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地雷掃除人  作者: 東京輔
第5話 Durchbruch ~突破~
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5-5 誇り高き狼

 静まり返る作戦会議室に、ウルフの声が響き渡る。


「それから俺は、採掘場の周りを数日かけて調査した。その結果、昼間の警備は概ね高い錬度を保っていたが、連中の夜間警備は生ぬるいという結論に至った」


 空中のモニターに複数の画像が表示される。暗視装置越しのため、画像は全て緑色のヴィジョンで統一されていた。遠くから撮影された兵士が、見張り台で欠伸をしている画像が妙に目に残る。


「出入口の見張り台で監視する兵士が一名、二時間おきに交代するが、真面目に監視している者は一人もいなかった。後は寄宿舎を巡回する兵士がたった二名という、粗末な内容だ。だが、体力を消耗した状態では、以後の活動に支障を来たすと判断し、こうして俺は戻ってきた。――帰りは行きの道筋を辿るだけだったから、多少は楽ができた」


 偵察を終えて、もう一度『必死地帯』を往く事と、そのまま諜報活動を続けてその場に留まる事――。素人の俺には後者の方が無難な選択だと思った。だが、あのウルフが言う事だから前者の選択が正しいのだろう。現にあいつはこうしてここに帰って来れたわけだし、何より俺たちとは秤の質が段違いだ。状況判断の良さが一般人より優れているのは間違いない。


「――本題に入ろう。単刀直入に言うと、俺に代わって誰かが潜入工作を行ってほしい。その条件として、俺と同じ軌跡を辿れる者……。『必死地帯』を一晩で突破する、勇敢な地雷掃除人に」


 先程とは違うどよめきが起こった。そういう俺も、ウルフが口にする作戦内容に困惑せざるを得なかった。『必死地帯』を突破するのに、丸二日かかったという彼自身よりも速く進めとウルフは言っている。確かにそれが、採掘場を防衛する人間の意表をつく最善の手段かもしれない。しかし、あまりに――あまりに突飛で無謀すぎる手段だ。

 ウルフらしからぬ作戦内容。だが、この場にいるほとんどの人間が彼の心中を知っているからこそ、どよめいた空気は再び静寂なものに戻っていった。

 そんな中、サコンのしゃがれた声が一段と響く。


「ウルフさんよぉ、あんたの他に『必死地帯』を抜けられる奴がこの中にいるってぇのかい? しかも『一晩で』というおまけ付きだ。できれば教えてもらいたいものだがね、その勇敢な地雷掃除人とやらを」

「あぁ。――この作戦、俺はレンを推そうと思う」

「……は?」


 ウルフのイエローの双眸は、確かな鋭さを持って俺を見据えていた。彼の言葉に、周囲の視線が一斉に集中するのを身を以て体感する。


「地雷原を歩く事に慣れ、地雷を起爆させる事なく撤去でき、その地雷処理を短時間で済ませられる人物……。そんな馬鹿げた奴が、この世に何人もいると思うか?」


 作戦内容を聞き始めた時から、嫌な予感はしていた。

 確かにウルフの言う通り、こんな無謀な作戦におあつらえ向きの人間なんて、思い当たる節は一人しかいない。そう、俺自身だ。平静さを保ちながら地雷原を歩く術は誰よりも心得ているし、ウルフは俺のある能力(・ ・ ・ ・)を買っているのだろう。鈍い俺でもそれくらいはわかる。

 だが、俺はむざむざと死にに往くような覚悟は、生憎と持ち合わせていない。空気の読める奴だったら、二つ返事で了解しているところだろうが、俺はそんな器のでかい人間じゃない。むしろ、自分の器量をわきまえていると評価してほしいくらいだ。ましてや潜入工作なんざ、教えてもらってもできる自信は全くない。

 考えたフリでもしてウルフの問答の是非を言いあぐねていると、俺の左後方の席から不機嫌そうな女の声が聞こえた。


「あの、ちょっといい?」


 振り返らなくてもわかる。あの紺色の髪の新人(ルーキー)、テッサの声だ。


「さっきから黙って聞いてたんだけど、何なのこれ? 仮にも私たちは、一つの目的を達成するために集まった集団でしょ? その集団の動きが、一個人の判断に依存しすぎているのはどういう事?」


 よくもまぁ、こんな場面で踏み込んだ意見を言えたもんだ。的確な意見をはきはきと言える度胸だけは認めよう。実際、彼女の言い分は確かにその通りなのだから。テッサは壇上に立つウルフを指差し、話を続けた。


「それにあんたの作戦も無謀すぎよ。そんなに言うんなら、あんたが回復したらまた行けばいいだけの話じゃない。それを人に押し付けて、わけのわからない作戦を提案するなんて、とてもじゃないけど私は賛同できない。レン、あんたもこんな奴の言う事なんて聞く必要ないわよ」


思いがけず自分の名前を呼ばれてしまって、俺は思わずテッサの方を振り向いた。見ると、彼女は眉根を寄せて明らかに不満たらたらのご様子だった。


「――君は初めて見る顔だ。名前は?」

「テスタロッサ・ワトソン。テッサでいいよ」

「テッサ、君の言う事はもっともだ。新人の君に、わけのわからない作戦と指摘されても仕方がない。だから俺は、何も包み隠さずに君に訊ねようと思う――」


 一呼吸置いたウルフを、会議の参加者は静かに見守った。


「君は、人が死んだ部屋で生活できるか?」

「…………ッ!」


 テッサが息を呑みこむのを、俺ははっきりと聞いて取れた。


「人の息の根を止めるのは、俺にとって造作もない事だ。実際、『必死地帯』を抜けて採掘場に着いた時、手持ちの装備で事は足りた。だが、それをしてしまっては、俺はただの侵略者と同じになってしまう。そうはなりたくなかった。人の血で手を染めるのは、できる事なら避けたいんだ……」


 なぜウルフがこんな無茶な作戦を立てたのか。それは、彼は諜報活動のスペシャリストでありながらも、人の命を奪う事を極端に嫌う傾向にあるからだ。もちろん、そんな綺麗事を並べてここまでやってきたわけじゃない。全てを把握しているわけではないが、俺たち地雷掃除人が武器を持たずにいられるのは、武器を持った敵を排除する人間が、少なくとも存在するという事だ。

 教養のない俺だって、人の死んだ部屋で寝るのはごめんだし、飯が食えるほど無神経な人間じゃない。小刻みに震える手を握りしめるウルフの胸の苦しさは計り知れないが、彼の誇り高き決意は誰も汚すことはなかった。そして、地雷掃除人の間にも、そのような無血の精神が芽生えるのは、ごく自然の出来事だった。


 テッサも、その小さな手を強く握りしめていたが、未だに声は懐疑心に溢れていた。


「……でも、いつか世界中の人がエネルギーを奪い合う日が来たら、あんたはそれでも同じ事を言えるの?」

「詭弁なのはわかっている。ただ、人類がその日を迎えないために集まったのが、他でもない俺たちだろう?」


 壇上の端から一つの拍手が聞こえた。ルゥが手を叩いている。その拍手は次第に部屋中に広まり、春の嵐のように吹き荒れて、そしてすぐに過ぎ去ってしまった。言い負かされてしまう形になったテッサは、ウルフの鋭い双眸から視線を外し、席を立った。


「………………ふん。勝手にすればいいわよ」


 その独り言に再び振り返ってしまった俺は、運悪くテッサと目が合ってしまった。だが、先に目を逸らしたのは珍しい事に彼女の方からだった。テッサは同時に、消え入りそうな声を放って部屋を出て行ってしまった。


「――死んでもしなないから」

「いや、俺はまだやるって決めたわけじゃ――」

「あら。この場において、まだそんな事を仰るというのですか?」

「青臭い腑抜けが、いつまでも駄々をこねるもんじゃねぇぜ、えぇ? レンさんよぉ」


 俺の言葉を遮る甘ったるいルゥの声と、癪に障るサコンのしゃがれた声が俺の決断を迫る。参加者の視線は、部屋を出るテッサから俺の方に舞い戻ってきやがった。注目されるのは嫌なので、俺は渋々声を絞り出した。


「……わかったよ。どうなっても知らねぇからな」


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