5-4 『必死地帯』
その日の朝、午前一〇時から、皆が朝食を取り終えたところで作戦会議が開かれた。主要な地雷掃除人達の約五〇名と、各オペレーターがパイプ椅子に着席する。皆の前にはロウファが立ち、宙に浮かぶ液晶モニターを使って、これまでの途中経過を辿っている。
「――というわけで、南北に伸びる『必死地帯』を避けて進行を続けてきた我々は、ヘルダム、アッフォリム地方の地雷撤去を完遂し、いよいよ『必死地帯』の向こう側にあるスダメナの石油採掘場へと進むことになります」
スダメナという地域は、サヘランの中でも三大油田の一つとして知られる場所である。いくつもの採掘施設が立ち並び、石油を輸送するパイプラインが蜘蛛の巣のように敷かれた有数の油田だったが、今となっては人に甘い蜜を吸い取られた成れの果てだ。
モニターに映し出された、無人と化した寂れた採掘施設の衛星写真が、それを物語っていた。
そんな寂れた石油採掘場になぜ向かっているのか。それにはちゃんとした理由がある。俺たちが今いる場所――S・S (スイーパーズ・ステーション)を場所替えするためだ。
俺たちは、西側にある『必死地帯』を迂回して進んできたわけだが、拠点であるS・Sの場所は毎回変わるわけじゃない。現場まで車で移動して、日帰りで戻ってくる距離にも限界がある。そんな俺たちが向かう先に、使われていない建物があるわけだ。これを利用しない手はない。
地雷掃除人の拠点として機能するS・Sは組換え式建造物といって、いくつかの直方体をその土地に適した形に組み換える事ができる。採掘場の建物と合わせてレイアウトすれば、強力な拠点として今後役立つだろう。
そのうえ、何もない砂漠に腰を据えるよりも、昔栄えていた場所を占拠した方が――占拠という言葉は好きじゃないが――国連さんにも世間様にも、進捗状況をわかりやすく伝えられるという算段だ。
「現在、採掘場はその機能を停止しており、八平方㎞に及ぶ施設には約八〇名の従業員しか残っておらず、四〇名弱の兵によって防衛されているようです」
「戦力は?」
「ウルムナフ・コーガンが目視した内容によりますと、『アージュン Mk.Ⅱ』が十五輌とありますが、兵士達の様子を見るに、実際に燃料が搭載されているのはごくわずか、もしくはどの戦車にも燃料が入っていないのではないか、との事です」
「置物として考えるのが妥当だわな。何も残っとらん土地を守る理由がねぇ」
サコンの言う事に反論する者はいなかった。戦車に使うほどの燃料が残っていれば、もっと別の使い方で消費した方がいいに決まっている。どの国でも燃料を節約しようとする考えは同じだ。たとえそれが他国に侵略する側でも、される側であってもだ。
侵略する側の俺たちは、サヘランの連中にどう思われている事だろう。同じ過ちを繰り返す野蛮人とでも思っているのだろうか。そう思われているのであれば少し悲しい。俺たちは何も、迅速かつ正確にサヘランへの突破口を作るためだけに、こうして作戦会議をしているわけじゃないのだから。
ロウファは、ウルフが身に着けていた半透明の物体『メモリーズ・アクセ』を、薄緑色に輝く正方形のパネルに置いた。『アクセス・メモリーズ』と呼ばれる、『メモリーズ・アクセ』と対を成す機械だ。イヤリングやネックレス、チョーカーに模した記憶媒体『メモリーズ・アクセ』をその上に置くことで、記憶された情報を読み取ることができる代物である。
モニターには地図が映し出され、ここから『必死地帯』を突き抜け、スダメナの石油採掘場へとつながる、青い一筋の軌跡が浮かび上がった。その軌跡は、採掘場の周囲をぐるぐると何周かして、再び『必死地帯』を通過してS・S (スイーパーズ・ステーション)に戻ってくる。
「これは、ウルムナフ・コーガンが十九日間かけて、採掘場を偵察した際の位置情報を記録したものです。御覧のように、『必死地帯』を二度に渡って突破し、我々にとって貴重な情報を入手し、本日未明に帰還しました」
周囲がどよめく。皆の前に立つロウファはどこか誇らしげな表情をしていた。
ウルムナフ・コーガン。ロシアの特殊任務部隊スぺツナズの出身と噂される、謎の多い人物。諜報活動に長け、ここでは主に俺たち地雷掃除人の行く先々を単独で偵察し、周囲の安全をサポートしている。俺たちがろくな武器を持たずに、安全な状況で地雷撤去ができるのは、全て彼のおかげと言っても過言ではない。
地雷を撤去するための、彼独自の道具は持ち合わせておらず、短刀による地雷の解体が可能なだけで、地雷のスペシャリストと呼ぶには少し力不足な面がある。だが、本人の強い希望で自らを地雷掃除人と称している。
始めはその意味がわからなかったが、彼と触れ合うにつれ、理由がわかるようになった。それは追い追い説明しよう。
まぁ、そんな事を説明しなくとも、一定の質量を持った生命体が動く事を許されない『必死地帯』を、一度ならず二度までも突破できる人間を貶める奴はこの場にいない。誰よりも地雷の怖さを知っている連中だから、なおさらだ。
「ロウファ、後は私が説明致しますわ」
会議の進行を務めていたロウファの隣に、やたらとスタイルの良い桃色の髪の女が近寄った。俺のパートナーであるルゥだ。ロウファと同じオペレーターの制服を着用しているが、胸の辺りの格差に悪意すら感じられた。もちろん、そんなものはないのだろうが、ロウファが恨めしい視線でルゥの豊満なボディを眺めているのを、俺は見逃さなかった。
「ウルフが身に着けていたこの『メモリーズ・アクセ』の中に、我々の今後の動向を左右する作戦が提示されていました。その件について、説明をさせていただきます」
地図上の青い軌跡が消え、S・Sから北に向かって黒く太い矢印が一つ現れた。次に、赤い点線が西北西に伸びて『必死地帯』を掻い潜り、そのまま赤い点線は採掘場へと行き着いた。
「データによりますと、兵士たちが重点的に巡回しているのは、北側と東側の出入口のこのポイント。南側と西側は『必死地帯』が要塞の如く立ち塞がっているため、警備が手薄になっているようです」
南北に帯状に伸びる『必死地帯』は、スダメナの石油採掘場の東南端まで届いていて、俺たちがこのまま北に進路を取れば、採掘場の東側で防衛する兵士達と対峙する事になる。
「ウルフが提示した作戦はこうです。あちらの思惑通りに、このまま北へと地雷掃除人を派遣し、採掘場の東側及び北側に強い警戒態勢を取らせる。その隙に、代表となる人物が『必死地帯』を突破し、南側からの潜入工作を図る――といった内容ですわ」
「そこからは俺から伝えよう」
後方から聞こえた声に、その場にいた人間が一斉に後ろを振り向いた。
腕組みをして壁にもたれかかる銀髪の男性――ウルフ本人だ。
すぐさまロウファが駆け寄った。昨日の今日で、ウルフが完全に休息を取ったとは言い難いが、伸びきっていた髭を剃ったその顔つきは、より精悍さが増していた。確かな足取りで壇上に登ったウルフに、皆それぞれが注目していた。
「――まず一つ、皆に伝えなければいけない事がある」
ウルフは両手を胸の前に上げた。医者が手術を始める前にする仕草と同じ恰好だ。その手は小刻みに震え、思いのままに動かすのが困難のようだった。ウルフは続ける。
「『必死地帯』は予想以上に危険だ。長時間の滞在はできない。幅十五㎞の道のりを匍匐前進で通過するのに、丸二日もかかってしまった。途中何度か意識を失っていたから、四八時間ずっと進んでいたわけではないが……」
静かな口調で話すウルフだったが、その内容は凄まじく、何十人も集まった作戦会議室はシンと静まり返ってしまった。
いくら地雷掃除人と言えど、『必死地帯』ばかりは迂回して進まなければならない。ヘリコプター等を使って飛び越えるのが得策と思われがちだが、それは最も危険な悪手だ。宙に浮くものは格好の標的となる。サヘランの連中も、それなりの対策を取っている事だろう。
『必死地帯』の地雷を最低限だけ撤去するという手もあるが、エネルギーが残り少ないこのご時世、消耗戦は動き回るこちら側が不利だ。できるだけ回避したい。どのみち俺たちには、陸路を往くしか残されていないのだ。
自力で突破しようにも、奇跡的に帰還したウルフがあの有様だ。代表となる人物が『必死地帯』を突破し、南側からの潜入工作を図る――。ルゥはそう言っていたが、一体誰がそんな芸当をこなせるというのだろうか。