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地雷掃除人  作者: 東京輔
第4話 Weise ~賢明~
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4-15 The Samurai Mine Sweeper

 アイビーグリーンの軍用コートのような服に仕立て上げられたそれは、襟元が頬を隠す程度に長く立てられており、下に降りた生地は膝丈までを隠していた。さらにその下には、使いこまれた革のブーツがその存在を際立たせている。

 その左手には、しなやかな曲線を帯びた日本刀が鞘に納められ、漆黒の輝きを放っていた。


「そんな格好でどこに行こうってのかい、えぇ? レンさんよぉ」


 サコンの言葉にぴくりとも反応せず、レンは虚空を見据えて静かに口を開いた。

 グリーンの瞳が微かな光を放つ。


「……状況は?」

「スマート地雷は残り七二基、そのうちケイスケの周囲にあるのが六基だ。早急に片をつける必要がある」


 コンラッドがスムーズに情報を告げる。レンの表情には喜怒哀楽がなく、それでいて無表情でもない様相を呈していた。先程無線から聞こえた、焦燥に満ちた声の主だとは到底思えないほどに、だ。

 やる気に満ち溢れた格好とは裏腹に、見ていなければ存在感すら消えてしまいそうな雰囲気を纏っている。レンは調子を変えないまま、再び口を開いた。


「ポイントまで最短距離で行く。ポォムゥ、道中の地雷は?」

「んお! 幅三mとして計測すると、距離五八二mの中に新型は四六基、旧型のは十一基あるぞ!」

「帰りのことも考えると、無視はできないな」


 一呼吸置いて、レンは独り言のように言い放った。それでも彼の感情は見えず、言葉だけが先行して焦りの感情を表していた。

 それとは対照的に、ひたすら元気な声が響き渡り、その後に落ち着いた声も続いた。


「心配御無用ッス! こんな時のために温めておいた秘蔵っ子、ドーマムゥ1世の出番ッス!」

「僕も後でサポートするから、新型は避けるだけでいい。――旧型だけは気をつけてくれよ」

「わかった」


 レンは言葉短く返した後、サコンと鏑木に一瞥をくれた。何か言いたげに口を開いたが、嘆息にも似た呼吸の後、結局何も告げずに踵を返した。


「レン!」


 勢いで呼び止めてしまったが、何を伝えたらいいのか途端にわからなくなってしまい、鏑木はレンと同様に口を噤んでしまった。


 これから死地に飛び込もうとする人間に、どんな言葉をかけたらよいのか。

 数刻の間があったが、思考がまとまらないまま、鏑木は地雷掃除人の背中に声をかけた。


「必ず……必ず……!」


 それは覇気に乏しく、誠に儚い鏑木の震え声だった。

 何かを伝えるには短すぎ、何かに頼ろうとするにはあまりに弱々しい鏑木の呻き。


 光の中に消えていくレンは振り返らず、何も持っていない右手を上げて軽く振ってみせた。

 鏑木の思いは、確かに伝わったのだ。


 地雷原へとひた走るレンの姿を、テントから出て見送る鏑木たちの後ろで、一際しゃがれた声が聞こえたような気がした。


「……できる事なら、この老いぼれの命と引き換えに、若造たちの命を救ってやりてぇんだがなぁ」


                *


 荒野へと降り立ったレンは、標識のある境界線を踏み越えた後、一度立ち止まった。

 そしてついに、納められていた刀身を表に晒した。


 右手には日本刀を握り、左手はそのまま鞘を持ち続けている。

 幾許の間も置かずに、北条が倒れている地点に向かって歩き――。



 鏑木は目を疑った。

 揺らぐ陽炎に浮かぶ人影は、確かに小気味良く腕を振り、脚は強く地面を蹴っている。

 走っているのだ。地雷原を。


「無茶するよ、相変わらず」

「あわわ……。見てるこっちが寿命縮まるッス……」


 隣から声が聞こえたが、鏑木といえば腰を抜かしてただ呆然と、その幻にも似た光景を見ているだけだった。後方からは舌打ちも聞こえた。それだけ彼がやっている事が馬鹿げている、という事だろう。

 鏑木も先程の体験から、その恐怖は身に染みていた。画面越しからでは絶対に伝える事の出来ない恐怖。足の裏が泡立ってなくなるような感覚。見えない壁に行く手を阻まれ、立ち尽くす以外の選択肢がない絶望感。

 それでも彼は、文字通り懸命に走っているのだ。地雷原の荒野を、ただ黙々と。


 そして、蹴り上げる脚に力を込めたかと思えば、その勢いを殺すことなく跳躍して地面に日本刀を振り下ろした。思わず顔を逸らした鏑木の耳に届いたのは、水が弾けるような発泡音――とでも言うのだろうか。ともかく地雷が起爆した音ではない、奇妙な音だった。鏑木が目を開けると、晴れ渡る空に浮かぶ雲に似た、真っ白な煙が地雷原を覆っていた。これもまた、地雷が起爆した際に起こる黒い煙とは全く異なるものだ。

 徐々に大気中に消えていく白煙の向こう側に、再び駆け出す地雷掃除人の姿を目撃した。


 掃除人は一度立ち止まり、右手に持つ日本刀を構え直した。刃先を大地に向けてその柄を握り直す。おおよそ通常の使い道とは異なる――本物の日本刀ではない事は承知しているが――構えをとった掃除人は、そのまま日本刀を地面に突き立てた。切っ先から滑らせるように地面に深く突き刺すと、その穴から白い煙が噴き出した。


 地中に潜む地雷を撤去している、もはやその光景を疑う余地はなかった。どこに設置されているかもわからない地雷を避けつつ走り、ろくな探索もせずに地中にある地雷の位置を把握。そしてものの数秒で撤去作業を終える。信じ難いがそういう理屈になるのだろう。不安に満ちた鏑木の感情の奥底に、一つの高揚感が生まれていた。


 獲物に止めを刺し終えたように、掃除人が日本刀を引き抜くと同時に、煌びやかに反射する液体を振り払い、日本刀を構え直した。その後ろ姿を見て、鏑木は唐突に昨日の記憶を蘇らせた。紺色の髪の少女がこれ見よがしに、机上の空論を語る様を。


                *


 とある一室で昨日、鏑木とテッサという紺色の髪の少女、そしてピンク色のポォムゥと呼ばれるロボットが談話をしていた時の話である。


「まぁいいや。私もそれに関しては気になっていた事だし。私の私による超私的見解でよければ答えてあげる」

「お願いします!」


 歯切れの良い鏑木の返事に気を良くしたのか、テッサは饒舌に語り始めた。


「噂によると、レンがサムライ・ソードを振り下ろした時、そこから白い煙が出るらしいんだけど」

「それは本当ですよ。映像で見た事があります」

「だけど不思議な事に、地雷は爆発していない……。そして、その白い煙と一緒に液体が蒸発したような音も出る……。その短時間の間に地雷を撤去しているとなると、私の見解はこうね」


 テッサは目を閉じて、まるで呪文を唱えるかのように息継ぎなしで言葉を発した。


「衝撃緩和を考慮した地雷外殻の超振動切断。並びに、液体窒素放出による信管の瞬間冷却」

「――え?」


 間抜けな声を出す鏑木にテッサは嘆息し、腕組みをして話を続けた。


「一定の重量がなければ信管は作動しない。信管が作動しなければ地雷は爆発しない――。シンプルな構造で作動する兵器に、馬鹿がつくほど真正面から答えを出したやり方ってわけ。仕組みは簡単、あのサムライ・ソードは振動剣と呼ばれるもので、鉄でできた地雷の外殻を負荷をかけずに一刀両断する。そんでもって、中の信管を液体窒素か何かで凍らせているに違いないわ」

「……でも、一歩間違えれば自分にも被害が出るような、そんな危険なやり方――」

「だ~か~ら! 先に言ったじゃん、超私的見解でよければ答えてあげるって! それ以上文句を言おうものなら、レンチで殴るわよ?」

「い、いや~すごい! もっとあなたの見解を伺いたいです、えぇ!」


 途端に不機嫌になるテッサを宥めようと、鏑木は得意のオーバーリアクションで何とかやり過ごした。テッサはぷいっと顔を横に向ける。


「……ふん。仮に今説明した方法が科学的に可能であっても、それを実践するには多くの条件が課せられる。多量の負荷に耐えうる筋力を兼ね備えながら、ミリ単位で自分の手の動きを調節できる、繊細な動きが可能な指先の持ち主。それに加えて、サムライ・ソードを使いこなせる熟練の使い手であり、なおかつ全ての地雷の信管の位置を把握する人物……。少なく見積もっても、これだけの条件が必要ね。

――他に付け加えるものがあるとすれば、あと一つかな」

「それは?」


 鏑木が聞き返すと、紺色の髪の少女は神妙な顔を浮かべた。


「精神的苦痛を乗り越えた覚悟の持ち主――いいや、自分の命を大切にしない愚か者、と言ったほうが正しいかな。まぁ、どれもこれも、あいつ(・ ・ ・)がクリアしているとは露ほども思わないけどね。口先だけ達者で、食事のマナーもなってないあいつ(・ ・ ・)が、そんな芸当できっこないってわかってるから。数少ない情報だけを頼りに組み立てたトンデモ仮説、どう? 私の推理は!?」


                *


 一直線に地雷原を突き進むレンは、見えない兵器を次々と撤去していき、ついに双眼鏡でなければ確認できないほど、未だ倒れて動かない北条に近づいていた。


 あと一分、いや、せめて三〇秒だけでいいから、どうか何も起こらないように――。


 神に祈る気持ちで見守る鏑木を嘲笑うかのように、双眼鏡の視界は灰燼に覆われてしまった。数秒後、胸を強く打つような爆発音が残響を残す。高揚感から生まれた血の気が一瞬にして引いていく。彼方に見える黒色に濁った煙は、大気に絡まるようにその場に留まり、双眼鏡から覗く鏑木達の視界を遮った。

 できる事なら、そのままであってほしい。最悪の結果が待っているのなら、いっその事ずっとあの煙が晴れない方がいい。悲しみに暮れるくらいなら――。

 それでも鏑木は目を離さなかった。その後にどのような結末が待っていようとも、彼の姿を見届けようと、そう心に誓ったのだ。


 煙が徐々に晴れていく。無風のため上空に立ち昇って消えていく煙の下に、横たわる人影があった。


「レン!!」


 誰よりも早く彼の名前を叫んだのは、ハンチング帽を被った中年だった。しゃがれた声を張り上げ、喉が潰れるほどの勢いで再び叫んだ。


「そんな所で寝とる場合かァ! とっとと立ち上がれぇ! この野郎!!」


 唾を飛ばしながら罵声を轟かせるサコンの表情は、凄まじいものだった。こめかみに血管を浮き出させ、これでもかというほど歯を食い縛らせている。肌は赤黒くなり、目にはうっすらと何かを浮かばせていた。


 必死の願いが通じたとは思えない。

 必死の声が届いたとも思わない。


 ただ、それでも横たわっていた地雷掃除人は、ゆっくりと体を起こし、頭を軽く振った後立ち上がった。髪についた埃を払い、瞳には命の光を宿していた。さすがに歩調は芳しくなかったが、十数メートルにまで近づいた北条に向かって、一歩一歩足を踏み出した。


 掃除人は日本刀を鞘に戻し、うつ伏せに倒れる北条を仰向けにして兜を外した。

 鏑木達が固唾を呑んで見守る中、双眼鏡に映る掃除人は手に持つ日本刀を高々と掲げた。

 乾燥した荒野に、男達の歓喜の声が響き渡った。


お手数ですが、『4-9 奔走』を、もう一度読んでいただく事を推奨します。

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