5-9 準備は整った?
「レン、あんたの言い分はわかった。わかった上で聞くけど」
テッサは一呼吸置いて再び口を開く。
「あんた、潜入工作ってできるの?」
「あ? ……まぁ、その、何だ。これからウルフに便利な道具でも貸してもらおうかと……」
自分の納得のいく答えが出るまで追求する、紺色の髪の新人。そんな彼女に、俺が口で勝てる要素はどこにもなかった。最後の最後で話をはぐらかす事はどうやらできなかったようだ。歯切れの悪い俺の返事に、テッサは呆れた様子で嘆息した。
「無茶苦茶な作戦を立てるあいつもそうだけど、あんたも大概ね。まぁいいや。だったらこっちとしても好都合だし」
「……何の話だ?」
ここまで不満げな表情をしたりしなかったりを繰り返していたテッサだったが、ここにきて初めて頬を上げてにんまりと笑った。いや、笑ったというよりはむしろ勝ち誇ったような顔、だ。
「この子を、連れて行ってあげて」
彼女の腕の中にすっぽりと収まるピンクいロボット――ポォムゥは、上機嫌に「んお!」と返事をした。
「断る!」
俺の口から出た拒否を表す言葉は、俺調べで今日一番声を張り上げたものだった。「んお!?」とポォムゥは少し驚き、テッサは俺の反応を予期していたのか、少し頷いて次に出る言葉を促しているようだった。ポォムゥを指差しながら俺は言い放つ。
「命懸けの作戦に、何でそんなピンクのふよんふよんしたやつを連れてかなきゃいけないんだよ! それに、そんな目立つ色してたら潜入工作もクソもないだろうが!」
『生理的に受け付けない』というのが喉元まできていたが、それを我慢して俺なりの正論をぶつけたつもりだ。流石のテッサもこれには反論できまいと思っていたが、テッサはポォムゥから手を放し、頭の後ろを掻いて少々苛立っていた。
「あのね、いくらなんでもあんたはポムちゃんに興味なさすぎよ。あんたが使ってる旧式の地雷探知機なんか、この子と比べたらおもちゃ同然なんだから」
「おもちゃみたいな見た目なのはどっちなんだか」
「あ~! レン、今ポォムゥの悪口言った!」
ポォムゥは俺の太股をぽかぽかと殴ってきた。もみくちゃになりながら必死に抵抗する俺を、テッサは蔑むような目で見た。
「最っ低ね。これだから男は嫌いなの。ポムちゃん、あれを出して見返してやりなさい!」
「んお!」
ぜえぜえと息を切らす俺を横目に、ポォムゥはその場でくるくる回りだし、ピタッと止まったと思いきや、右手に緑色の硝子のようなものを掲げていた。
「これは?」
「かけてみて」
テッサの言葉から察するに、その緑色の物体は目に着用するものらしい。らしいというのは、その緑色のレンズっぽいのが一つしか見当たらないからだ。眼鏡だったら普通、レンズが二つついているだろう?
ポォムゥから手渡されたそれは、確かに眼鏡と酷似していた。眉間の所から真っ二つになって左半分しか残されていない事以外は。――いや、前言撤回だ。左半分しか残されていないのではなく、元からそういう仕様らしい。フレームを耳にかけてみると、驚くほど俺の顔にフィットする。普通の眼鏡なら、鼻の頭で支える鼻あてが二つついているのに対し、この『半分眼鏡』に鼻あては当然一つしかついていない。だが、試しに顔を左右に振ってみてもずり落ちるような事はなかった。
緑色に侵された左目の視界に、見慣れている風景が表示された。カラッと晴れた空の下に、雑草すら生えない乾ききった大地。既に見飽きているサヘランの大地だ。左上に『example』という文字が書いてある。テッサの方を見ると、「じゃ、ポムちゃんお願い」とポォムゥに合図を送っていた。
すると、その画像に変化が起こった。眼鏡と同じ緑色のレンズで通したように、風景も緑色で表示された。その風景の中、乾いた大地の地中に、今まで見えていなかったものが突如として映しだされる。目立つように赤い輪郭でその存在をアピールしている黒い物体は、紛れもなく地雷の形をしていた。それが一つではなく、ざっと見て地中に数十個埋まっているのが確認できる。
「これは……!」
「どう? すごいでしょ? これがポムちゃんの――いえ、Professional and Original Mine Warner(高性能地雷探知機)の実力よ」
右目をつぶって左目に映る風景を見て驚いている俺に、テッサは顎を少し上げてこれ見よがしに言った。確かにポォムゥが初めて俺の部屋に来た時、ダンボールにそんな単語が書いてあったような気がする。というか、こいつの名前が単語の頭文字からきているものだとは知らなかった。
「まさかこんなものを隠し持っていたとは……」
「隠してたわけじゃないぞ! レンがポォムゥと一緒に仕事したがらないから、渡しそびれてただけだ!」
「そーよ。ポムちゃんと会って一ヶ月も経ってるのに、あんたってば事あるごとにポムちゃんをS・Sに置いていくそうじゃない! 私が何回この子を慰めたと思ってんの?」
「んな事言われたって、こいつがいなくても仕事ができるんだ。わざわざついて回られても、他の連中に何か言われるだけだし、俺としては迷惑極まりないんだがアァッ――!」
足の先を素足で思いっきり踏みつけられ、俺の情けない声が漏れてしまった。悶絶して痛みに耐える俺に、テッサが脱いでいたスニーカーを履きながら言い放つ。
「……そういう無神経な事言うのが最っ低なの。これだけで済んで良かったと思いなさい」
「お~、テッサは武闘派だ」
「てめぇ……! 作戦前に何て事を……!」
「怪我しないよう手加減はした。それくらいは配慮してるわよ」
テッサはそう言うが、この何物にも形容し難い痛みは明らかに本物だ。まぁ、こいつが小柄で助かったというのは正直なところだが。テッサは不機嫌そうに続ける。
「ただ、その『土竜眼』を使うには、近くにポムちゃんがいないと駄目なの。それだけが欠点ね」
「はぁ? だったらなおさら潜入工作に向いてないじゃねぇか」
「チッチッ。ところがそういうわけでもないんだなぁ」
「ないんだな~」
右の人差し指を左右に振りながら、テッサは不敵な笑みを浮かべた。その動作をポォムゥも真似している。
「もったいぶってねぇで教えろよ」
「しょうがないわね。ポムちゃん、出しちゃいなさい」
「んお!」
今度は何を出すのかと思いきや、ポォムゥは口を天井に向けてあんぐりと開けた。そしてその口から、さらにちっこくてピンクいものが顔を出す。見た目はポォムゥそのまんまで、大きさだけ手乗りサイズになったものだ。
「ポッ!」
「ポータブルポォムゥ、略してポタムゥだ! ミニポムでもいいぞ!」
『土竜眼』を出した時と同じようにポォムゥが右手を掲げて、ミニポムとやらはその手の平で全く同じポーズを取った。ふよん、と滞空時間の長い跳躍で俺の方に向かってくる。俺はそれを両の手の平でしっかりとキャッチした。
「ポッ!」
「おいおい、マジかよ……!」
「さすがに驚いたようね」
そう言いながらテッサはポォムゥに寄り添い、話を続ける。
「そのミニポムちゃんを携帯していれば、『土竜眼』も使えるようになるし、潜入工作に役立つ機能も備わってるから一石二鳥よ」
「どうだかな。実際に使ってみない事にはわからねぇが」
「別に使わなくてもいいけど? あんたが真夜中の『必死地帯』を、旧式の地雷探知機でやり過ごす自信があればね」
平面のレーダーによる位置情報と、数値化した距離しか表示されない旧式の地雷探知機よりは、視覚化された地雷の位置情報を出力する『土竜眼』の方が、俺の空間把握能力を考えれば遥かに優れている。手乗りのピンクいのを携帯しなければならないのは、この際問題にならないほどに、だ。それをわかっていて、この新人は生意気な口を利きやがる。
「ったく、使えばいいんだろ、使えば」
「んお、レンはそんな口の利き方でいいと思ってるのか?」
「ポッ?」
ポォムゥとミニポムは首を傾げて口に手を当てた。ミニポムはどうやら、本体に連動して同じ動作を行うらしい。一体誰がポォムゥにこんな口の利き方を教えてやったのだろうか。――それが自分だという事に気づきたくはなかった。
「使わせてもら……いただきます」
「ふふ、わかればよろしい。それで、他の機能についてなんだけど――」
テッサに他の機能についていくつか説明を受け、結局俺が退室を許されたのは、呼び出しから一時間が経過しようとした頃だった。
warnerというのは造語です。
warn(警告する)という単語にerをつけて、warner(警告する者、探知機)という意味です。