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地雷掃除人  作者: 東京輔
第4話 Weise ~賢明~
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4-9 奔走

 寄宿舎の一室を借りた鏑木は、荷物の整理もせずに、ただひたすらに参っていた。

 普段は一心不乱に事をやり過ごす鏑木だったが、今回ばかりは無知で愚かな自分を責めた。そして度々、彼女にフラれた時の事を思い出しては、古びた机に突っ伏して情けない呻き声を上げた。あの時もそうだった。いくら酒で誤魔化そうとしても、必ず意識の底に思い出したくもない記憶がこびり付き、二日酔いの頭痛もセットで自分自身を苦しめるのだ。寂しそうな瞳を向ける、昔好きだった女性――今もかもしれないが――の顔が、浮かび上がってくるのだった。


 取材どころではなくなった。暗黙の了解で覆われた、世界的危機の真実を知ってしまった鏑木だったが、彼の憂鬱は既に次の段階へ移行していた。今回の取材が終わり、日本へ帰って自分が喚いたところで、この事実が国民に公表されるというのはあまりにも考えにくい。むしろ、公表しようとする前に何らかの方法で自分が()()()()しまうのではないか、という憂鬱である。情報操作が世界中で顕著になった嫌な時代だ、もしかしたら他の国でも、そういった統制がなされているのかもしれない。地雷を設置して鎖国状態を続けているサヘランであるが、本当に身動きがままならないのは、耳と口を塞がれた我々の方なのか――。

 人の役に立つ情報を届けたい。こんなちっぽけな夢が遠のいていくのが、鏑木には悔しかった。鏑木の目に光が宿る。頭痛や倦怠感は相変わらずだったが、それらを薙ぎ払うように鏑木は立ち上がった。頭の中でごちゃごちゃと考えていても、目の前の問題は解決しない。いや、解決しなくても取材する! 数々の散々な体験を経て培った火事場のアドリブ力に、この時ばかりは助けられた鏑木だった。

 幸いにも、早起きのおかげで時刻は午前九時を回ったばかり。喝を入れるように頬をピシャリと叩いて、鏑木は寄宿舎を後にした。


                *


 まず鏑木は、再び食堂に足を運んだ。S・S (スイーパーズ・ステーション)にはまだ来たばかりで土地勘もなく、それに、自然なタイミングで色々な人に話しかけられるからだ。食堂に着くと、時間も時間なので、朝食を取る人がまだちらほらと確認できた。食堂の中は相変わらず、様々な料理の匂いがしてなぜだか落ち着いた。鏑木は自分が酔い潰れていたカウンターの丸椅子に近づき、厨房の中を覗いた。後片付けをしていたマザー・トードが鏑木に気づき、また並びの悪い歯を見せてくしゃっと笑った。取材を申し込むと、二つ返事で快諾してくれた。


「神経質な子だよ、レンは」

「神経質、というと?」


 マザー・トードが食器を洗いながら答える。


「月曜の朝から土曜の夜まで、自分の食事のメニューを決めているんだ。最初にあの子がここに来た時にメモを持ってきてね、『このメニュー通りに毎日作ってくれ』って言ったんだ。あたしゃ驚いたね」

「それは珍しいですね……。何か理由でもあるんでしょうか?」

「さてね、聞いたことはないからわからないけども。でも、あの子なりの仕事の取組み方なんじゃないかい? 不器用な子だからねぇ」

「え、そうなんですか?」

「朝、あんたの隣で食べてたじゃないか。ナイフとフォークの使い方、見なかったのかい? まぁ、そんなの見なくても食器の汚れ具合で、何となくわかるもんさ」


 鏑木は、朝に見たシュナイドの姿を頭の中で浮かべた。彼のフォークの持ち方には不覚にも注意が向かなかったが、頬杖を突いてパンを食べている光景は確かに覚えている。マザー・トードは手を拭き、伏し目がちに話を続けた。我が子を想うような優しい声だった。


「器用な人間は行儀も良いし、仕事もパパッと終わらせる事ができる。でも不器用な子は、自分がそれをわかってるもんだから、なおさら丁寧に事を済ませようとするんだね。そういう意味では、あの子は最も地雷掃除人に向いているかもしれないよ」


                *


「レンさんッスか? とっても頼りになる先輩ッス! 兄貴ッス!」


 鏑木が次に目を向けたのは、朝のあの現場にもいたジョウだった。食堂を離れ、次はどこに行こうかとS・Sをぶらぶらしていると、たまたまそこを通りかかったジョウを見て即座に掴まえたのだ。疑い深そうな人間と、そうでない人間を見分けるのも取材の常套手段だ。振舞いや口調、加えて顔つきもにへらっとしていて、どことなく隙がありそうな人物なものだから、鏑木はジョウの事を注目していたのである。


「シュナイド――いえ、レンについて何か知っている事は?」

「うぅ、すみませんッス。それには答えられないッス。ルゥさんにきつく口止めされてるッス……」


 何かしら口を滑らせてくれれば僥倖、棚から牡丹餅だったが、そう旨くはいかなかった。腐らず鏑木は情報を引き出そうとする。


「何でもいいんです。彼の趣味とか特技だったり、差障りのないもので構いませんから」

「レンさんの趣味ッスか? う~ん……。あ! これだったら大丈夫かも! レンさんは、とってもビリヤードが上手いッスよ」


 ジョウは何かを閃いたように、人差し指を立てて話した。


「ビリヤード?」

「すんごく上手いッス! レンさんはハンデとして、手球を二回クッションさせてからボールに当てなきゃいけないッスけど、それでもなぜかボールが当たってポケットに入っていくッス。かっこいいッスよ」

「へぇ。でもビリヤードって、結構繊細なゲームですよね?」

「むずいッスよ~。一ミリ手元が狂うだけで、思ったところに手球が動いてくれないッスからね。あ、今のはレンさんの受け売りッス」

「不器用だけど、ビリヤードは上手ねぇ……」


 ジョウは得意気に話していたが、マザー・トードとは正反対の事を言ったため、鏑木は少し混乱する羽目になった。毎日の食事のメニューを予め伝えるほどの神経質だが、食器類の扱いは少々雑な不器用さ。だけど、繊細な動きが要求されるビリヤードはそれなりに上手――。どれも的外れなようでいて、レンという人物の素顔を捉えているような、そういう印象だ。しかし、説得力という点ではマザー・トードに軍配が上がる。鏑木はジョウの発言を疑っているわけではなかった。しかし、女の観察力を嘗めてはいけない――という持論も、彼が取材における経験則の一つであるからだ。

 大した情報は得られなかったが、あせらず次につなげていこう。鏑木は自分を励み、まだS・Sで足を運んでいない場所へ行くことにした。


                *


 喫煙所や休憩所にも足を踏み入れた鏑木だったが、一通りこのS・Sを周ってわかった事がある。それは、地雷撤去を任されたほとんどの人間が壮年の男性――つまりおっさんで構成されているという事だ。色を求めているわけでは決してなかったが、朝に見た液晶無線機に映る美女の姿を、鏑木は度々思い出した。地雷掃除人はパートナー制度を設けており、実際に地雷撤去をする人間が、それをサポートしてくれる女性と契約して仕事に励むそうだ。

 その女性陣がどれも美しい人ばかりで、二週間の短期間契約しか結べないと、おっさん達が鏑木に口々に嘆いた。長い愚痴を聞かされ、レンに関する情報も、彼のパートナーであるルゥに口止めされていると断られた鏑木は、仕方なく人気のない場所へ赴いたのである。

 一階の隅にある、金属でできた厳重な扉の上には、『maintenance room』と書かれており、その先に聞こえたのが女性と思われる高い声だったので、鏑木は耳を疑った。奥の部屋から聞こえるその声に引き寄せられるように、そして、理由はないが忍び足で近づき、部屋の中を覗いた。

 中には、まるでゲームの世界からやってきたようなデザインのロボットと、オーバーオールを着た紺色の髪の人間の姿があった。低い身長と華奢な体つきからして、やはり女性のようだ。その女性は手をわきわきとさせ、鏑木に背を向けるようにしてピンク色のロボットを隅に追い詰めていた。


「さ~て、ポムちゃん。やっと二人きりになれたね♪」

「んお、テッサ! ポォムゥはレンの部屋に帰りたいぞ!」


 再び鏑木は耳を疑った。あのロボットが今、レンという言葉を口走ったからだ。身を隠している場合ではない。鏑木は部屋の入口に姿を晒した。


「そんなこと言ったって、もうあいつの許可は取っちゃったんだし。これでやっと、ポムちゃんの中身を調べられるよ~? さぁ、隅々まで見せてもらおうかな~っと」

「うぎゃー! やめてー! ――んお? テッサ、人だ!」

「え?」


 鏑木の存在に気づいたロボットが、目の前に迫る女性に訴えた。彼女もまた、鏑木の方を振り向く。鏑木はなるべく愛想よく、そして即座に営業スマイルに切り替えて彼女の方に歩み寄った。


「ど、どうも。お取込み中すみません」

「何よあんた? 見ない顔ね」


 怪訝そうな顔をする女性――いや、少女と言ったほうが正しいだろうか。外国人とは思えぬほど身長が低い。せいぜい一五〇cmといったところか。赤い眼鏡のせいもあって、鏑木はその少女のことがやたらと幼く見えてしまった。


「はぁ。僕は日本から来た、極東テレビの鏑木という者です」

「極東テレビィ?」

「はい、日本刀を持つ地雷掃除人について、取材しに来たのですが」


 少女は知ったような風で口を開いた。


「あぁ、それじゃあんたがルゥの言ってた奴ね。極東からわざわざご苦労な事で」

「今、ここにいる人たちに彼――レンという人物について聞いている最中なんです」

「んお! お前、レンの事知ってるのか!?」


 少女の陰から唐突に、ピンクのロボットが話に割り込んできた。身振り手振りや驚いた表情がいかにもそれらしく、四、五歳くらいの幼児を彷彿とさせた。


「――――あ、あの~。何です? これ」

「これって言うなぁ! ポォムゥはポォムゥって名前ですごいんだぞ!」


 鏑木が指を差して少女に訊ねると、ポォムゥというロボットは鏑木の太股あたりをポカポカと殴った。それを宥める彼をよそに、紺色の髪の少女は腕組みをしてドヤ顔で答えた。


「この子はポムちゃん。地雷探知機能を搭載した、超絶かわいいロボットよ」

「んお! テッサ、また説明が逆になってるぞ! 地雷探知機のほうがメインだってば! ポォムゥはレンの地雷探知機!」


 テッサという少女の説明を訂正したポォムゥの発言は、鏑木を仰天させるものだった。


「地雷探知機!? しかもレンの!? これがですか!?」

「だからこれって言うなぁ~!」

「まぁ、それが普通の反応よね。私も最初は信じなかったけど、この子の中を少し調べたら、もの凄い高感度のセンサーがいくつも搭載されていて、さすがの私もビビったくらいだし」


 頬を掻いて不満気な顔をするテッサを見て、鏑木はいくつか彼女について知りたくなってしまった。下心などではなくて、おっさん達の集落のようなこの場所に、一体何の目的があっているのだろうと、純粋に気になったのである。


「あの、失礼ですが、あなたは何者なんですか?」

「やだ」


 開口一番、テッサは強い口調で言い放った。戸惑う鏑木をよそに、さらに彼女は続ける。


「見知らぬ人間に教える義務はないって事よ。私に関する質問以外なら、答えてあげてもいいけどね」

「あ、はぁ、そうですか……。じゃあ、このロボットについての質問は大丈夫ですか?」

「それならいいよ。何でも聞いて」

「この、ピンクのロボット――」

「ポォムゥだ!」

「――ポォムゥが、ついさっきレン(・ ・)の地雷探知機だと言っていましたが、それは本当ですか?」


 それがもし本当だとしたら、非常に大きな成果があげられる。レンという人物に大きく近づく要素になりうると思ったからだ。身を乗り出して訊ねた鏑木だったが、テッサの反応はおよそ期待外れなものだった。


「う~ん、わかんない」

「え゛」

「毎日ポムちゃんと一緒にいるのは確かだけど、あいつが地雷掃除してる姿をまだ見てないんだよね。私もまだ、ここに来てまだ一〇日も経ってないし」

「そうですか……。でも、彼はどうしてこんな可愛らしい地雷探知機を使っているんでしょう?」

「そんなの、決まってんじゃん」


 テッサは一瞬溜めて、またもやドヤ顔で言い放った。


「かわいいからでしょ!」

「でしょ~!」


 彼女の発言に乗じて、ポォムゥもまた機嫌良く言葉を発した。


「あ、あははは……」


 鏑木はとりあえず、愛想笑いで取り繕った。そんなわけあるわけないと思いつつも、もしも本当に彼がそういう趣味の人間だとしたら……とそこまで考えて、怖くなってそれ以上考えないようにした。気を取り直して質問を続ける。


「え~っと、それじゃあもう一つ。レンという人物についてお伺いしたいのですが」

「私もそんなに知らないよ?」

「構いません。彼が地雷撤去する時に使用する道具が、日本刀のようなものなのですが、あなたの意見を聞かせてください」

「あぁ、そうそう! 私も噂でしか聞いたことないんだけど、使うらしいね。サムライ・ソード」

「本人からも少し聞いたんですが、うやむやにされちゃって……。一体、どういう仕組みの代物なのでしょうか?」


 鏑木がそう訊ねると、テッサはむっとした表情をして彼を睨んだ。


「何でそんな事、私に聞くのさ」

「い、いやぁ。さっきあなた、このポォムゥを調べたと言っていたじゃないですか。もしかしたら、そっちの分野の人なのかと思って」


 視線を逸らさずにじっと鏑木の目を見るテッサに、鏑木は殺気さえ感じたが、張りつめた空気を和らげるように、ぷいっと横に顔を向けたテッサは幾分か優しい声で呟いた。


「――ふん、人の見る目はあるじゃない。ちょっと見直した」

「あ、ありがとうございます」

「まぁいいや。私もそれに関しては気になっていた事だし。私の私による超私的見解でよければ答えてあげる」

「お願いします!」


 その後の彼女の雄弁ぶりは圧巻だった。鏑木が聞き手に回らずとも、彼女はずっと話し続けていたかもしれない。しかし、水を得た魚のように饒舌に捲し立てるテッサの、肝心の話の内容といえば、思わず鏑木が口を半開きにさせるほどの眉唾物であった。あまりに突飛した内容だったため、最後のほうの相槌はいいかげんになってしまった。最終的に鏑木は、この少女は夢見がちな子なのだと、自分自身に言い聞かせるように彼女の話を聞き流していたのである。


「――どう? 私の推理は!? ()()()と思わない?」

「は、はははーっ。ほんとにすごいとおもいますよ、えぇ」

「……全ッ然感情がこもってない。私だって、こんな机上の空論なんか言いたくなかったんだから。あー、なんかムカついてきた」


 鏑木が話を半分聞き流していたのを気づいていたのだろうか。そうだったらまずい。機嫌を損ねたテッサから逃げるようにして、テンプレ通りの挨拶を残して鏑木はそそくさと部屋から抜け出した。


「じ、じゃあ僕はこれで失礼しますね! 貴重なお話ありがとうございました~!」


                *


「あ、逃げた!」

「んお、テッサ、追うか?」

「いいよ、めんどくさいし。それにやっと、お邪魔虫も消えた事だしね♪」

「ん、んお! テッサ、それよりルゥから通信が着ているぞ」

『テッサ……。まさか貴方が暴露するとは思いませんでしたわ』

「げ、ルゥ! ……もしかしてさっきの会話聞いてたの?」

『レンに関する様々な情報を管理するのが私の役目。怠慢などありえませんわ。さて、貴方はどんな()()()()がお好みなのかしら? 今なら選べる三タイプ、どれを選んでも結構ですわよ』

「『初夏のイメチェン、ヘアスタイル変更コース』、『小悪魔爆誕、ロリータファッションコース』、『乙女の願い、ルゥ様の整体矯正コース』。――やだ! 全部やだ! 絶対やらないからね!」

『拒否するのならば構いませんわ。ただし、私から逃れることができたらの話ですけれど。楽しみですわ、貴方が苦悶に満ちた表情で逃げ惑う姿――。想像しただけで心が高鳴ってしまいます』

「……やだぁ」

「んお、これでテッサもルゥの()()()の一員だな!」

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