1-4 なんだってこんな時に
掃除人や組織に属する人間が集まる場所――俺がさっきまでいた所であるが、そこはスイーパーズ・ステーション(通称S・S)と呼ばれている。S・Sで生活をしながら、道なき道を車で進み、地雷がひしめく地域まで足を運んで撤去作業、そして日帰りでそこに戻ってくる……、というのが俺たち掃除人の日課だ。
S・Sから北西地区まで車で三時間半ほど、距離に換算すると約三五〇㎞の道のりを、俺は気が気じゃないままアクセルを踏み続けた。無線機は切らないでおいたが、誰からも連絡が来なかったのは、おそらくルゥの計らいだろう。彼女はそういう空気が読める人間だ。それに今の精神状態じゃ、ピリピリしてまともな返答1つできやしないだろう。気のせいか、頭に血が昇って熱も少しあるように感じる。 無論、朝に計った時よりも、という意味でだ。
熱砂に揺らめく陽炎がたちこめる廃墟の群れに到着すると、俺は見覚えのあるテントへと走った。流砂で部分部分が少し茶色がかったそのテントは、感染病などにかかった人間が立ち寄る移動式の診療所だ。もちろん、地雷で怪我を負った人間も診てくれる。
テントの扉が開くと、細身で長身の白衣を着た男が、少し疲れた表情をして煙草に火を点けようとしていた。
「ビー・ジェイ! ジョウの容態は!?」
「レンか。なぁに、命に別状はないから安心しろ」
「……足か?」
「落ち着けよ、レン。落ち着いてまず俺の話を聞け」
白衣の男は空を仰ぎ、彼方を見つめた。吐いた煙草の煙が、風に乗って漂う間もなく消えていった。
――しばしの沈黙の後、
「実は、な……」
「あっれ~!? レンさん来てくれたの?」
非常に間の抜けた声が聞こえた。
驚いて振り返ると、俺が安否をしきりに気にしていた野郎が、能天気にテントからひょっこり顔を出していた。
「……こういう事だ」
白衣の男が頭を抱えてこう呟くや否や、俺はがっくりと肩を落とし、足取り軽く近づいてきた能天気な野郎の頭を、握りこぶしのでっぱったところで思いっきり擦ってやったのだった。
*
「いってぇ~。何もゲンコツしなくてもいいじゃないッスかー。僕、負傷者ッスよ?」
「なんならもう一発殴っといてやろうか? そのほうが、お前のアホさ加減も少しはマシになるだろ」
頭をさすって涙目になっているジョウを、俺はもう一回握りこぶしを作ってビビらせた。
「やだー、暴力反対! ビー・ジェイも何とか言ってよ!」
「おーおー、今のうちに可愛がられとけ。それが一番の薬になる」
ジョウは白衣の男――ビー・ジェイに助けを求めたが、そいつは眉間に皺を寄せ、灰皿に煙草の灰を落としただけで、ジョウに対しては目も合わせずに対処した。
結局、俺がこっちに来たのは無駄足だったわけで、今はジョウの野郎をどう料理してやろうかと、俺とビー・ジェイが話し合っているところだ。ジョウは頭に包帯をグルグル巻いて、いかにも怪我人っぽく装っているが、あれは見せかけだ。
「しっかし、『この先地雷在り』の看板のわずか二m先に、本当に地雷があるなんざ、『必死地帯』とはよく言ったもんだな。ま、何にせよ、爆風で気絶しただけで済んでよかったじゃねーか」
「それが問題なんだよ。地雷を撤去するために来た連中が、速攻で地雷吹っ飛ばして気絶するとか、プロフェッショナルの風上にもおけねぇ。少しはヤキ入れとかんと、この先いくら命があっても足りないからな」
「わわわ、やめてってばレンさん。もう僕、反省してますから~!」
俺はジョウにヘッドロックをかけて、そのままさっきと同じゲンコツをしてやろうと拳を振り上げたが、
「レン、暴力はいけないぞ!」
――そういえば、こいつの事をすっかり忘れていた。誰かさんのせいで気が動転していたが、今日は厄介事がもう一つあるんだった。
なんだか急に気持ちが萎えてしまって、俺はヘッドロックを解除したが、そんな事は気にせず、ジョウとビー・ジェイは目を点にしたまま、しばらくの間硬直していた。
「……なんだそりゃ?」
「これはルゥのやつが手違いで送りつけてきたオモチャだ。よくできてるだろ?」
「こらぁレン怒るぞ! ポォムゥはすっごい地雷探知機なんだぞ!」
ビー・ジェイが興味なさげに、ふ~んと相槌を打った。というのも、彼も俺と同じく、時代の最先端を行くものに関して全くついていけてない、というかついていく気がない性分なのだ。そのせいもあって、奴はこんな辺鄙な場所で医者まがいの事をやっているわけなのだが。
ポォムゥのある程度予想していた反応にちょっと嫌気が差していたとき、ジョウが俺の耳元でわざとらしく囁いた。
「え~、レンさんってやけに女っ気がないと思ったら、なに、こういう趣味の人だったんスか!?」
俺は再びジョウにヘッドロックをかけ、容赦なく頭頂部を擦るように殴った。将来禿げるからやめてくれと散々言われているが、それはぜひやって下さいとお願いしているようなものだ。ジョウは頭を抱えて座り込み、しばらく悶絶していた。
「ハハハ! ルゥのお嬢ちゃんは相変わらず、済ました顔して変なミスするよなぁ」
ポォムゥのときとはうって変わって、ビー・ジェイは機嫌良く笑った。あのルゥの事をお嬢ちゃん呼ばわりするくらいだから、少なくとも俺よりは彼女の事を知っているのだろう。まぁ深く詮索する気などこれっぽっちもないので、俺はしかめっ面でビー・ジェイに言った。
「笑い事じゃねぇぜ。こちとら命を懸けて仕事してるのに、こんな事されちゃ調子が狂っちまう」
「お前は少し気を張りすぎなんだよ。ちっとはジョウを見習え。いくらかハッピーになれるぜ?」
「余計なお世話だヤブ医者。今更やり方を変えられるほど、俺が器用じゃないのは知ってるだろ? にしても、心配して損したぜ……。俺は先に帰る」
「え? レンさん帰っちゃうッスか? 一緒に仕事しましょうよ」
「行く前にも言っただろ? ちょっと熱っぽいんだ。こんなコンディションで『必死地帯』に出張ってみろ、三〇分後には俺の墓を用意しなきゃなんねぇ。そんなのはごめんだね」
「おいおい。一番の稼ぎ頭がこんな調子じゃ、いつまで経っても前に進まないぞ?」
「死ぬよかマシさ。あんたも、こいつに馬鹿を移されないように――」
気をつけるんだなと、言い終わる前に初めて聞く電子音がポォムゥのほうから聞こえた。上手く言葉で表現できないが、警報とはまた違う、どちらかというと心電図の音に近いそれは、聞いているとだんだん不安のもやが体の全身を包んでいくようだった。
そちらに顔を向けると、さっきまでブルーだったポォムゥの瞳が、血のような赤に変わっていた。
「レン、大変だ!」
ポォムゥは俺の服の袖を引っ張り訴えてきた。
「な、いきなり何だってんだ!?」
「地雷原に一人、子供が近づいてる!」
「マ、マジかよ!?」
一瞬、嫌なイメージが頭の中でよぎった。それを何とか振り払おうとしたが、一度根付いてしまったそれは、どうしても頭の中にこびり付いて消えようとしなかった。
「地雷との相対距離、四十九メートル! レン、今ならまだ間に合うかもしれない!」
ポォムゥの言っている事が本当だという証拠はどこにもない。だが、こいつは最新鋭のロボットで、そういう性能を持っていても何ら不思議ではない。ただそれがもし本当だとしたら、最悪の結果を招く前に、然るべき人間が然るべき行動する必要があるということだ。
「ちっくしょう! なんだってこんな時に!」
「レンさん、僕も行く!」
「ダメだ! お前の道具じゃ、かえって足手まといだ! ここでおとなしくしてろ!」
事の重大さに気づいたジョウが威勢よく立ち上がったが、俺はそれを制した。俺たち掃除人の仕事は地雷の撤去作業のみであり、それ以上の事は求められていない。人命救助なんてのはもってのほかだ。自分の命を守る事すらままならないのに、他人の命など守られるはずもない。
――しかし、可能性はまだある。
微熱がある事すら忘れて、俺は自室を出る時に持ってきた黒いケースを取り出し、厳重に施錠されたそれを解放した。シューッという音と共に、白い煙がケースの中から噴き出る。勢いよく開けた中にある、しなやかな曲線を帯びた剣を掴み、俺は炎天下の荒野へと駆け出した。