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地雷掃除人  作者: 東京輔
第5話 Durchbruch ~突破~
55/140

5-17 夢の続き

途中から、『5-13 すまん』と繋がりがある過去の話があります。併せてそちらも読み直していただくと嬉しいです!

 それから俺は兵士の目を盗みながら、一つ、また一つと通気口に催眠ガスを流していった。最後の通気口に入れ終わって時刻を確認すると、午前一時五十五分。何とか見張りが交替する時間までには間に合ったようだ。さっきと同じ場所に戻り、寄宿舎の壁にもたれかかる。もう怖くてちらりと覗く事すらできないが、俺は状況を把握するために耳に全神経を傾けた。







 ――バタン。扉が閉まる音がする。







 ――バタン。もう一度、扉が閉まる音がする。



 俺が目視した兵士は二名。見張り台にいた奴と、寄宿舎の傍まで来た奴だ。そいつらが交替を呼びに戻ってきたという事は……。


「これで終わりか……。ウルフ、終わったぜ。……おいウルフ?」


 広い通路から顔を出し、俺は重圧からの解放感でいっぱいになっていた。そのせいで、声が大きくなってしまった事、自分が『土竜眼』を外している事、そしてウルフと連絡できない状態にある事に全く気がついていなかったのだ。

 無警戒な状態で、広い通路から一歩踏み出した時だった。


「誰だ!?」


 心臓が跳ね上がる。急いで寄宿舎の影に隠れたが、もうどうにもならなかった。


「そこを動くな!」


 深夜の静寂を切り裂く兵士の声。映画やゲームの主人公のように冷静になれるはずもなく、俺は胃液が逆流しそうな口を塞いでその場に留まってしまった。その行為がどれだけ無意味な事かもわからずに。恐怖が体を支配し、全身の震えが止まらない。呼吸ですら震え上がって制御しきれなかった。



 やっちまった。



 俺はいつもそうだ。



 臆病者(チキン)で神経質の割に、最後の最後で大ポカをやらかすマヌケ野郎。



 本当にどうしようもない人間なんだ……!



 頭の中で自責の念が巡る。兵士が近づく数秒間の間に、俺の頭は様々な思いを高速処理していた。自分に対する嫌悪感。両親に対する怨恨。血の繋がらない弟に対するやりきれない気持ち。仲間に対する申し訳なさ……。目を瞑った暗闇の先にあるのは、昔布団の中で同じように震えていた、幼き自分の姿だった。

 兵士の足音がすぐそこまで来た。もう俺は駄目だろう、そう観念した時、胸ポケットから()()が勢いよく飛び出したような気がした。


「ポーーーッ!」


 甲高い音共に、何かが炸裂する音が俺の耳を襲った。鼓膜に強い刺激を感じ、そのままキーン……と耳鳴りがし始める。耳鳴りが耳の奥で鳴り止まない中、俺は今起きた出来事を冷静に考えた。胸ポケットから出てきたものって、もしかして……。

 恐る恐る目を開けて兵士の方を覗くと、土煙で広い通路が何も見えなくなっていた。土煙が徐々になくなると、倒れ込む兵士の頭の上で、ミニチュアサイズのピンクいロボットがちょこんと座っているのが見えた。ミニポムが、俺を窮地から救ってくれたのだ。


「ポッ!」

「は、はは……。お前、よくやったよ……」


 ガスマスクを外し、俺は何の捻りもないただの労いの言葉をミニポムにくれてやった。それとほぼ同時に、地面にへたり込んでしまう。緊張の糸が解け、極度の眠気がやってきた。


 あ、いけね……。催眠ガス吸っちまったのかも……。


 『土竜眼』が何やらやかましい。一体何事だ。


『……ン! レン! 無事か!?』

「よう、ウルフ。すまんな、迷惑かけた」

『レン! よく……! 今す……から、それま…………!』


 いかん、本気で意識が朦朧としてきた。


「ウルフ、俺もう寝るから、後頼むわ……」

『……ッ! …………!』


 『土竜眼』が手から落ち、俺はそのまま地面に突っ伏した。頬が当たる部分が痛いとか、寝心地が悪いとか、そんなの関係ない。今の俺には地面が最高のベッドだ。穏やかな呼吸の向こうで、俺は『必死地帯』で見た過去(ゆめ)の続きを見るのであった。弟との約束が守れず、悲しみに暮れた嵐の夜の思い出を……。


                *


 俺が自宅に戻った頃には、既に嵐は過ぎ去り、夕方の荒れ模様が嘘のように天気も回復していた。もうすぐ日付が変わる、いやもう変わっているかもしれないそんな時間に、俺はようやく帰ってきたのである。どの部屋にも明かりが灯っていないという事は、俺のことなど無視して両親が先に寝ちまったという事だ。俺にとっては好都合だった。

 全身にバケツの水をかぶったような姿には、内心俺は諦め気味だったが、このままの状態で自室に侵入するのは気が引ける。変なこだわりを捨てきれない俺は、オズの部屋窓に小石を投げて当てた。予想していたよりも速い反応で、オズは窓の外に佇む俺の姿を確認した。


「兄さん!?」


 驚く弟をよそに、「よっ」と余裕をぶっこいて俺は挨拶を交わした。本当は余裕などあるはずもなく、さっきから寒気が止まらないのに、だ。すぐに玄関の扉が開き、パジャマ姿のオズと対面した。改めて俺を見るなり、オズは目を丸くした。


「うわ、ずぶ濡れじゃん! ちょっと待ってて、タオル持ってくる」

「悪い」


 親に気づかれないように、オズは忍び足でタオルを持ってきた。受け取ろうと伸ばした手は無視され、そのまま俺は体をタオルで拭いてくれるオズに身を委ねた。自分でやると意地を張る気力すら、今はもうない。


「だから行かない方がいいって、あれほど言ったのに……」


 面倒見の良い弟。俺を孤独から救ってくれた弟に、今日は恩返しのつもりで出張ったってのに、結局はいつもと変わらずまた迷惑をかけてしまった。しかも、お目当てのプレゼントも買えず仕舞いだ。

 その一言を口に出すのが、とても辛かった。


「すまん、お前の言う通りだったよ。……それとな、下町まで行ったのはよかったんだが、その……」

「わかってるよ。閉まってたんでしょ? お店。気にしないで、兄さん。ゲームなんていつでも買えるよ」


 最後の一言を言う前に、察しの良いオズは笑顔で俺を気遣ってくれた。あれだけオズが楽しみにしていた瞬間。その時を作ったのも台無しにしたのも、出来損ないのこの俺だ。純粋無垢なオズの瞳と向き合う事が、いや、向き合う資格が俺にはなかった。


「すまん……。でも、プレゼントは買ったんだ。約束してたゲームは後日になっちまうけど、これ……」


 水を吸って使い物にならなくなったレインコート。右脇に丸めて抱えていたそれを、俺はゆっくりと解いていった。その中には、包装紙で包まれたプレゼントがあった。少し濡れてはいるが、何とか最小限のダメージで済んだようだ。オズにそれを手渡すと、一瞬俺に目をやり、そして再びそれに視線を戻した。


「お前言ってたろ? 母親(あいつ)の買ってくる服がセンス無さ過ぎて、着れたもんじゃないって。だから、さ……」


 急に気恥ずかしくなって、俺は視線を泳がせて事情を説明した。閉まっていたゲームショップの向かい側に、偶然まだやっていた服屋があったのだ。普段何気なく通り過ぎていたその服屋が、その時ばかりは輝いて見えた。

 どう考えても急場しのぎ、これで俺が許されるわけではなかったが、どんな形でもいいからオズに感謝の気持ちを伝えたかった。オズの喜ぶ顔が見たかった。そこには弟に対する嫉妬や劣等感といった負の感情は一切なく、兄としての思いやりだけがあったのだ。

 何の変哲もないグレーのワイシャツ。余計なデザインは蛇足と感じる、オズの性格に合わせて選んだつもりだ。予期していなかった俺のプレゼントにオズは面食らっていたが、やがて思い出したように声を漏らした。


「あは、兄さんはほんと人が好すぎるよ。デザインもばっちり僕好みだ」


 よかった、とりあえず喜んでもらえたようだ。嵐の中、死ぬ思いで自転車を漕いだ甲斐があったもんだ。ワイシャツを大事そうに抱え、オズはその優しい笑顔を俺に向けた。


「大事に着るよ、ありがとう」

「おう」


 自然と笑顔がこぼれたあの時の思い出。夢の中で再生された淡い記憶は、疲れ果てた俺に一時の安らぎを与えてくれたのだった。


第5話、いかがでしたでしょうか?

更新が遅れた事をお許しください。

次は第6話です。また読んでくださいね。

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