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地雷掃除人  作者: 東京輔
第5話 Durchbruch ~突破~
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5-13 すまん

 雨でビシャビシャになった芝生に靴を落とす。この時点で、俺の予備の靴は使い物にならなくなってしまっただろう。上手い事靴の表面部分に着地できたのはいいが、既に爪先の方は濡れていた。強風を伴う激しい雨が、改めて全身に襲いかかる。引っ張った輪ゴムを至近距離で顔に連射されているようだ。それくらい痛いし、目も開けていられない。ただそれと同時に、俺の中にあった迷いも吹き飛んだ。もう、後には退けない。

 家の壁に寄りかけておいた俺の自転車は、当然庭の芝生の上に転がって野ざらしになっていた。オズが使っていたやつを譲ってもらった、言うなればお下がりならぬ()()()()の自転車だ。ハンドルを持って状態を起こす。横から殴りつける風でまともに進めないのは承知の上、走るにしてもそんな体力は俺は持ち合わせていない。風に煽られ、視界も最悪、おまけに地面も雨に濡れて、それでもなお前進できるのであれば上等だ。

 ゲームショップがある二十キロほど離れた町に向かって、俺は自転車を漕ぎ出した。


                *


 覚えているのは、普段から通い慣れた道のりが凄まじい変貌を遂げていた、という事だ。荒れ狂う天候の中で激しく顔を打つ雨に耐え、かろうじて目を開けて見える光景からは、道路にはゴミが散乱している、という情報しか入ってこない。まだ車が一台も通っていないのは、この天候を考えれば当然というべきか。とにかく、夏至が近いにも関わらず、辺りが不気味に暗かったのは記憶として残っている。それは目を瞑っている時間が長かったからなのかは定かではない。

 風を切る音と針のような雨がレインコートに打ち付ける音。それ以外は何も聞こえなかった。立ち漕ぎの体勢で真下を向き、時折目を開けて風に煽られながら軌道を修正する。バランスを取ろうとしたところで、ペダルにかけた足が滑り、そのまま転倒したのは数回ではない。転ぶ度に汚い言葉を叫んだが、それが嵐の轟音によってかき消されるのは幸いだった。


 体は前に進む事だけに専念していたが、俺は頭の中で全く別の事を考えていた。冷たい水しぶきを全身に浴びる中で、脳裏には義理の弟の姿が過っていた。全てにおいて俺より優っているオズ。家族的な立場、両親に寄せられる期待、全てを俺から奪っていったオズ。コンプレックスを抱かざるにはいられなかった。こんな俺にまで手を差し伸べる、彼の優しさが本物だからこそ、俺は辛かった。雨に打たれる今の自分が惨めでならなかった。

 人には人の生き方がある。ナンバーワンよりオンリーワン。そういった言葉で自らを慰めても、虚しさだけが募るばかりだった。おかげでどの感情が自分の本心なのかわからぬまま、思春期が過ぎてしまった。



 オズの事が憎い?



 わからない。



 両親を取られて悔しい?



 わからない。



 見下されているんじゃない?



 わからない。



 俺には、わからない。



 またもやペダルから足が滑り、俺はその場で激しく転倒した。体は水浸しで泥まみれ、ハンドルを握る手は打ちつける雨で冷たくなり、体力的にもかなり限界が来ていた。既に罵詈雑言を並べるほどの気力もなく、吹き荒れる雨風の中、俺は淡々と体勢を立て直して再び自転車を漕ぎ出した。

 もう何だっていい。俺の本心など知った事か。約束は守んないといけないものに決まっているだろうが! オズが喜ぶ姿を見たくないのかよ!?


 俺の自暴自棄な感情がお天道様に通じたのか、ひどい天候だったのが徐々に回復していき、満身創痍で街に辿り着いた頃には、小雨が落ちる程度までに戻っていた。通りがかる車も現れ、傘を差した人とも何人かすれ違った。その中でも、びしょびしょに濡れに濡れまくって、自転車を爆走させる俺はかなり異質な存在だったのだろう、通り過ぎる人間の視線をかなり感じた。

 この角を曲がれば、ようやくお目当てのゲームショップに着く。まともに前を向く事すらできなかった俺は、手前の交差点で止まったところで目の前の建物を見遣った。


 灯りが点いていない。入口はシャッターで閉ざされ、上の看板は虚しく佇んでいる。それもそうだ。台風が近づいているから、店を早仕舞いするなんてのは当たり前。そんな事すら予想できなかった俺が悪い。愕然を通り越して、笑いが込み上げてきた。天から降り注がれる小雨、黒ずんだ曇天に向かって、俺は大いに笑ってみせた。



 すまん、オズ。お前の兄貴はお天道様にも運を見放されるほど、とことんついてないらしい。


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