4-8 インタビュー
シュナイドがモニター越しのルゥと言い争っている間、鏑木は食堂の窓際の席に移り、数分間待たされた。いくつかのやりとりの後、観念した様子でシュナイドが鏑木の向かいの席に着き、機嫌の悪そうに頬杖を突いて窓の外を見た。そしてつらつらと鏑木に取材の注文を言い始めた。やれカメラで撮るなだの、やれ取材時間は十五分間のみだの、やれプライベートの質問はNGだのと無愛想に伝え、鏑木はレコーダーの録音ボタンを押して、ようやくシュナイドのインタビューが始まった。
「では、あなたが日本刀を持つ地雷掃除人――ということで、よろしいんですね?」
「……あぁ、そうだ」
「その日本刀を持ってきてくださるというのは――」
「あれは見世物じゃないし、見せるつもりもない」
「そうですか……」
シュナイドのぶっきらぼうな態度は相変わらずで、頬杖も突いたままだった。鏑木が知りたいのは日本刀を持つ地雷掃除人であって、日本刀抜きの地雷掃除人では、大した撮れ高は得られないのではないかと危惧したが、それを本人を目の前にして口にする事は当然できなかった。
鏑木が数秒口を噤んでいると、シュナイドが先に口を開いた。
「それにカブ―、まさかとは思うがお前、あれが本物の日本刀だとは思ってないよな?」
「馬鹿にしないでくださいよ。動画でちゃんと見ました。あなたが地雷原を歩き、日本刀のようなもので地雷を撤去しているものを」
「なにぃ?」
「何なら見てみますか? 言ってませんでしたけど、僕はこれを見て取材に行くことを決めたんですから」
鏑木は自分のPCを取りだし、日本を発つ前に緑山に見せられた動画を再生させた。改めて、動画の地雷掃除人とシュナイドとを見比べてみると、確かに外向きにはねた襟足が一致しているようだ。シュナイドはというと、右手で頭を抱え、虫のような小さな声で独り言を呟いていた。
「おいおい、マジかよ。……ルゥの奴、冗談じゃねぇぞ」
先程シュナイドがルゥと言い争っていたのは、どうやらこの動画について文句があったかららしい。しかも、普段は断っている取材を、パートナーの独断によって応じなければならないのは、少し申し訳なくも思う。だが、取材をしなければ自分の使命を達成できないので、鏑木はシュナイドの言葉を無視して、再生される動画を指差してシュナイドに訊ねた。動画はちょうど、シュナイドが日本刀を地面に向かって振り下ろそうとしている場面だった。
「この日本刀を振り下ろした時に出る――これ! この白い煙です! 一体これはどうやって地雷を撤去する仕組みなんですか?」
「んなもん、見たまんまだ」
「ぼやかさないでください。これは取材ですよ?」
シュナイドは大きく溜息をつき、やれやれといった表情で椅子に寄り掛かった。
「だからやなんだよ。俺はカメラとか取材とか、そういうのが嫌いでたまらないんだ。余計な質問はしないでくれ。さっさと終わらせたい」
「早く終わってほしいのなら、取材に協力してください」
「わかった、わかったよ。だから早くしてくれ」
「じゃあ、その日本刀らしきものの正体を、はっきりさせてもらえませんか? それがわかれば、この取材は成功と言えるので」
「それはだな……」
言葉を濁すシュナイドと、身を乗り出している鏑木との間に嫌な沈黙が流れた。シュナイドは鏑木の方に顔を向けてはいるものの、視線は定まらずに虚空を泳いでいた。もう少し待ってもよかったが、良い返事が返ってくる事はないだろうと判断した鏑木は、諦めて次の質問に移った。
「わかりました、質問を変えましょう。――あなたはなぜ、あれほど危険な方法で地雷を撤去しているのですか? もっと安全な方法であってもいいと思うのですが」
これは鏑木が緑山に動画を見させられた時から、ずっと疑問に思っていた事だった。日本刀うんぬんに関わらず、悠然と地雷原を歩くシュナイドの後ろ姿に、どうしてもリアリティを感じられなかったからだ。彷徨っていたシュナイドの視線がようやく鏑木の目に落ち着き、しっかりした口調でシュナイドは答えた。
「あぁ、その質問になら答えられる。――ここいらに設置されている地雷は、従来のものと少し勝手が違うんだ」
「勝手が違う、とは?」
「それを話す前に、そもそもカブ―よ。お前、地雷という兵器が本来、どういう目的で作られたものなのか知っているか?」
「目的ですか? ――地中とか物の陰に設置して、歩兵を傷つけるための他に、何か目的があるんですか?」
地雷という古い兵器は言葉だけ知っており、シュナイドの言った『本来の目的』というのものは知らない鏑木だったが、自分の口に任せてありのままに自分の考えを伝えた。シュナイドはかぶりを振り、グリーンの瞳で鏑木を見据えた。
「残念だが、違うな。傷つけるのが目的じゃない。足を止めさせるのが本当の理由さ」
「足を止めさせる?」
「あぁ。地雷ってのは、よっぽど運が悪くない限り、踏んでも死なないようにできている。――応急処置に人員を費やせば、それだけで全体の動きが遅くなるからだ」
「なるほど。あえて人を殺さずに救助させることで、地雷一個に対して足止めする人数を増やしている、という事ですね?」
「そう、それが普通の地雷だ。――だが、ここにある地雷は、ちょっとした改造が施されているんだ」
椅子に寄り掛かっていたシュナイドは姿勢を正し、軽く組んだ両手をテーブルに置いた。その眼には少し憂いの色が浮かんでいた。
「簡単に言えば、踏んだら死ぬようにできている。爆発のエネルギーを横に拡散せずに、縦方向に貫通するようにできているんだ。だから、右足で踏んでもまだ生きている望みがあるかもしれんが、もし左足で踏んじまったら、まず助かることはないだろう」
「どういう意味ですか?」
「心臓は左についてるだろ?」
「――ッ! そう、ですね……」
即答したシュナイドとは対照的に、随分と歯切れの悪い返事を鏑木は返した。
シュナイドは話を続ける。
「それともう一つ、ここの地雷原を簡単に突破できない理由がある。非常に探知しづらくなってやがるんだ。これが決定的でな……」
氷水の入ったグラスを手に取り、一息ついたシュナイドは再びグリーンの瞳を鏑木に向けた。
「軍で使用されている金属探知機が通用しないとなると、軍人も地雷原の中じゃあただの一般人と何も変わらない。熱線暗視装置でもあれば、地表にある地雷は何とかなるかもしれないが、それだと地中にある地雷でドカン――だ。それで、ここに初めて来たアメリカの陸軍が痛い目に合った」
「それで、アメリカの軍は一時撤退をした――というわけですね」
「そうだ。だが、撤退した理由はそれだけじゃない」
淡々と話すシュナイドの雰囲気が少し変わった。自分に近い年齢で、あまりインタビューもガツガツしていない鏑木に対して、心を開いてくれたのだろうか――。そうであればいいなと、鏑木はシュナイドの割と整った顔を見て思った。
「長ったらしく説明したが、地雷なんてモンは兵器として戦術的に大きな欠陥がある。爆発させちまえばそれ以上の被害は出ないからな。考えたことないか? それだったら地雷原に爆撃なり、衛星レーザーを使って破壊なりしちまえば、すぐに済む話なんじゃないかって」
シュナイドの言う通り、要塞と化している地雷原に対して大規模な爆撃を仕掛ければ――他国に爆撃するという行為は賛同しかねるが――ここで起きている無駄な膠着状態は解かれるはずだ。ましてや戦争を知り尽くしているアメリカが、そうやすやすと撤退するというのもおかしな話だ。
「あっ、確かにそうですよね。あれ? じゃあどうして、アメリカ軍は撤退してしまったんですか?」
「ここからはクイズさ。考えれば誰でも一つの答えに行き着く」
腕組みをしながら目を伏せて、シュナイドは鏑木の答えを待った。突破が必ずしも不可能ではない地雷原を前に、なぜアメリカ軍は撤退したのか。鏑木は手を口に当ててしばらく考えた。撤退するのだって余程の理由があるはずだ。中東に行って帰ってくるのだって、目が回るような大金が動くはずなのに、どうして――。
鏑木の頭の中に一つの答えが浮かび上がった。しかし、それがあまりに馬鹿馬鹿しいものであったために、声に出すのをためらった。そんなわけがない。そんな子供の屁理屈のような理由で、一個の軍隊が撤退するなんてあり得ない。だが、考えを巡らせば巡らすほど、その単純明快で荒唐無稽な答えがしっくりくるのだった。
ゆっくりと窺うような口調で、鏑木は声を出した。
「――金がかかるから?」
「早いな、正解だ」
「え、ちょ、ちょっと待ってくださいよ! そんな自己中な考えで、各国が世界の危機をむざむざと見逃しているって言うんですか!?」
アメリカ軍が撤退して、他国から何の非難も浴びないというのは不可解な話だ。だとすれば、他の先進国も同様の理由、何億何兆レベルで動く金に怯えて、サヘランの地雷原を突破しないでいるのでは――という、鏑木の悲観的推測は間違いではなかった。
だが、本当にそうだとすれば、化石燃料が枯渇寸前の人類史上最大のピンチを、あらゆる国家が見過ごしている事になる。そんな報道は、自分の国では1ミリも行われなかった。という事は、日本もまた、真実を国民に隠して世界的危機を何も報せないという事になる。
声を荒げる鏑木だったが、それとは対照的にシュナイドの口調は変わらず、淡々としたものだった。
「そんなもんだろ、国なんてもんは。作り出したのが人間である以上、自己中な行動を取るのは何ら不自然な事じゃない。人の歴史を見てみればわかるだろう? 侵略、奪回、和解、合併、分裂、そしてまた侵略……。そういうエゴのサイクルで築き上げたもんが、今のこの状況だって事が」
鏑木はもはや何も言えなかった。さらにシュナイドは続ける。
「大体、カブ―が今の今までこの事実を知らなかったくらいだ。あんたの国は情報を隠蔽して、『地雷掃除人が毎日頑張ってるから大丈夫ですよ』みたいなクソにも役に立たないニュースを、毎日垂れ流していたんじゃないのか?」
「それは……!」
「無理に言い返す必要はないさ。それはそれで間違いじゃない。人々に真実を晒して混乱を招くのは愚かな事だ」
シュナイドの言う事はもっともだが、それでは鏑木自身の夢を否定する事になる。
――人の役に立つ情報を届ける。それを真っ向から否定されたようで、鏑木は我慢ならなかった。
「それでも、何とかしてこの危機を脱しようと考える人だっているはずです!」
「いるだろうな。でも、そいつらに一体何ができる? ここに来て地雷撤去を手伝ってもらうか?」
「…………」
「どのみち、化石燃料が底をついたら、世界中で醜い争いは始まっていただろう。どっかの先進国がミサイルや衛星レーザーなんか使ってみろ、その国の経済が破綻して、たちまち他の国が攻めてきちまう。そしてあっという間に、世界は火の海に飲み込まれるだろうな。俺たちは皮肉にも、地雷で鎖国したサヘランという国のおかげで、今の情勢の均衡を保っているんだ」
「……僕は、そんなことも知らずに取材しに来たというわけですか」
今まで真実を知らなかった事よりも、メディアに通じていた自分が、何も考えずに大枚をはたいて日本刀を持つ地雷掃除人を探しにやってきた事が、何より恥ずかしかった。日本人が平和ボケしていると言われるわけだ。人々に情報を伝える身の自分が、その情報に振り回されているという事実に、反吐が出そうだった。
「そうへこむなよ。一般人よりも早く気付けただけ、そいつらよりも早く行動できる。――これが俺の答えだ」
「答え?」
「カブ―、あんたが俺に訊ねた質問だよ。『なぜ危険な方法で地雷を撤去しているのか』っつー質問の答えだ。危険なのは承知の上だが、それしかやりようがないってのと、やらないよりはましっていうだけさ」
シュナイドはそう言って席を立ち、踵を返した。
「シュナイド?」
「インタビューはこれで終わりだ。それと、人の食事を邪魔するのは趣味じゃないんでね」
その場を離れるシュナイドと入れ替わりで、トードが湯気の立つお椀を盆に乗せて、鏑木の眼前にそれを置いた。
「待たせたね。アツアツのミソスープ、持ってきたよ」
「あ、どうも……」
味噌汁に口をつけると非常に熱く、鏑木は軽く舌を火傷してしまった。それでも息を吹きかけて、ズズズと音を立てながらも少量を口に入れる。芳醇な味噌の香りと素朴な塩気、そしてその味に隠れた昆布の出汁が鏑木の食道を通り、胃袋を満たしていった。しかしそれでも鏑木は顔を落として、立ちては消えゆく味噌汁の湯気の如く、やりきれない思いが鏑木の中を駆け巡った。