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地雷掃除人  作者: 東京輔
第4話 Weise ~賢明~
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4-4 進撃のオカマ2

 サヘランの東隣に位置する国、ギズモ。サヘランと同様、インド洋に面しており、石油や天然ガスといったエネルギーに恵まれた国――現在はそれらも全て使い果たしてしまっていた。しかし、埋没する新エネルギーを独占しようとするサヘランと違い、ギズモはそのような代替物が、国のどこを探しても見つからなかった。そこでギズモ政府は国連に対し、この地球的危機を免れるための案を提示した。

 それが後に『ギズモの匣』と呼ばれる、大規模な作戦である。地雷による物理的鎖国を強行したサヘランを解放するため、一時的にギズモの国の約三五%の土地を国連に委託する。その託された土地で国連が対策を練って準備を行い、東側の国境からサヘランに侵入していくという、仮にも一つの国を担う政府が考えるには、あまりに粗末な提案だった。

 だが、地雷という古い兵器に業を煮やしていた国連は、この提案を受け入れ、直ちに対策本部を立ち上げた。そのため、ギズモには現在、国連の関係者の多くがそこに拠点を構えている。そして半年ほど前、東側の国境を守るサヘランの兵士及び自警団を制圧し、少しずつではあるが、サヘラン中心部の首都、ゾノに向かって地雷掃除人たちが奮闘しているという。


 鏑木(かぶらぎ)はサンタナとギズモ西部の空港で落ち合い、そしてサンタナの言った通り、半日ほどかけてサヘラン内部に入ることができた。ただ予定外だったのが、そこから一〇〇kmほど再び車での移動があった事だ。地雷掃除人がそこまで撤去していたのを計算に入れてなかったらしい。しかし、その程度の距離で済んだのが不幸中の幸いといったところか。

 日本より陽が落ちる時間が遅いとはいえ、地雷掃除人がいるというスイーパーズ・ステーション(通称S・S)に到着したのは午後九時、辺りは暗い。S・SがLEDライトの仄かな灯りを放つだけで、その建物の周囲の闇を一層際立たせていた。

 入口で鏑木を降ろしたサンタナは、まだ仕事が残っていると力無く微笑んで、再び進んだ道を車で走らせていった。道中仲良く接してくれたサンタナに対して、鏑木は恩を感じ、テールライトが見えなくなるまで彼を見送った後、改めてS・Sの全貌を眺望した。


 無愛想な建物――鏑木が感じたS・Sの第一印象だ。紙媒体の辞書を横薙ぎにしたような横に伸びた直方体の建物は、余計な装飾が施されておらず、窓が一律に配置されているだけで味気ない。色合いも微妙で、全体的に白色なのだが土埃で汚れたのか、少し黄ばんで不潔な印象が先にくる。肝心の入口も、客人を迎え入れるような造りではなく、とりあえず間口を広げてみたというような感じだ。申し訳程度に照らされた足元の光が、それとなく哀愁を漂わせる。

 屋根の下で眠りにつけるだけマシか……。軽い嘆息の後、鏑木は意を決して足を踏み入れた。


 まず鏑木を困惑させたのは嗅覚だった。どんな建物であれ、匂いは嘘をつかない。神社や教会など、歴史ある建造物には荘厳な空気が漂うし、完成したばかりの新築の家にはコーティングされたワックスのにおいがする。――鏑木が身を以て学んだ知識である。しかし、地雷掃除人が集うこのS・Sに足を踏み入れた瞬間、ミートソースであろう香しい匂いが鏑木の鼻を襲った。ずっと車の中にいた鏑木はまだ夕食を取っておらず、思い出したように急激に腹が減った。

 その匂いが来る方へ行きたくなったが、S・Sに始めて訪れた者は、先に受付で手続きを済まさなければならないらしい。だが、その受付の場所は一見さんには絶対にわからないからと、サンタナに言われて手渡された地図をもとに、鏑木は歩を進める。――なるほど、鏑木は痛感した。どういう経緯を辿れば、表札のない二階の一室に受付を設けようと考えたのだろうか。ぶつくさ文句を言いながら、鏑木はドアノブに手を伸ばす。部屋の中に入ってみると、受付に人の気配はなく、カウンターがあるであろう部分からシャッターが閉じられていた。シャッターに『入館許可はこちらで』と、矢印が指す方を見るとそれらしい機械が見える。もちろん、部屋の中には鏑木一人だけであったため、コツコツという足音が妙に耳に残った。


 手続きを終えて階段を降りたところで、鏑木は改めて良い匂いのする方を見ると、一人の男が欠伸をしながらこちらに近づいてきた。


 暗めのブラウンの髪が肩の付近まで伸びていて、軽いくせ毛なのか緩い弧を外向きに描いている。整えられているとはお世辞にも言い難いが、そのまとまりの無さが却って洒落た雰囲気を漂わせていた。第一村人ならぬ、第一地雷掃除人かもと思った鏑木は、その男に話しかけてみる事にした。ハンディカメラを上着のポケットから取り出そうと悪戦苦闘するうちに、その男が鏑木の数メートル手前まで近づいていたため、鏑木は焦って声をかけた。


「あの、すみません」

「……ん、何だ? 見ない顔だな」


 一七五cmの鏑木より少し目線が高いその男は、怪訝そうな顔をして足を止めた。眠たいのだろうか、少し目が据わっていたが、鮮やかなグリーンの瞳は確かな輝きを放っていた。ポケットに引っ掛かって取れないカメラを一旦諦め、鏑木は話を続ける。


「僕は日本から来ました、極東テレビの鏑木と申します。もしよかったら、取材に協力していただけませんか?」


 男は考えた風に少し顔を上げたが、すぐに、


「あ~……。悪い、今ちょっと用事があるんだ。他を当たってくれ」


 と言いながら鏑木の横を通り過ぎた。だが、それで諦める鏑木ではない。一回断られたくらいじゃ、()人気AD鏑木潤一の名が廃る。そのうえ、若い女が好みそうなこの逸材、撮れ高としては申し分ない存在だ。鏑木はその男の背に向かって、咄嗟に頭に浮かんだ言葉を並べた。


「あ、あの! 日本刀を持った地雷掃除人を知りませんか?」


 男はピタリと止まり、そしてそのまま振り返る。――どうやら脈ありのようだ。


「……お前、奴のことを調べに来たのか?」

「はい、やっぱりご存知なんですね! すごいな、こんなに早く情報が得られるなんて……。それで、その方は――名前はレンさんといったかな……。彼は今、どちらにいるか教えていただけませんか? もしくは、彼について知っていることなどがあれば――」


 面白いように湧いてくる情報に気分が高潮し、鏑木は幾分饒舌になったが、鏑木の言葉が終わらないうちに男が口を開いた。


「さあな。奴の事は俺もよく知らん。だが、奴をよく知っている人間には覚えがあるぜ?」

「ほ、本当ですか!?」


 今回は本当についてる! 鏑木は心の中でガッツポーズをした。サンタナの時といい、面白いように話が進む取材なら、いつでも望むところだ。男は不敵な笑み――いや、女性でいうところの小悪魔的(・ ・ ・ ・)な笑みを浮かべた。自分が女だったらイチコロだったかもしれない――鏑木は何となくそう思った。


「ああ。向こうの突き当たりを右に曲がって、左奥にある扉を開けば反対側に出られる。んで、ちょっと歩いたら駐車場があるんだが、そこに停まってる、一番イカツくて派手な車がそいつの住処だ」

「ありがとうございます! 早速行ってみますね!」


 鏑木はそう言って、男が指した方向へ踊るように歩いて行った。だが、この時カメラがポケットに引っ掛からずに、いつも通り回してさえいればと、鏑木が自分自身を呪うように後悔するのは、そう遠くない未来の出来事である。


                *


 外に出た鏑木を待っていたのは、手を伸ばせばひょっとしたら届くかもしれない――そう思わせるほどの満天の星空だった。ビルが天を支配する日本とは違って、外国のこういう天然のプラネタリウムを仰ぐ度に、不思議と溜まっていたストレスがどこかに行ってしまうのだ。しかも今回は、そういったストレスを抱える事もなく、真に新鮮な気持ちでこの星空を満喫できている。鏑木はいつになく上機嫌であった。

 続きは後に取っておこうという事で、その天然プラネタリウムを惜しみながら、鏑木は男が言っていた駐車場に歩を進めた。トタン屋根に細い鉄の支柱がそれを支えている、随分と簡易なガレージに所狭しと、ジープやバギーが駐車していた。一定間隔で吊るされている電球を頼りに鏑木は中を覗くと、一際不気味な存在感を放つ車が一台、確かにそこにあった。

 何よりも特筆すべきが、その車の色だ。光沢が眩しい紫色――メタリックバイオレットとでも呼ぶべきなのだろうか、鏑木は恐る恐るその車に近づく。よく見てみると、日本製のワンボックスを魔改造した車のようだ。自動車についてあまり詳しくない鏑木でも、不釣り合いなほどに横にはみ出た分厚いタイヤ、後ろにはごついマフラーが左右に二本ずつ、合計四本装着されているのがわかる。


 とてもじゃないが趣味が良いとは言えないそれらを眺めて、鏑木は軽い吐息を漏らしたが、その車が一瞬上下に揺れて、思わず体がビクついてしまった。――中に人がいるのか。確認しようにも、ブラインドガラスのせいで中の様子は把握できない。鏑木は少し考えたが、ここまで来たのなら突撃取材もやむを得まい。そう決心して、スライド式の扉をノックして声を上げたその時――。


「エクスキューzおわあぁっ!」


 突然扉が開き、乱暴な腕の思うままに鏑木は車の中に押し込まれた。籠手をつけたような強靭な腕の先の暗闇に、血走った眼で鏑木を見つめる巨大な顔が姿を現す。命の危険を感じた直後、絶対に助からないという諦観さえも覚えた鏑木は、大した抵抗もせずにされるがままの状態だった。

 ああ、どうせならもっとマシな死に方をしたかったなぁ、などと今生に別れを告げていたが、鏑木の胸元を握りしめていた拳の力が弱まっていき、鏑木はそのまま車のシートにずるずるとへたり込んだ。


「あらまぁ! こんな時間に誰か来たかと思えば、取れ立てピッチピチのボウヤじゃない♪ しかも私好みの東洋人♪ やだもーぅ、私ったらまだ夢でも見てるのかしら?」


 ルームライトが灯り、徐々に露になっていく人影を見て、鏑木は茫然とした。殺人的な体躯の割に高い声を繰り出す目の前の巨人は、まるであざとい女子のように、おでこを拳でこつんと叩いた。


「な……な……」


 恐怖で声が出ない鏑木をよそに、巨人は頬を千切らんとばかりに強く抓っている。自分なら確実に引き千切られている――腕に浮き出たグロテスクな血管を見て、鏑木は戦慄した。


「イタタ、抓りすぎたわ……。――はっ! やだ、じゃあこれって夢じゃないの!? リアル? 現実? オホホホ、まさか、そんなわけ……」


 巨人はそう言いながら、再び鏑木に腕を伸ばし彼の股間をむんずと掴んだ。今度こそ確実に死んだ。そう思ったのだが。


「きゃあああああ!!」


 ……文字にすると非常にわかりづらいが、この野太い悲鳴を上げたのは巨人で、岩のような両手で顔を覆っている。心なしか、顔を赤らめているようだ。永遠の如き刹那の後、何が起きているのかさっぱり理解できない鏑木は、とりあえずは自分の生存を確認して、動作だけ(・ ・)は女々しい巨人に、戦戦恐恐としながらも声をかけてみた。


「あ、あの~……」

「やだ、私、殿方のモノを鷲掴みにしちゃった……。なんていけない乙女なのかしら。いや、私にはもう乙女を名乗る資格はないわ……。純潔を汚されたのと同じようなことだもの。どうしようどうしよう、私もうお嫁に行けない!」


 所々声が裏返って、一人で盛り上がっている巨人の背中は、現物の大きさよりも何故だか鏑木には小さく見えた。早口で途中何を言っているのかわからなかったが、最後の『私もうお嫁に行けない!』というのだけは聞き取れた。


「え、えーと……」

「それならっ!」


 鏑木が言葉を濁していると、巨人は神速の速さで振り返り、鏑木と顔を限界まで近づける。


「ひ、ひぃぃっ!」


 位置的に後ずさりすらできない鏑木は、視界の全てをその巨人の舌なめずりする顔で覆われてしまい、一瞬忘れていた恐怖をすぐさま悲鳴にして表した。巨人は地鳴りのような囁きを鏑木の耳元で行い、それを聞いた鏑木は数分間気絶したという。


「あなたが、私のお婿さんになってくれるのかしら♪」

オカマ、こわいです

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