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地雷掃除人  作者: 東京輔
第1話 Auswaul ~選択~
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1-2 ピンクのふよんふよん

「レンさ~ん、お届け物で~す」


 ドアの叩く音で目が覚めた。どうやら、朝食を取る前にルゥに聞かされた例の郵便物が届いたらしい。


「あぁ、今開ける」


 俺はでかい欠伸をした後、今の時代では古めかしいドアノブ式のドアを開けた。

 ドアを開けると、目の前に高さ二m、幅一mほどのダンボールがそびえ立っていた。そのダンボールを取り囲むように、配達員で知り合いのサンタナと他三名が、息をぜぇぜぇと切らしていた。


「……な、なんだ!? このでっかいのが届け物か!?」

「まったく、こんなにでかくて重くてかさばる物、運ばせないでくださいよ~。この狭っ苦しい階段と廊下を、四人がかりで持ってきたんですから」


 サンタナが言うように、俺たち掃除人の寮は何かと設備が悪い、というか古い。ドアは未だにドアノブ式だし、トイレに消臭機能はないし、シャワーの水はすぐ止まる。それに想像したくはないが、火事なんか起きたら間違いなく全焼だろう。どれだけ探しても、スプリンクラーがどこにも見当たらないのだから。


「その文句は俺じゃなくて、組織のお偉いさんにでも言うんだな。俺だって、こんなに壁が薄くて建付けの悪い、そんでもって無駄に中が広い部屋で過ごしたくない。……なんだサコン、何見てやがる?」


 部屋の前で話をしていると、ハンチング帽を被った髭の濃い中年が、意地悪そうな面をして近づいてきた。朝飯を食べる前に、食堂で減らず口を叩いてきた野郎だ。


「へ、お前さんの言う通り、こんなに壁が薄けりゃ、あんたらの会話も丸聞こえってわけよ。随分と面白そうな代物じゃないか。えぇ? レンさんよぉ」

「盗み聞きとはいい趣味してるじゃねぇか。その調子でてめぇの部屋の壁にひっついてな。おっと、あんたの両隣はどっちも野郎か。まぁどっちにしろ、褒められるような趣味じゃねぇな」

「言いやがったな、てめぇ!」

「やんのか!」


 俺が悪態をつくと、サコンが胸ぐらを掴んできた。血の気が多いわけじゃないが、こういう奴になめられるとろくな事にならない。ルゥは女だから、多少こっちがひいて接する場合があるが、腹の出た自己管理もできないクソ野郎には絶対に負けたくない。

 ……なんてこと言ってるが、これも実は日常茶飯事の出来事なので、殴り合いなんて低俗な事はしない。せいぜい互いに睨みをきかせて、また言葉で煽り合うのが俺たちの暗黙のルールだ。

 だが、それをあんまり理解していないサンタナが、慌てて俺たちの間へ入り込んで仲裁しようとした。


「わ、わ、やめてくださいよ二人とも! 喧嘩なら、この荷物を部屋に運んでからにして下さい!」

「……まぁ確かに、俺らは暴力で万事を解決するような野蛮人じゃあないわな。そうだろ、レン?」

「ふん、否定はしねぇよ。ただそれにつけ加えるとしたら、俺たちは未来を切り開く文明人といったところか」

「実際に切り開いているのは、生い茂った草むらと、地雷だらけの廃墟だがな」

「違いねぇ」


 小芝居じみた俺とサコンのやりとりは、再三言うようだが、ここのいる連中には見飽きた日常風景に過ぎない。俺個人としては、本気でむかつくと思うときもあるが、それでもサコンの地雷に関する豊富な知識と手慣れた撤去作業には、目を見張るものがあると思っている。


「あの~……。恥ずかしいこと言ってないで、運ぶの手伝ってもらえます?」


 ……ただ、やはり事態を呑み込めていないサンタナには、俺たちがつまらない演技をしている三流役者に見えたようだ。


                *


「く、くっそ重てぇ」

「重たいのもそうだが、改めて見るとマジででっかいな……。だだっ広い部屋で助かったぜ」


 俺とサコン、サンタナと配達員達の合わせて六人が力を合わせても、中身の分からないダンボールは相当の重量だった。やっとこさ部屋の中央まで運び、指を挟まないよう注意して床に落とした。

 ちょっとの重労働でへばった俺は、ダンボールの横にそのまま座り込んだ。そしてタイミングを見計らっていたのか、安物のテーブルに置いていた液晶無線機から、可愛げのないパートナーの声が聞こえた。


「無事に届いたようですわね」

「おい、ルゥ。これは一体何なんだよ? そろそろ教えてくれてもいいんじゃねぇのか?」

「私が説明するよりも、御自分の目で確かめたほうが早く済みましてよ」


 これまた可愛げのない淡白な返事が返ってきたが、その間にサコンが鼻を伸ばして割り込んできやがった。


「これはこれは、ミセス・ルゥ。ご機嫌のほどはいかがかな?」

「あら、こんにちはサコン。今日も素敵なお髭でありますこと」

「いやなに、あんたの美貌には負けるがね。だが、こっちの青瓢箪あおびょうたんには、このヒゲの凛々しさがどうにもわからんらしい」

「うっせぇなエロオヤジ! ルゥも、こんなアンデッドみてぇな汚い面褒めてないで、他にやる事があるんじゃねぇのか?」

「何だと!」

「いいから二人とも! 緩衝材どかすの手伝ってくださいよ!」


 サンタナに咎められ、俺とサコンはぶつくさ言いながら、ダンボールの中の緩衝材を取り出していった。

 ……本音を言うと、俺はこの郵便物の中身がかなり気になっていた。毎日毎日枯れ果てた荒野で地雷の相手ばっかりしているのは、体力的より精神的な負担のほうが大きい。ダーツにビリヤード、それにトランプといった手頃な娯楽も概ね手をつけてしまって、ちょうど次の休みには暇を弄ぶところだったのだ。

 ルゥも含みのある事を言っていたし、彼女からの普段頑張っているご褒美なのではと、俺はそんな浅はかな考えを胸に秘めていたのだ。


「ん……?」


 そして俺が右手を突っ込んだその指先に、金属のような固い何かが触れるのを感じた。

 まぁそれもそうか。これだけのサイズであの重量だったし、そりゃあ金属製の機械か何かだよな、と納得しかけたが、緩衝材を取り除いてみるみる露わになっていくそれを見た俺は、気の利いたセリフ一つ言えなかった。

 唯一言葉を発したのはサコンだったが、


「な、なんだこりゃあ……?」


 という、呆気にとられた感じで放った阿呆みたいな声だった。そういう俺も、瞬きすら忘れて口をぱくぱくさせていたのだが……。


「うふふ、驚かれましたか?」


 ルゥにしては珍しい、ちょっと自慢するような口調で話を続けた。


「これは高性能地雷探知機『POMW』。科学の粋を結集して作られた、最新型のモデルですわ」

「……()()()、か?」

「ええ。貴方のポテンシャルを最大限にひき出すために組み込まれた、自律型AIも搭載されているので、今後の仕事がますます捗りますわよ」

「なるほど、そりゃあすげぇ。でもルゥさん、とりあえずこれを見てくれないか?」


 俺は()()と呼ぶものを指さし、何かの間違いだというのを望んでルゥに尋ねた。それはふよんふよんと、まるで漫画のような効果音を立てて、ダンボールの中から徐々に顔を覗かせようとしていた。


「あら、お気に召さなかったよう――」

「ポォムゥだ!」


 妙に耳に残る声みたいな音を出して、それはダンボールから勢いよく飛び出した。ルゥが何かを言いかけていたが、彼女もモニター越しからそれを見て絶句した。


「「…………」」

「ありゃあ? もう一回……ポォムゥだ!」


 そこにいる全員が言葉を失っている中、全体的に暖色系|(主にピンク)の色で統一された全長一mくらいのそいつは、再び箱の中にふよんふよんと戻り、再び同じ動作、同じアクセントでしゃべった。


「な、なな、なんじゃこりゃあ!?」

「なんじゃこりゃあって、ポォムゥはポォムゥだ! すごいんだぞ!」


 俺は不覚にも、さっきサコンが言った事を繰り返してしまったが、それに反応した物体――ポォムゥというらしいが、そのポォムウが俺を見て、五歳くらいの子供みたいな口調で返してきやがった。

 殺風景な俺の部屋には似つかわしくない、見ていて眼が疲れそうなピンク色のそいつを、やっぱり何かの冗談だと思いたくて、俺はモニターに映るパートナーに向かって強く問いただした。


「おいルゥ、一体この馬鹿でっかいオモチャはなんだ!? 嫌がらせだったらタチが悪すぎるぜ?」

「オモチャじゃないもん! ポォムゥはすっごいんだもん! すっごい女の子だもん!」


 しかし、後ろから聞こえる耳がキンキンする高い声のせいで、ルゥの声が聞き取れなかった。ルゥはというと、腕組みをした片方の手を上げ、その手の平に頬を乗せて、珍しく困った顔をしていた。

 それも束の間、サコンが俺の肩をガッと掴んで、ぶん殴りたくなるような猫撫で声で話してきやがった。


「ガーハッハッハ! よかったじゃねぇか、えぇ? 女の子だってよぉ、レンさん。もう部屋に女を連れ込む必要がなくなったな。カッカッカッカ!」

「るせぇヒゲオヤジ! おいルゥ、聞いてんのか!?」


 下品に笑っているサコンに一喝を入れて、もう一度ルゥに聞いてみたが、彼女は既に手を動かしていた。彼女が少し顔を横に向けると、整った顔立ちをさらに強調させる長い睫が写り、俺は若干見惚れてしまった。

 俺の事を乱雑に扱うのをやめてさえくれれば、それはそれはイイ女なんだがな、と思った矢先、


「おかしいですわね……。早急に業者と連絡を取る必要がありますわ。レン、後の事は頼みましたよ」

「お、おい! ちょっと待っ――!」


 収拾がつかなそうな事態を俺に丸投げして、無線をぶつ切りしやがった。パートナーらしからぬ非道な行為に、彼女の事は絶対に恋愛対象になれないと俺は再認識するのだった。

 途端に肩の力が抜け、俺は溜息まじりにうなだれる。


「はぁ~。どうしてこう、俺の周りは厄介事が後を絶たねぇんだ?」

「ま、日頃の行いだわな」

「ですね~」


 意見を求めていない俺の不毛な独り言に、サコンとサンタナが茶々を入れてきた。そしてキンッ、シュボッと聞き慣れた音が耳に入ったかと思えば、二人とも澄ました顔して煙草をふかそうとしていた。

 俺の部屋をくっさい煙で充満させようなんざ、それは許されざる行為だ。


「俺の部屋で煙草吸うんじゃねぇ! つーか、お前らはとっとと俺の部屋から出て行きやがれ!」


 長居されても面倒なこいつらを、俺は蹴りでもかまそうかという勢いで部屋から追い出した。実際サコンは足蹴にしてやった。

 たまの休みに久々に羽を伸ばせると思った俺が馬鹿だった。後ろからふよんふよんと、耳障りな音を立てやがる物体を、いっそのこと今日の記憶から消してしまいたかったが、俺は深い溜息をついて仕方なく対応することにした。


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