4-11 曲者の集う場所
翌日の朝、鏑木は地雷掃除人たちと共にS・Sを発った。いくつかのグループに分かれて車が次々と発車していく。鏑木が乗り合わせたのは、サコン、コンラッド、ジョウ、北条と、そしてレンの五人だった。働かないという理由もあり、ドライバーは多数決でレンに決定した。助手席には、あのテッサという少女と一緒にいたポォムゥがちょこんと座った。車内では皆口数も少なく、鏑木は今になって妙によそよそしくなり、カメラの手入れをするフリをしたり、身を乗り出してレンに他愛のない質問をしたりして、退屈な時間をやり過ごした。
「レンって、本当にポォムゥの持ち主だったんですね」
「そぉだぞ、えっへん!」
「お前が答えるんじゃねぇ」
「何でポォムゥを使おうと思ったんですか?」
「おい、カブー。まさか俺が好き好んで、このチンチクリンを選んだとでも言うのか?」
「もぅ、レンはポォムゥのこと、チンチクリンって言い過ぎだぞ!」
「うっせぇ。あのな、こいつはルゥの野郎が何かの手違いで送りつけてきた、得体の知れない物体だ。俺が選んだわけじゃねぇからな。勘違いするなよ」
「い、いやだな~、わかってますって。知ってましたよ昔から、あははは……」
目的地のアッフォリムに到着したのは三時間後、ちょうど同じ体勢を保つのもつらくなってきた頃だった。車を出た途端、日本とは比べ物にならない太陽の熱線が鏑木を襲う。暑さを通り越して、針に刺されたように痛い。用意していた帽子とサングラス、そして口元をバンダナで隠し、テントを設営するのを手伝った。
それも終わり、鏑木がカメラを回し始めた頃に、掃除人たちがそれぞれの使用する道具をテントに持ち込んできた。鏑木の正面に立ち、眼鏡の代わりにフレームの光沢が眩しいサングラスを装着したコンラッドは、これ見よがしに鏑木を見やった。彼の手には、飛行機の操縦桿のようなものが二つと、宝石らしき結晶の上に回転翼がついている、謎の物体が収まっていた。
「うっそだ~……」
「この勇姿を見ても、まだ僕を嘘つき呼ばわりする気かい? 全く、君は往生際が悪いねぇ」
「いやいやいや、だって信じられます? 地雷を撤去するのに必要な道具なんかに、絶対見えませんってば、それ!」
「そう言いつつも、撮影はするんだね」
コンラッドに少し呆れられたように言われたが、鏑木はカメラを回す手を下ろそうとしなかった。まさか昨日、彼が酔いながら説明していた事が本当だとは、夢にも思わなかった事と、彼の持つ機具がとてつもなく異彩を放っていた事に対し、撮れ高に飢えていた鏑木は、いつも以上に興奮していたのである。
「当たり前でしょ? 取材ですから! ほら、このカメラの前で道具の説明して下さい!」
鏑木は鼻息荒く催促したが、コンラッドは至って変わりなく、むしろ普段より饒舌に堂々とした態度で語り始めた。
「僕が両手に持っている2つの操縦桿で、この高感度センサーと特殊レンズを搭載した『グルート』を操作しているんだ」
「グルート?」
「灼熱という意味だね。左手で左右移動、右手で上下移動とレンズの角度を調節して、トリガーを引く。標的に焦点を当てて、地表にある地雷を焦がして爆発させるんだ。こいつが使用できる条件下であれば、レン君よりも速く地雷を片づけられる」
「へぇ、すごいじゃないですか!」
「その代わり、弱点もある。今言った使用できる条件がかなり限定されているんだ。太陽が出ていること、風速二五m以下であること、そして地雷が地表に露になっていること。この三つをクリアしていないとまるで使えない、欠陥品さ。作った僕が言うのも何だけどね」
「そのせいで、コンラッドの収入はいつも安定しないんだがな」
「いっつもサコンにお金を前借りしてるッス!」
後ろからレンとジョウが話を付け足してきた。仁王立ちで鼻を高くしていたコンラッドは膝をガクッと下げて、体勢を崩す。
「ちょ、ちょっとぉ! 今かなりかっこよくきまってたのに、レン君とジョウ君そりゃないよ~」
「は、カメラの前だけかっこつけようとするから、天罰が下っちまうのさ。普段通りに振舞えばいいものを、自分の力量もわかっちゃいないのかね」
テーブル越しの向かいで、短くて太い足を組みながらサコンが窘めた。煙草をふかしながらやれやれといった表情をしている。彼の傍には、鈍色の円柱状の鉄の塊――といってもまるで光沢がなく、岩のように無骨な代物――が置いてあった。その鉄塊から、掃除機の吸う部分を長くしたようなノズルが伸びている。
「サコンの後ろにある、そのドラム缶みたいなの……。それがサコンの道具ですか?」
「そうだが、何か文句があるってぇのかい?」
「それはどういった仕組みで地雷撤去をするのか、教えてもらえますか?」
「へ、何の事はねぇ。地雷におねんねしてもらうのよ」
「おねんね?」
鏑木はカメラをサコンの方に向けた。手にしていた煙草を灰皿に押し付け、さらにサコンは続ける。
「衝撃や圧力をかけないように、優しく扱えば地雷なんてもんは爆発しないわけよ。こいつの中には、地雷をただの鉄クズにしちまう機能が備わっとる」
「具体的に言いますと?」
「センサーを無力化するか、それができなきゃ中の信管をぶっこ抜くまでよ。火薬までは取り除けねぇが、心配には及ばねぇ。今まで人類が作ってきた地雷のデータが全て、こいつの中に叩き込んである。手元の吸引器で地雷を吸い込んじまえば、こっちのもんだ」
「はぁ……。そんなに便利だったら、早く量産化してしまった方がいい気がするんですが」
「随分と偉そうな口聞くじゃねぇか、えぇ? これを開発したクソ野郎はとっくにあの世に逝っちまったよ、大した設計図も残さずにな。おかげでこいつの扱い方を知っている人間は俺一人だけだ。ま、そうそうお目にかからないロストテクノロジーってところだな」
どうにも鼻につく喋り方をするサコンだったが、これにもレンが茶々を入れた。
「何を偉そうに語ってやがる。最近はガタがきて、小さい地雷は判別できなくなったオンボロのくせに」
「は、俺は女も地雷も大物しか狙わない主義でな。小粒の地雷で数を稼ぐお前さんとは、わけが違うのよ」
「ぬかせ、じじいが」
「カメラに怖気づいて仕事しねぇ奴の戯言なんざ、俺の耳には届かんね。ほれジョウ、お前さんもぼさっとしてないで、このヘタレに何か言ってやんな」
サコンに促されたジョウは、意外にも中立的な言葉を発した。
「もう、二人とも喧嘩はダメッスよ! みんなで仲良くしなくちゃ、仕事が捗らないッス!」
「一番効率の悪いお前が言うんじゃねぇ」
だが、すかさずレンに折りたたんだ古い雑誌で頭をしばかれ、ジョウは間抜けな顔をした。たいして期待などはしなかったが、鏑木は一応ジョウにも訊ねてみる事にした。
「ジョウはどうやって地雷を撤去するんですか?」
「待ってましたッス! さっきからずっと、その言葉を待ってたッスよ! じゃ~ん! 僕のはこれッス!」
ジョウの手には、バスケットボールくらいのサイズの水色の球体と、ラジコンなどでよく見る、アンテナが伸びたリモコンを手にドヤ顔をしていた。
「……これは?」
「ポロロッカ五世ッス!」
「いや、名前じゃなくて、それがどういう代物なのか教えてほしいんだけど……」
「原理は簡単ッスよ。 このコントローラでポロロッカ五世を操作して、地雷を踏み潰していくッス! 重金属を配合したオリジナル合金で、ドッカンドッカンやるッス!」
喜々として説明を続けるジョウに、三方向からそれぞれ異なる文句が発せられる。
「半径五〇mも操作範囲がない、オモチャ並の性能だがな」
「ぐっ」
「僕のに比べて、操作性も褒められたものじゃないし」
「ぐえっ」
「おまけに、壊れやすい」
「わ~ん! 皆してひどいッス! 僕に恨みでもあるッスか!?」
涙目になって喚くジョウに、さらにレンが追い打ちをかけた。
「大有りだ。仕事する度に鉄の破片をそこら中にまき散らしやがって。後で掃除する身にもなれって話だ。まぁ、大体サンタナが掃除する羽目になるんだがな」
「うぅ、サンタナにはいつもお世話になってるッス。たまに飴ちゃんもあげてるッスよ」
「キャンディごときで釣り合う話か、バカッ」
ペシッといい音が響く。やはりレンがジョウの頭をしばいていた
「ひど~い! レンさんはいつも僕の頭を殴るッス」
コンラッド、サコン、ジョウ。三人ともそれぞれ奇抜な方法で地雷を撤去するのはわかった。この目で見なければ、未だに彼らの言う事は信じられないが。しかし、鏑木のお目当ては当然別にあった。日本刀を持つ地雷掃除人。約束通りカメラで彼を映してはいないが、鏑木は己の眼で退屈そうに欠伸をするレンの姿を見据えた。
何か良い案がないかと頭の中で模索しているうちに、テントの外から金属の軋む音が近づいてきた。粒の荒い砂を規則的に噛み締めるこの音、これは足音だ。鏑木がテントの入口にカメラを向けると、そこには到底現実とは思えない、白昼夢にも似た光景をカメラは捉えていた。
銀色に輝く金属で全身を覆う格好。西洋の甲冑と言えばわかりやすいだろうか。まさしくそれを纏った北条がテントの入口から姿を現したのである。彼の右脇には、ご丁寧に目と呼吸口がスリットになった、誰しも必ず一度は見た事であろう兜を抱えていた。北条の日本人離れした彫りの深い顔と、甲冑でさらに逞しく見える恵体も相まって、映画やドラマで目にする西洋の古き武人を彷彿とさせた。
「ほ、北条さん。その恰好は……」
「鏑木殿、申し訳ございませぬ。日本人として鎧は当然、『和』の物を着用したかったのでありますが、鈍重な某の体を守るためには強固な防具が必要でして――」
「そこじゃないです!」
頭を下げる北条に、鏑木は思わず語気を強めた。そのやりとりを眺めていたレンは声を出して笑った。その笑いが収まらぬまま、レンは口を開く。
「まぁ、新参のケイスケが一番原始的でシンプルな方法かもな。目を疑うどころの話じゃねぇぞ、ビビるなよ、カブ―?」
「ここまで来たら、もうどんな物でも動じませんって」
「そうか。ケイスケ、よかったな。カブ―はどんな物でも動じないってよ」
「左様ですか! では鏑木殿、これを見てくだされ」
北条は一度表に出て、それを引きずって再び鏑木の前に姿を見せた。鎖につながれたそれは、何物にも形容し難い、直径五〇cmほどの鉄球そのものだった。西洋の甲冑に恐ろしくマッチする漆黒の鉄球。自信満々の表情を浮かべる北条の顔とそれらを見比べ、鏑木が捻り出した頭の中の予想は、地雷原に高々と掲げた鉄球を振り下ろし、その爆風を受けても微動だにしない、不屈の戦士の姿だった。
「え゛ええぇぇぇぇぇぇぇ!」
ただ、やはりそれには驚き呆れざるを得ない。鏑木はこれでもかというほど瞳孔を広げ、カメラがぶれるのも忘れて驚嘆の声を張り上げたのだった。
「レン殿、話が違うではないか! 鏑木殿が懐疑に満ちた表情で某を見ていますぞ!」
「ははは、面白ぇ」
二人の日本人をよそに、レンは腹を抱えてこみ上げる笑いを抑えていた。
「ほ、北条さん。一応お訊ねしますけど、それがあなたの地雷撤去に使う道具でいいんですよね?」
「如何にも。使用方法は――言わずともご理解いただけるかと」
大真面目に答える北条を見て、鏑木は自らの懐疑心を薙ぎ払うしかなかった。この人が、自分を騙すために嘘をつくような人物ではないはずだ。だから、鏑木が妄想した北条の勇姿を肯定せざるを得ないのである。頭では理解しているはずだった。だが、それでもなお、鏑木は何も言葉にできないほど思考が停止し、ただ手にするカメラを呆然と回していたのである。
「ケイスケよぉ、お前さんの肝っ玉だけは評価してやるが、そのやり方にはワビサビの欠片も感じられねぇんだがなぁ、えぇ?」
「地雷原に美の介入は要りませぬ。ただ之を以て、勇往邁進を貫くのみ……!」
「おぉ~、ケイスケさん、かっこいいッス!」
「その意識の高さは素晴らしいんだけどねぇ」
鏑木以外の掃除人たちは、普段の日常風景に何の疑問も持っていないようだった。
操縦桿を両手に持ち、怪しいサングラスをかけた男。
鈍色の地雷撤去道具に寄り掛かる、ハンチング帽を被った中年。
ラジコンと謎の物体を手にして、目を輝かせる少年。
漆黒の鉄球を脇に置き、西洋の甲冑を身に纏う日本人。
どう見ても鏑木の知っている日常とはかけ離れた風景だった。
呆けた顔をする鏑木を知ってか知らないでか、さて、とレンが姿勢を整え、場を仕切る。
「ま、これで全員揃ったか。じゃあぼちぼちミーティングでも始めるか」