6-1 赤い花弁は薔薇の香り
「オーライ、オーラ~~イ♪」
「遅いぞ~! レン~!」
俺の名前はレクトガン・シュナイド。知り合いは俺をレンと呼ぶことが多い。細かい説明はすっ飛ばすが、俺は地雷掃除人をやっている。サヘランという身勝手な国が、てめぇの国に地雷をばら撒いたおかげで、国連様から急遽招聘されたご身分だ。給料は決して安くはないが、地雷撤去などという割に合わない危険な作業を、ほぼ毎日のように繰り返している。
この前なんか、『必死地帯』っていう超危険なところを歩かされて、挙句の果てに潜入捜査なんかもやらされた。もちろん、それをやると言ったのは他ならぬ俺自身なのだが、俺が言いたいのは、できれば地雷撤去に専念させてくれっつー事だ。
何でよりによって休みを取った日に、拠点であるS・S (スイーパーズ・ステーション)の引っ越しの手伝いをせにゃならんのか。そのうえ、気持ち悪いオカマとピンクいロボットに誘導されなきゃいかんのか。初っ端から文句ばっかで申し訳ないが、とにかく俺は現在、相変わらず殺人的な日照りの中で、他の仲間と一緒に木製の馬鹿でかいベッドを、S・Sの中に運んでいる最中だ。
「くっそ……! おいサンタナ、今力抜いただろ!?」
「僕じゃないですよぉ~。レンさんも、喋る暇があったら手を動かしてください!」
俺の向かいにいる、少し気弱そうな奴がサンタナだ。南米の生まれだが、スペイン移民の血が流れているらしく、顔の彫りは結構深い。ただ、その性格上、いつも困ったような表情をしてるのが特徴だ。色んなところで周りの世話を焼いているようだが、なぜだかこいつが地雷撤去をしている姿を、俺はまだ一度も見たことがない。そのうち絶対やらせる予定だ。
「そうッスよ、レンさん。まだ荷物は山ほどあるッスから」
「って! ジョウお前、何手ぇ離してんだこらぁ!」
「痛い痛い! レンさん、ローキックはやめて下さいッス!」
隣にいるオレンジ色の髪の少年を、俺は足蹴にしてやった。先輩である俺の隣で、堂々と一息つくこのノータリンが、ジョウという輩である。十九歳という若さで、地雷掃除人に立候補した機械技術のエキスパート (本人談)だ。確かにその野心は買ってやらん事もないが、地雷に関する知識は素人同然で、お手製の地雷撤去道具をいつも壊しているのは何とかならんものか。
中年以上の世代のジジイが多い地雷掃除人の中で、一際目立つ存在だからこそ、重要な仕事を請け負っている自覚を持ってほしいのだが……。どうもこいつには、そこんところがいまいちわかっていないらしい。放っておいたらすぐにポカをやらかす、能天気で危なっかしい野郎だ。世話を焼くこっちの身にもなれってんだ。
「バランスを乱すんじゃねぇ若造が! 年寄りに負担をかけるんじゃねぇよ、全く……!」
ベッドの角を持つ俺のちょうど対角線上から、しゃがれた声が放たれる。ジョウはすごすごと自分の持ち場についたが、俺は声のするほうに皮肉めいた言葉をくれてやった。
「へ、もうギブアップか、クソジジイ。情けねぇな、ったくよぉ。手が震えてるぜ?」
「お前さんこそ、口だけは達者で顔に余裕が見えないんだがなぁ?」
互いに腕をプルプルさせながら、俺はそいつと睨み合った。しゃがれ声の主はサコン、口の減らないジジイだ。実働年数だけでいえば、俺なんかは足元にも及ばない年季の入った地雷掃除人である。昔はブイブイ言わせていたようだが、俺にしてみれば口うるさいカミナリじーさんみたいな奴だ。腹にたっぷりと脂肪を乗せて、貫録だけはありやがる。
トレードマークはハンチング帽などとほざいているが、薄くなった頭のてっぺんを隠しているっつーのが、今のところ有力な仮説だ。本人を前にしてそれを言う勇気はないが。
何かにつけて、俺のやる事なす事に文句を言ってくるのがマジでやかましい。説教されるのは、自分より秀でた人間だけで充分だ。サコンに何か言われて、そして俺が皮肉たっぷりに言い返すのが、もはや日常になってしまっている。
そんな俺らの様子を見て、サンタナはしびれを切らして地団駄を踏んだ。
「あ~もう、二人とも口じゃなくって手を動かして下さいってば~」
「そうよ。どうしてそんなにイライラしてるのかしら? 何か悪い食べ物でも――」
「「お前のせいだ!!」」
ベッドを持つ俺達は一斉に、ある人物を睨みつけた。流れについていけなかったジョウが、遅れて「……ッス!」とだけ言って語気を強めた。
「あら、みんなで声を揃わせちゃって、いけずねぇ♪」
いかにもな口調で受け流すそいつは、紛れもない正真正銘のオカマだったりする。俺達はエリーと呼んでいるが、どうやらそれは、源氏名であるエリザベスの愛称らしい。本名は知らん。知りたくもない。
彼女(三人称は面倒くさいのでこれで統一する)は俺達掃除人を運ぶ運転手、兼スナックの店長として俺達と行動を共にしている。気立ては良いのは認めるが、彼女に背を向ける事はここではタブーだ。隙あらば男のケツを撫でては舌なめずりをしている。
ほら今も、ジョウの背後にくねくねと接近しては、その馬鹿でかい顔をジョウの顔に擦りつけている。さっきまで朗らかに微笑んでいたジョウも、視線を落として顔を青ざめさせている。ざまあみろという気持ちが半分、それと本気で同情したい気持ち半分、俺の中で渦巻いている。
それはともかくとして、地雷掃除人四人が声を揃えてオカマに文句を言うのには、ちゃんとしたワケがあるのだ。代表して俺が皆の気持ちを代弁する。
「なんで俺らが、あんたのクソ重たいベッドを運ばなきゃいけねぇんだよ! エリー!」
「あん、レンちゃんったら、また私に説明させる気? 人手が足りないのよ、人手が。まさかか弱い乙女のオペレーター達に、力仕事を任せるわけにはいかないし? 何といっても地雷掃除人の殿方達は、この暑さにも慣れてるわけだから♪ どのみちお引越しが済まないと、地雷を撤去する事もできやしないし、こうやってよろしくお願いしているわけよ♪」
語尾をやや上げて話すエリーの気持ち悪さ加減は相変わらずだが、彼女の言い分はもっともだった。
地雷撤去という名目があるにしろ、仮にも俺達はサヘランという国の国境を侵している身だ。それが国連様の勅命であっても、決して気持ちのいいものではない。全ては無駄な血を流させないため……。聞こえはいいが、地雷そっちのけで拠点の移動などという、面倒くさい事も俺達がやる羽目になっている。
あ、ちなみにその拠点となる場所の活路を開いたのが、俺な。誰も何も褒めてくれやしないから、ここで少しアピールしておくぜ。地雷がひしめく『必死地帯』を、十五キロメートル横断したんだ。少しくらい自慢しても、文句は言われないだろ。
「ポォムゥもエリーの荷物運んでるんだから、レンもがんばるんだぞ! んお!?」
ふよんふよんと動くピンクいロボットのポォムゥが、紹介する前に石に躓く。そいつが持っていた衣装ケースの蓋が開き、気ままな風で中身のものが宙を舞った。
どうやら俺は風下にいたらしく、中身のものは俺の頭上から降り注がれた。ぼたぼたと主に頭にぶつかるが、衣装なので痛くはなかった。だが運悪く、その衣装の一つを顔面でキャッチしたようで、急に視界が闇に覆われる。
「ふが!? 何だこりゃ!?」
クソ重たいベッドの所為で両手が塞がっているため、俺は顔面キャッチしたものを振り払う事ができなかった。いくらオカマの衣装でも、地面に落ちたら汚れちまうだろ? それでまた洗濯しなくちゃいけない、とかなったらそれこそ二度手間だ。洗濯仕立てのフローラルな香りが、俺を油断させていた。
「きゃああああああ!?」
「うおお!?」
エリーの野太い悲鳴と共に、俺の顔面にあったものを剥ぎ取られた。あまりの痛烈な悲鳴に、俺はビビってたじろいでしまった。いやいや、悲鳴の前にお礼を言ってほしいものなのだが……。
「おぉ~。ナイスキャッチだ、レン!」
ポォムゥが嬉々として俺を労った。馬鹿たれ、誰の所為でこんな事になってんだ――という言葉を、俺は思わず飲みこんだ。
「あ……あ……レン……さん……」
「す……すみませんッス……」
サンタナとジョウが、俺を見て言葉を失っていたのである。絶句という言葉が、これほど似合うシチュエーションがないほどに。……しかし、ジョウは何で俺に謝ってんだ?
「な、何だ何だ。みんな青ざめた顔しちまって」
誰かの返答が返ってくる事はなく、気まずい時間だけが過ぎていく。事態を全く呑みこめていない俺は、仕方なくエリーの背中に声をかけようとした。すると彼女は、恥じらう乙女のように体をもじもじとさせて、こう答えた。
「レ、レンちゃん。……見ちゃった? 私の……Tバック♪」
彼女が手に持つぺらっぺらの赤い布きれが、花弁のように風になびく。そして俺は悟った。俺が顔面で受け止めたものの正体を。
「のわああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
全身に鳥肌が立つ。ベッドから手を離して顔を拭う。顔の周辺には、まだふんわりとした感触と薔薇のフローラルな香りが残っていた。拭ってどうにかなるものじゃないとわかっているが、そうせざるにはいられなかった。
「ちょ、レンさん! いきなり手ぇ離さないで!」
サンタナの声も、今の俺には届かない。俺が肩口で顔を拭っている間に、ドスン、とベッドが落下する音が聞こえた。
「はぐぅ……!」
それと同時に、サコンの本気でヤバい声も聞こえる。
「うわ、サコンどうしたッスか!?」
「こ……腰を……! 腰をやらかした……!」
見ると、サコンは四つん這いになって悶えていた。寄る年波には勝てなかったのか、どうやら腰を痛めたようだ。浅い呼吸を繰り返して苦悶の喘ぎを漏らしている。介抱してやりたいのはやまやまだが、俺は自分の事で手一杯だった。
ジョウはそんな俺達を見て、慌ただしく駆け出していった。
「た、大変ッス! 僕、ビー・ジェイを呼んでくるッス~!」
「速ッ!? ふ~、こりゃ荷物運びどころじゃないな……。サコン、立てるかい?」
サンタナがサコンの方に歩み寄り、心配そうに声をかけた。すぐにサコンは喘ぐように呟く。
「だ……ダメだ……。この体勢から何一つ動かせねぇ……!」
「う~ん。日陰に移動させたいけど、下手に運ぶこともできないし、参ったな……。お~い、レンさん。気持ちはわかるけど、緊急事態だから手を――」
「くそぉ……。俺の顔にTバックが……。エリーの股間が……」
サコンの方が重傷なのは明らかだ。だが、俺にかかる精神的ショックも並大抵のものではなかった。気持ちはわかるとか軽々しく言ってくれる。もろにオカマの下着を被ってみろ。フローラルなにおいを直に嗅いでみろ。俺の辛さがわかるか!? わかるわけねぇだろ!? 俺は心の中でそう叫んだ。
目から自然と溢れ出るものを止められなかった。俺は静かに嗚咽を漏らし、肩を揺らしていた。
「な、泣いてる……!?」
「あらぁ、泣くほど嬉しかったのかしら♪」
「んおー?」
ダウンした男二人にも、貫くような太陽光線は降り注がれる。俺の嗚咽とサコンの喘ぎが、熱砂の陽炎に現れては消えていく。
俺の名はレクトガン・シュナイド。これでも俺は地雷掃除人だ……。