4-12 the vanguard
掃除人たちがテーブルを囲んで、今日の仕事の段取りを確認し始めた。彼らの話を総合すると、掃除人の扱う道具によってチームを組む相性があるらしい。遠隔操作で地雷を爆発させる、ジョウとコンラッドの二人が先鋒、地雷に接近して撤去するサコンと北条の二人が殿を務めるそうだ。もっとも、普段はレンとサコンがタッグを組む事が多いのだが、今日は鏑木が取材をするという事もあり、稀な組み合わせでこの地雷原を攻略していく、との事だ。鏑木にとっては芳しくない報せだった。
外音遮断性に優れたインカム付きのヘッドホンを手渡され、鏑木は先鋒の二人と共にテントの外に出た。眼前に広がる荒野を焼き払うかのような太陽光線は相変わらずで、地面から浮かび上がる陽炎が景色の輪郭を歪ませる。水色をさらに希釈した、一見爽やかな初夏を彷彿とさせる空の色とは裏腹に、体内の水分さえ根こそぎ蒸発させられるような熱線が、鏑木の頭上から降り注がれる。蒸し暑い日本の気候とは大きく異なり、なおかつさらに凶悪さを増した天の悪戯に、鏑木は抵抗する気さえも奪われてしまった。鏑木はなるべく『暑い』とか『しんどい』といった事を考えずに、カメラを回す事だけに専念しようと心に決めた。
テントがある高台から平坦な荒野へ下りると、地雷と共にDANGERと表記された標識が、物寂しく置かれていた。その標識から横に伸びる粗末なロープが、安全な場所とその先に広がる地雷原とを区切っている。ロープは鏑木の腰くらいの高さなので、それを跨ぐのも下を潜るのも容易く、言われなければ境界線とは気づかない。しかし、用心するに越したことはないので、鏑木はロープの一〇mほど手前で立ち止まり、撮影場所に適した場所を探した。
この灼熱地獄に耐えうるほどの、生命力を持つ樹木は一本たりとも存在せず、日陰らしい日陰は当然の如く見当たらなかった。それに加え、先鋒を務めるジョウとコンラッドのいる位置が少し離れていたため、鏑木は二人の顔と地雷原の様子を、良いアングルで撮影できるポイントを見つけなければならなかった。標識のある場所から少し横に逸れて、緩やかな傾斜で大きめの石がごろごろと転がる、撮影に適したとはお世辞にも言えない場所に足を運んだ鏑木は、振り返って再び周辺を見渡す。
視界の右側には高台に臨むテントと、その手前にアロハシャツを着たコンラッドの姿が見える。肉眼でぎりぎり表情が読み取れる程度の距離が離れていたが、カメラのレンズ越しならば問題ないだろう。視界の左側に目を移すと、境界線のロープ付近で帽子を被った少年が、鏑木に両手をぶんぶんと振っていた。
『カブ―さ~ん! こっちは準備オッケーッスよ~!』
無線でつながっているのを知らないのか、ジョウは元々大きい声にさらに拍車をかけた大声で叫んだ。ヘッドホン内の狭い空間で大音量が反響し、思わず鏑木は顔を顰めた。
『ジョウ、インカムがついてるから叫ばなくても聞こえるよ』
『あ、そうだったッス! ごめんなさいッス』
『ったく、おかげで耳がいかれちまったじゃねぇか。いい加減覚えろっての』
無線からはレンの呆れた声が聞こえた。姿こそ見えないが、彼もまたジョウの悪意のない攻撃の被害者のようだ。
『僕も準備OKだ。カブ―君はどうだい?』
『ちょっと待ってください』
コンラッドに訊ねられた鏑木は、慌ただしく撮影の準備を始めた。テントから持ち出した、日傘代わりのパラソルを開く。斜面で足場も悪いため、強烈な日光をいかに遮るかを検討した結果、パラソルを何とか斜めに固定して、上半身だけでも身を隠すという最低限の方法を取る事にした。転がる石を払いのけて日陰に仰向けになり、少し上体を浮かせてカメラを回す。多少無理な体勢であったが、贅沢は言っていられない状況だ。
『こちらも大丈夫です。いつでもいいですよ』
『さて、じゃあジョウ君、一丁やりますか』
『了解ッス! 張り切っていくッスよ~!』
いつも以上に元気なジョウの声に呼応するかのように、鏑木も心を躍らせ、カメラを握る手に力がこもった。
*
『イーヤッホゥ!』
『とりゃ~ッ!』
男二人の威勢良い掛け声とともに、何もない錆色の荒野から砂埃が空高く舞い上がる。その刹那、少し遅れて爆破音が周囲の空間を振動させる。遮断性の強いヘッドホンを着けているため、音そのものは大きく感じられなかったが、その衝撃の凄まじさは、鏑木の全身に波紋の如く広がっていった。天に槍を突き立てるようにして巻き上がる粉塵をカメラに収めながら、鏑木はレンの言葉を思い出した。
『ここにある地雷は、ちょっとした改造が施されているんだ。簡単に言えば、踏んだら死ぬようにできている。爆発のエネルギーを横に拡散せずに、縦方向に貫通するようにできているんだ。だから、右足で踏んでもまだ生きている望みがあるかもしれんが、もし左足で踏んじまったら、まず助かることはないだろう』
彼の言った通りだ。あんなものを踏んでしまったら、人体なんて一溜まりもない。木端微塵という表現がぴったりだろう。ついさっき何気なく地雷原に近づいてしまったが、金輪際あちらには絶対に近づくのはよそう――と、鏑木は誓った。その間にも、数発の爆発音が周囲に響き渡る。
『五〇ヒットォ! 今日も絶好調だぜぇ!』
コンラッドが両手の操縦桿を、器用に動かしながらトリガーを引くと、その数秒後には地雷原がけたたましい咆哮をあげる。巻き上がる粉塵のさらにその上空に、彼が操縦する『灼熱』が空を浮遊していた。一定の高度を保ちながら水平移動をし、一旦停止したかと思えば、再び地表の地雷が断末魔をあげる。鏑木の体内時計でその周期を計ってみると、一つの地雷にかかる時間はわずか十数秒だった。使用できる条件が厳しいとはいえ、この数値は驚異的だろう。
コンラッドの事を、ただの冴えないおじさんとばかり思っていたが、やる時はやるおじさんという評価に改めなければならないようだ。普段の落ち着いた口調がどこかに吹き飛んで、奇声をあげる彼の豹変ぶりをカメラに収めて、次に鏑木は地雷原の近くにいるジョウに焦点を合わせた。
『ポロロッカ五世、がんばるッスよ~!』
ジョウが手元のコントローラをがちゃがちゃと動かすと、地雷原の中に一際目立つ水色の球体が、意志を持ったように動き出した。球体が前進したり後退したりしているうちに、その真下から突如として爆発が起きる。その球体は爆発を物ともせずに、砂埃の中から姿を現し、再度地雷原を駆け巡る。コンラッドのやり方と違い、球体の動きに無駄があり、多少撤去に時間がかかっているが、あの凄まじい衝撃を直に受けても機敏に動く姿を見て、鏑木は感心せざるを得なかった。
まだあどけなさを残す少年が、あの撤去道具を自分で開発したという事実。さらには、異国の地に赴いて人知れず地雷撤去に打ち込むジョウの笑顔は、鏑木にとっては眩しすぎたのだ。あの輝きを、自分はどこに置いてきてしまったのだろうか……。カメラに映る太陽色の髪の少年の横顔に、鏑木は嫉妬にも近い羨望の眼差しで彼を捉えていた。
撤去を開始してから二十分が経過しようとしていた矢先、ジョウの困惑する声がヘッドホン越しに鏑木の耳に届いた。
『あ、あれ!? ポロロッカ五世、どうしたッスか! ギブアップにはまだ早いッスよ!』
地雷原にある水色の球体に目を移すと、機敏に動いていた数分前とはまるで別物のように、非常にゆっくりとしたスピードで転がっていた。そしてついに、ポロロッカ五世は息を引き取ったようで、ジョウの掛け声もむなしく完全に停止した。
『今日は運がいいじゃねぇか。ジョウ、ぶっ壊れる前にその辺でやめときな。破片を回収する俺らの手間も省ける』
『うぅ~、了解ッス……』
頃合を見計らっていたのか、姿の見えないレンがインカムで、ジョウに仕事の強制終了を告げた。ジョウはまだ物足りなさそうだったが、割と大人しくレンの言う事に従った。
『おぉっと、ジョウ君はもう終わりかい? じゃあここからは、僕の独り舞台かぁ! いやぁ、まいっちゃうなぁ! この様子だと、世界中の美女を虜にしてしまいそうだ!』
未だテンションが変わらないコンラッドは、そう言って再び『灼熱』を操作した。直後に爆発音が響く。その音に紛れるように、レンが鏑木にこう言い残した。
『おい、カブ―。お前も今のうちに戻ってきな』
『へ、何でですか?』
『じきにわかる』
鏑木の反応も待たぬまま、インカム越しのレンは押し黙ってしまった。鏑木は首を傾げながらレンの言葉の意図を探ったが、これといった答えが出ず渋々とテントの方に戻った。テントの付近に何気なく目を向けると、そこで遠隔操作をしていたコンラッドの姿が見えない。それに、さっきまで絶える事のなかった爆発音が急に途絶えてしまったので、鏑木はコンラッドも作業を終えたのだろうかと思った。
そうして鏑木がテントのある高台に着いて目にしたのは、サングラスをかけて操縦桿を離さぬまま、薄ら笑いを浮かべたコンラッドが仰向けに倒れているのを、レンとサコンが面倒くさそうにテントに引き摺っている光景だった。