4-13 worse case
コンラッドの介抱も終わり、鏑木がしばし休憩を取っている間、今度はサコンと北条が準備を始めていた。鈍色の撤去道具を重苦しく背負い、サコンはハンチング帽を被り直して北条に告げる。
「ケイスケよぉ、なるべく遠くでやっとくれよ。お前さんのはやかましくて気が散るからな」
「御意」
北条は言葉短く返すと、テーブルに置いてあった兜を被り、鎖でつながれた鉄球を引き摺りながら外へ出た。鏑木も、もらった麦茶をすぐに飲み干して北条に続いた。西洋の甲冑を身に着けた北条は、兜のせいでくぐもった声で鏑木に話しかけた。
「鏑木殿」
「何ですか?」
「ここまで来て無粋な事を言うのも忍びないですが、あまり某の事は撮影しないでいただきたい」
「え~!? そりゃないですよ!」
「某とて、緊張で上がってしまう体質ばかりはどうにもなりませぬ。某と鏑木殿が互いに納得いく妥協案があれば、話は別ですが」
「妥協案ですか? う~ん……」
カメラを向けると北条が異常に緊張するのは、昨日実証済みだ。かと言って、同じ日本人の北条を撮影しないというのは、報道人を名乗る身としては有り得ない。鏑木は必死に、北条の撤去作業を撮影する術を考えた。
「じゃあ、こうしましょう。僕は基本的にサコンを撮影します。そしてサコンの作業が終わって、まだ北条さんが作業を続けていたら、遠くから撮影するという事でどうでしょう?」
「ふむ、致し方ないですな……。男の約束ですぞ、鏑木殿」
北条に念を押されてしまったが、隙あらば彼を撮影しようと企んでいるのをばれないように、鏑木は笑って誤魔化したのだった。企てを悟られぬよう、鏑木は約束通り始めはサコンを撮影する事にした。先程と同様、上半身だけを日陰に隠した体勢で、ハンチング帽の中年をカメラで捉える。
先鋒の二人と違い、サコンは臆することなく地雷原に足を踏み入れている。あの凄まじい爆発を目にした後では、その行為がいかに勇敢で、そしていかに無謀な事なのかを思い知らされた。大した防具も着けずにあの中に入るなんて、命知らずもいい所だ。カメラの持つ手が震えた。最悪の事態を映像に残す事になるのではないか――。あらぬ杞憂を払って、鏑木は食い入るようにカメラを覗き込んだ。
ジョウが残していった水色の球体――ポロロッカ五世の傍まで近づいたサコンは、撤去道具から伸びるノズルを地面に向けた態勢で維持し、数秒後、その態勢を解いてしばらく立ち止まった。何かを探している風に辺りを見回したかと思えば、重い足取りで別の場所へと足を運び、再度ノズルを地面に近づける。そこで鏑木はようやく理解した。
『もう始まっている!?』
『おいおい、お前の目は節穴かよ』
ヘッドホンを着けて独り言を発したため、鏑木はインカム越しにレンから皮肉を浴びせられる羽目になった。サコンは無線をオフにしているのか、何事もなかったように作業を続けてくれたのが不幸中の幸いだった。
それにしても――と、鏑木は驚きを隠せなかった。ジョウやコンラッドのド派手な方法と違い、サコンのやり方は不気味なほどに静かで地味なものだった。それは鏑木が最初に思い浮かべていた、『地雷掃除人』のイメージに最も近いはずなのに、今となっては彼が異質に見えて仕方がない。命を奪う兵器が地面に埋め込まれた状況で、なぜサコンはあれほど冷静に、淡々と作業を続けていられるのか。一昨日の深夜、酒の席で愚痴を垂れ流していた中年男性と同一人物だとは、到底思えなかった。
ズームしてもっとよく見ようとした瞬間、先程と同じ地雷の爆発音が鏑木の背中を襲った。驚いて振り返ると、陽炎で歪んだ熱砂の大地に一人、叩きつけた鉄球を手元に手繰り寄せる人物が見えた。日光が反射して光り輝く銀色の甲冑を身に纏う、北条恵助の姿だ。幸いにも、北条はカメラを持つ鏑木のことを見向きもしなかったので、悪いとは思ったものの、鏑木は撮影を続ける事にした。
サコンのやり方を『地味』と形容するのであれば、北条のそれはまさしく『豪快』と呼ぶに相応しいものであった。北条は目標の地雷に狙いを定め、まずは鎖を短く持って鉄球を小さく二回転させる。その勢いを利用して、鉄球を自身の後ろ斜め上に放り投げ、そこから柔道の一本背負いのように、体ごと鉄球を振り下ろす! 扇形の弧を描いた鉄球が地面に触れた刹那、叩きつけた衝撃より何十倍も強いエネルギーが、鳴動を轟かせる。爆心までわずか一〇メートルにも満たない距離から、その爆風をもろに受けてもなお、威風堂々と仁王立ちしている様。その勇ましき姿は、北条が甲冑を装着した際に、鏑木が予想した姿と寸分違わぬものであった。
『――すごい』
それしか言葉が出てこなかった。心のない無慈悲な兵器に屈する事なく、自ら距離を縮めて撤去を続ける二人の地雷掃除人。方法は誠に対照的なれど、その歩みに彼らの魂を確かに感じ取った。先鋒の二人には申し訳ないが、カメラのレンズ越しからでも滲み出る、圧倒的な存在感を前にしたら、鏑木が心中で謝るのも無理はなかった。
これでレンの地雷撤去をする姿も撮れれば何も文句はないのだが、現実とは上手くいかないものである。だが、撮れ高としては充分過ぎる内容だ。これなら緑山も納得してくれるはずだ。多少の嫌味はこの際目を瞑ろう。北条が豪快に地雷を吹き飛ばすのを見て、鏑木の中にあったストレスも大分解消されていった。
*
それから三〇分が経過しようとしていた頃、未だ鏑木が夢中になって撮影を続けている間、テントの小窓から双眼鏡で北条の姿を覗いていたレンは、奇妙な違和感を覚えていた。それは言われなければ気づく事もない、小さな出来事だった。ジョウとコンラッドがテントの中で、今日の地雷撤去数を確認していたのを聞き、レンは退屈しのぎに北条が撤去する地雷の数を数えていたのだ。
カメラが回っているのを意識しているのか、北条はいつもよりもハイペースで地雷を片づけていった。そのペースは今も衰えず、視界に映る爆発から数秒遅れて、轟音がレンの耳に響き渡る。双眼鏡越しでも小さく見えてしまうほど、北条は離れた場所まで足を運んでいた。あんなに張り切って出張るあいつも珍しいなと、レンはそれを軽く見過ごしていたが、その違和感は突如として危機感に変貌した。
北条の撤去方法は非常に物理的、古典的であるが故、撤去をする順序にも気を使う必要がある。ジョウやコンラッドのように遠隔操作で行うのであれば、無作為に地雷を撤去したところで何も危険性はない。せいぜい次にその場所へ向かう掃除人が、残った地雷の位置に注意を払えばいいだけだ。しかし、北条やサコンは自ら地雷に接近しなければならないため、手前から横一列を順番に片づけていくのが、地雷を撤去するうえでの鉄則となる。一直線に進んでしまっては、地雷に囲まれる危険な構図になってしまうからだ。
だが、現在の北条はまさにその状態に陥っており、双眼鏡からでも遠目に見えたのはその所為だった。いくら張り切っているからとはいえ、北条は命を投げ捨てるような人間ではない。レンはすぐさま無線で北条を怒鳴った。
『おい、ケイスケ! 何やってやがる! 早く引き返せ!』
『……………………』
返事はなかった。レンは舌打ちをして、再び双眼鏡を覗く。見ると北条は、先程とは比べ物にならぬほど、足元が覚束ない状態でフラフラしていた。兜を被った頭も、酔っぱらいのように一カ所に定まらない。カメラで撮られているという環境に神経を張っていたのか、あるいは長時間の作業に我を忘れていたのか。どちらにしろ、熱で頭をやられているのは間違いなかった。
*
無線から、急にレンの焦った声が届いた。その時はサコンを撮影していた鏑木だったが、カメラから目を離して肉眼で北条の姿を確認する。揺らめく陽炎のせいでわかりにくいが、北条の姿は確かに確認できた。ただ、無線から聞こえるレンの焦燥を帯びた声が、どうやらのっぴきならない状況である事を漂わせていた。
『レン、一体どうしたんですか!?』
『カブ―、そこからケイスケを呼べ! 大声でだ! 早くしろ!』
怒声にも似たレンの言葉を聞き、鏑木は事態が深刻である事を悟った。その場で立ち上がり、大きく息を吸い込み北条の名を叫ぼうとしたその時――。
爆発が起こった直後、ズシャッという鈍い音がして黒い煙が立ち上り、北条の姿がその煙で覆われて見えなくなる。
微風により、徐々に煙が晴れていった先に鏑木が目撃したのは、甲冑を身に纏った北条が、うつ伏せになって倒れている姿だった。
「北……条……さん?」