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地雷掃除人  作者: 東京輔
第5話 Durchbruch ~突破~
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5-7 spatial perception2

 サンタナが次のゲームの準備をし終える前に、遊戯室の木製のドアが開いた。そこには、この薄暗い部屋に似つかわしくない人間の姿があった。紺色の髪で背の小さい人間といえば、そんな奴はS・Sに一人しかいない。


「うえっ、なにこの部屋。煙草くさっ!」


 紺色の髪の新人(ルーキー)、テッサは遊戯室に入るなり、顔を顰めて鼻をつまんだ。


「ありゃ、珍しいお客さんですね」


 サンタナがそう呟くと、テッサは俺たちが遊んでいるビリヤード台に目をやり、その傍に立っていた俺と視線が合った。少し訝しげな表情をしながらも、テッサは遊戯室の入口でずっと俺を見続けた。髪の色と同じ色の瞳は、何かを訴えているようでもあった。それが何なのかわかれば苦労はしないのだが、そういうのに疎い俺は、嫌な予感を感じながらも先に口を開いた。


「……何だ? 何か用か?」

「ちょっと来て」


 言葉短くテッサが返すと、煙草の煙が充満している遊戯室をすぐに出て行った。にわか雨のように過ぎ去った新人が出払うのを見計らって、サンタナがへぇ~と、感心したように頷いた。


「女の子から呼び出されるなんて、レンさん意外とモテるんですね」

「アホか。あいつの顔見なかったのか? 俺を生ゴミでも見てるかのような眼差しだったぞ。嫌な予感しかしないんだが、これは行った方がいいのか?」


 事の一部始終を黙って見ていたビー・ジェイが、煙草の煙を上に吐いて口を開いた。


「どっちにしろ、早く行かないと面倒な呼び出しだな。それともまだ、お得意のビリヤードを続けるか?」

「もう充分だ。目も慣れたよ」


 持っていたキューを元の場所に戻し、何だかよくわからんが俺は新人の呼び出しに従う事にした。テッサは煙草の煙のせいで険しい表情をしていたが、俺に対して怒っている風でもなかった。怒っている時はあんなもんじゃない。怒りというか敵意をむき出しにしてかかってくるのを、一度体験した事があるが故の経験則だ。


「あ~、レンさん後片付けも人にやらせるんですか?」

「悪い、また今度な」


 サンタナの不満げな言葉を背に、俺は遊戯室を後にした。


                *


 早歩きのテッサの後を追っていくと、俺が入った事のないメンテナンスルームという部屋に行き着いた。機械類を整備する油の臭いと、金属特有の鉄っぽい臭いが混じったものが俺の鼻を刺激する。部屋の中を見渡すと、棚の中にやはりそれらしきオイルの入った缶やら、レンチやクランクが入った工具箱やらがそこにあった。

 部屋の中には奥にもう一つ扉があり、テッサはその扉を開けて待っている。奥の部屋に入ると、右奥に見慣れたピンクの物体が俺を呼んだ。


「んお、レン!」

「何だ、お前もいたのか」

「ポォムゥはいつでもレンの傍にいるんだぞ!」

「わかったわかった」


 ポォムゥはそう言うと、ふよんふよんと間抜けな音を出して近づき、俺に寄り添った。金属の固くて冷たい肌触りが、こいつが人工知能で動くロボットである事を気付かせる。そのポォムゥと俺の様子を、物珍しそうな目で見ていたテッサは、思い出したように俺を見た。呆れたような口調で俺から先に口を開く。


「んで、そろそろ用件を言ってもらおうか」

「……あんたさ、本当にスダメナに行くの?」


 普段より低い声で俺に訊ねたテッサは、俺から目を逸らし、工具類が散乱している頑丈そうな机に両手を置いて、体を預けた。話というのは、やはり今日の午前中に行われた作戦会議の事らしい。


「まぁ、本音を言えば行きたくはないがな。決まっちまったものは仕方がないさ」


 軽い口調で返した俺を、テッサは不意に真顔で見つめ返した。その唇は頑なに開こうとせず、それでいて無言の訴えらしきものも感じられない。沈黙を嫌って苦い顔をする俺を、テッサはただじっと見ているのだ。


「何だ? 柄にもなく心配してくれてるのか?」

「違う」


 どこからともなく俺の口から湧き出てきた言葉は、たった三文字の否定を表す言葉でバッサリと切られた。どうやら、ロウファのように面白いリアクションを見れると思った俺が大間違いだったらしい。いや、それはそれで大問題なのだが。

 ようやくテッサはいつもの調子で話を続ける。


「私の中でまだ納得がいってないの、あの男の言う作戦が。百歩譲って血を見たくないっていうのはわかる。私も人が死んだ部屋で生活はしたくないから」


 一瞬顔を逸らしたテッサは、「でも」と言って再び強い眼差しを俺に向ける。


「今回の作戦は、あんたが行けば血を見ずに済むものなの? 私はそれが知りたい。納得のいく説明をしてもらえる?」

「……さぁ」

「さぁって、そこが作戦の肝の部分じゃん! 肝心のあんたがそんな調子で作戦が上手くいくと思ってんの!?」


 エンジンがかかり始めたテッサの口から放たれる言葉は、次第にボリュームが大きくなっていった。マシンガントークとはよく言ったものだ。耳を塞ぎたいのを我慢し、俺は横を向いてぽつりと独り言を放った。


「相変わらず、威勢のいい新人だよ」

「何か言った?」

「何も。というかだな、作戦に文句があるんなら、俺じゃなくてウルフ本人から聞けばいいんじゃないのか?」

「やだ」

「やだって、お前……」

「あの人何か、喋りづらい」


 あのテッサの口から珍しく、感覚的な言葉が飛び出した。仮説をもとに論理を展開するテッサの言葉の重みと、数々の修羅場を実際に潜り抜けてきたウルフの言葉の重み。確かに相性は悪そうだ。テッサが言っているのは、ただ単に女の勘からくるものなのかもしれないが。

 言葉を濁したテッサに、俺は嘆息混じりに俺自身の思うところを言った。


「まぁ、実際に聞いてみなきゃわからないが、ウルフが俺を推す理由は何となくわかる」

「……一応、聞いとく」

「一つは、そもそも『必死地帯(デス・ベルト)』を抜けられる奴が、俺以外に見当たらないって事だな」

「その根拠は?」

「根拠? そうだな……。テッサ、お前一回靴を脱いでみろ」

「はぁ? 何で? 意味わかんない」


 テッサは思いっきり嫌な顔をした。


「根拠が知りたいんじゃないのかよ。二度も言わねぇぞ」

「わかったわよ」


 履いていた少し色褪せたスニーカーをぶつくさ言いながら脱ぎ、テッサは人を蔑むような視線を投げてよこした。わかっていた事なので、俺はそれに構わず彼女の爪先、そして頭頂部へと視線を移し、最後に確認のため全体像をぽんやりと眺めた。


「――百四十八センチ」

「え?」

「……と、二ミリってところか」


 付け足して俺が言った数値に、テッサは最初微妙な顔をして首を傾げたが、その数値に聞き覚えがあるようで、はっと目を見開き俺に訊ねた。


「それ……私の身長ってこと?」

「違うなら違うと言ってくれ」

「……合ってる。くやしいけど」


 そう呟くように言ったテッサは、俺の事を疑うような目で見やがった。変な先入観を持たれても困るので、俺は素早く自分の持つ能力について説明した。


「俺は空間把握が人よりも優れている。俺から周囲十メートル以内の物体であれば、瞬時に距離を数値化する事ができる。何なら、試してみるか?」


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