1-3 悪寒
「それと、お前!」
「お前じゃない! ポォムゥだ!」
ポォムゥはそう言うと、まるでふくれっ面をしているような……。いや、まるっきりふくれっ面をして俺に訂正を求めた。
誰が作ったかは想像もつかないが、恐ろしく細部まで丁寧に作られているロボットだ。
既に色々と取り返しのつかない事に、俺はほとんど諦めていたわけだが、頭をポリポリと掻きながら、せめて目の前のこいつが何なのかを探ってみる事にした。
「わかった、ポォムゥ。お前さんは一体何なんだ?」
「ポォムゥは地雷探知機だ! お前こそなんだ?」
「おいおい、さっきの会話聞いてなかったのか? 俺はレン、レクトガン・シュナイドだ」
「レン……。お前がレンか!?」
ポォムゥは目を輝かせた。
「なんだよ、俺の事知ってんのか?」
「ポォムゥはレンのために作られたからな。知ってて当然だ!」
「俺のために、ねぇ……。それにしても、最近のロボットはすげぇな。普通に会話ができるとは」
正直なところ、俺はあんまりロボットなるものを信用していない。理由を聞かれると『なんとなく』としか答えられないが、とにかく真新しい物事にとっかかるのは抵抗がある。そのせいで、ルゥには毎度の如く、ロートルやら老人呼ばわりされてしまうのだが。
しかし、このピンクい物体には、不思議とそういう生理的に受け付けない感覚、みたいなものは全く感じられない。ふよんふよんっていうのは慣れるのに時間がかかりそうだが、喜怒哀楽を表す一挙一動は、本当の人間と錯覚してしまうようだ。
「それよりも、レン」
「なんだよ」
「地雷はどこだ~!?」
そう、こういう風に無意味にでかい声を出すところなんか、ガキにそっくりだ。
「やっかましいわ! 人の部屋で騒ぐんじゃねぇ! ここに地雷なんぞあってたまるか。おちおち寝ることもできやしねぇ」
「じゃあ地雷がある所に連れてけ」
一転、今度はしれっとした表情で返してきた。
「あん? むりむり。今日は俺、調子が悪いんだ。だから静かにしといてくれ」
「もしかしてレンって……すごくダメな人か?」
さらにこいつはあろうことか、俺を見下すような目で見てきやがった。
「はあっ!? てめぇ、言うに事欠いてそんなクチ聞くか!」
「だって、ポォムゥはレンのために地雷を探すようにプログラムされてる。レンががんばってくれなきゃ、ポォムゥは役に立たない……」
と思ったら、今度はべそをかくように肩を落とし、子犬のような小さい声を出した。こいつに泣く機能があるのかどうか、と考えるより先に、俺が大人気なく子供を泣かしたみたいな感じになったので、何とか宥めようと言葉を並べた。
「お、俺だってなぁ、出来ることなら寝る間も惜しんで地雷撤去に取り組みたいさ。
だがな、地雷って兵器はお前みたいに心を持たないから、こっちの都合も関係なしに踏んだだけで爆発しちまう。そんな兵器を相手に、俺たち掃除人は血眼になって商売してるんだ、慎重にならざるを得ないんだよ」
「……うん」
「だから、な? 今日だけだ。明日からは俺もバンバン働くからよ。お前もバンバン地雷を探せる。それでいいだろ?」
「うん! ポォムゥわかった!」
ポォムゥの表情がパァッと明るくなり、激しく上下に浮遊した。人間相手ならともかく、機械にまでペースを取られて会話するなんて、自分のコミュニケーション能力の低さに、俺は思わず乾いた笑い声を出すことしかできなかった。
「はは、ロボット相手に語るなんざ、らしくない事しちまったな…」
今日は時間もあるし、ポォムゥの素性がはっきりするまでどうしようかと考える間もなく、液晶無線機がピピピピッと鳴った。間隔が短い呼び出し音は、急ぎの用件という合図なのだが、それをかけてくる相手はいつだっておんなじだ。
「レン、緊急連絡です」
「なんだ? 業者の配送ミスか? 返品ならまだ間に合うだろ」
ポォムウが後ろでキーキーと喚いていたが、ルゥはいつもの調子で話を続けた。
「冗談事ではありませんわ。北西地区のゴーストタウンからの連絡です」
「北西地区……? 今日俺が行くはずだった場所じゃねぇか」
「ええ、その場所で地雷による負傷者が出たとの報告です。その負傷者の名は……」
「……まさか!?」
急に悪寒が走った。
俺も行くはずだった場所。そこに今いる人間というと、心当たりがある奴はたった一人だけだった。だが、それが誰かとわかっていながらも、俺はその名を呼ぶことは決してしたくなかった。
負傷者。ルゥは確かにこう言った。今現在、地雷が埋められている地帯は、大抵侵入禁止になっている。つまり、この時期の地雷による負傷者のほとんどがその専門家、掃除人なのだ。
地雷による負傷者は後を絶たない。だが、それが俺の知り合いじゃあるまいと信じて疑わなかったが、ルゥの口から放たれたその名前は、俺のよく知っている人物のものだった。
「登録番号0179、ジョウジ・M・アンダーソン。あなたと共に本日、地雷を撤去するはずだった、地雷掃除人ですわ」
心臓を金槌で殴られたような衝撃が走った。
俺がついさっきまで話していたジョウが地雷で負傷した、というのがどうしても信じられなかったし、信じたくなかった。
ただ俺は、声を荒げ、薄い壁に拳を叩きつけて激情することしかできなかった。
「……あんの大馬鹿野郎! ルゥ、俺は現場に向かう。手続きはそっちに任せるぞ!」
「承知しましたわ」
「レン、ポォムゥも連れてけ! ポォムゥは役に立ってすごいから!」
「知るか! 勝手についてこい!」
俺はすぐに部屋から出ようとしたが、ちょっとした違和感があって足を止めた。その違和感の正体に気づいた俺は、軽い舌打ちをして、ベッドと壁の間に置いてある黒いケースを取り出し、胸が変に締めつけられながらも、ジープがある駐車場へと駆け込んだ。