。いや確かに、スタイルはいいんだスタイルは。全然違う意味なだけで。官能的とは真逆の、ナイスバルク的な意味なだけで。
ビー・ジェイが白い煙を吐きながら、言葉をつけ加える。
「エリーには整体の心得がある。資格こそ持っていないが、その腕は確かだ。技術的に問題はない。何だかんだでここは怪我人が多いからな。たまにこうして、彼女の手を借りているわけだ」
「そういうこと♪」
「ピ、ピッチピチッス……」
唖然としたジョウが放った一言に、俺は今一度エリーの立ち姿を見遣る。エアーズロックのように堅く隆起した胸囲とは対照的に、ウエスト部分は驚くほどに引き締まっている。理想的な逆三角形の体のラインがはっきりと見て取れる。ミニスカートから隠れきれていない、大腿四頭筋も見事の一言。彫刻像を彷彿させる肉体美だ。ミロのヴィーナス的なやつではなく、ダビデ像のほうの意味でだが。
細々とオカマの肉体を見ている自分が馬鹿らしくなってきた。生憎だが、そっちの趣味は持ち合わせていない。幸か不幸かマッスルナースの存在は、俺に決して怪我をしまいと強く心に誓わせるのであった。
別段驚く素振りを見せなかったビー・ジェイは、むしろ呆れたようにエリーに訊ねた。
「それにしてもエリー、そんな衣装どこから調達してきた?」
「知りたい? んふぅ、それはねぇ、ルゥちゃんがネットで注文してるのをたまたま見かけて、ついでに私サイズの特注品も注文しちゃったのよぉ~! 頑張ってる自分にご褒美ってやつ? でもちょっと奮発しすぎたかしら♪」
ルゥというのは、俺とパートナー契約を結ぶオペレーターの事で、それはそれは魅力的な女性だ。……外見だけを見ればの話だが。魅惑的な唇、妖艶な瞳の奥に隠れたその内面は、決して御淑やかなものではない。彼女は生粋のサディストなのだ。それもぎりぎり仕事に支障を来たさない程度の、常識と非常識の境界線上でこの俺を弄ぶ。
もちろん、それをわきまえているからこそできる話であって、オペレーターとしての彼女は自信を持って満点と言える。余計な事を考えずに俺が地雷撤去に打ち込めるのは、ルゥのサポートがあってこそだ。
願わくば彼女に、現在のこの凄惨な状況を何とかしてほしいものだが、それは叶わない話だろう。今もどこかで俺を監視して、暴走するエリーにもっとやれと、ほくそ笑んでいるに違いない。
ナース姿で登場したのがルゥだったら、どれだけ目の保養になっていた事か。この場にいる皆が幸せになれたというのに、現実とは非情なものだ。際どいナース服を着て、官能的なポーズを取るルゥの姿でも、俺は頭のどこかで思い浮かべていたのだろう。エリーが俺の顔を覗き込んで首を傾げた。
「あらぁ? レンちゃんもしかして、ルゥちゃんのナース姿を見たいと思った? ざ~ねん! 今日はエリーちゃんの日でしたぁ~♪ はい、ちょっとサービス♪」
エリーはスカートの裾を少したくし上げて、自慢の太ももを俺達に見せつけた。何が悲しくて、オカマのごつごつした太ももを見なければいけないのか。理想とかけ離れた現実の光景、そして鼻孔に残る薔薇の香りが、俺の頭に血を昇らせた。
「全ッ然いらねぇ! サンタナ、ジョウ、帰るぞ!」
俺は吐き捨てるようにそう言い残し、煙草臭い診療室から大股で出て行った。
「うわ、レンさんちょっと待って。じゃあビー・ジェイ、サコンの事頼みますね」
「ゆっくり休んでくださいッス。地雷のほうは、レンさんがいるから何とかなるッス!」
その後、残されたサコン達がどんなに強烈な治療を施されたかは、俺が知る由もない。診療室の中から、ポキポキと指を鳴らす乾いた音がしたような気がした。
サコン。コンラッド。俺の敬愛する先輩方よ。いつもは悪態をついてばっかりの俺だけど、今日だけはあんた達の無事を祈っているよ。
「んふぅ、それじゃあサコンちゃん、まずはゆっくりうつ伏せになってもらおうかしら♪」
「あ……え……? ビー・ジェイ? うそだろ……? え……?」